【英雄】は止まらない   作:ユータボウ

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第17話

 中央広場(セントラルパーク)噴水前。

 僕とヴェルフがダンジョンに挑む際、いつも待ち合わせをしている場所だ。

 

「ヴェルフ、おはよう」

「おはようさん、ベル」

 

 人混みをかき分けてやってきた相棒に手を振って応える。

 黒い着流しに身を包み、大剣を背負った赤髪の青年は、今日も人当たりのいい快活な笑みを浮かべていた。

 

「よし、じゃあ行くか」

「あのさ、ダンジョンに行くのなんだけど、ちょっと待ってくれない?」

 

 いつもなら二言返事でダンジョンに向かうところなのだが、今日は少しだけ変わってくる。

 怪訝そうな顔をするヴェルフと共に更に待つこと数分、僕はキョロキョロと辺りを見回しながら現れた〝彼女〟を見つけると、その名前を呼んだ。

 

「リリ! こっちこっち!」

「あっ、ベル様、おはようございます!」

 

 大きなバックパックを背負い、僕の姿を見つけるや否や、駆け寄ってきたリリ。

 僕がすぐにダンジョンに向かわなかった理由が、彼女の存在だ。

 

「……知り合いか?」

「うん。紹介するよ。彼女はリリルカ・アーデさん。サポーターとして僕たちの探索を手伝ってくれることになったんだ」

「はじめまして、冒険者様。リリルカ・アーデといいます」

 

 僕の名前を口にする見知らぬ少女の登場に面食らうヴェルフに、僕は昨日あった出来事とその後のことを話した。

 

 あの夜、リリと別れる直前、僕は彼女をパーティに勧誘した。

 対等な仲間として一緒に探索をしてほしい、頭を下げながらそう頼んだ僕に対し、リリは長考の末、『明日の探索には同行するが、それ以上は考えさせてほしい』と答えたのである。

 正直、出会ったばかりの冒険者にこんなことを言われても頷かないだろうと思っていただけに、リリが承諾したのは意外ですらあった。報酬か、あるいは何か思うところがあったのか、いずれにせよ条件つきとはいえ、彼女を仲間に引き込むことが出来たのは、僕にとって幸運以外の何物でもなかった。

 

 だが、それはあくまで僕にとっての、である。

 話を聞き終えた後もヴェルフは眉をひそめたまま、思案するように唸り声を上げた。

 

「……こんな言い方はなんだとは思うが、信用していいのか? 確かにサポーターが同行してくれるのはありがたいんだけどよ……」

 

 それは至極当然の疑問だった。

 リリのことをよく知っている僕は、その能力が高いことも分かっている。しかし、いきなり初対面の誰かがパーティに参加するようになったと言われても、素直に納得出来る人はほとんどいないに違いない。十中八九、ヴェルフのように難色を示すことだろう。

 

「うん。だから今日はそのための一日なんだ。リリは僕たちのことを見定めるつもりなんだろうけど、逆に()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから今日一緒にダンジョンに潜って、もしヴェルフがリリのことを信用出来ないと思ったなら、そのときは遠慮なく言ってほしいんだ」

 

 リリがまずは一日だけと言ったのは、恐らく僕たちのことを値踏みするためだ。

 だがそれは、何もリリだけに当てはまることではない。

 リリのことを知らないヴェルフにも彼女のことを見てもらい、判断してもらいたいのである。

 

「……なるほどな。分かった、そういうことなら言うことはねぇ」

「ごめんね、事後承諾みたいになっちゃって……」

「気にすんなよ。さっきも言ったが、サポーターが来てくれること自体は歓迎してるんだ」

 

 にっと男前に笑ったヴェルフは、「待たせちまったな」とリリに視線を移した。

 

「自己紹介が遅れた。俺の名前はヴェルフ・クロッゾ。【ヘファイストス・ファミリア】の鍜冶師(スミス)だ。よろしくな」

「……クロッゾ? クロッゾというと、あの魔剣貴族の『クロッゾ』ですか?」

「……あぁ。でも家名は嫌いなんだ、呼ぶならヴェルフって呼んでくれ」

 

 『クロッゾ』の名で呼ばれたヴェルフは僅かに言葉に詰まったが、すぐにいつもの様子に戻った。

 

 そのとき──リリが一瞬だけ、嗤ったような気がした。

 

「分かりました。ではヴェルフ様とお呼びさせていただきます。リリのことも、どうか名前でお呼びください。どうぞ、よろしくお願いします」

「おう。よろしくな、リリスケ」

「リ、リリスケ……」

 

 突然の渾名呼びに、今度はリリが困惑する番だった。ヴェルフに悪気はないのだろうが、端から見ていると意趣返しと受け取れなくもない。

 

「……なんだ? どこかおかしかったか?」

「うんん、なんでもないよ」

 

 小さく吹き出した僕にヴェルフが不思議そうな顔をしている。

 リリもそこでヴェルフに他意がないことに気付いたようで、肩をすくめて苦笑していた。

 

「さて、そろそろ行こう。頑張ろうね、皆」

「あぁ」

「はい!」

 

 お互いに打ち解け合い、緊張も解れてきたところで号令をかける。

 僕とヴェルフと、そしてリリ。

 かつてとは加わった順番が違うとはいえ、またこの顔ぶれで冒険出来ることに、僕は確かな喜びを感じていた。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 結論から言うと、今日の探索は大成功だった。

