【英雄】は止まらない   作:ユータボウ

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 ダンまち15巻、よかったです。メインキャラの過去について触れられていましたが、結構な新情報が出てたんじゃないかなぁと思います。


第13話

 色んなものを見て、食べて、回って。

 僕は神様と、そしてヴェルフと共に、この怪物祭(モンスターフィリア)という催しを精一杯楽しんでいた。

 これから先に何が起こるかは分かっている。だが、それは今を楽しまない理由にはならない。

 そう自分に言い聞かせ、時間の許す限り、この心地よい騒がしさに身を任せていた。

 

 だが、やはりその時間は長くは続かなくて、

 ふとした瞬間を境に、周囲を漂う空気が変わるのを感じた。

 

「──」

 

 興奮と盛況で満ちたこの地上に、冷たく重い、戦場の風が吹き抜ける。僕の世界から一瞬だけ、全ての音と色が消え失せた。

 灰色だけで構成されたその中心で、手にしていたクレープを貪るように嚥下し、ゆっくりと腰に帯びた《絶影》の柄に手を伸ばす。

 

「ベル君?」

「おい、どうした?」

 

 突然足を止めてその場に立ち尽くした僕に、神様とヴェルフは不思議そうな顔をしている。

 そして、どこからか絶叫が上がったのは、その直後のことだった。

 

「モ、モンスターだぁあああああああああ!!」

 

 その絶叫を皮切りに、人々が悲鳴を上げながら逃げ惑い始める。笑顔と笑声に包まれていた通りは、一瞬にして恐怖と動揺に支配されてしまった。

 やがてそこに、一体のモンスターが姿を現した。

 

『グォオオオオォオオオオオォオオオオオ!!』

 

 白い剛毛に覆われた、ミノタウロスを越える巨大な体躯。尻尾と見間違える長い銀の髪。四肢を縛る拘束具らしき鎖は強引に引き千切られ、一部がぶら下がって地面にとぐろを巻いている。

 メインストリートを我が物顔で進むそいつは、僕たちを視界に収めるや否や、その目を血走らせ、歓喜するかのように全身を震わせた。

 

「おいおい……あれは……!」

「……シルバーバック!」

 

 その名をこぼすのと、シルバーバックが走り出したのは同時だった。

 野猿のモンスターはその巨体にあるまじき軽やかさで、一気にこちらへ迫ってくる。

 

「ヴェルフ! 神様を!」

「なっ!? 一人でやる気か!?」

「僕のことは大丈夫! だから神様をお願い!」

「……分かった! ヘスティア様、下がりましょう!」

「わっ!? ちょっ、ベル君!」

 

 張り上げた声に弾かれたように動いたヴェルフが、神様の手を引いてこの場から離れていく。神様が何かを叫んでいるが、僕の意識は既に前へ向いていた。

 《絶影》を抜刀し、突っ込んでくるシルバーバックと対峙する。

 

「さぁ、いくぞ!」

『ォオオオォオオオオオォオオオ!!』

 

 突っ込んでくるシルバーバックを横に跳んで躱し、崩れた屋台を足場に大きく跳躍。空中で身を翻し、逆手に短刀を構える。振り返ったシルバーバックと視線が交錯した。

 

 ──大丈夫だ。

 ──今の僕なら、絶対に負けない。

 

 甦るはかつて感じた恐怖。

 目の前に現れたこのモンスターが、恐ろしくて恐ろしくて仕方なかった。

 けれど、僕が戦わなければ神様が危険にさらされる。そう思えたからこそ、勇気を振り絞ることが出来たのだ。

 

 では今はどうだろうか。

 恐怖がない訳ではない。しかし、自分でも驚くほどに目が冴えていて、心も冷静さを保っている。

 不思議なくらいに、負ける気がしなかった。

 

「ふっ──!」

 

 振り下ろした黒き刃は寸分違わず、シルバーバックの右目に深々と突き刺さった。すかさず柄を両手で握り、捻りながら更に奥へと押し込む。吹き出した鮮血に全身を汚しながら、激痛に絶叫するシルバーバックの顔面を横薙ぎに斬り裂いた。

 

『ガアアァアアアア────!?』

 

 血まみれの顔を両手で覆いながら、しかしシルバーバックは倒れなかった。指の隙間から覗く左目は真っ赤で、これ以上ないくらい怒りに染まっていた。

 やはり一筋縄ではいかないか、と。

 距離を取り、気を引き締め直した僕に、垂れ下がっていた鎖がジャラリと音を立てて振るわれた。路肩に並ぶ屋台や建物が次々に破壊され、生じた風圧が強く肌を叩く。

 

「くっ、望むところ……!」

 

 巻き起こる砂塵と鉄鎖の渦に真っ正面から飛び込む。駆け抜けた石畳が直後に炸裂し、衝撃に崩れそうになる体勢をすぐに立て直す。絶えず目を動かすことで次の動きを予測、最小限度の回避で済ましつつ、前へと進んでいく。

 実際には数(メドル)ほどの、しかし感覚では遥かに長く感じた距離を詰め、再びシルバーバックに肉薄する。その間隔は一(メドル)もない。ここまで近付けば、最早僕の間合いだ。

 恐らく、シルバーバックが完全に我を忘れていなければ、接近することはもっと困難だった筈だ。傷を負わされたことに激昂し、大振りの攻撃をめちゃくちゃに繰り返すだけだったからこそ、上手くやり過ごすことが出来たのである。

 

「食らえっ!」

 

 突撃槍(ペネトレイション)

 全身を一本の槍に見立て、シルバーバックの胸──正確にはそこにある魔石目掛けて、短刀を突き出す。巨躯が僅かに浮き上がり、背中から落下して勢いよく地面を滑った。

 

 ──獲った。

 

