ダンまち15巻の発売までそろそろですね。続きが楽しみなことももちろん、この作品に生かせるところはどんどん取り入れていきたいところです。
僕がヴェルフと『豊饒の女主人』を訪れた夜から数日、今日のオラリオはいつもとは少し違った賑やかさに包まれていた。
【ガネーシャ・ファミリア】が主催する年に一度の催しで、ダンジョンから連れてきたモンスターを、人々の前で
ここで言う『モンスター』とはただのモンスターのことではない。知性を持ち、地上に対して強い憧れを抱く者たち──
僕の知る限り、人と
そんな悲しい出来事を、二度繰り返すつもりはない。
彼らは僕の恩人で、親友だ。その悲願を遂げるためなら、協力は厭わないだろう。
──いつかまた、皆と笑い合える日が来ますように。
今はダンジョンの下層、そこでひっそりと暮らしているであろう
▽△▽△
「おはよう、ヴェルフ」
「おう、おはようさん。とりあえず上がれよ」
工房を訪れた僕をヴェルフは快く迎えてくれた。
この数日、ヴェルフは僕の武器を打つため、ほとんどの時間をこの工房で過ごしていた。きっと昨日も夜通しで作業を行っていたのだろう。その表情には疲労の色が見え隠れしている。
「思ってたより早い到着だったな。そんなに待ちきれなかったのか?」
「あはは……。まぁ、そんな感じかな。朝から押しかけちゃってごめん」
「気にすんなよ。作業自体はもう終わってるし、なんならベルが来る直前まで寝てたところだ」
そう言って快活に笑い飛ばしたヴェルフは、一旦奥の方へ姿を消すと、その手に何かを持ってすぐに戻ってきた。
「ほら。これが完成したお前の短刀だ」
「わぁ……! ありがとう! 見せてもらってもいい?」
「もちろん」
差し出された短刀を受け取り、
全長はおよそ四〇
「……綺麗だね」
「だろ? だが外見だけじゃねぇ。武器としての性能も間違いなく、これまでで最高傑作だ」
「へぇ。あのさ、名前とかってもうあるの?」
「あぁ。仮だが一応考えてある」
にやりと、ヴェルフは得意気に笑った。そして──、
「《絶†影》だ」
「……《絶影》?」
「いや、《絶†影》だ」
《絶†影》。
内心で復唱し、手元の短刀に目を落とす。
僕の発音とは微妙に違う抑揚であるのは、きっとヴェルフなりのこだわりなのだろう。相変わらず彼の感性は独特だ。
しかし僕の記憶が確かなら、それは
「で、どうだ? 俺としては結構自信ある名前なんだが……」
「うーん……名前はそれでいいと思うんだけど、響きなら《絶影》の方が好みかな」
「そうか。そのままじゃ安直すぎるかと思って捻りを加えてみたんだがなぁ……」
「絶影……絶影……」と、噛み砕いて飲み込むように呟きながら、ヴェルフはこくこくと頷いた。
「……よし! じゃあそいつの名前は《絶影》に決まりだ!」
命銘完了。
今この瞬間から、この短刀は《絶影》だ。
「ねぇ、少しだけ動いてもいいかな?」
「試し振りか? そりゃ構わねぇけど流石にここじゃあな……。やるなら表に出た方がいいと思うぜ」
「うん。ありがとう」
ヴェルフの言葉に従い、僕は貰ったばかりの《絶影》を片手に外へ出た。人気のない路地、その真ん中でゆっくりと構えを取り、基本となる動きを一つずつ試していく。刃が風を切る音と石畳の鳴る音、そして僕の呼吸だけがこの場を支配した。
──やっぱり、ヴェルフの武器は僕の手によく馴染む。
「どうだ? 実際に振るってみた感想は? 違和感とかがあったら遠慮なく言ってくれ」
「ううん、大丈夫。すごく使いやすくて、気になるところなんて一つもないよ」
一通りの動作を試し終えた僕は短刀を鞘に戻し、ふっと息をついた。
「……そういえば、前に言ってたよね。これを作るのに、色々とやってみたいことがあるって」
「ん? あぁ、そのことか。そうだな……一言で言えば、『アダマンタイト』の量を弄ったんだよ」
「アダマンタイトの量を?」
おうむ返しに尋ねると、ヴェルフは「おう」と肯定を示した。
「モンスターの素材の中には金属の素材を持つものがある。俺たちが集めた『ウォーシャドウの指爪』もその一つだな。で、そいつらには本当にごく少量だが、稀少金属のアダマンタイトが含まれてるんだ」
それは昔、ヴェルフが僕に聞かせてくれたことだ。
アダマンタイトもモンスターも、同じくダンジョンで産まれるものだ。モンスターの組成に金属の性質があったとしても、何もおかしなことではない。
「それをヴェルフは弄ったっていうの?」
「あぁ。加工するときに色々と手を加えて、
「ぜ、全部って……! 僕たち、結構たくさん集めたけど、あれを全部この一振りに使ったの!?」
