後半部分はまた近いうちに完成させます。
「よっしゃあ! 皆、ダンジョン遠征ご苦労さん! 今夜は宴や! 飲めぇ!!」
【ロキ・ファミリア】の宴会は、主神たるロキの一言で始まった。その次には、一斉にあちこちでジョッキが音を立てる。
団員たちがそれぞれ盛り上がる中、アイズもまた手にした杯で、同じテーブルを囲むティオナやレフィーヤらと乾杯をした。
「かんぱーい!! お疲れ様ー!!」
「うん。お疲れ様」
「か、乾杯です!」
鮮やかな色をした
鶏の香草焼きや山盛りのパスタなど、視界を彩るそのどれもが絶品と言っても過言ではない。既に食を進めていた者は、誰もが舌鼓を打っている。
そんな団員たちに倣い、綺麗な狐色に仕上げられた芋の揚げ物──彼女の好物であるジャガ丸君とは似て非なる料理──を皿に取ったアイズは、小さな口にそれを運んだ。サクッと、小気味よい音が耳に触れ、素朴な旨味が広がった。
「……美味しい」
他派閥の同業者からは人形とも囁かれる無表情を綻ばせ、アイズはほっと息をついた。それからは早すぎず、それでいて遅すぎない調子で、彼女は食事を楽しんでいく。
「おーしっ! ガレス、うちと飲み比べ勝負すんでー!」
「がははっ! いいじゃろう、返り討ちにしてやるわい!」
「お、言うたな? 他の子もやらんか!? 賞品はリヴェリアのおっぱいを好きに出来る権利でどうやっ!」
「じ、自分も参加するっすよぉ!!」
「俺もだ!」
「私も!」
「ンー……じゃあ僕も」
「団長ォオオオオオ!?」
ロキの悪ノリにあちこちが沸き立ち、リヴェリアが眉間を押さえて深々と嘆息し、ティオネが血涙を流さんばかりの勢いで悲痛な叫びを上げる。宴の席は瞬く間に混沌と化した。
「な、なんだかすごいことになってましたね……」
「……そうだね」
隣で苦笑を浮かべるレフィーヤに、アイズは微笑と共に頷く。
騒がしいのはあまり得意な方ではない。それでも、仲間たちが笑顔でいるこの空気は、アイズにとってとても心地よいものであった。
やがて喧騒が落ち着くと、話題は遠征のことへと移っていった。
その中でも特に挙がったのが、50階層で起こった未知のモンスターによる襲撃であった。第一級冒険者の扱う上質な武器や防具すら溶かす酸を持つ、さながら芋虫のような気味の悪いモンスターの大量発生により、物資の喪失や多数の負傷者を出した【ロキ・ファミリア】は、未到着階層を目前に撤退を余儀なくされたのである。
「まぁしゃーないな。得物なしに遠征の続行は出来へんし。皆無事やっただけ儲けもんやろ」
「あぁ。次の遠征では対策として『
「これでまた【ファミリア】の運営は火の車か。遠征に莫大な費用はつきものとはいえ、儘ならんな……」
「うむ。じゃが、こればかりは割りきるしかないのぅ。人手を集めてダンジョンに潜るしかあるまい」
ロキ、フィン、リヴェリア、ガレスの順に、【ロキ・ファミリア】の首脳陣が語る。
そのすぐ近くではティオナを中心とした幹部たちが、また違う話題について言葉を交わしていた。
「それにしてもさ、びっくりしたよねー」
「えっと、何がですか?」
「17階層だっけ? 遠征の帰りにミノタウロスが出てきたでしょ? あたし、結構長く冒険者してるけど、モンスターに逃げられるなんて初めてだったなー」
レフィーヤの問いに答えたティオナは、そのときの様子を思い出し、くすくすと笑い声を漏らした。それなりの量の酒を飲んだせいか、その頬はほんのりと赤く染まっている。
「笑い事じゃないわよ。集団でミノタウロスが、それも上の階層にどんどん逃げていったなんて。私たちで全部始末出来たからよかったけど、他の冒険者に被害が出たりしたら大問題になってたわ」
「た、確かにそうですよね……」
ティオネの一言に最悪の状況を想像したレフィーヤは、微かに身を震わせた。自分たちの逃がしたモンスターのせいで犠牲者が出たとなれば、笑い話にもなりはしない。
そんなレフィーヤの様子を横目にアイズが思い浮かべたのは、5階層でミノタウロスと戦っていた一人の少年、ベル・クラネルのことだった。
処女雪のような白髪と
しかしそのおよそ冒険者らしからぬ外見とは裏腹に、ミノタウロスとの戦闘時に見せた動きは、技は、駆け引きは、歴戦の冒険者たるアイズですら目を見張るほどであった。自分がLv.1のときにあれだけ洗練された戦い方が出来ていたかと問われれば、アイズの答えは否に尽きる。
当時の自分に出来なかったことをやってのけるベルに、アイズは少なくない興味を抱いていた。
──あの子は今、どこで何をしているのだろう?
