仔熊のミーシャに愛をこめて 作:つきや
鈴木園子がコネを使ったので、コナンたちは遺産展の行列を横目に通り過ぎ、スタッフ用の入り口から場内に入ることができた。そのコネを予告状が届いた時に使ってほしかったと思ったコナンがそう言えば、最近のショーは外野で騒ぐほうが楽しいからお子様を連れていくのはムリねと園子に鼻で笑われた。腹が立つ。
「このパスでどこにでも入ることができるんだよ」
スタッフパスを首にかけてくれながら、係員が「展示品を見終わって、まだ時間があったらバックヤードツアーをしてあげるね」と言う。
それは嬉しいけれど、どこにでも入ることができるパスをこんなにも簡単に、自分で言うのもなんだが分別のつかない小学生にまでひょいひょいと渡して大丈夫なんだろうか。コナンはネックストラップの長さを自分で調整しながら、そんなセキュリティだから盗難事件が起きるんじゃねえかと息を吐く。
目的の王冠がある展示室はとても混雑していて、立ち止まらないでください立ち止まらないでくださいと誘導されるまま、人垣の隙間から王冠がライトにきらめいている姿をちらりと見ることができただけだった。
次へと移動する通路に大きなパネルがあって、怪盗キッドのカードを拡大したもののようだったので、やはり多くの人が立ち止まっているところをコナンは必死で背伸びをして、やっと見ることができたパネルに首を捻る。
『真の女帝の頭上にあってこそ真の王冠は美しく輝く』
何かが違う。
これは本当に怪盗キッドのメッセージカードなんだろうか。
予告の暗号文ではないから、コナンの見慣れたカードと違うように感じるだけなのか。
無理に引き延ばしてパネルにしてあるからなのか。
「ねえ、蘭姉ちゃん」
蘭、そして園子はコナン同様にキッドのカードの現物を目にしたことがある。
意見を聞いてみようと振り向いたら、2人はいなかった。
「え?」
慌てて見回すと、蘭たちはすでに次の展示室に移っていた。
人混みをかき分け追いかけようとしたコナンだが、前にいた女性が持つハンドバッグの固い角が眼鏡の端を掠めていったので、驚いて止まってしまった。そのせいで次は、後ろから来た男性に蹴られそうになる。
元々、コナンの身長で混雑の中は辛い。視界が乱立する足ばかりで埋め尽くされるのは、案外怖い。更に今は周りの人間が展示品の高さに視線を置いている分、下方向の安全確認が疎かになりがちだからなお怖い。
通路という悪地も重なってみるみる増えていく人の流れに押されて、端へ端へと避難することとなった。
通路と展示室の境目には宮殿を模したのだろう白塗の柱が設えてあるため、吹きだまりのような空間ができていた。その隙間に落ち着いたコナンは、やっとほっと息を吐く。
改めて視線を巡らせて探してみると、それほど離れていない場所に蘭たちがいた。声も届くほどの距離に、再度安堵する。
「見て、蘭。この刺繍、全部金ですって!」
「これ全部縫うのにどのくらい掛かるのかしら」
彼女たちは女帝のドレスに釘付けになっていた。みっしりと縫い込まれた宝石や金糸銀糸の刺繍を見ながら、きゃーきゃー騒いでなかなか動こうとしない。コナンにしてみれば、あんなにずしりと重いドレスを着たら、歩くこともできないのではという感想しか浮かばないのだが。
今改めてこの人の流れを掻き分けて近づくよりも、この避難場所で二人が動き出すのを待っていようとコナンは柱に凭れた。
「あの王冠を調べさせてくれと言っているんだ」
ざわりざわりとした喧騒を聞くでもなく聞いていたら、男性の怒鳴り声がコナンの耳に飛び込んできた。
声の出所を探してみると、柱の反対側にあった『スタッフオンリー』のプレートのドアが僅かに開いていて、そこから漏れ聞こえているようだ。
コナンはドアの隙間に寄って、スタッフルームを覗き込んだ。
「一度は盗まれたんだぞ! レプリカにすり替えられてしまった可能性だってある」
声を荒げているのはスーツに腕章をつけた白人男性。ロシア側のスタッフなのだろう。
「キッドがそんなことするわけがないじゃないですか」
対しているのは同じジャケットを着た日本人スタッフ数名。
「なぜ、貴方がたも警察もあんな犯罪者を信用するんだ!」
その意見はごもっともだが、しかしそれよりもコナンは彼の口調が気になった。
なぜそんなにも必死に王冠の検査を迫るのか。
まるで、王冠が偽物だと断定しているような?
あの男は……レプリカであることを知っていて、確認させようとしている?
「やあ、迷子かい」
ひょいとコナンはいきなり持ち上げられた。
「昴さん」
沖矢昴だった。
どうやって潜り込んだのか、彼の胸にもコナンと同じスタッフパスが揺れている。そんなセキュリティだから以下略。
「昴さんはどうしてここに?」
「ここ数日お台場で黒づくめの男の目撃情報が続いたんです」
キッドの予告日の前日と当日、それから今朝も波止場で騒動があったらしい。
「キッドを狙っている奴らじゃないの?」
「いや、違う。ジンだ」
赤井の顔で笑って断言した。
「じゃあ、ここには手掛かりを探しに?」
コナンが次の質問をした時にはもう沖矢昴の気配に戻っていた。
口元には柔らかな笑みが浮かぶ。
「ええ、そうです。彼らがお台場にいる理由が何か。まずはそこを調べようと思いまして」
そして目をつけたのがこの遺産展であり、あのロシア人スタッフであった。
「色々調べましたが、彼だけは過去がないんです」
沖矢いわく、ある日突然、絵画の密売容疑で逮捕されたのだという。ロシアの財産を外国に持ち出したという国家反逆罪に問われ、しかしそれ以前の経歴は消ゴムで消されて分からない。
そんな犯罪歴しかないような不振な人物なのにロシア側の責任者としてなんの問題もなく来日している。
あの男の人、とコナンは先ほど聞いた会話を沖矢に伝えた。
まるでキッドに罪を擦り付けることが目的みたいだった。
「まさかとは思うけど、既にフェイクと入れ換えておいてキッドに盗ませたとか」
「予告自体が嘘だった可能性もありますよ」
それを知るためにも彼に話を聞いてみようと思いますがコナン君も一緒にどうですかと誘われて、コナンが断るはずもない。
「あーいたいた。らーんー。コナン君いたよー」
「よかったコナン君。こんなところにいたのね」
園子と、その後から蘭がコナンの元に小走りで近づいてきた。
「蘭さん園子さん。こんにちは」
にこりと目を細めて沖矢が二人に挨拶をする。
「昴さんも来ていたんですね」
「僕は大学の恩師に頼まれて通訳の手伝いです」
するすると嘘を並び立てている沖矢をじと目で見上げたコナンは、会話の区切りを待たずに口を挟む。
「蘭姉ちゃん。ボク、人混みで疲れちゃった。沖矢さんと先に帰るね」
「え、じゃあ一緒に……」
「大丈夫ですよ。この先にある黄金の馬車は必見です。ぜひ見ていってください」
蘭たちと別れたコナンが、沖矢とスタッフルームを覗いたが既に人影はなかった。
子どものふり全開で聞き込んでロシア人の後を追い、会場の裏口で血痕を見つけた。
更に血の跡を辿って、見つけたのは三人の人影。
容赦なく撃ち抜かれた肩を押さえるロシア人とその額に銃口を押しつけるジンだった。