仔熊のミーシャに愛をこめて   作:つきや

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 次の日の夜、俺たちは横浜の港にいた。

 

 お台場に続いて横浜でも黒づくめの不審者がいたという目撃証言を作るためだ。

 現在この港に停泊している豪華客船は、真っ当な船籍を持って真っ当なクルージングをしているふりした真っ黒な船である。

 抽選で選ばれた、特別な客しか乗せない豪華客船での優雅な船旅を装いつつ、国境が曖昧な海の上をいいことに、違法賭博や臓器売買、人身売買、ご禁制の品や盗品のオークションと、なんでもありの治外法権の箱庭。個人的な密輸や密航の手伝いもしているらしい。もちろん、法外な別料金が発生するが。

 ベルモットにエスコートしろとよく言われる船旅だが、裏社会の諸事情が持ち込まれ、刺客が潜んでいたり毒殺事件が起きたりとトラブルに巻き込まれることが多い。また、そういったトラブルが発生しない場合でも、権力の誇示や真っ黒な腹の探り合いなど作り笑いを貼りつけた面倒くさい縄張り争いが繰り広げられるので、任務以外でのベルモットの誘いは基本すっぽかしている。

 今回も、怪しさ満載な黒さを豪華な装飾で誤魔化した客船に近付くつもりはない。ベルモットに接触もしない。

 元々の目的が、偽のバックボーン作りなのだ。それがあからさますぎては、余計な疑いになりかねない。

 だからこそ今は、目当ての客船から少し離れた倉庫街をぶらついていた。

 好奇心旺盛な探偵を引き寄せてしまった今回の一件。

 俺としては、元同志アナグマが女帝エカチェリーナ2世の財宝をロシアから持ち出してニセモノにすり替え、この船のオークションで売るつもりだったということにできればいい。

 しかしこの客船、明日の夜には出港する予定である。

 ニセモノ積んだヨットが燃えたのが昨日なのに、出港は今日。

 つまりフェイクギャラリーの入れ替えが全然間に合ってないじゃねえかよ、と自分で考えたカバーストーリーに疑問を感じないでもないが、逆にキッドの予告状騒ぎが邪魔したので上手くいかなかったという証になると期待している。

 入れ替えに失敗したからこそ組織が処分を決定したのだと、そんな理由になりうるはずだ。

 第一せっかく作ったニセモノが、実は全く役立たずでしたとか寂しいだろ俺が。

 ともかく、俺たちが港を怪しげにうろついて不信感を煽りまくり、乗り込んでみればベルモットのご登場ともなれば、これで全部、黒の組織のせいだ。

「予告状に便乗したヤツが組織に無断で甘い汁を吸おうとしてミスったでもいいな。そもそも予告状も怪盗キッドもニセモノの自作自演、黒の組織もだまくらかして全部自分の懐に入れようと画策したってのもありか」

 港をうろついているだけだと暇なので、つらつらとそんな設定を語ってみたら、どうせ答えあわせの機会はないからどうでもいいじゃないですかいとウォッカから突っ込みが入った。

 今回の事件の真相はそりゃまあ確かに名探偵の推理にお任せだが、それでもスパイだとかマイクロチップだとかの情報が漏れていないか確認は取るため、後日こっそりと答えあわせのチャンスはあるんだぞ。

「兄貴とかち合ったことで全部組織のせいになる可能性が一番高そうなのはいいんですがね、それよりここで会話を聞かれて今までの苦労がパアになったらヤバいんじゃないですかい」

 バカウォッカ、それはフラグだ。

「そうだな。そこで盗み聞きしているこそ泥さんよ」

 かちゃりと音を鳴らして、銃口を向ける。

 ふわりと風が揺れた。

 今回の目撃者づくりで話を聞かれるのは、実は想定内というか物語的なご都合主義を期待したというか。

 つまりは悪役の漏らした会話が偶然主人公の耳に入り、しかし何故か又聞きだったり途切れとぎれに単語しか聞き取れなかったりして、必要な情報を得つつも、更に謎が深まっていくというのはよくある話なんだ。

