「……さて、まずは謝罪をさせてほしい。こうして君のことを引き留めてしまったことと、僕らの主神が迷惑をかけてしまったこと。重ね重ね、すまなかった」
ほとぼりが冷め、いよいよ店内もいつもの空気に戻り出した頃。アイズとの関係についてを巡り、ベルを【ロキ・ファミリア】のテーブルに招いたフィンは、開口一番に謝罪をした。
ちなみに、ベルと共に『豊饒の女主人』に来ていた赤毛の青年は、一足先に家路についており、この場にはいない。フィンがベルを呼び止めた際、彼が一人残ることに難色を示していた青年だったが、他ならないベルの「あの人たちなら大丈夫だから」という
「いえ、そんな。僕はあまり気にしてませんから」
「……ありがとう。こちらとしても長引かせるつもりはない。なるべく早く事を済ませるよ」
フィンはテーブルを挟んで座るベルに微笑んだ。
その裏で、持ち前の観察眼を十全に駆使しながら。
──
神すら認める偉業を五度も成し遂げた、オラリオでも数えるほどしかいないLv.6の冒険者にして、二大派閥として知られる【ロキ・ファミリア】の団長をも務めるフィン。世間一般的な認識として雲の上の存在とされる彼を前にすれば、一部の対等とされる存在やよほどの無知を除き、ほとんどの者が敬意や畏怖の念を態度、あるいは表情に出すものだ。
故に、やや居心地悪そうにしながらも、自然体を貫く目の前の少年に、フィンはその評価を数段階引き上げた。同時に、注意の度合いもである。
アイズ・ヴァレンシュタインの興味を引き、【
「ではあらためて、僕はフィン・ディムナ。知っているかもしれないが、【ロキ・ファミリア】の団長をさせてもらっている。よろしく」
「【ヘスティア・ファミリア】、ベル・クラネルです。よろし──」
「はぁ!? 【ヘスティア・ファミリア】やてぇ!?」
ガバッと、ミアの拳骨を受けてテーブルに沈んでいたロキが、ベルの言葉に起き上がった。その尋常でない様子にフィンが尋ねる。
「ロキ、何か知っているのかい?」
「あー、知っとるっちゅーか……ヘスティア言うたらぶっちゃけ、うちのあんま好かん女神や。こんくらいのチビのくせしてあんな胸しおって……あーもう! 思い出したら余計腹立ってきたわ!」
怒りに任せ、ジョッキになみなみと注がれた酒を呷るロキ。要領を得ない彼女の発言にフィンたちが首をかしげる中、唯一ベルだけは苦笑いを浮かべていた。
「んぐ……ん……ぷはっ。にしてもドチビのやつ、いつの間に【ファミリア】なんて作りおったんや? てか、あれやろ? もしかせんでもバリバリの新興零細派閥なんとちゃうん?」
「そうですね。半月前に興したばかりで、団員もまだ僕だけです」
「うわっ、思ったよりもマジなやつやん。自分、よぉあのグータラな駄女神についていこうと思ったな……」
げんなりとした表情でロキは大きく息をつき、もう一度ジョッキを傾けた。
「ふぅ……。ともかく! 自分なんかにうちのアイズたんはぜっっっっったいにやらん! ドチビの眷族なら尚更や!」
「ははは……。まぁ、ロキの言うことはさておき、僕としても君とアイズの関係は少し気になるところではある。あまり言いたくはないけれど、何か問題が起きてからでは遅いからね。いくつか質問に答えてもらえないかな?」
穏やかな口調で語るフィンだが、その目はまっすぐにベルと、そして彼の横に座るアイズへ向けられている。
彼の言葉は提案という形をとってはいるものの、事実上、命令に等しい。肩書きや地位といった類いを持たないベルに、【ロキ・ファミリア】団長の提案を断る術はなかった。
「……ふぅ、分かりました。お話し出来る範囲でよければお答えします」
ベルは姿勢を正し、にこやかに頷いた。
「ありがとう。それじゃあまず、二人はいつから面識が?」
「それは──」
「昨日」
「……昨日?」
「うん。昨日」
芋の揚げ物をつまみながら答えたアイズに、フィンだけでなく聞いていた誰もが耳を疑った。あれほど騒がしかった一帯が嘘のように静まり返る。
「……フィン」
「ンー……なんとなく予想はしていたけれどね……。それにしても、昨日は流石に予想外だったかな」
その場になんとも言えない微妙な空気が流れる中、リヴェリアの呟きにフィンが苦笑する。
そんなとき、「あれ?」と声を上げたのはティオナだ。
「でもアイズ、あたしたちって昨日、遠征からの帰りでずっとダンジョンにいたんだよ? なのに兎君とは昨日会ったって、なんかおかしくない?」
「ベルと会ったのは、5階層。逃げたミノタウロスを追いかけていって、そこで……」
「……はっ! つ、つまり、そこでアイズさんがミノタウロスに襲われていたこのヒューマンを助けたんですね!」
流石ですアイズさん! と、目を輝かせ、尊敬の眼差しを向けるレフィーヤ。
しかし、アイズは首を横に振った。
「ミノタウロスを倒したのは、ベル。私は、見てただけだよ」
「……へ?」
彼女の言葉に、再び周囲が沈黙する。
彼女はなんと言った?
