仔熊のミーシャに愛をこめて   作:つきや

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「船の中身を今すぐ全て運び出せ」

 同志アナグマのヨットを押さえていた連中に、助手席のウォッカがスマホで指示を出している。ああ、悲しく散った俺のスマホよカムバック。

 小さい探偵がこっそり後をつけてきていないことを確認しつつ、俺は愛車をヨットが停泊している桟橋へと向けた。

 

 ウォッカの回収指示を聞きながら思案を巡らせる。

 まさか少年漫画的ご都合主義で、マイケル・ロングのごとく頭蓋骨の上に鉄板が入っていたとかそんな理由をこじつけられて、実はアナグマが助かっていたなんてオチはないだろう。……ないよな?

 探偵たちは、ロシアの文芸員がどんな理由で黒の組織の死神に狙われたのだと推理するだろうか。

 アナグマは王冠に予告状が届いた時から――もしくは王冠にマイクロチップを仕込んだ時から色々と不振な行動をしていたはずだ。

 だからといって、あれは怪盗キッドの共犯者だと推測するには物足りない男だった。

 ウォッカなんぞは俺が怪盗紳士に夢見すぎていると文句を言うが、ライバルを必要とする探偵だって不殺の魔術師に理想を追い求めて現実を見ていないから大丈夫。絶対に俺と同じ結論に達する。

 なんにしろここはひとつ、怪盗キッドの予告状を目眩ましにした犯罪をでっち上げる必要がある。

 探偵どもに突き回されると、思いもかけないところから旧KGBと黒の組織が結び付いてしまうおそれがあるから用心に越したことはない。

 ……普通なら気付かないような、例えば他の展示会スタッフとボロが出かねない会話をしていなければいいが。

 スパイの自負というかどうしようもない習性で、痕跡は全部処分しているはず。

 今向かっているヨットにも何か身バレするものを置いているとは思えないが、死を覚悟していたならわざと残しているという可能性が無きにしもあらず。

 可能性の話をどこまでもしていくのならば、アナグマの恨みが深くて例えば自分が死んだらマスコミにデータ配信が行われるようになっているとか、そんな小細工の可能性も考えられるわけだが、そこまでくるともう俺の仕事の範囲を越えている。ラムがデータを押さえるなりボスが圧力かけるなりなんなりすればいいさ。

 

 港に着き、ヨットに乗り込む。

 撤収は完了していた。

 さて、探偵どもがこのヨットへと押し寄せてくるまで、後どのくらいの時間の余裕があるだろう。

 流石に死体を現場にほっぽり出してまで追ってはこないはずだ。

 しばらくは警察の事情聴取や現場検証などに時間を取られるはずだが、FBIが動くとどうなるか分からない。

 その前に偽装工作を終えなくては。

 ウォッカにはラムのところまでマイクロチップを運ばせる。

 今回はマイクロチップのデータが揃ったかの確認もその場で済ませてから戻って来いと指示する。後、ウォッカのスマホに仕掛けられていた爆弾を回収した。

「しかし兄貴、船の中に何もないってえのも余計怪しくねえですか」

 すっからかんのヨットを見回しながら、ウォッカが言った。

「今から代わりのものを詰めておくさ」

「じゃあ、車のトランクに入っている酒とお泊まりセットを持ってきますかい?」

 ……お泊まりセット。日用品がないと怪しまれるという点でそのチョイスも間違いではないが、ウォッカのくせしてお泊まりセット。

「いや、持ってこなくていい」

 この世界の探偵って生き物は、千里眼の薬を飲んだんじゃねえかって勢いで見透かしてくるからな。タオルのメーカーひとつで、どんな真実に辿り着くか知れたものじゃない。

「中身は俺が作る」

「何を?」

「実はな、ウォッカ」

 俺はもったいぶってニヤリと笑う。

「王冠なんだが、錬金術で作ったニセモノと入れ代えてある」

「は?」

「美術の成績はいつも底辺だったのに、なんで錬成の時は寸分違わねえモノ作れるのかがずっと不思議だったんだ」

「はあ」

 話の流れが見えませんと、ウォッカが首を捻る。

「イシュヴァールで奇襲を受けた夜戦の時に慌てて小銃作ったのが俺の錬金術初体験だったわけだが」

「塹壕の壁にいきなり円を描き出したヤツっすね」

 当時を思い出して、懐かしそうにウォッカが目を細める。

 

