僕が祖父を失ったのは、もう一年も前のことだ。
唯一の肉親を亡くし、無力感と喪失感に苛まれる日々。
そんな、ただぼんやりと毎日を生きる僕を発破したのは、他ならない祖父が生前に口にしていた言葉だった。
『
僕は決めた。冒険者になると。
英雄譚にあるような、運命の出会いをしてみせると。
そして、
▽△▽△
「──おい、坊主。見えてきたぞ」
ガタゴトと音を立てる荷馬車の主、行商人である恰幅のいい男性の声に、閉じていた瞼を開ける。
荷台から顔を出し、男性の指差す方へ視線を向けると、高い白亜の外壁が平坦な草原に仰々しく佇んでいた。
「……すごいな」
「はっはっはっ。オラリオを初めて目にする奴は皆そう言うぜ」
ポツリとこぼれた感想に、男性は得意げな顔をして笑った。
迷宮都市オラリオ。富も名声も、運命の出逢いも、何もかもが手に入る『世界の中心』。
目的地への到着を目前に、僕の胸は確かな高鳴りを見せていた。
「俺は仕事柄、色んな国や町を巡るんだがよぉ。あんなところは二つとねぇ」
「山奥の村に住んでた僕からすれば、どんなところだってすごいところです。でも……あそこはやっぱり違いますね」
「あぁ、分かるぜ。俺も初めて来たときは、そりゃもう度肝を抜かれたからなぁ」
当時の興奮を思い出したのか、男性は微かにその体を震わせた。
「あそこには数えきれねぇ人と物が集まる。それに神々もな。他の国なんかとは比べ物にならねぇぜ」
「モンスターの潜む魔窟……ダンジョンがあるから、ですよね。それに、そこに挑む冒険者も」
「おお、よく知ってるな」
「僕も冒険者志望なんです。だから、オラリオについては自分なりに調べてたことがあって」
そう答えると、男性は「なるほどなぁ」と納得したように頷いた。
「それじゃ、坊主が有名になったら
「はい。任せてください」
にやりと笑う男性に、僕もまた笑みを返す。そうして、またオラリオの外壁に視線を戻した。
──ようやく、帰ってきたんだ。
オラリオを囲む壁は、もうすぐそこまで迫ってきていた。
▽△▽△
「それじゃあ、ありがとうございました」
「いいってことよ。死ぬんじゃねぇぞ、坊主」
オラリオの外壁に辿り着くと、男性と別れて門の方に向かった。自分でも驚くほどに、その足取りは軽い。
が、そこにあったのは長蛇の列。老若男女、そして様々な種族の人が、オラリオの門をくぐる瞬間を今か今かと待っていた。
流石は『世界の中心』。そう感心しながら、僕もまたその列の最後尾に加わって順番を待つ。
「次の者!」
そして、いよいよ僕の番がやってきた。
「通行許可証はあるか?」
「いえ」
「そうか。なら、冒険者志望の旅人といったところかな。ではとりあえず、『
その言葉に素直に従い、僕は門番に背中を差し出す。
『
ここで『恩恵』の有無を確認するのは、他国の【ファミリア】や密偵、犯罪者の都市侵入を防止するためだ。そのために使われるのが、門番が手にしている
「『恩恵』は……ないみたいだな。よし、大丈夫だ。楽にしてくれていい」
確認が終わったのか、門番に軽く肩を叩かれる。
僕はお礼を言い、身嗜みを軽く整えた。
「冒険者登録をするには『ギルド』に向かってくれ。そこで各種手続きが行える。ただし、登録の条件は『
「分かりました。ありがとうございます」
「君がよき神と巡り会えることを祈っているよ」
最後にもう一度門番に頭を下げ、門の先に一歩を踏み出す。
この瞬間を、果たしてどれだけ待ちわびていたことか。
込み上げてくる万感の思いに、自然と頬が緩み、口からは深い吐息がこぼれ出た。
「相変わらず、すごい人だな」
目の前に伸びる通りは、大勢の人でごった返していた。ヒューマン、エルフ、ドワーフ、獣人などなど、異なる種族の人々が入り交じって歩く様子が見られる場所など、世界中を探しても
そんな懐かしい光景に足を止めること数秒、僕は人だかりの間を縫うように走り出した。
探さなければならない。
僕の大切な女神様を。
走る。
