仔熊のミーシャに愛をこめて 作:つきや
海だ。
バスは緑繁る山道を走っているとばかり思っていたら、いきなり海に出た。
「うわあ、海ですよ」
目を輝かせて窓に貼りつかんばかりのレイの様子に、隣に座る男だけでなくいくつかの笑いが起こる。
ごつごつした岩の目立つ砂浜でバスが停まった。
私有地という話だったが、それにしても誰もいない。
この季節はどこの海もレジャーを楽しむ人でごった返すものなのに、沖にヨットも見えない。サーファーの姿もない。岩場に釣り人もいなければ、浜を散歩する人だって紛れ込んでいない。
ということは、それだけ出入りの管理をしっかりしているということか。ただ、サバイバルゲームをするためだけに。
バスを降りると、ふたりの男が近付いてきた。
髪は同じ赤色で染めているけれど、それ以外は対照的な印象を与える二人組だった。
片方はバスにいた他のメンバー同様プロテインで、その黒のタンクトップと深緑のショートカーゴパンツ姿はとても筋肉の主張が激しい。髪は短く刈り込まれ、黒いサングラスをかけていた。こちらが“軍曹”に間違いない。
もう一方の“少尉”はというと、まず肩にかけたマシンガンに目がいく。大きめのドラムマガジンがデフォルメされたような丸い形をしているのは、改造されたエアガンだからだろうか。
体格は、鍛えられてはいるけれども痩躯。
レイとしては親近感が持てる。
髪は長いみつあみを後ろに流し、地毛が薄い色合いなのか染料の赤の発色が鮮やか。サングラスは薄いグラデーション。マルチカムブラックのコンバットシャツとパンツ。アフガンストールに編み上げブーツと、この夏の日差しには合っていない肌の露出の少なさだが、サバゲーのプレイヤーとしては隣の筋肉ダルマの方が間違っている。
ちなみに、レイは長袖のシャツとユーズドデニムにスニーカー。いかにもお金をかけられない学生らしさと初心者らしさで、ミリタリーのブランドは避けてみた。
「よく来たてめえらさあ走れ」
いきなりだった。
「うえーい」
バスから降りた面々は気の抜けた返事をしながら荷物を砂浜に放り出し、走る。
数人が少し行ったところで足踏みをして振り返った。
「少尉、挨拶くらいさせてくださいよ」
「うるせえ。飛行機で固まった体をとっととほぐせってんだ。ちんたら走るんじゃねえぞ」
「再会のハグもないんですかー」
「鉛玉でいいんならいくらでも抱きしめさせてやるぜ?」
マシンガンが火を吹いて、最後尾の足元に銃弾が撒き散らされた。鉛ではなくBB弾のはずだ。
砂煙が上がるのを「うわっはっは」と面白そうに笑って男たちは走り出した。
イカれている。
「おらおら、走れ。追い付かれたらペナルティーだ」
更にはそれを軍曹が轢く勢いで追い掛ける。
慌てたのか何なのか、先頭が海に逃げた。
「あいつらホントにどうしようもねえ」
唖然と見ていたレイの隣で大きなため息が吐き出された。
「で、お前は?」
マシンガンを下ろした少尉が、レイに向き直る。
「は、はい。レイです。よろしくお願いします」
ぶふっと。レイの挨拶を聞いて、少尉が吹き出した。
「その声……」
くくくと笑いが止まらない様子の少尉に、レイは戸惑う。素敵な声だとほめられたことはあるけれど笑われるのは初めてだ。
「……ボウヤ。とりあえず、お前も走れ」
「止めなくていいんですか」
「あー」
水しぶきが太陽に煌めく。
その眩しさにサングラスの奥の目を細めた少尉と並んで、レイも海を見遣る。
軍曹対その他でバトルが始まっていた。
ピンク色の髪の男がひょいと投げ飛ばされている。
「情けねえぞイスラエル製」
「足場悪いんだ。下から行けタックルかけろ!」
乱闘には混じらず、浜で指示ともヤジともつかない怒声飛ばしている男が数名。少し年かさで、ベテランの風格。
更に少し離れて所在なさげに立っているグループがあり、こちらは若い。レイ同様入門コースに申し込んだルーキーだった。ずぶ濡れのところを見ると、投げ飛ばされた後らしい。
まとめて走らされた。
海で遊んでいた者たちも途中で合流したが、彼らはペナルティーだと軍曹の号令を受けて腕立て伏せを行ったり、懲りずに奇襲をかけて返り討ちにあったりと無駄に体力を消耗していた。
今回の合宿に参加しているメンバーの内で、本気の初心者はエアガンしか使ったことがないとウソをついたレイだけだ。
国によっては子供の頃から銃に触るだとか徴兵制度があるとかそういうことではなく、多分本職。
身のこなしでも分かるが、会話に隠す気がない。
昼にカレーを食べながらの会話がこれである。
「聞いてくれよ、軍曹。こいつこの間の突入の時人質殺しかけて、こりゃ軍曹に鍛え直してもらわなきゃダメだと連れてきたんだ」
「少尉、今度のミッション手伝いに来てくれやせんかい」
「抜け駆けは禁止です。少尉はうちが前から勧誘しているんですから。国籍も軍籍もすぐ用意しますよ」
この面子がわざわざ日本に集まって、どうしてサバゲーなんてやっているのか。
意味が分からない。
午後からはゲームが行われた。
しかし、レイはチームメンバーに選ばれなかった。
足並みが違うからと、レイだけは少尉に銃のいろはを教わることになったのだ。
「建前だがな。最初の一戦はルーキーの高い鼻っ柱を叩き折るためにやるんだ」
なのにボウヤを参加させて返り討ちにでもあったらオールドマンのプライドが、と言う少尉はレイを素人扱いどころか、どんなことも「できて当然」なものとして扱っていた。結果、何をするにしてもハードルが高いところに設定されているというか、つまりスパルタだったのでレイとしてはありがたくない。
砂浜に刺した杭を的に射撃をする。
カラフルなBB弾は容赦なく木の皮を砕いた。
「小銃よりハンドガンのほうが得意か」
面白くなさそうに評した少尉だったが、にやりと笑う。
ロクでもないことを思いついた時の顔だと、出会ったばかりのレイにも分かった。
「じゃあ、ガン=カタなんてどうよ」
銃のいろはを教わるはずが、二挺拳銃のガンアクションに代わった。
そこからは酷かった。
フィールドアスレチックのコースを走りながら的を狙い、銃を持ったまま飛び跳ね、少尉に容赦なく撃ち落とされた。
何が酷かったかというと、最後に少尉が「何か違ったな?」と首を傾げたことだ。
サバゲーってこんな訓練をした後じゃないと参加できないくらい過酷なものなんだ。
アザだらけになったレイの誤解を正せる者はいなかった。