 ただし、具体的に言えば警察に通報するタイプの目撃者が欲しかったんだよ俺は。

「お呼びじゃないぞ、怪盗キッド」

「これは失礼。しかし、お約束の確認に参りました」

 積み上がったコンテナの上に立っている白い烏が、シルクハットを手袋で押さえ、闇夜にばさりと白いマントを翻して一礼した。

 相変わらず無駄にカッコいいな、おい。

「王冠は返却いただけるはずでしたが」

 うむ。

 本物の代わりに返却したニセモノの王冠だが。

 俺でも本物と区別が付かなくなりそうな出来映えだったので、目印としてビッグジュエルに細工を施してあった。

 コバルトスピネルを光に透かすと芯に赤みが差すようにしてみたのだ。もちろんパンドラに踊らされている奴らへの皮肉である。

 本物を月にかざしてパンドラではないことを確認した怪盗だからこそ、あれはニセモノだと確信して、騙されたと憤っているのだろう。

 モノクルをキラリと光らせて、白い烏が是非を問い掛けてくる。

「悪党の言うこと信じてんじゃねえよ」

 俺の隣で同じく銃を構えているウォッカが、悪人の笑みで頭上の怪盗を威嚇した。ウォッカ、お前だって本物返したって信じてたじゃねえか。

 出会って数日なのに、ウォッカは随分とこの怪盗紳士への当たりを強めている。

 そんなに怪盗キッドを毛嫌いしなくてもと思うのだが、どうも俺がウォッカいわくの『似非くせえ手品師のガキ』のファンだと言って憚らないのがお気に召さないらしい。

「用が済んでからと言ったはずだ」

「……まだ時間が必要ですか?」

「まあ、そろそろお役御免ではあるな」

「では今度こそ、私がしかと返却いたしましょう」

 皮肉げに告げる怪盗に、俺はフンと鼻を鳴らし、コートに仕込んだナイフを斜め下に向かって投げた。

 カッカッカッと地面に刺さるナイフは、6本。

 柄に刻んだ錬成陣から発生した小さいイナズマがチリチリと地を舐めるようにして走り、二重の円と六芒星を描いていく。

 大きな錬成陣が形成され、そこから目映い錬成光が周囲に放たれた後、闇に溢れて消えた。

 後に残ったのは、黄金の死の王冠。

 等価交換の原則だなんだをあまり気にしないで使っている俺の“なんちゃって錬金術”だが、流石に無から有を生むことはできない。

 6本のナイフは消えていた。

 足先でひょいと蹴り上げ手に取ったそれを、キッドへと無造作に放り投げる。

「ほらよ」

 王冠を受け取ったのは無意識なのか、唖然とこちらを見下ろして声も出ない様子だ。

 ポーカーフェイスはどうしたよ。

「奇術師も魔女もパンドラもいる世界で、錬金術師くらいに何驚いてるんだ」

「……錬金術師。だから、賢者の石が作れると」

「ほしいか?パンドラを探す怪盗」

 にっと口端が勝手に獰猛な笑みを作った。

「東京を血の海にしてもいいなら、作ってやるぜ?」

 まあ、このハートフルな怪盗紳士がうんと頷くはずもないと分かっていての問いだ。

「貴方が万が一にでもその計画を……」

 きっと睨みつけて鋭く放とうとした言葉を、怪盗キッドは途中で切った。

「いえ、神の領域に手を出すのはお嫌いでしたね。王冠は確かにお預かりします」

 そう言い残して、どろんと消えた。

 

 つまりこれはあれだ。

 名前を騙られた怪盗キッドが本物の王冠を取り戻したぜ! でハッピーエンドってことだな。

 小さな探偵が豪華客船にこっそり潜り込んで、変装したキッドも紛れていたりして、カリブ海へと航海中に連続殺人が起こって最終的には客船炎上したっていうことだが知ったことじゃねえよそんなもん。

 映画館へ行け。

 

 

 

 

 

 ちなみに蛇足ではあるが、怪盗キッドに返却した死の王冠は本物じゃない。

 ニセモノだ。

 ただ、ニセモノかどうかの区別がつくような細工をしていないだけ。

 キッドの前でまるでナイフが王冠だったかのように錬成して見せたが、王冠の入れ替えを行う際に本物をナイフに変えたりなんぞしていないのだ。

 一度分解して再構築されたモノはホンモノかニセモノか。

 構成成分の過不足の話ではなく、時代の重みや想いの深さ、ついでにいうと、死の呪いというオカルティックなものなどはきっと再現できない。

 目に見えないものが消えてしまう責任を背負い込む気はねえよ、面倒くせえ。

 だから、本物の王冠は俺の愛車のトランクに転がったまま。

 今度、サンクトペテルブルグにある女帝の棺にでも放り込んでおくさ。

 

『真の女帝の頭上にあってこそ真の王冠は美しく輝く』

 

 

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