グラスを両手にぼんやりと物思いに耽りながら、アイズは何気なく店内を見回した。
「あ……」
そして、見つけた。
柔らかな魔石灯の光に照らされ、数多の冒険者たちで賑わう中に、その少年の姿を。
「アイズ?」
「ア、アイズさん?」
自分を呼ぶ仲間たちの声には耳も貸さず、アイズは静かに席を立った。第一級冒険者として培った経験と技術を存分に発揮し、気配を殺してゆっくりと少年──ベル・クラネルに近付いていく。
「あの……」
「うひゃあっ!?」
やがてベルの隣まで辿り着くと、アイズは小さく声をかけた。すると彼の肩が大きく跳ね、すっとんきょうな声と共に勢いよく
「えっと……こんばんは」
もしかして怖がらせてしまっただろうか、と。
ベルの驚き様にどこか申し訳ない気持ちになりながら、アイズは小さく頭を下げて挨拶をした。その姿に呆気にとられていたベルも、やがて状況が呑み込めてくると、「こ、こんばんは」とぎこちない笑みを浮かべた。
「……」
「……」
「……」
「……えっと、何かご用ですか?」
先に沈黙を破ったのはベルだった。困ったような表情で尋ねるベルに、アイズはどうしたものかと首をかしげた。
何せ、ベルに声をかけたのは彼を見かけたからであり、完全に思いつきからの行動であった。会話を続けるための話題などある筈もない。
「……もしかして、迷惑だった?」
「いえ! そんなことは全然なく! あはは……」
「そっか。よかった……」
込み上げる罪悪感のままに尋ねたアイズは、ベルの否定にほっと胸を撫で下ろした。
そのときだった。
「う、うちのアイズたんが、知らん男と仲よさげに話しとる~!?」
まるでこの世の終わりを目の当たりにしたかのごとく絶望に満ちた顔で、人差し指をベルとアイズに向け、わなわなと震えている。その目尻には涙すら浮かんでいた。
そんな彼女の反応を皮切りに、店内は瞬く間に唖然となった。
「おいおい、嘘だろ……?」
「あの【剣姫】に男だと……!?」
「しかもあんなガキが……!?」
「ア、アイズさんが……知らない男の人に……声をかけて……! くぅうううぅううううう~!」
「ちょっとアイズ! その子、誰!?」
一瞬にして凄まじい喧騒に包まれた『豊饒の女主人』。店に長く勤めるウエイトレスたちですら、この状況をどう収めたものかと困惑する中、ベルは隣で不快感を露にするアイズにこう囁いた。
「あの、耳を塞いでいた方がいいですよ。
「……? 分かった」
何が来るのかと疑問に思いつつも、ベルの言葉に従い、両耳を塞いだアイズ。
数秒後、彼女はその意味を理解することになる。
「人の店で馬鹿みたいに騒いでんじゃないよアホンダラァアアアアァアアアアアアアアア!!」
「ふぐぅ!?」
怒り心頭となった