ミノタウロスを倒したのが、新興派閥に属する駆け出しの少年だと?
「……嘘やあらへん」
極めつけが、ロキの一言だ。
ミノタウロスは強い。
強靭な肉体は生半可な攻撃を通さず、その膂力は盾の上から防具を砕く。最大の武器である二本の角を用いた突進は、まさに必殺と言っても過言ではない。アイズたち第一級冒険者にすれば取るに足らない相手であっても、単独での撃破が敵う者は全冒険者中、三割から四割に届くかどうかといったところだろう。
少なくとも、所属する【ファミリア】が半月前に作られたばかりの新米冒険者に成せることではない。
「……なるほどね。アイズの惹かれた理由はそれか」
「いやはや、じゃが納得したぞ。駆け出しの若造に目の前でミノタウロスを倒す様を見せつけられたともなれば、興味を持つのも当然のことじゃのう」
「だが、果たしてそんなことが可能なのか? 冒険者になって半月だぞ? 【ステイタス】もろくに上がっていない状態で、ミノタウロスに太刀打ち出来るとは到底思えないが……」
髭を撫でながら目を細めるガレスを横目に、眉間にしわを寄せ、リヴェリアは怪訝な表情を作る。
【ステイタス】とはそう簡単に上がるものではない。『恩恵』を刻まれて間もないうちは伸びやすい傾向にあるものの、その期間が終われば地道に【
冒険者になって半月となれば、基本アビリティは一番高いものでH。Gになっていれば出来すぎなくらいだ。
だが、それではミノタウロスを倒すことは出来ない。それどころか、傷一つつけることも不可能だろう。
相手は文字通り、レベルが違う存在なのだから。
「……まぁ、この話は一旦置いておこうか。それより先に、僕たちは彼に謝らないとね」
事の発端は【ロキ・ファミリア】がミノタウロスを逃がしたことだ。例えベルがミノタウロスを討っていたとしても、本来であればさらされることのなかった危険にさらしたという事実は変わらない。いくらダンジョンでは
答えの出ない疑問は後回しにし、フィンは外していた視線をベルへと戻した。
▽△▽△
──……なんや、よう分からん子やったなぁ。
──分からなかった、か。具体的にはどういうところがだい?
──いやだって、
──ふふっ、そうだね。少なくとも見かけ通りの人物でないことは確かだ。少年や駆け出しというには、
──嘘はついとらんかったけど、それもどこまでホンマなんやか。十中八九、なんか隠しとるで。いくら神でも心の中までは覗けへん。あの子はきっと、そこらへんを分かって受け答えしとったわ。
──……あの少年に何か裏があると思うか、フィン?
──ンー……まだ断定は出来ないけれど、ロキやリヴェリアが思っているような子ではないと思うよ。
──ほう、その根拠は?
──親指が疼かなかった、だけでは不十分かな?
──……ま、端から見てた限りやけど、なんか企んだりするような性格とちゃうかったしな。ドチビの眷族や言うとったし、度を越した悪さは流石にせんやろ。
──ふっ、そう願いたいものだな……。
──あのさ、そういえばベートは? さっきからずっと静かだけど。
──……確かに、珍しいわね。いつもならこういうとき、真っ先に噛みついてくる筈なのに。
──だよねー。アイズ絡みだったら特に。
──あぁん? 喧嘩売ってんのか馬鹿ゾネス……!
──じゃあなんで黙りだったのさ? 雑魚のくせに~、とか、調子に乗るな~、とか、いつものベートなら絶対言ってたって。
──チッ……。んなこと、あの兎野郎はとっくに分かってんだよ。
──……へ?
──何それ? どういう意味よ?
──知るか。テメェらで考えやがれ。
──えー!? 訳分かんないよー!
──おやおや。まさかアイズだけじゃなく、あのベートもとはね……。
──うわぁ、ホンマか……。こりゃびっくりやな……。
──【ヘスティア・ファミリア】、ベル・クラネル。覚えておいた方がよさそうだな……。