仔熊のミーシャに愛をこめて   作:つきや

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赤い仔熊のその後の話

 

 

「お上品だな」

「まどろっこしい」

 串に差して焼いたマシュマロを銀皿に置き、マシュマロをグラスに見立ててのウィスキーショットを楽しんでいたら、飲んべえどもにダメ出しをされた。

 ちまちまとしすぎて飲んだ気がしねえよと文句を言いながら、なぜ手を伸ばすのか。

 

 トリプルフェイスを持つと揶揄される男は、その3枚の仮面以外にも公安の仕事、もしくは組織の探り屋の仕事で使う仮の名前をいくつか持っている。

 たった一度だけの身分証明書として使い捨てのものもあるが、その内のひとつの『ボウヤ』は、とあるサバゲーチームで使っているコードネームであり、その付き合いは『バーボン』より長い。

 仮面を作った際に用意した偽名は古崎玲士。そして、コードネームを『レイ』にしたのは、まだ潜入捜査に不馴れな時分だったため、偽名で呼ばれてもきちんと反応できるように、本名に反応してしまっても誤魔化しが効くようにと考慮した結果だったのだが。しかし実際はバレていた本名もせっかく用意した偽名も呼ばれることなく、『ボウヤ』とばかり呼ばれている。チームでは古株のひとりになったいまでも。

 

 そのチームメイトとキャンプをすることになった。

 アルバイト先の喫茶店には正直に「友人とキャンプに行くので」と休みをもらう。

 組織のほうでは何を伝えたわけでもないが、某幹部の無茶ぶりに振り回されていることになっていた。

 何故か不在の彼の相棒の代わりに、キャンプの準備だ休暇前の任務の消化だのと駆けずり回っていたので、皆、同情的だった。

 しかし、巻き込まれたくはないからとこれっぽちも手伝ってはくれなかった。

 だから隈の浮かんだ目で、「自分も、これが終わったら休ませてください」とお願いした時は、もちろん快く許可が下りたのだ。

 

 宇宙船にエンタープライズ号と名付ける国の人が、初日の夜はキャンプファイヤーがいいと希望した。

「焚き火でマシュマロを焼いて、ロウ・ロウ・ロウ・ユアボートを歌えばいいんだな?」

 キャンプファイヤーをすることになったといっても、実際は幾つかの焚き火を囲んでの晩餐といったところだが、面白がってオクラホマミキサーを踊り出した馬鹿者はいた。

 各々に配られた小さなフライパンと鉄串が、調理道具であり食器だ。

 アスパラやベーコン、目玉焼きをフライパンで焼き、ソーセージやマシュマロを串で焼いていく。

 タマネギとジャガイモは、アルミホイルで包んで丸焼きに。

 大きなチーズを炙っては、削ぎ落としてそれらの食材にかけて食べた。

 せっかくの日本だと、少尉が餅と最中とミカンを焼いたりもした。

 他にも西部劇でコーヒーを直接火にかけるのに憧れていたと言い出した者もいて、炒った豆を直接煮立てていた。

 不味い不味いと文句を言いながら笑い合うのも楽しかったが、その横で「黒い泥水をコーヒーとは認めねえ」と少尉は渋い顔をしていた。

「確かにおやっさん方、あー、俺をルーキーの頃に鍛えてくれたような、いわゆる一昔前の軍人はよくそうやってぼやいていましたがね」

 そうこぼす男の顔はほろ苦い。

「しかし少尉。今時は、こんな不味いコーヒーなんてどの軍も飲んでませんよ。カフェイン剤すらヨーグルト味のタブレットです」

「レーションもみるみる美味くなって、時々あのまずさが懐かしくなったりな」

 もういっかいあれを食べたいわけじゃないけどよという声に、心当たりがあるのかいくつもの笑い声が起こった。

 そこから、今まで食べたことのある不味いもの自慢になったりもした。

 マシュマロを焼きながら、ウィスキーを飲む。

 ご希望通り、少尉が白いギターを持ち出して『ロウ・ロウ・ロウ・ユアボート』を弾き鳴らす。

 マシュマロショットは飲んべえどもには不評で、残ったウイスキーをステンレスマグになみなみと注ぎながら、酒に甘いものなんてとぶつくさ言っていたが、自分だって大雑把な酒の飲み方をするくせに、甘かろうが辛かろうが旨いものが正義という少尉の癇に障ったらしい。

 リキュールをたっぷり効かせたデザート用のお手製ゆずシャーベット(ロックアイス風)を取り上げられそうになって、簡単にくるりと手のひらを反した。

「いやあ、ボウヤは何を作らせても上手いな」

「本当に大したもんだ」

「日本人の細やかさにはシャッポを脱ぐしかないね」

「はいはい」

 

 こうやって『ボウヤ』と呼ばれている時間は、それほど嫌いではない。

 サバイバルゲームが趣味だとか好きだとか仲間だとか言うつもりはないが、ただ気が楽だ。

 一癖も二癖もあるチームメイトには、初めてサバゲーに参加した時からしごかれっぱなしなので、この人たちには敵わないという刷り込みがされているのかもしれない。

 何もかもバレていることもあって、いっそのこと、本来の姿であるはずの公安の降谷零として気を張っている時よりも、自分が誰であるかを一番気にしなくていい時間なのかもしれない。

