大地のミットに、俺の現状出せる最高のストレートが収まり、心地良いキャッチング音が耳朶を聾する。
カウントツーツー。バッテリー有利だ。しかも内角を突いたストレートで追い込めたのは大きい。最後はコースさえつければ、何処でもどの球でも仕留められる。
しっかりとこの回を締め括れば、次の回だって……。
─────ッ。
く、そが……! また……こんな時に─────!?
指先に力が入らない。頭がグラグラ揺れる。俺の身体なのに、全く言うことを聞かない。
力、伝わってくれ。こんな時に倒れるわけにはいかないんだ。今、降りるわけには─────!
ズガンッ!!
審判「ボールッ! ツーストライクスリーボール!」
大地「矢来……」
(まただ。またリリースポイントが崩れた。やっぱりさっきのダメージが……!)
(けど、今、お前の代わりはいない。指先まで集中しろ)
(そのマウンドを欲したのは誰だ? 自分自身だろ。監督に言ってのけたんだ、ここは乗り切ってみせるぞ)
実況『低めに叩きつけてボール! これでフルカウント! 一塁ランナーは自動的にスタートを切ります!』
大地(今のボール球で完全なイーブン。リリースポイントが安定していないスライダーは使えない。となると、アウトローにツーシームか、インコースストレートしかない)
(だが万が一にでも、ここ歩かせると、ツーアウトとはいえ相手は上位打線。それだけは出来る限り避けたい)
(ラストボール。四球目と同じインズバで〆ろ)
インコースストレート……。
今の俺に、投げ込めるのか?
この場面になってから、指先から力が抜ける感覚が時折奔る。
吐気もするし、バランス感覚がグラグラだ。
けど、逃げ場はない。
─────立ち向かえ。
気持ちを切らしたら、そこで終わる。
─────やるしか無い。
我儘になった。その無理を聞き届けて、送り出してくれた監督の期待に応えるためにも、こんな馬鹿な俺を信じてくれた奴のためにも、今なお応援してくれているあの人のためにも……。
─────応えろ。
そして、なによりも─────
─────こんな馬鹿を信用して、マウンドを託してくれたチームメイトの為に……!
ビュッゴォォォオォオ─────ッ!!
大地(っ!! ど真ん中!?)
坂山(っ! 甘いコースッ! もらった!!)
カキィィィンンッッ!!
大地(ダメだっ! この当たりは、センター前に抜け─────)
矢来「ラァァアァァッッ!!」
大地「矢来っ!?」
これ以上、今、まさに足を引っ張ってる俺が、これ以上チームに迷惑をかけてたまるか─────っ!
ガッ……!
矢来「あ、ぐっ……!!」
右手が痛い。そりゃあ痛烈な打球をグラブも無しに差し出したんだ。折れているかもしれない。
けれども、まだだ。まだ立ち止まるわけにはいかない。退くわけにはいかない。
マウンドの坂からコロコロと前方へ弱々しく転がる硬式球。それを視界で捉えて、足を動かす。前へ、一歩でも前へ進む。
坂山さんはまだ一塁ベースへ到達していない。ならまだ間に合う。この場面でセーフにしてたまるか。
この試合は投げ切るつもりだった。けれども頭を打ち、右手も打球で怪我を負った。現状を考えれば、俺の役割はこのワンプレー限り。
坂山さんを塁に出せば、次は二番打者の木ノ下さん。一発もあるし、なによりランナーありの状態からだと投手不利になることは間違いない。
成田……。
そんな心配そうな顔するなよ……。大丈夫。こんな不利な状態で、お前にバトンを渡さないから。ちゃんと、完璧に繋いでみせるからさ。
パシッ……!
だから、このアウトだけは必ず─────
……あれ?
頭がクラクラする。身体もおかしい。ずっと揺さぶられてるみたいな─────なんで、こんな時に……。
今、俺の身体の事情なんざ、関係ない。結城さんのファーストミットにボールを投げ込むことだけに意識を向けろ。
ただ、坂山さんをアウトにすることだけに注力しろ。
ヤバイ。視界が霞んできた。立ってられない。せめて、ボールを投げ─────。
そこで気がついた。
矢来「くそった、れ……」
ポトッ……
コロコロ……ピタッ…。
俺の右手は、もう普通にボールを握る余力すら残ってはいなかったのだと。
審判「た、タイムっ!」
矢来「……悪い。あとワンナウト、ちゃんと取れなくて」
大地「気にすんな。お前はよくやったよ。花咲川相手に五回まで無安打ピッチ、滝沼戦でも完全試合なんだからな。この夏、最高のピッチングだった」
矢来「そう言われると、ちょっとだけ気が楽になった。ありがとう」
結城「我妻、早く病院で休め。検査なんかは早いほうがいいだろう」
笠元「せやせや! 花咲川撃退の土産持って、病室に向ったるわい
舘本「……御ゆっくり」
村井「うがっ! ここのところは、我妻ちゃんに、おんぶに抱っこ状態だったからな。ここからは俺たちが繋いでみせる」
矢来「……はい、頼みます」
片矢「よく投げたな。あとは、こいつらに任せてやってくれ。付き添いは有山先生に頼んである。行ってこい」
矢来「……はい。生意気言って、すみませんでした」
有山「よし、行こうか」
矢来「……お願いします」
大地「ゆっくり寝とけ。じゃあ、またな」
矢来「おう、またな」
無力でごめん。後は、任せた─────
空「……おう、任せろ」
アナウンス『羽丘高等学校、選手の交代をお知らせします。レフトの成田君がピッチャー、ピッチャーの我妻君と代わってライト、田中君。ライトの帯刀君がレフト』
『五番、ピッチャー成田君。六番、レフト帯刀君。9番、ライト田中君。以上になります』
パチパチ……ッ!!
観客「我妻ァ! よく投げたぞォォッ!!」
観客「ナイスファイトだぁっ!!」
観客「絶対にまた戻ってこいよォッ!!」
暖かい拍手が、マウンドをゆっくりと降りていく矢来君に降り注いだ。そこに敵味方は関係なくて、矢来君の熱の入ったピッチングとプレイに感化された人達がこんなにもたくさんいて……。
花音「……お疲れ様、矢来君」
だから、私も一抹の心配を抱え込みながらも、精一杯の拍手を送る。彼こそ、私自慢の【ヒーロー】だって、強い気持ちを込めて─────
黒服「花音様。御車の準備はできております。矢来の元へ、向かわれますか?」
花音「……や、やめときます」
黒服「それは……」
花音「……矢来君のことは心配です。ついて行ってあげたいです。けど、この試合だけは、見逃しちゃダメだと思うんです」
今すぐ矢来君の元に行きたい。安全を確かめたい。また触れ合いたい。
けど、この試合だけは最後まで見届けなくちゃいけない。矢来君、龍虎君の気持ちがぶつかり合ったゲーム。きっと、矢来君も最後まで見届けて欲しかったはずだ。
いなくなっちゃっても、それは変わらないと思う。
だから─────
花音「だから、私は見届けます……最後まで」
黒服「……わかりました」
最後、黒服さんは微笑って頷いてくれた。
彼も、理解してくれたみたいだ。
矢来君。君が試合に出れない分、見れない分……全部、私が見届けるよ。
だからまた、どうかまた私に君の笑顔を見せてください─────!
前書きが悲しいなぁ。
ヒロインは何処から選ぶべき2
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アフグロ
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