仔熊のミーシャに愛をこめて 作:つきや
サバゲー用の水陸両用バギーを買って満足してしまったジンだが、ウォッカの車はないままであることに気が付いた。
ので、改めて車を手配しようと懇意にしているディーラーに連絡したら、ジンの愛車の影響かクラシックカー中心にどれもこれもしっかりジンのツボをついたラインナップばかりを勧められた。
どうせなら現物が見たい。そしてもちろん試乗もしたいとディーラーの保有するコースへと足を運んだ。
フィアット500が黄色じゃないと文句を言ったりポンティアック・トランザムに赤いライトが足りないと文句を言ったりシボレー・カマロが変形しないと文句を言ったりしながら、心ゆくまで乗り回して満足したジンがやっと、さて車を選ぶかと見回した結果、彼の目に止まったのは今までさんざん乗り倒したどの車でもなく、ピットの端に置かれた錆だらけの車だった。
古き良き時代の、イギリス産のレーシングカー。
あれはと聞くと、手に入れたばかりの車だとディーラーは答えた。
まだエンジンも積んでいなくて今から修復に取り掛かるので、もちろんジンに売れる状態ではないのだが。
先程から軽快な音楽がジンの脳裏に鳴り響きっぱなしである。
その車の細長いシルエットにむふりとほくそえんだ男の相棒(ストッパー)は残念なことに、本日不在であった。
積み込む予定のエンジンはジンの期待したエアクラフトエンジンではなかったが、車と一緒に購入。
ジンが個人で所有している倉庫に運び込む。錬金術を使えば一瞬で使い物になるが、そうやってぱぱっと新品に仕立て直すなんて面白くもない。
必要な部品の造形は錬成陣に頼ったが、後はツナギを油まみれにして磨き上げた。
その間、ジンは倉庫に籠りっぱなしとなった。
ウォッカに出来上がるまで近づくなと言いつけたのは、ジンのサプライズ精神だ。
その様子に、また何か仕出かしているなと思わないでもないウォッカだったが、徹夜はしないでメシもちゃんと食ってくださいよと忠告するに留めた。
その忠告が役に立ったかは別である。というかウォッカの記憶では一度も聞いてもらえたことのない忠告である。
「やる」
後日、久しぶりにアジトに顔を出したジンが、ウォッカに車の鍵を渡した。
「へえ。僕も見に行っていいですか」
現物を見るために部屋を出ようとすると、ちょうど居合わせたバーボンも興味津々で二人の後ろについてきた。組織の幹部の車種とナンバーは押さえておきたいという思惑が透けて見えても、車自慢がしたいジンとしては何の不都合もないので同行を咎めなかった。
「あれだ」
アジトを出て、ジンの指し示した先には人だかりができていた。
「兄貴、ありゃなんですかい」
「チキ・チキ・バン・バン」
「……チキチキバンバン」
「空は飛べねえからパラゴン・パンサーと呼んでも許してやる」
丸いヘッドライト、銀色に輝く円柱のボンネット。赤い車輪に艶やかな木造の車体をしたクラシックオープンカーが路上に止まっていた。
「え、わざわざ作ったんですかあれ」
というか車検通ったんですかあんなのとバーボンがジンの顔を二度見する。
ふふんとご満悦なジンには、今の状況が分かっているのだろうか。
普段のポルシェ356Aも大概だと常々思っていたが、あれは酷い。
犯罪組織の構成員だというならば、もっと世を忍んでほしい。
今更かとバーボンは車に目を向けた。
普段は人気のない通りなのに、人だまりができている。
持ち主不在の現在、野次馬の輪は少し遠巻きで、せいぜいスマホで撮影しているくらいだが、ランドセルを背負った小学生が独特な形のクラクションに手を伸ばす寸前である。
「兄貴、あの人混み掻き分けてあの車に乗り込むんですかい」
「そんなことしたら写真に撮られまくりですよ」
「また、ラムに叱られやすぜ」
銀髪黒コートの男が乗っていったと、動画ごとアップされるだろう。
あれを乗り回していたらどこに行っても拡散待ったなしで、尾行しなくても居場所が分かるのは便利そうだが、ご近所付き合いと身辺調査と情報収集を兼ねて顔見知りが多いバーボンとしては巻き込まれたら堪ったものではない。
今あそこに近付いていったら、質問攻めにあうのは怪しい風体の二人組よりずっと話しかけやすそうなバーボンになるのは火を見るより明らかだ。
「そもそも、なぜアジトのガレージに入れなかったんですか」
呆れた目でバーボンがジンを見る。今からでも他人のふりがしたい。
「私用の車を渡すだけなのに組織のガレージは使えねえだろ」
「普段は無視している常識をこんな時ばかり中途半端に持ち出さないでください。見せびらかしたかっただけでしょう。それに今さらな公私混同よりも駐車違反のほうが問題ですよ」
「兄貴、俺は俺で前に兄貴が勧めたビートルのカブリオレを注文しちまいましたから、あの車には乗りません」
「なんでだよ」
「バーボン、これはお前にやる」
ウォッカが車の鍵をバーボンに渡そうとした。
「あんな、いくら掛かっているか分からないのにふざけた車なんていりませんよ」
「このまま兄貴に返すと、そのまま乗り回すだろうから却下だ」
「いいじゃねえかそれで」
目の前で押し付け合いを始められて不機嫌になったジンだが、「俺がもらった車ですから、俺がどうしようと勝手ですよね」とウォッカに押し切られた。
この後、チキ・チキ・バン・バンはバーボン経由で元コードネーム持ちの公安に引き取られた。
公安だって目立っちゃいけないだろうがとジンが文句を言わないでもなかったが、高速道路でカーチェイスしたり、観覧車を爆破するより目立つことはしないから安心してくれと返された。
愛しき空飛ぶクラシックカーは、ツートンカラーな翼のオプションをつけた後、孤児院や老人ホームへの慰問に活躍しているという。
賑やかで軽快な音楽を鳴らしながら。