仔熊のミーシャに愛をこめて 作:つきや
バカンスには空腹もレーションもいらないと、少尉が一週間分の食糧をたっぷりと準備していた。
夜はバーベキューで、ずらりと並んだ高級肉にテンションが上がらないほうがおかしい。
初日の夜ということもあり、大騒ぎになった。
大きなバーベキューコンロの網の上に山盛りの肉がざらざらと流し込まれ、ヘラを使ってざくざくと焼かれていく。
まるで屋台の焼きそばのようだ。
そんな焼き方もったいないと悲鳴をあげながら、レイは隣の網の上でエビやソーセージにアスパラ、夏の定番トウモロコシなどを焼いていた。
自分用に確保した牛肉も丁寧に焼きながら食べていく。
肉を取り合うなバトるな砂が入る! と、少尉が怒声を上げて軍曹らを止めに行ってしまった。
砂ぼこりがいっそう酷くなったんだが。ああせっかくの高級肉が。
「よう! 飲んでるか?」
デザートイーグルがビールの缶を両手に寄ってきた。手伝いにきてくれたわけではないようで、飲め飲め飲めとビールを勧めてくる。
「飲めません。高校生に勧めないでください」
「えー、ビールなんて水と変わらないじゃないか」
だったらどうしてそんなにへべれけなのか。
情報を得るには、と酔っ払いをあしらいながらレイは考える。
アルコールで口と思考が緩やかになっている今が絶好のチャンスだ。
焼き上がっている分を皿に盛ると、デザートイーグルにトングを押しつけ、レイは雑談の渦に飛び込むことにした。
トマトにチーズに枝豆にと、焼き肉戦争に参加しないツマミでウイスキーを飲んでいるグループに混ざる。
「どうぞ」
「お、ありがとう」
「アスパラ美味い」
「固くないよな。アスパラってもっと噛み切れないもんだとばかり」
「トマトも甘くて、俺の知ってるトマトじゃねえ」
「ここでたらふく食ってさ、帰ってから自国のメシマズに絶望するんだよいつも」
「俺、自分とこの部隊に置いていかれてサバイバルをする破目になった時、冗談抜きで少尉殿が恋しくなって泣いた」
「このチーズとかもホントは後でスモークにするつもりだって言ってた。食っちまったけど。そのままで全然美味い」
「少尉は食に妥協しないっていうか、こだわり具合が『あれこの人、日本人だったっけ?』ってなる」
「あータタミカってヤツじゃね」
「そういえば、さっきから怒鳴り声が聞こえないな」
「暴れた分だけ食いっぱぐれるってやっと気づいたんだろ」
皆の視線が周りを見回すと、確かにバトルは終わって筋肉だるまがバーベキューコンロに群がっている。
暑苦しい。
焼き場に残っていなくてよかったとレイは呆れた息を吐く。
「少尉は?」
「あっちで飲み比べしてるな」
空瓶が並んでいる。
「へえ。俺も行ってこようかな」
「止めとけ。今つぶれると後が辛いぞ」
「少尉といえば、今日、ハンドガンを使うのが上手いって誉めてくれて」
レイはとりとめのない話の流れに割り込んだ。
「少尉殿が誉めるなんて!」
「すごいなルーキー!」
「でも、不満そうでした。ハンドガンは嫌いなのかな」
しょんぼりとしてみせたレイだが、はっはっはっと笑われる。
「少尉はどんな銃を扱っても凄いが、まあ確かに好き嫌いは多い人だな」
「ハンドガン全部を嫌っている訳じゃないけど、文句は多いな。ライフルはとりあえず好きだよな」
「ライフルが好きっていうか、あの人は銃剣好きだろ」
「けどよー。確かに弾なくなった時を考えるとな」
そこからは愚痴大会というか、銃が使えなくて困った話になった。
沼地で雪山で砂漠で海で、泥に雪に砂に塩に。銃をどうやって守ったか、銃が使えなくなった代わりにどう戦ったか。湿気の多い日本で何に困るかという話もあって、教本とは違うリアルな話は面白かったし勉強にもなった。
しかし、レイとしては銃器の好き嫌いの話から購入経路へと話をもっていきたかったのだが、軌道修正を図ろうとするたびに意図しているのかと勘繰りたくなるほどするりとかわされた。
酔い潰れた男たちがごろごろと転がる頃、火の始末をしてお開きになった。
深夜、いわゆる草木も眠る丑三つ時。
少尉による奇襲大作戦が敢行された。
レイは奇襲組だ。
素面なら手伝えと少尉に声をかけられた時、ビールを飲んでいなくて良かったとレイは本気で神に感謝した。
疲れきってアルコールも入ってと熟睡していたところに襲撃を受けたルーキーたちのパニックが、見るも無残だったからだ。
他の面々は罵声を上げながらも反撃していた。
レイは裏手の木に登って、誰か逃げてくるのを待つ役目だったが、少尉が易々と逃がすはずもなく、ほとんど出番もないまま終わった。
そして、朝。
軍曹によるモーニングコール襲撃が行われた。
罵声が再び響き渡る中、レイはクロックムッシュを作っていた。
新米だから朝食づくりを強制されたというわけではなく、成り行きだ。
周りがまだ寝ている中レイが起き出したところ、先に起きて朝食の準備をしている軍曹がいたのだ。しかしそれはレイにしてみたら準備と言えるものではなかった。
牛乳とオレンジジュースとシリアルの箱がどんどんどんと置かれ、更には、パンとハムとチーズが切りもしない塊でどんどんどんと並べられる。
レイは目を丸くしながら、火を通した温かいものが食べたいんですと朝食を作る申し出をしたのだ。
ちなみに、少尉は起きてこなかった。
俺が起こすぜと、奇襲リベンジを目論んだ者もいたが返り討ちにあっていた。
この日のゲームは二日酔いと睡眠不足でグダグダなものになったが、お陰でレイもゲームに参加することができた。
殲滅戦で、昨日教わったことを活かして木の間を飛び回る。が、途中やっぱり少尉に撃ち落とされた。
それでも皆に、猿だニンジャだアメージングだと背中をバシバシ叩いて褒められた。そして随分と気に入られたらしい。
ゲームの最中に、障害物のない場所での射線の逸らし方を実践で教える者がいれば、それに対抗するかのように別の者たちが、障害物が多い場所での射線の確保の仕方を実例を示して教えてくれる。
軍曹のバトルを見学しながら、急所の狙い方、フェイントの掛け方、それをものともしない筋肉についてを熱く語られる。
ガン=カタは現実的じゃないけれどと前置きしながらも、接近戦で銃を鈍器にした時の暴発予防についてや、逆に相手の銃を暴発させる方法などを雑談交じりに話し合う。
少尉のせいで他のメンバーにもボウヤボウヤと呼ばれるが、この面子だと仕方がないなと諦めもつくくらい実力のある者たちばかりで、その知識と経験をレイがスポンジのように吸収するのが面白いと可愛がってくれる。
でも、とレイはベッドに寝転がり、疲れた体を休めながら頭の片隅で考える。
潜入捜査としては失敗だ。参加はこれきりにしたほうがいいのかもしれない。
第一、と思いついた事実に、レイは背筋がゾッと冷えた。
どうしてすんなり参加申し込みできたんだろうこの初心者入門コース。
潜り込めた時点で、一般人とは思われていない可能性がある。
逃げるべきか。
ダダダダダダッ!
響き渡る銃声にレイは飛び起きた。