仔熊のミーシャに愛をこめて   作:つきや

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 お台場で開催中の『ロシアの女帝エカチェリーナ2世の遺産展』には、絢爛豪華なドレスや装飾品、絵画、銅像、その他もろもろがずらりと並ぶ。

 メインの展示品である黄金の死の王冠は、戴冠式の王冠と対で作られた。

 戴冠式の王冠に輝く赤のスピネルと同じカットを施された、青のスピネル『女神ヘルの涙』が冷たい輝きを放つ。

 このビッグジュエルは冥界の女王の名を冠するだけあり、宝石が持ち主を認めれば死者を復活させることができるという。

 もっとも、今までに認められた持ち主はおらず皆死んだという呪われた宝石だ。

 王冠について調べるついでにスピネルについても調べてみたら、コバルトスピネルの中には稀に、青から赤へと色を変えるものがあるらしい。

 これだけ条件が揃っていて、冷たい石の奥深くにパンドラの神秘が眠っていると考えないほうがおかしい。

 月下の奇術師と呼ばれる怪盗が、このビッグジュエルを無視できるはずもないのだ。

 

 

 

 というわけで、女帝の王冠を無事に盗み出し夜空に舞い上がった怪盗キッドを撃ち落としてみた。

 逃走経路途中のビルの上で、黒い雲に覆われてどんよりとした夜空に映える白を、パシュンと。

 グライダーに開いた穴は風に更に引き裂かれ、バタバタと激しい音を立てて傷が広がっていく。

 

 さあ、落ちてこい。

 

 にいと口端を持ち上げて、しかしすぐに苦く歪める。自分の前に落下してくるよう計算して撃ったのに、白い鳥は風圧の中無理矢理体勢を捻りグライダーを切り離し、隣のビルへと落ちる。

「ちっ」

 仕込んであった安全装置だろう白い風船のようなものが膨らみ、キッドを受け止めて弾けた。

 更に屋上の床を転がって墜落の衝撃を軽減した怪盗は、銃を警戒したのか片手片足を床につけた低い姿勢のまま、シルクハット越しにこちらを睨みつけてきた。白いマントが風に翻り闇の深さを彩る。無駄にカッコイイな、おい。

