【英雄】は止まらない   作:ユータボウ

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 ソード・オラトリア12巻を読んだ勢いで書き上げました。今現在も複雑な思いが胸の内を渦巻いておりますが、とりあえず素晴らしかったとだけ言わせていただきます。


第16話

 『キラーアント』、『パープル・モス』、そして『ニードルラビット』。

 同時に襲いかかってきた三体のモンスターをどの順番で倒すべきか、答えを弾き出したときには、既に体は動き始めていた。

 

 まず狙うべきはキラーアント。錆色の甲殻を有する大蟻のモンスターは、身に危険が迫ると仲間を呼ぶ習性がある。物量での圧殺はこのダンジョンにおいて、最も恐れるべきことの一つだ。故に、一撃で確実に仕留める必要がある。

 キラーアントの次はパープル・モス。このモンスターはその毒々しい体色に違わず、毒の鱗粉を撒き散らしてくる。毒に即効性はないものの、『発展アビリティ』の『耐異常』や解毒薬を持たない今の僕には治癒する手段がない。キラーアントには劣るが、撃破の優先順位は高いモンスターだ。

 そして最後に残るのがニードルラビット。キラーアントのような厄介な習性もなければ、パープル・モスのような毒を使う訳でもない。額の辺りから生えた一本角を用いた突進は要注意だが、それさえ警戒していれば特に恐ろしい敵ではない。

 

『キシャアアア!!』

 

 奇声と共に振り下ろさせるキラーアントの爪を、両手の得物で受け流して距離を詰める。敵の持つ頑丈な甲殻は下級冒険者の生半可な一撃など通さないが、ヴェルフの鍛えた《絶影》はその鎧を、そして内側にある魔石を容易く切断した。

 キラーアントが灰になる寸前、その死体を足場に頭上を羽ばたくパープル・モスに向かって跳ぶ。

 空中でぐっと体を捻り、一閃。

 毒蛾の怪物はそれだけで絶命し、力なく地面へと墜ちていった。

 残るはニードルラビットのみ。そう考えながら着地した直後、背後から足音が連続した。

 

「せあっ!」

 

 振り返り様に放った回し蹴りが、飛びかかってきたニードルラビットの頭部を的確に捉える。ゴキリと骨の砕ける音が、やけに大きく聞こえた。

 短い草の生えた草原を滑り、動かなくなったニードルラビットを一瞥し、辺りを見回す。生きているモンスターの姿はなく、ただ亡骸だけが転がっている惨状。動く影がないことを確かめ、そこでようやく息つくことが許された。

 

「……まずまずってところかな」

 

 現在僕がいるのは地下迷宮の9階層。普段ならヴェルフと二人で挑んでいる場所である。

 この階層でモンスターと戦闘した回数は、先のものを合わせて十数回ほど。そのどれもを危なげなく切り抜けることが出来ている。

 つまり、9階層ならば単独(ソロ)でも十分にやっていけているということだ。慢心や自惚れはなく、ただ純然たる事実として。

 

「……行こう」

 

 地面に横たわる亡骸から魔石を抜き取り、移動を開始する。

 地図は必要ない。下層や深層へ向かう度に通った道なのだ、最短の道筋を体が覚えているのである。

 

 辿り着いた10階層は9階層とは大きく異なる階層だ。

 特筆すべきは視界を妨げる霧。深くはないが、それでも戦闘において厄介になることは間違いない。天井からの光源も9階層の燦々としたものとは違い、どこか薄ぼんやりとしたものになっている。

 ダンジョンにおいて初めて視界の妨害を受ける階層。それがこの10階層なのである。

 

『ブォオオオ……!』

 

 そんな霧にうっすらと影が浮かび、モンスターが現れる。

 『オーク』。

 茶色い肌に醜悪な豚の顔面をした大型級のモンスターだ。その手には大きな棍棒が握られている。

 あれは『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』という、ダンジョンの特性がもたらした天然武器(ネイチャーウェポン)だ。視界を妨げる靄同様、この10階層における大きな特徴である。