 リリというサポーターの参加で、戦闘により集中出来るようになった僕とヴェルフは、二人のときよりも遥かに素早くモンスターを片付けていった。

 また、リリの手際も記憶にあった通りであり、僕たちの倒したモンスターから手早く魔石を抜き取り、死体が邪魔にならないように努めてくれた。彼女が場を整えてくれたおかけで勢いに拍車がかかり、過去一番の撃破数となったことは間違いなかった。

 

 そして現在、僕たちはここ最近通うようになった酒場、『焔蜂亭』にて今日の健闘を祝っていた。

 

「お疲れ様! 乾杯!」

「乾杯!」

「乾杯です!」

 

 醸造酒(エール)の入ったグラスで乾杯し、ぐっと呷る。渇いていた全身が潤いを取り戻し、活力が湧いてくる。

 

「いやぁ、本当にお疲れ様でした! ベル様もヴェルフ様も、とってもお強いのですね!」

「いやぁ、リリのおかげだよ。周りを気にしなくていいってこんなにも戦いやすいんだって、びっくりしたなぁ」

「全くだぜ。あんなに気持ちよくやれたのは初めてだ!」

 

 湯気を立てる料理に手を伸ばしながら、僕たちは口々に今日の感想を言い合う。

 最初こそリリのことを気にしていたヴェルフも、今ではすっかり彼女を受け入れているようだ。それ相応の活躍をしてくれたのだから、その変化も頷けるというものである。

 ちなみに、今日の冒険で稼いだ金額は、なんと四八〇〇〇ヴァリスにもなった。僕とヴェルフの二人のときは大抵二万ヴァリスと少し、一般的なLv.1の冒険者が五人でパーティを組んだときの稼ぎが、およそ二五〇〇〇ヴァリスと言われていることを踏まえると、如何に目覚ましい成果であるか分かるだろう。

 

「それにしても、ベル様たちは変わっておられますね。リリのようなしがないサポーターにも報酬を等分して払い、挙げ句には食事まで一緒にしたいなんて。他の冒険者様は普通、ここまでしてくださいませんよ?」

「一緒に冒険した仲間なんだし、このくらい当然だよ。ね、ヴェルフ?」

「あぁ。俺たちをこれまでみたいな器の小さい連中といっしょくたにされちゃ困るってもんだ」

「お二人共、随分とお人好しでいらっしゃるのですね。リリはとっても感激しています」

 

 お人好し。

 そう言ったリリの瞳には、微かに影が差しているように見えた。

 僕はそれに気付かない振りをして、おもむろに口を開いた。

 

「あのさ、リリ。リリのおかげで今日はすごくやりやすかったし、リリより腕のいい人なんてそうはいないっていうのも感じたんだ。だからリリさえよかったら、このまま一緒にパーティを組んでくれないかな?」

「ベル様……」

 

 昨日交わした約束、その答えを問うた僕に、リリはしばし沈黙した。目を伏せて考え込むリリの様子を、ヴェルフと二人でじっと見守る。

 でも、本当は分かっていた。

 今のリリが僕たちの誘いを断る筈がないということを。

 

 ──だって、この頃のリリは……。

 

 と、そんなことを考えているうちに、リリがゆっくりと顔を上げた。

 そこに浮かんでいたのは、作り物のような笑み。

 

「こんなリリでよければ、喜んでお手伝いさせていただきます。どうか、よろしくお願いします」

「……うん。ありがとう、リリ。これからよろしくね」

「よろしく頼むぜ、リリスケ!」

 

 【ヘスティア・ファミリア】団長として、僕は決意を固める。

 一日でも早く、彼女が心から笑えるようになるために。

 嘘も偽りも演技もない、ありのままの素顔でいられるように。

 出来る限りのことを為そうと。

 差し出された小さな手を取り、握手を交わしながら、そう胸に誓った。

 

 たとえ彼女が、過去にどんな過ちを犯していようとも──。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

「ほんと、呆れるくらいのお人好しですね」

 

 道行く人々の間を縫うようにすり抜けながら、リリルカは一人嘆息した。

 その口元が描いているのは普段の人懐っこい笑みではない。今日一日を共にした二人に対する侮蔑と軽蔑、そして嘲笑であった。

 

「まぁ、運がいいことに間違いはありません。まさか『クロッゾ』の末裔と出会えるなんて……ベル様には感謝しておかないと」

 

 『クロッゾ』の末裔であるヴェルフ、そして彼の打つ『クロッゾの魔剣』。

 かつて湖を干上がらせ、森を焼き、山を抉ったとされる至高の魔剣は、このオラリオにいる冒険者には垂涎の一振りである。市場に出たとなれば、恐らく何億ヴァリスという破格の値段で取引されるに違いない。

 リリルカには突然舞い込んできた、まさに一攫千金の機会である。ここを物にすることが出来れば、彼女の願いは叶ったも同然となる。

 

 全ては忌々しき【ファミリア】から抜け出すため。

 何者にも虐げられない自由のために。

 

「精々リリのために利用されてくださいね、ベル様、ヴェルフ様?」

 

 まずはヴェルフを説得し、『クロッゾの魔剣』を持って来させよう。一筋縄ではいかないだろうが、焦る必要はない。稼ぎは三人で山分けだ、ただ一緒にいるだけでも十分な金額が入ってくる。

 ゆっくりでいい。じっくりと親交を深めていき、隙を見せたときが彼らの最後だ。

 

 虚空にほくそ笑みながらオラリオの夜に消えていくリリルカ。

 だが、このとき彼女は知らなかった。

 

 自分に手を差し伸べた少年が、一体何者なのかを。

 【英雄(アルゴノゥト)】の二つ名を賜った人物が、リリルカの予想を遥かに上回る、底抜けのお人好しであることを。

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