 このまま煙幕のひとつでも投げられたら終わりだ。隣のビルの内に入り込み変装して、逃げていくだろう。

 ベルモットの変装なら寝起きのいたずら以外はだいたい見破れるが、あれは気配に馴染みがあるからこそできるんだ。

「ウォッカ」

「へいっ!」

 パンと両腕で円を描いたウォッカが転落防止用の柵を掴むと、小さな青白いイナズマを纏った梯子が伸びて、ビルとビルの間に通り道が作られる。

 立ち上がろうとしている怪盗キッドが余計な行動をしないように銃口でけん制しつつ、俺は梯子を渡った。

 怪盗の目が、狙撃された時よりも真ん丸に見開かれている。

 ポーカーフェイスはどうした。

「よう、こそ泥。王冠をこっちに寄越しな」

 後ろから続いたウォッカが、逃走経路を塞ぐために屋上の非常口側に回り込む。

 ついでに後ろ手で、鉄製のドアを溶接した。チリチリと青白い錬成反応が、怪盗の顔に影を作る。

 グライダーは落ちた。狙う銃口はふたつ。不可解な現象は未知数。

 怪盗の頭脳は今、目まぐるしい早さで状況打破を計算しているのだろう。

 そういう時だからこそ、余裕の笑みを浮かべて。

「女神との逢瀬を邪魔するとは、無粋ですね」

 舞台の中央に居たがるマジシャンは主導権を取り戻すために、ゆったりと言葉を紡ぐ。

 白い手袋に包まれた指の間から放たれようとしたトランプを、俺はすかさず撃ち抜いた。

 トランプはビルの柵を越えて落下していき、途中、目映い閃光を発する。

 真っ白に染まった視界の中、黒い影が長々と伸びて揺れてかききえて、誰も動かない。

 遠くから、パトカーのサイレンが聞こえ始める。

「今回だけは許してやる。だが、次は脳天ぶち抜くぜ?」

 まあ、それが分かっているから動かなかったんだろうが。

「お前が追っている間抜けヤロウどもと俺を一緒にするな」

「しませんよ」

 キッドがアメリカンチックに肩を竦めてみせた。

 あ、ちょっとイラッときた。

 引き金を絞る指に力がこもる。

「大人しく王冠を渡しな」

 別口なのは理解しましたが、とキッドはモノクル越しに眼を細めた。

「……貴殿方も『永遠』をお望みですか」

 仲間たちの血を吸って血を吸って、赤黒く蠢く錬成陣が脳裏によみがえる。

 記憶に囚われる前に、ウォッカが吠えた。

「ふざけた寝言抜かしてんじゃねえよっ」

 ウォッカがお怒りだ。

「神の領域に手を出したがるバカ者共は大っ嫌いだ」

 おっと、俺も本音が殺気と一緒に。

 場数はそれなりにこなしただろうに、たかだか2人分の殺気が重かったらしい。

「おお、怖い」

 おどけてホールドアップした怪盗の、しかし表情は強張っていた。

「ポーカーフェイスはどうした。ここは不敵に笑うところだ、二代目。修行が足りねえぞ」

 自分の気持ちを切り替えるためにも軽口を叩いてみたら、怪盗キッドは、いや、黒羽怪斗が素の表情できょとんと目を瞬いた。

「なんだ、ガキかよ」

 それを見たウォッカのテンションも落ち着いたみたいだから結果オーライだ。

「何を、知っているんです」

 怪盗紳士の仮面を被り直そうとして失敗して、鋭い声で詰問してくる。

 クックックッとノドの奥で笑って、俺は答えない。

「いいか、聞け。不老不死なんていらねえ。どうしてもほしけりゃ賢者の石を自分で作る」

「何を言って」

「不老不死にもパンドラにも用はねえが、その冥界の女神様にゃあ、ちょいと用があるって言ってんだよ。とっとと渡しやがれ」

「メリットもないのに、私がそれを聞き入れると?」

 お、キッドに戻った。

「ふん、メリットか。とりあえず、お前さんの盗んだ王冠は俺たちの用が済んだら返却しておいてやろう。後は、殺されないだけ得したと思っておけ。この世の中に等価交換なんて洒落たものは存在しない。欲をかきすぎるととロクなことにならないぜ?」

 お誂え向きに雲の切れ間から、月が顔を出す。

「ああ、折角だ。パンドラのお嬢ちゃんが石の中で泣いていないかくらいは確認させてやるよ」

 

 

 

 

「兄貴、ご機嫌ですね。あんなこそ泥相手に」

「だってウォッカ、キッドだぞ怪盗キッド」

 ここで浮かれなくていつ浮かれんだ。

「二代目だかなんだか知りやせんが、ありゃ中坊くらいですかい?」

 ただのガキんちょだと言われて、ジンはぶすくれる。

「バッカウォッカ日本人はガキに見えるもんなんだよ、高校生だ」

「やっぱりガキじゃないですか。なのに錬金術まで使って」

 使ったのはお前だウォッカ。使わせたのは俺だけど。

「なんだよ。お前だってアームストロング少佐が前線来た時にははっちゃけて、俺の命令も聞かずに敵陣突っ込んでいったくせに」

「なっ!少佐とあのもやしっ子を一緒にしねえでくだせえ」

「お前らがご機嫌に敵兵皆殺しにするから、あのお優しい少佐どのは戦場が怖くなって逃げちまったんだよ」

 せめて少年兵は生かしとけばよかったんだよ。涙流して同情した振りでもして、そうしたらお前も一緒に中央本部に戻れたかもしれないのに。

「兄貴、それやったの俺らが弾切れした後に突っ込んできた兄貴ですぜ」

「そうだったか?」

「懐かしいっすね。兄貴、肉弾戦がしたいです」

「俺は銃撃戦がしてェ」

 こう、一方的に拳銃突きつけるんじゃなくてな?

 今なら、たとえアメリカ産のM16でも我慢できる気がする。

 

 

 

 

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