 

 睨み合うこと数秒、先に動いたのは僕の方だった。

 辺りからはこのオーク以外にもモンスターの気配がする。ぐずぐずしていては囲まれてしまう危険があるからだ。

 

『ブフォオオォオオオ!!』

「っ、はっ!」

 

 大きく振りかぶられた棍棒を紙一重で回避し、オークの左足に《神様のナイフ》を突き刺す。その柄を精一杯握り締め、後ろへ回り込みながら肉を引き裂く。そして跳躍、体勢を崩して動きを止めた敵の頭目掛け、振り下ろした。

 

『ゴッ……ォ……』

 

 緑色の血液を後頭部から吹き出しながら、事切れたオークはゆっくりと倒れ伏した。

 オークの魔石は胸の奥にあり、僕の短刀では届かない。故に頭を狙い、確実に仕留める必要があるのだ。

 ここに魔法があればもっと早く倒すことが出来るのだが……無い物ねだりをしても仕方がない。

 

 迷わないよう注意しながら道を進んでいると、不意に自分以外の草を踏む音が耳を打った。それも一つではなく複数だ。靄のせいでその姿は未だに見えないが、その正体に当たりはついている。

 

『ギイイイイイ!!』

「そうくると、思ってたよ!」

 

 甲高い鳴き声を上げながら背後より迫った『インプ』を、振り向き様に斬り捨てる。

 胴体を断たれた小悪魔のモンスターは、何が起きたのか分からないとばかりに目を見開いたのを最後に、灰となって消えた。

 

『ギィイイイ!』

『ギァアアアァア!』

 

 最初の一体がやられたのを見た周りのインプたちは、今度はまとまって一度に襲いかかってきた。

 インプは知能が高く、狡猾なモンスターとして知られている。似たようなモンスターであるゴブリンはまず行わないであろう、不意討ちや集団での強襲などをしてくるため、非常に厄介な相手なのだ。オークよりインプの方が恐ろしい、と言われることも少なくない。

 大切なのは慌てないこと。数こそインプの方が多いが、単体で見れば決してそうではないのだ。深追いせず、冷静に各個撃破していけば包囲網は自然と瓦解する。

 

「そこっ!」

『ギェア!?』

 

 《神様のナイフ》と《絶影》。二つの得物を駆使し、インプを斬り伏せる。動き回ることで敵を翻弄し、隙を見せたところを一体ずつ叩く。

 やがて音が止み、この通路がしんと静まり返るまで、そう時間はかからなかった。

 

 ──戦える。

 

 二度の遭遇戦を経て込み上げてくる実感に、手の開閉を繰り返す。

 一度理解してからは早かった。出くわしたモンスターを片っ端から斬り捨て、蹴散らし、圧倒する。積み重ねてきた技術を存分に使い、目についた敵から順番に屠っていく。

 この場にヴェルフがいなくてよかったと、僕は心の底から安堵した。

 どこまでも冷酷に、そして餓えたように、モンスターを狩り続ける。

 こんな姿は、とても見せられたものではないからだ。

 

「強く、なるんだ」

 

 これから先に待ち受ける困難を乗り越えるために。

 そして何よりも、あの人の隣に立つために。

 熱を帯びる【ステイタス】と猛る本能に身を任せ、寄せ来る怪物に向かって疾駆した。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 地に伏したモンスターの骸から魔石を回収し、大きく膨らんだ巾着へ詰め込む。口を縛るのにも一苦労なほどになった巾着には、これ以上の魔石を入れることは出来そうにない。

 探索の継続自体は可能だ。しかし、倒したモンスターから魔石を回収せずに放置し、その魔石を他のモンスターが捕喰するようなことがあれば、強化種という危険な存在を生むこととなってしまいかねない。