とにかく走る。
あの
自分なら彼女を見つけられる。そう信じて。
そして日も暮れ始め、辺りが茜色に染まり出したとき。
僕はようやく、彼女を見つけた。
その
右手には好物のジャガ丸くんを持って、時折思い出したように口に運んで、飲み込んだ後は決まって物憂げなため息をこぼした。
そんな元気のない、記憶にある底抜けな明るさとは対照的な姿を見せる神様に、僕はゆっくりと近付いていく。
「こんにちは。どうかされましたか?」
「んー? 誰だい君は?」
「──ただの冒険者志望ですよ」
一体誰なのか。
そんな神様からすれば当たり前の疑問に、一瞬だけ返答に詰まる。けれどすぐに取り繕って、笑みを浮かべた。
その言葉を聞いた神様は、澄んだ蒼色の目を見開いて僕のことを見つめた。その体が震えているように見えるのは、きっと気のせいではない。
「ぼ、冒険者志望……? 嘘は……言ってない。ということは、本当……!?」
「はい。ついさっきオラリオに来たばかりで、今はどこか入れそうな【ファミリア】を探しているんです」
そう答えつつ、神様の隣に腰を下ろした。
それからはお互い無言のまま、時間だけが流れていく。
……うん、やっぱり駄目だ。回りくどい言い方は、僕には似合わない。
自分の意志は自分の口から、はっきり伝えなければ。
「神様」
「な、なんだい……?」
「僕を、神様の【ファミリア】に入れてください」
僕は神様に頭を下げた。
ひゅっ、と神様が息を呑む音が聞こえる。
「ほ……本気で言っているのかい……?」
「本気ですよ。嘘は言ってません」
「ボクの【ファミリア】は……まだ誰も眷族がいないんだ。オラリオにはもっともっと大きくて、立派な【ファミリア】があるんだよ……?」
「知っています。でも、僕は神様の【ファミリア】がいいんです。神様と一緒にいたいんです」
「ボクは、
「構いません。むしろ、遠慮せずにどんどんかけてください。迷惑さえも、僕には嬉しい」
震える声で言葉を紡ぐ神様の目を見て、僕は精一杯の思いをぶつける。
他にどんなすごい【ファミリア】があったとしても、僕の神様は
誰よりも明るく、優しく、そして慈悲深いこの小さな女神様が、僕には必要なのだ。
「だからお願いします。どうか僕を、あなたの家族にしてください」
もう一度、僕は神様に頭を下げた。
返事はない。チラリと様子を窺えば、神様は俯いて、何かを堪えるようにその小さな体を震わせていた。
そして──、
「っっっぃいやったぁあああああぁああああ!!」
弾けた。
「やったやったやったやった!! ありがとう! こんなボクにそこまで言ってくれるなんて、君はなんていい子なんだ! ボクはもう、とっっっっても嬉しいよ! 君みたいな子が眷族になってくれるなら、もう百人力さ!」
「ちょっ、神様、落ち着いて……」
感極まり、飛びついてきた神様は、僕の体を強く抱き締めながら一気に捲し立てる。その勢いはなかなかのもので、うっかり気を抜けば長椅子から落ちてしまいそうなほどだ。
そんな全身で喜びを露にする神様の背中に、僕もまたそっと腕を回した。小さく、華奢な体からは、神様の優しい温もりが伝わってくる。
「僕、ベル・クラネルといいます。自己紹介が遅れてすみません」
「ベル・クラネル……。なら、君はこれからベル君だね! ボクはヘスティア! よろしくね、ベル君!」
そう言って僕の胸から顔を上げ、笑顔を浮かべた神様は、この世の何よりも綺麗だった。
「はい。よろしくお願いします、神様」
さぁ、新たな【
ここに始めよう──。
「な、な、なんで『スキル』が二つも発現してるのさぁああああああああ!?」
「えーっと……それは……あはは……」
ベル・クラネル
Lv.1
力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0
《魔法》
【】
《スキル》
【
・早熟する。
・
・
【
・
本作の展開とは全く関係ありませんが、僕はリューさんが好きです。