 しかしこの『ボウヤ』の仮面も遊びや息抜きでつけているわけではなく、仕事の内だ。

 監視と情報収集。

 このサバゲーチームの一員である重要度は高い。

 というか、このチームのメンバーの危険度が高い。

 ならば、日本国内に抱え込むよりも追い出したほうが得策ではないかというとそうでもなく、下手につついて潜られて、見失った場合のほうがもっと怖いと判断。

 軍部や秘密警察、犯罪組織などで確固たる地位を持つような顔ぶれが、どうして日本でサバイバルゲームなんかして遊んでいるのかは知らない。

 しかし日本を、チームリーダーである『少尉』のホームと認識し、また、自分たちの遊び場を荒らされるのは面白くないという縄張り意識も持っているので、一応、騒動を起こさないように自重している節のある現状を維持したい。

 幸いなことに『ボウヤ』は彼らに気に入られているらしく、そのツテで公安がもうひとり、チームに入り込むことができた。日本でのフィールドや対戦相手の準備、イベントごとなどの雑用を引き受ける形で常に張りついている。

 見張りとして以外にも、このチームに潜入している意義はあり、メンバーが国際色豊なために、情報源としても美味しいのだ。

 ただ、情報をリークしてくれるのはありがたいのだが、人の反応を面白がって大きな爆弾を落としてくるのは頭が痛い。

 更には楽しそうだからと、周りの被害も考えず騒ぎを大きくしたがるのは止めてほしい。

 そのくせ面倒くさくなった途端、一気に爆破しようとするのはもっと止めてほしい。

 お陰で同期に習った技術以上に爆弾の解体が上手くなった。嬉しくない。

 

 そして、今回も爆弾は投下される。

 

 少尉の希望で食後に、ミルで挽いたコーヒーを煎れていた時のこと。

「今回のキャンプは1週間まるっと使いきってのゲームだ。テロリストが陽動で東都タワー占領する計画があるから、そいつらに混ざって日本の特殊部隊と実践形式でサバイバルと洒落こもう」

「却下です」

「なんだよ。じゃあ、まとめてタワー爆破するか?」

「どうしてすぐそうなるんですか。もちろん却下ですよ!」

「しかたねえな。最終案だ。日本警察に混ざって、テロリスト壊滅しようぜ」

「最近、現場に出してもらえないからな。久しぶりに暴れるか」

「楽しみだ」

「ぜひ参加するよ」

「しないでください。それより陽動って何ですか本命はどこなんです?」

 きっと周りを睨んだ。

 今日はキャンプの初日なのに誰も酔い潰れないから変だとは思っていたが、こんな計画を立てていたとは。

「テロの計画あるなら乗らずに潰してください」

「それはてめえらで頑張るべきことだろうが」

 お巡りさんよと揶揄される。

 確かに。しかし、そんな情報は全く網に掛かっていない。情けないと嘆くべきなのか。

「ああもう! 第一、その情報はどこから拾ってきたんですか」

「あ、俺」

 ピンクの武器商人がひらひらと手を振ってみせる。

「面白そうだったから、テロリスト側に潜り込んでみた」

「少尉のテリトリー怖いから、日本では活動しないんじゃなかったんですか」

「なに言ってんの。今回は少尉殿のテリトリーじゃないだろ。ボウヤのテリトリーだ」

 そうだろと可愛くもない仕草で首を傾げる。

「後、ついでに腕の立つ傭兵って触れ込みで推挙して、他にも数人入り込んでるから」

「ちょっと! ちょっと待ってください! ストッパーはどこですか! どうして今回に限って、軍曹が不在なんですか」

「アイツは警察側に潜り込んでる」

「はあ?!」

「筋肉で意気投合して、臨時アドバイザーとして毎日叩きのめして歯応えねえなって怒ってた」

 そいつら鍛え直すのに集中するから、こっちには顔出さねえよと、言う。

「まさかそれ、警察側は当日ぼろぼろで役に立たないっていうオチじゃないでしょうね」

「それは大丈夫だよ。筋肉派のメンバーが軍曹についていっているから」

「つまり最初から両陣営に入り込んで、引っ掻き回す気満々じゃないですか!」

「戦力のバランスが偏ると、ワンサイドゲームになっちまって面白くないだろう。ボウヤ」

 あからさまな挑発だ。

 周りもにやにやと笑っている。

「いいでしょう! 僕たちが第三勢力になって三つ巴に持ち込んでみせますよ。硬直状態になったところを一網打尽にしますから、覚悟してください」

「おー」

「まあ、頑張れ」

「カウントダウン待ったなしだからなー。急げよー」

「……たち?」

 勇ましい宣言に茶化すような歓声が上がる中、少尉だけが言葉じりに首を傾げていた。

 嫌な予感しかしない。

「スコッティなら、もうテロリスト側だぞ」

 サバゲーのイベントでアドバイザーをしていたら、何故か殺人事件に巻き込まれ、その際に怪しい動きをしているチームがあったので接触したという。

 その殺人事件を解決したのが、師、眠りの小五郎だという時点で忙しさにかまけて探偵事務所に顔を出していなかったことが悔やまれる。

「大丈夫か探り屋さんよ」

 自分だけが蚊帳の外であった事実に拳を握りこむが、それもこれもどこかの誰かさんが仕事を押し付けまくったせいで、多分きっとわざとだ。わざと、情報交換ができないように仕向けていた。そのほうが――。

「面白くなってきたな」

「面白くないですよまったく!」

 

 

 こうして、舞台の幕は上がる。

 

 

 

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