 

「……今日はここまでかな」

 

 懐中時計で地上の時間を確認すると、間もなく夕方に差しかかろうとしていた。今から地上に戻れば、暗くなる前には本拠地に帰ることが出来るだろう。

 軽く呼吸を整えた僕は踵を返し、撤退を開始した。他の冒険者たちの通った跡を頼りにすることで、極力戦闘を避けつつ上層へと戻っていく。

 そして2階層に辿り着いたとき、突然曲がり角の向こうから怒声と思われる声が反響した。

 

「さっさと歩け! このウスノロが!」

 

 角から顔だけを出して様子を窺ってみると、そこでは一人の男がバックパックを背負った人物に罵倒を浴びせかけていた。バックパックに隠れてよく見えないが、背丈からするにまだ子供か、あるいは小人族(パルゥム)だ。となると、十中八九『サポーター』に違いない。

 

「ったく苛つくぜ……! オラ、とっとと行くぞ」

「……はい」

 

 声を荒らげる男に小さく返事をしたサポーターは、男の後ろをとぼとぼと歩き始める。

 そのとき、ほんの一瞬だけ、僅かに横顔が僕の方に向けられた。

 ドクン、と心臓が大きく跳ね、カッと目が見開かれる。

 

「……リリ」

 

 見間違える筈がない。

 癖のある茶色い髪と円らな瞳。それが見えたのは一瞬だったが、断言することが出来た。

 目の前を歩く少女こそ、リリルカ・アーデその人であると。

 

 僕は離れていくリリに向かって一歩を踏み出し、しかしそこで脳裏を過った疑問に足を止めた。

 

 ──声をかけて、しかしそれでどうするというのだろう?

 ──今の僕たちは【ファミリア】(かぞく)じゃない。なんの繋がりもない他人同士でしかないのに。

 

「うるさい」

 

 浚巡は一秒にも満たなかった。

 弱音を囁く自分自身を押さえつけ、小さくなっていく二つの背中を追いかける。

 

 認めよう、僕は怖いのだ。

 かつてたくさんの時間を共に過ごした大切な女の子と、一緒にいられなくなるかもしれないということが。

 未来を知るが故に、過去である今において何か余計なことをしたばかりに、リリルカ・アーデに懐疑され、拒絶され、嫌われることが、何よりも恐ろしいのである。

 

 だが、それは僕が過去を、または未来を知っているからこそ起こる恐怖だ。

 『かつて』は捨て置け。

 『今』だけを見ろ。

 僕の目に映っているのは【ヘスティア・ファミリア】のリリルカ・アーデではない。

 冒険者に不当な扱いを受け、意味のない罵声と暴力に曝されるサポーターの女の子だ。

 首を突っ込む理由には、これだけで十分ではないか。

 

「我ながら単純だよなぁ、ほんと……」

 

 小さく苦笑しつつリリと男を尾行し、ダンジョンを出る。摩天楼(バベル)に戻ってきた二人が真っ先に向かったのは、やはりと言うべきか、魔石の換金所だ。

 一悶着起こるとしたらここだろうと、僕は一層の注意を払って様子見に徹する。

 すると案の定、ヴァリスの入った袋を持ってきたリリに、男が「おいっ!」と声を張り上げた。

 

「このクソガキ! 魔石をちょろまかしやがったな!?」

「……何を仰いますか? リリは言われた通り換金してきただけですよ」

「嘘をつくんじゃねぇよ……! 今日の稼ぎがたったこれっぽっちな訳ねぇだろうがよぉ! あぁん!?」

 

 周囲からの目を集めながらも男が止まる様子はない。怒りと不満を全面に押し出し、何もしていないと主張するリリのことを睨みつける。

 

「ふざけた真似しやがって……! てめぇみてぇな屑に払ってやる金なんて一ヴァリスもねぇ! さっさと消えろっ!」

「っ……!」

「なんだその目は? 消えろって言ってんだよっ!」

 