 ああ、我らが懐かしのイシュヴァール。

 国家錬金術師には数の限りがあって、しかし戦火は無数に燻っていた。

 あの時、俺たちは錬金術師がいない隙をつかれて追い詰められていた。今思えば、敵だけでなく味方の血も必要としていた戦場だったのだから、配置の薄い場所はわざと作り出され、情報は簡単に漏洩し、応援要請は故意に遮断されたのだろう。

 傷だらけの夜、銃声は止んで苦痛の呻き声は止まない塹壕の中で、疲弊しきった体を丸めて休息を取った。

 あの塹壕は枯れた水路をダイナマイトで拡張して作った急ごしらえのものだったらしいが、後の世に残すべき遺跡が破壊され血塗られていいものではないと嘆く余裕などなく、俺たちにとってあそこは地獄の底だった。

 食い物もない水もない煙草もない。黒い泥水をコーヒーとは認めない。

 いろんなものが限界で、初めて人を殺したとか周りでばたばた人が死んでいったとか、そんなことはどうでもよくなっていた。

 壊れた銃の先でぼろぼろになっている銃剣だけが頼りで、片時も離さず抱き締めて、じめじめとした薄暗い塹壕の片隅に蹲る。

 眠ることはできなかった。

 うつらうつらしながら、敵襲に怯えていた。

 だからこそ、忍び寄る微かな物音に気が付いたのだろう。

 闇に、更に神経を尖らせる。

 ひたひたと近付く敵兵の気配は、多いと分かった。

 そして、気付いたら土壁に錬成陣をいくつも書いていた。

 とうとう気が触れたのかと傍で見ていたウォッカたちが心配したくらいに鬼気迫る表情で一心不乱に。

 塹壕の土と岩と、後は崩落を防ぐ鉄筋なども蝕んで俺の足元にぼろぼろと銃が落ちて積まれていった。

 ついでに、地下に長いトンネルも掘って敵の後ろから銃を乱射してヒャッハーした。

 

「後で我に返って、あんなバカやって銃がよく暴発しなかったなあと」

「その割には兄貴、躊躇なく撃ってやしたが」

「まあ、使い慣れたモシンナガンM1891だったからな。銃身も曲がらずに作れたんだろうと納得できなくもないんだ」

 目隠ししていても解体整備ができるくらいには、馴染みの銃だ。

「今でもイシュヴァールの頃の武器を使うことが多いのもそういう訳ですかい」

 そう。

 イシュヴァール戦役が、今の俺の根底だ。

 6年まるっとあの戦場にいたわけではない。3回分の人生のほんのわずかな時間だったが、しかし短くとも濃厚な日々は、それまでの生ぬるい人生を吹き飛ばすほど強烈だった。

 オタク魂は吹き飛ばなかったのかって?

 あれはもっと深いところに刻み込まれた根源だから仕方がない。

「そういうわけでだ。初めて見たものならどうなるか試してみたくなったんだ」

 精密な金細工が施され、ビックジュエルを始めとした無数の宝石があしらわれている王冠は仕舞ったまま、見ずに錬成してみたら、なんと驚き全く見分けのつかないものができた。せっかくだから入れ替えた。

 つまりはニセモノを返却したのに、誰も騒ぎ立てない。反応してもらえない悪戯ほど虚しいものはない。早く誰か気づけよなと思っていたが丁度いい。

「そこでだ」

 すちゃっと取り出したるは展示品の写真が載ったパンフレット。

「大量にニセモノを作ろう」

 写真は小さく印刷は荒いから、偽物らしい偽物が作れるだろう。

「兄貴、王冠作ったのが楽しかったんすね」

「おう」

 楽しいことはいいことだ。

 偽物がいい感じに物証となれば、探偵どもは贋作を扱う闇商人が黒の組織とトラブったと勘違いするだろう。

 いや、待てよ。

「今度ベルモットが怪しげなパーティーに参加するよな」

 確か、カジノとオークションで荒稼ぎだとか。

「豪華客船でクルージングってヤツですね」

 俺にネクタイ締めてエスコートしろとベルモットが言ってきたが、興味を持てずにはいはいと聞き流した。多分。

「チケットは捨てたか」

「ありますぜ」

 急に気が変わって行くって言い出したら困るから持ってきてありますと、ウォッカ。

「よし。ウォッカ、ラムのところに行ったついでに乗船名簿とオークションリストも貰ってこい」

 船のチケットと一緒にこれ見よがしに隠してしまおう。

 

 ロシアの文芸員が展示品を贋作と入れ換えて闇オークションで売ろうとしていたのに、怪盗キッドの予告状に怖気づいちまって組織に処分されましたっていうカバーストーリーで丸く収まってくれねえかな今回の騒動。

 

 

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