仔熊のミーシャに愛をこめて   作:つきや

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 バンッ!

 

 

 嫌な予感が背骨を走り、一歩引いた目の前をサッカーボールが通り過ぎ、壁にめり込んだ。

「チッ」

 舌打ちが零れる。

 もう一度言おう。

 サッカーボールが跳ね返りもせず、壁にめり込んだ。

 頭がザクロのように弾けるところだったんじゃないかこれ。それでいいのか少年マンガ主人公。

 

 

 

 さて、同志アナグマは怪盗キッドの予告状を受け取った時、どんな気分だったのか。

 王冠にマイクロチップが残っていたことから推測するに、回収しようと四苦八苦して、しかし警察が盗賊紳士の変装術を警戒し、王冠に触れるどころか近づくことも許されなかったに違いない。

 盗まれた後も気が気ではなかっただろうが、戻ってきたからといってマイクロチップを確認するまでは安心できない。

 しかしそれも難しかっただろうと、俺は紫煙を燻らせながら会場の裏口を見遣る。

 昨日の夜というか今日の未明、王冠が戻ってすぐにマイクロチップを確認することができていれば、とうに海外へ脱出して、俺が朝っぱらからラムのふざけた指令を聞くこともなかったはずだ。

 ニュースで見た時には王冠はもう御大層なケースに収まっていたのだから、大方、警察やマスコミの目があって調べることができなかったのだろう。

 だから今、ああやってこそこそと会場の裏口からアナグマが這い出す羽目になっているのだ。

 しかし、こうして裏口で待ち構えている俺に言える台詞じゃないんだが、どうして後ろ暗い連中は人目につかない裏通りをお約束であるかのように利用しようとするのだろうか。今回のように雑多に人が溢れている時は正面から堂々と出て人混みに紛れたほうが安全だろう。

「よう、同志。同志アナグマ」

 闇の中からぬるりと背後を取って、声を掛ける。自然と嘲笑に口端が歪んだ。

「ひっ」

 ちょっと待て。

 俺たちの姿を認めたアナグマが、悲鳴上げて逃げ出した。

 お茶目なイタズラをしかけて祖国を揺るがしたわりには雑魚くせえなおい。面白くもない。

 イラっときたので、ベレッタを取り出して引き金を絞る。

 ガンと肩を一発撃ち抜いただけで、足が止まって蹲ったが、そこでやっと反撃する気になったのか懐に右手が伸びた。その腕をガツリと踏みつける。

「人の顔見て逃げ出すなんてひでえな」

「兄貴の笑顔は怖ェんでさ」

「うるせえウォッカ黙れ」

 俺はアナグマのこめかみに銃口を押し付けた。

「さあて、俺の用事は言わなくても分かっているよな?残りのデータはどこだ」

 踏みしめる足に力を入れる。

 ぐっと呻きながらもアナグマの視線が踏みつけられた手首へと一瞬流れ、すぐに逸れる。

 ふーん。

 捻り上げるようにして腕を引っ張り上げ、スーツの袖を乱暴に捲る。

 まずは腕時計を外して、調べろとウォッカに放る。

 腕に何かを埋め込んだような不自然な傷や、人工皮膚を貼り付けたような変色はない。

 スーツ、切り裂くか。

「兄貴、ありやした」

 ウォッカが手早く解体した腕時計から、マイクロチップが発見された。

「このデータの確認が終わるまでは付き合ってもらうぞ。立つんだ」

 改めて銃口をアナグマの額に突きつける。

 今度のデータは3分の1だったなんてオチがつき、また回収に走らされたら堪ったもんじゃない。

「データは渡したんだ。見逃してくれ」

「無理だね」

「君たちも! 君たちも切り捨てられたと聞いている。違うのか」

 俺の目を見上げる同志の目には諦観が滲んでいた。

 お互いに分かっている事実がどうしようもなく横たわる。

 データを見、暗号を作り、二つに分けた。その目と脳に刻み込まれたものを消すには仕方がないことと諦めるしかない。

 だがまあしかし、今はその時じゃない。

 とりあえず反対の肩も撃ち抜いておくかと引き金を絞ろうとし、嫌な予感がしたので後ろに一歩引いたらサッカーボールが壁にめり込んだ。

 

 ――バンッ!

 

 もう一度言おう。

 サッカーボールが壁にめり込んだ。ボールのくせに跳ね返りもせず、壁を削ってめり込んでいるんだぞ。

 頭に当たっていたらザクロのように弾けたんじゃないかこれ。それでいいのか少年マンガ主人公。

 銃口をアナグマの額に固定したまま目線だけを流せば、想像通りの小さな影。

 それからもう一人。

 ボールを追うように飛び出してきたのは沖矢昴。それにすかさず応じたのはウォッカ。いかん、嬉々として拳を振り上げている。

 しかしFBI、小学生に先手を取られて二番手に甘んじるって大丈夫かおい。

 追撃で鉛玉が飛んでくるとばかり思ったのに、拳で立ち向かってくるっていうのもどうなんだ。

 変装して全くの別人のふりをしてみたところで、ズボンの裾やシャツの袖口などにデリンジャーとかスリーブガンのひとつやふたつ……いや三つくらいは潜めてねえと安心できないだろう普通。

 なにせ、小学校1年生のガキすら物影で麻酔銃の照準合わせて虎視眈々と隙を窺っているようなご時世なんだから。

「た、助けてくれ」

 乱入者の登場によって外れた銃口にこれ幸いと、アナグマが逃げ出した。

 無関係の人間を巻き込んだほうが無茶はしないと思ったのか、探偵の潜む場所を目指している。

「チッ」

 遠退こうとするスーツ姿の後頭部に向かって発砲した。

 どさり、と。

 倒れ込んだのは、探偵のすぐそば。

 容赦なく響いた銃声に場が怯む。

「ウォッカ。撤収だ」

「へい」

 ウォッカが赤井の蹴りを大きく弾き飛ばした。

 虫の息でダイイングメッセージを残されても面倒くさいから、牽制を兼ねて更に三発倒れ伏した身体に銃弾を撃ち込んでから踵を返す。

 曲がり角で追跡の気配に向かって残りの弾を撃ち尽くし、弾倉を交換した。

 

 データがすべて揃っていることを確認する前にアナグマを処分するハメになったのは痛かったが、仕方がない。

 人の闇の裏の裏まで見たがる子どもに生き証人として確保されて、全部暴かれるよりはマシだろう。

 

 

 

 

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