 そしてとうとう椅子から立ち上がった男は、リリに向かって拳を振り上げた。間もなく訪れる痛みと衝撃に、リリはぎゅっと目を瞑る。

 だが、それが彼女に来ることはなかった。

 

「……なんだ、てめぇ?」

「駄目ですよ。気に入らないからってすぐに手を出すのは」

「てめぇには関係ねぇだろ! ぶっ殺すぞ!」

 

 唾を飛ばしながら右腕に力を込める男だが、僕に掴まれた腕は微動だにしない。

 それはつまり、僕の【ステイタス】が男のそれを上回っていることを意味していた。

 

「このっ! ガキが! 離しやがれ!」

「ねぇ、君は本当に魔石をちょろまかしてなんかないんだよね?」

「は、はい。リリは、まだ何もしてません……」

 

 ──まだ、か。

 

 突然声をかけられたことに対する動揺からか、リリは僕の問いに素直に答えた。

 まだ、ということはこれから何かしらのことをするつもりだったのかもしれない。が、それはあくまでこれからのこと。現状で何もしていないのであればリリは無罪だ。

 

「くそっ! 舐めやがってぇえええぇえええ!」

 

 癇癪を起こしたように怒声を撒き散らしながら、男は左腕で強引に殴りかかってきた。

 僕は素早く男の足を払い、体勢を崩したところで一気に拘束して押さえ込んだ。喚き、もがく男だが、完全に極ったこの状態から抜け出すことは不可能だ。

 

 そうこうしていると騒ぎを聞きつけたのか、換金所からギルドの職員と【ガネーシャ・ファミリア】と思わしき冒険者が数名、僕たちのもとに駆けつけてきた。リリと男、そして僕の三人はそこで事情聴取を受けることとなったのだが、騒ぎの始終を見ていた人たちの話もあり、僕とリリの二人は速やかに解放される流れとなった。

 そして現在、僕とリリは並んで夜のメインストリートを歩いている。お互いに無言で、ただしリリの方は何か言いたげにして、僕の顔色をチラチラと窺っていた。

 警戒はされているだろう。だが、それよりも純粋な疑問の方が強いように感じた。

 関係ない筈なのに何故、この人は横から現れたのか、と。

 

「ごめんね、外野の人間なのに首を突っ込んじゃって」

「……いえ、こちらこそありがとうございました。冒険者様のおかげでキチンとお金も貰えましたし、殴られずに済みましたから」

 

 思いきって僕の方から先に話しかけると、リリは小さな声でお礼を言った。

 

「……サポーター、なんだよね? いつもああなの?」

「……そうですね。冒険者様たちにとって、リリのようなサポーターは単なる荷物持ちでしかありませんから。まともな報酬を貰えたことの方が少ないですよ」

 

 自嘲気味に答えたリリに心がざわつく。僕は無意識のうちに握り拳を作っていた。

 サポーターは役立たずで落ちこぼれ。

 このオラリオでそういう風に考える冒険者は、残念なことにかなり多い。一人では戦えず、誰かについていかなければならないサポーターは、冒険者にとって侮蔑と嘲笑の対象なのである。

 本当に、馬鹿馬鹿しい話だ。

 

「ではリリはこの辺りで。さっきは本当にありがとうございました」

 

 中央広場(セントラルパーク)に到着したところでリリは最後に頭を下げると、僕とは別の方向へ進んでいこうとする。

 僕たちは赤の他人同士。やがて別れるのは当然の帰結だ。

 

 ──これでいいのか?

 

 小さな背中が、遠ざかっていく。

 ようやく見つけた大切な人が、どこかに行ってしまいそうになっている。

 耳元で囁くもう一人の自分に、僕は決心して顔を上げた。

 

「あの! よかったら──」

 

 離れていく彼女を、僕の言葉が繋ぎ止めた。

 


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