 得物を通して伝わる確かな手応えに顔を上げると、シルバーバックは弱々しい呻き声を最後に動かなくなった。僕が上から退くと、その体は灰へと還って霧散した。

 

「……よし」

 

 自分の中で張っていた緊張の糸が弛み、小さく息をつく。

 静まり返った通りにしばらく立ち尽くしていると、後ろからばたばたと足音が連続した。

 

「ベル!」

「ベル君! 大丈夫!? 怪我はないかい!?」

 

 駆け寄ってきたのは神様とヴェルフだ。シルバーバックとの戦闘が終わるまで、どこかに隠れていたのだろう。

 心配そうな顔をしてやってきた二人に、僕はふっと微笑みかける。

 

「大丈夫ですよ、神様。怪我なんて一つもありません。ヴェルフも神様をありがとう」

「そっか……。よかったぁ……」

「しかし驚いたな。まさか本当にシルバーバックを倒しちまうなんて……」

 

 しみじみとばかりにヴェルフが呟いたそのとき、新たな鳴き声が辺り一帯に響いた。

 敵の姿は見えない。だが、近い。

 

「ベ、ベル君……」

「……行きましょう。西側の、僕たちの本拠(ホーム)までは、流石にモンスターたちも来ない筈です」

 

 不安に瞳を揺らす神様の手を取り、僕たちは西側のメインストリートを目指して移動し始めた。

 しかし、一刻も早くこの場を離れようとする僕たちの行く手を阻むように、新たな脅威が立ちはだかった。

 

 湾曲した刃を思わせる角が特徴の雄鹿のモンスター、『ソード・スタッグ』。

 20階層以下の領域に出現する俊足を持つ敵が、通りの脇から躍り出てきたのである。

 

「……まずいな」

 

 寸前で物陰に身を隠したおかげか、まだ向こうはこちらに気付いていないようだ。ただ、このままこうしていても見つかるだけ。故に今すぐにでもこの場を離れたいところなのだが──。

 

「まずいって、どういうことだ?」

「逃げきれないんだ。神様を連れた今の僕たちじゃ……ううん、神様を連れてなかったとしても、Lv.1の僕たちじゃ確実に追いつかれる」

 

 ソード・スタッグは速い。

 同じLv.2であるミノタウロスが膂力と体力に優れたモンスターだとすれば、ソード・スタッグは敏捷さに優れたモンスターと言えよう。一度捕捉されれば、今の僕たちに振りきることはほぼ不可能だ。

 

「そんな!? じゃ、じゃあどうすればいいのさ!?」

「……囮か?」

 

 真剣な面持ちで答えたヴェルフに、僕はこくりと頷く。

 見つかれば追いつかれる。ならば、誰かが注意を引くしかない。

 一刻も早く神様を逃がすためにも、これが現状における最善策だ。

 

「神様、【ステイタス】の更新をしてもらえませんか?」

「へ? い、今ここでかい?」

「はい。時間稼ぎとはいえ、ソード・スタッグと戦うなら、少しでも強くなった方がいいと思うんです。ここ数日、神様の不在で更新が出来てなかったから、やってみる価値はあるかと思います」

「待てよベル、残るなら俺が──」

「ヴェルフ」

 

 上着を捲り、背中の【ステイタス】を神様の前に晒しながら、僕はヴェルフを制した。

 

「その気持ちは嬉しい。けど、武器も何もない今のヴェルフには危険すぎるから」

「っ……! けどよ……!」

「大丈夫。これだけ大きな騒ぎなんだ、きっとすぐに他の冒険者が来てくれる。僕だって最初から足止めに徹すれば、そう簡単にやられたりしないよ」

 

 だから、と。

 僕はヴェルフの目を、まっすぐ見つめた。

 

「神様をお願い。僕だけじゃ神様を守ることは出来ない。これは、ヴェルフにしか頼めないことなんだ」

「俺にしか……頼めない……」

 

 僕の言葉を、ヴェルフ噛み締めるように繰り返す。僅かに俯いた彼の表情を、今の位置から見ることは出来ない。

 

「……よし。終わったよ、ベル君」

 

 漂っていた沈黙を破ったのは、そんな神様の一言だった。

 ありがとうございますと感謝を告げ、服装を正す僕に、神様はずっと背負っていた包みをほどくと、その中身である小型の箱を差し出した。

 入っていたのは漆黒の鞘に収められた、漆黒の柄を持つ短刀。

 それを見た瞬間、僕の口から「あっ……」と声がこぼれた。

 

 見間違える筈がない。

 それは、僕の窮地を何度も何度も救ってくれた、大切な神様からの贈り物。

 《神様のナイフ》だ。

 

「神様、これ……」

「本当はもっときちんと渡したかったんだけどね。いつもお世話になってるベル君へのサプライズさ」

 

 神様はにこりと笑い、僕の肩に手を置いた。

 

「ベル君、僕は待っているからね。君が僕たちの本拠(ホーム)に帰ってきて、大きな声でただいまって言ってくれるのをさ」

 

 蒼穹を思わせる澄んだ瞳が、僕のことを正面から見据えている。そこに懸念や不安の色は皆無だった。

 神様はどこまでも純粋に、僕のことを信じてくれていた。

 そんな彼女の気持ちを、裏切る訳にはいかない。

 

「──はいっ!」

 

 《神様のナイフ》を受け取り、手早く腰の辺りに装備する。

 なくなっていた欠片(ピース)がまた一つ戻ってきたような気がして、こんな状況だというのに口元が緩んだ。

 

「ヴェルフ、あとはお願い」

「……あぁ。気をつけろよ」

「ありがとう。神様、いってきます」

「あぁ、いってらっしゃい!」

 

 二人の激励を背中を受け、僕は勢いよく物陰から飛び出していった。

 

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