どこの司令部もスタッフや設備が整っているわけではない。私の移動司令部はただのキャンピングカーで、今日の寝床はプレハブ小屋だった。
これがAR小隊でも率いる期待の指揮官様だったらもっと待遇はいいのだろうけど、生憎と私の所持する人形はたったの一体で。
「ほーら45ちゃんいたいのとんでけー」
こうして応急キットで手当てしてやっているのがその一体だ。
「たまには休ませてよ」
「だめよ。次の仕事があるんだから明日までに治して」
人形の修復は人間よりもはるかに速いので、こうやって修復液に浸した布を巻いてやればいい。
こんなの本来指揮官がするべき仕事じゃない。でも私の司令部には私とこの子しかいないから私がやるしかない。
「今日も手足ふっ飛ばさないで帰ってきたよ」
「えらいえらい。明日もその調子でよろしく。んじゃ私報告書上げるから振り込まれた報酬確認しといてー」
「わかった」
本来は後方支援にでもやらせる仕事を45にさせないといけない。この子はもっと色んなことができる子なのにもったいない。
携帯用タブレットにキーボードを繋いで報告書入力画面を立ち上げる。今日の戦果を記入して上司に出せば翌日に報酬が振り込まれるといった仕組みだ。
PMCを転々としている私は今のG&Kにおける上司と直接顔を合わせたことはない。名前と連絡先を知っているだけで、本当に関りがない。
報告書はすぐに完成した。なんたって私が参加するのは作戦の裏方の裏方で、ネズミが逃げ出さないように穴をつぶすか手負いのやつを追いかけて仕留めるかのどっちかばかり。
こんな下っ端の仕事は報酬が少ないから私は45以外に人形を所持できない。自分の食い扶持と彼女の保守、あとキャンピングカー費用ですっからかん。いっそ暗殺の仕事でも来ればいいのに。そうすればきっと報酬もドンだ。
「でーきた」
報告書を送るためにメールアプリケーションを起動させる。送信が完了してから念のためメールボックスに目を通すと、例のAR小隊のお守りをしている期待の指揮官様に関する話が来ていた。
なんでもちょっと大きな作戦で功績を収めたので勲章を授与されたんだとか。結構なことで。
「報酬の確認終わった。何読んでるの?」
「弊社のエースが表彰されたってお知らせ」
「へぇ。鉄血の兵器を奪ってきたなら評価されるだろうね」
後ろから45がのぞき込んできたため画面を譲ってやる。彼女はメールを上から下まで追い、ちらりとこちらを見た。
「こらこら、近くできれいな顔見せない」
「素直に近いから離れてって言ってよ」
「そうね。顔は見てたいから適切な距離にいて」
45は言われたとおりに少し離れた。彼女の顔は好きなのだけれど、近すぎるとよく見えない。どこか特定のパーツが見たいわけじゃなくて顔全体が見たいから。
さて、意味ありげに視線を送られるときは大抵何か話したいことがある時だから、内容を聞いてみないと。
「で、何か話したいことがあるんじゃない?」
「うん。指揮官は404小隊って知ってる?」
「噂くらいなら。おっかない汚れ仕事ばっかりやってる連中がいるらしいっていう、まあ切り裂きジャックみたいな話よ」
むしろ人形の彼女がその名前を知っていることに驚いたけど、知っているのも当たり前かもしれない。なんせその部隊のリーダーは45と同じUMP45なのだから。
うちの45は404のリーダーを模して造られた量産品で、性能こそ同等だけれど噂で聞くような指揮モジュールは搭載されていない。
「私、実は本物のUMP45に一度だけ会ったことがあって」
「あら意外。記録消されちゃうんじゃないの?」
「取るに足らないって思われたみたい。訓練中に見かけて、舌打ちされただけだから」
「やーねー愛想ない」
実物のUMP45がどんな子かはちっとも知らないけれど、うちの45のベースになってるとすればとても裏表が激しくて営業スマイルの上手なお人形さんなんだと思う。
404小隊には特定の指揮官がいなく、ふらっと現れては同じ作戦に参加した人形たちからクリティカルな記録を消し去ってふらっと消えるなんて話を聞く。切り裂きジャックみたいに現れて殺して痕跡を消して消えていく。存在しない部隊だから404だなんて洒落のきいたフォークロアだと思う。