僕は思わず手元にあった短刀をじっと見つめた。
純粋なアダマンタイトの鉱石が採取出来るのは、主にダンジョンの下層や深層だ。それと比べると上層で手に入る『ウォーシャドウの指爪』から採れるものなど、格段に質が劣っていることだろう。
だが、例え劣化していたとしても、それがアダマンタイトということに変わりはないのである。第一級冒険者の武具にも使われる金属を、可能な限り多く使って鍛えられたこの短刀が、強くない訳がない。
「だから言ったろ? 最高傑作だって。これは俺の見立てだが、そいつに上層のモンスターで斬れない敵はいない」
自信満々に、ヴェルフは断言する。
その言葉に嘘偽りがないことは、僕もよく分かっていた。
故に、最高の称賛を彼に送る。
「ありがとう、ヴェルフ。本当にありがとう。この短刀、しっかり使わせてもらうよ」
「あぁ、そうしてやってくれ。使い惜しまれちゃ、なんで打ったのか分からないからな」
がっちりと握手を交わし、僕たちは小さく笑い合った。
▽△▽△
「そういえば、今日はフィリア祭だね」
「……あぁ、そうか。もうそんな季節なんだな。すっかり頭から抜け落ちてた」
不意にこぼれた僕の呟きに、ヴェルフはがしがしと頭を掻きながら苦笑した。
「しかし
「うん、そのつもり。よかったらヴェルフもどう?」
「そうだな……ずっと工房に籠りっぱなしで体も鈍ってたところだ。散歩がてら、回ってみるのもいいかもな」
ならば決まりだ。
僕たちは簡単な支度を整え、最寄りのメインストリートへと繰り出した。
フィリア祭という催し事があるからか、通りはいつも以上に多くの人たちで賑わっており、路肩には出店も開かれている。あちこちから漂う香りは様々で、しかしどれも例外なく食欲をそそる匂いだ。
「あー……ベル、悪いが少し待っててくれるか? 実は朝からまだ何も食ってなくてな、適当に食い物でも買ってきたいんだが……」
「うん、分かった。この辺りで待ってるね」
「悪いな。すぐ戻ってくる」
雑踏に消えていくヴェルフを見送り、近くの適当な壁に背中を預ける。
空を見上げればそこには一面の蒼が広がっており、燦々と爽やかな日差しが降り注いでいる。そこから少しずつ視線を下げていくと、風に揺れる【ガネーシャ・ファミリア】の
見るからに平和なこの時間が、しかし長くは続かないことを僕は知っている。
そして僕は、そんな中の一体である『シルバーバック』と出会し、神様と共に命懸けの逃走劇を繰り広げることになるのである。
同じことが必ず繰り返されるという保証はないが、ミノタウロスの一件などが記憶の通りに起きたのだ、今回のこともまた然りと考えいいだろう。事前に防ぐことも最早難しい以上、如何に上手く切り抜けるかに頭を使う方がきっと有意義というものだ。
「神様、今どこにいるのかな……? 早く合流出来ればいいんだけど……」
いや、そもそも前はどうやって合流したのだったか。
古い記憶をなんとか思い出そうと、眉間に指を当てて小さく唸る。
少しの間そうしていると、不意にこちらに近付いてくる足音が耳を打った。
「待たせたな。よかったら食えよ。待たせちまった礼だ」
「ありがとう。いただくね」
「おう。それと、お前を探してるって
ヴェルフからジャガ丸くんを受け取った直後、死角となっていた彼の後ろから、ひょっこりと見覚えのある黒髪が顔を覗かせた。
「やぁベル君! 久しぶりだね!」
「か、神様!?」
僕の名前を呼び、満面の笑みを浮かべるその
しかし、どうしてヴェルフと神様が一緒にいるのだろうか。
僕は嬉しそうな様子の神様から、隣のヴェルフに視線を移した。
「えっと、なんでヴェルフが神様と?」
「屋台に並んでるときに偶然な。白髪で赤い目をしたヒューマンの男の子を知らないか、って訊き回ってるのが聞こえて、話をしてみればベルの主神様だって分かったから、ここまで連れてきたんだよ」
「いや~、まさかボクも声をかけてくれた子がベル君の専属
ぺこりと神様に頭を下げられたヴェルフは、照れくさそうに頬を掻いた。そんな彼に、僕もまた感謝する。
偶然とはいえ、ヴェルフのおかげで神様と合流することが出来たのだから。
「ところで二人はフィリア祭を見に行くのかい? よかったらボクもいいかな?」
「もちろんです。ヴェルフもいいよね?」
「あぁ、問題ないぜ」
メインストリートの先、そこにある闘技場を目指して、僕たちは横一列に並んで歩き始めた。
(実は投稿が遅れた理由はずっと短刀の名前が浮かばなかったからです。ヴェルフのセンスは難しい……)