「いいよ。私本物より弱いし」
「めげないめげない。前より怪我しなくなってきたじゃない」
「指揮モジュール持ってないし」
「私がいるんだからそんなの必要ないでしょ」
「戦闘中は口が悪くなっちゃうし」
「それ絶対オリジナルのせいよ。45は45じゃない。オリジナルがいるからってそれがどうしたのよ」
あやすようにして頭を軽く撫でてやる。今でこそ大人しくなったこの子だけれど、懐かせるまではそれはもう苦労して苦労して。
「指揮官、この前キャンピングカーパンクしてスペアタイヤ使ったのに新しいタイヤ補充してないでしょ」
「あ、バレちゃった?」
「知ってるよ。代わりに私の修復液買ったことも知ってる」
「お金の管理あなたに任せてるものね」
「私がもっと強かったら、本物のUMP45みたいだったら指揮官に楽させられたのに」
「ふはっ」
思わず吹き出してしまった。苦労して懐かせたと思ったらこんなに懐くだなんて。おかわいいこと。
「笑わないでよ」
「無茶言わないで。あのね、私はあなたの指揮官なの。戦える子がいなくなっちゃったら指揮官廃業なのよ? いわば私と45は二人で一人みたいなもんなんだから、45のことを優先するのは当たり前じゃない」
「もっとコストパフォーマンスのいい新人入れて私は手放せばいいじゃん」
「さみしいこと言わないの。これだけ仲良くなれたんだもの、今更手放してなんてやらないわ。45は私の家族でしょ?」
「家族……そう言われるとなんだか落ち着く」
再び腕を伸ばして傷一つない顔を撫でてあげた。
「今日はこのきれいな顔にも傷を作らずに帰ってこれた。45は十分強いわよ」
そう言ってやると彼女は少し口角を上げた。それから立ち上がって尻をはたく。服についていた埃が少し舞った。
「褒められて気分がいいから、今日は私が夕食作るよ」
「あら嬉しい」
「といっても、スパム缶焼いて豆のスープ温めるだけだけども」
「十分よ。私キャンベルのスープ缶好きよ」
「よかった。私も」
小屋を出てキャンピングカーに向かう彼女の背中を見送った。最高にかわいい私の相棒だ。
初めてUMP45を見たとき、浮かべられていた偽物の笑顔に全身が歓喜した。最高だった。これこそ私が求めていたものだった。
人間と人形が仲良くするなんて端から間違っていると私は思っていた。だって構成されている物質が違う、立場が違う、できることも違う、同じなのは形だけ。
だから上っ面だけの彼女を見たときにやっと仲間を見つけた気持ちになった。
何が好感度だ、何が誓約だ馬鹿馬鹿しい。必要なのはお互いの利害の一致、効率的な関係、いつでもお互いに後ろからぶち抜ける信頼。彼女ならそれに応えてくれると思った。
それなのに私に与えられたのはただの代用品で。同じ顔の物と仲良くしろって? 馬鹿なんじゃないの?
UMP45と同じ見た目で同じように喋る彼女は不快だった。私が欲しかったのは代用品じゃない。似た物なんて必要ない。だから壊しそうな使い方を何度もして、でもこの子は何度も戻ってきて。
全然違う物じゃないかとさらに落胆した。だから、いっそもう完全に違う、同一になれない何かにしてしまおうと、そう思った。
だから、この子がボロボロになって帰ってきたとき、G&K本部へ修復に行ったとき、こう頼んだ。
「左目の傷も治してあげて」
それからこの子はうちの45だ。UMP45にはなれないかわいい私のお人形さん。私がいないと戦えない、一人で生きていけないかわいいかわいい子。
フリーズドライの野菜を入れた豆のスープはなかなかに美味しい。少し濃いめの味が食欲を刺激してくれる。
45がほかほかに温めてくれたんで口の中を火傷しないように吹きながら少しずつ口に含む。
「あのね指揮官」
「んー?」
「実はさっき一つだけ嘘ついてて」
45はスープの中にクラッカーを割り入れながら目を合わさずにしゃべっている。
「本当は、本物のUMP45になんてなりたくない」
「どうして?」
「だって404の隊長なんてしたら、指揮官と一緒にいられない」
あぁ、この子は本当にどうしてこんなに。
「かわいいこと言うじゃない」