リリが僕たちのパーティに加わり、あれから数日が経過した。彼女が参加してからというものの、探索や戦闘の効率は見違えて変わるようになり、既に彼女はいなくてはならない存在にまでなっていた。
そして今日も今日とて、僕たちは10階層まで足を伸ばし、探索を行っていた。
「ヴェルフ様、一つよろしいですか?」
探索の途中、ルームと呼ばれる出入口が一つあるだけの空間で休息をしているとき、不意にリリが口を開いた。
「どうした、リリスケ?」
「いえ、気に障ってしまったなら申し訳ないのですが……ヴェルフ様は何故、『クロッゾの魔剣』を持たれないのですか? かの魔剣があれば上層のモンスター程度、恐れるに足りないとリリは思うのです」
おずおずといった様子で尋ねるリリに、ヴェルフは渋い顔をして「あー……」と言葉にならない声をこぼす。
この話題はよくない、そう思った僕は横から割り込もうとするが、それを制したのは他ならないヴェルフ自身であった。
「ヴェルフ……」
「いいんだ。リリスケの疑問も尤もだしな。赤の他人に言われたならともかく、パーティを組む仲間に訊かれたなら答えない訳にもいかないだろ?」
そう言ってヴェルフは、あらためてリリに向き直った。
「俺が魔剣を持たない……いや、打たないのはな、単純に魔剣が嫌いだからだ。使い手を残して勝手に砕けていく魔剣が、使い手を腐らせる魔剣が、俺は大嫌いなんだよ」
嫌悪感を隠そうともせず、吐き捨てるように告げるヴェルフ。これまで見たことのないその一面に、リリは微かに怯むも、すぐに「で、ですが……」と言葉を紡ぐ。
「魔剣とは、そういうものではありませんか。絶大な力を発揮する反面、いずれは壊れてしまうもの。それが魔剣です」
「そうだな、その通りだ。
「へ……?」
ヴェルフの返答に、リリは意味が分からないとばかりに開口した。
「いいかリリスケ、魔剣ってのは道具じゃない。あれは武器であり、そして武器ってのは使い手の半身だ。使い手がどんな窮地に立たされようが、武器だけは絶対にそいつを裏切っちゃいけないんだよ」
「……」
「魔剣は確かに強力だ。『クロッゾの魔剣』ともなりゃ、中層のモンスターでも倒せるだろうよ。でもな、使えば砕ける魔剣は、武器として見りゃ欠陥品もいいところだ。
そう語るヴェルフの瞳には確固たる意志が宿っていた。
「……ヴェルフ様のお考えは分かりました。ですが、やはりリリは魔剣があった方がいいと思うのです。たとえ積極的に使うことがなかったとしても、万が一の場合の保険として持っておく分には、これほど心強いものはありません。魔剣があれば生き延びられた、なんて事態に陥らないとも限りませんから」
リリは自分の考えを述べながら、同意を乞うような視線を僕に向ける。
リリの言っていることは間違っていないと思う。このダンジョンにおいて、不慮の事態というのはいくらでも起こり得ることだ。そういったときの備えとして『クロッゾの魔剣』があれば、危地を打破出来る確率は飛躍的に上がるに違いない。
しかし──。
「無理強いはしたくない、かな」
彼の相棒として、友として、その覚悟を踏みにじるような真似はしたくない。
打つか打たないか、それを決めるのはヴェルフ自身だ。彼が打たないと言ったのであれば、僕から言うことは何もない。
「ベル様……」
「心配いらないよ、リリ。この辺りの階層で出てくるモンスターなら、魔剣がなくたって対処出来る。僕たち三人で力を合わせれば、きっと大丈夫」
「し、しかしダンジョンでは何が起こるか──」
「分からない、だよね? 僕もそうだと思う。だからそのときは──」
不安に揺れるリリの瞳を見て、ふっと微笑む。
「僕が君を守るよ」
「っ……!」
やらせない。
絶対に傷つけさせはしない。
僕が必ず、君を守ってみせる。
「……ふっ、違うだろ、ベル。僕が、じゃねぇ。
「ふふっ、そうだね。ごめん」
こつん、と。突き出した拳同士が軽く音を立てる。
不敵に口元を吊り上げるヴェルフは、魔剣などよりもずっと心強い味方だ。
『ウウウゥ……』
「おっと、どうやら休憩もここまでみたいだな。お出ましだぜ」
微かに聞こえた唸り声に、意識を切り替えて立ち上がる。《神様のナイフ》を構えた視線の先、立ち込める靄には複数の影が映っていた。
「手筈通りにいこう。二人共、気をつけてね」
「あぁ、任された」
「……はい、分かりました」
交わす言葉は短くていい。それだけで意思は十分に伝わる。
自らに課せられた役割を果たすため、僕は地を蹴ってモンスターの群れに突っ込んだ。
「守るなんて、嘘に決まってます……」
▽△▽△
夜、探索を終えた僕たちは『豊饒の女主人』を訪れ、いつものようにテーブルを囲んだ。
今日一日の健闘を讃え、明日も頑張ろうと英気を養う。そして最後は程よい満腹感と共に解散する。その筈だったのだが──。
「ベルさん、これも追加でお願いします」
「は、はいぃ……」
店を出る直前、シルさんに声をかけられたのが運の尽き。そのままあれよあれよという間に裏口へ連れ込まれ、何故か皿洗いをすることになってしまったのである。
「あの……なんで僕は皿洗いをさせられてるんですか?」
「ごめんなさい。今日に限って従業員の子たちが揃って体調を崩してしまって……。書き入れ時の間だけでいいので、お願いしてもいいですか?」
「そういうことはせめて連れ込む前に言って欲しかったです……」
悪びれた様子もなくにこにことしているシルさんには、思わずため息がこぼれる。こういうときに怒るに怒れないのだから、美人というのはつくづくずるい。
ともあれ、そういう事情があるなら仕方がない。シルさんに付き合わされるのも初めてでもないし、どこまで力になれるのかは分からないが、皿洗いくらいなら喜んで引き受けよう。
「あ、もしお皿を割るようなことがあればミアお母さんがすっごく怒ると思うので、扱いには気をつけてくださいね?」
「……それだけは聞きたくありませんでしたよ」
ミアさんが怒る、その一言だけで手にした皿が何億ヴァリスもする芸術品とも錯覚した。
──もしこれを割ってしまったら……。
ゾクリと、その先を考えるだけで悪寒が走った。
とにかく、万が一がないよう丁寧に作業していかなければ。
「……何をしているのですか、クラネルさん?」
「えっと、シルさんに頼まれて皿洗いのお手伝いを……」
「シルが? ……なるほど、そういうことですか」
かけられた声に振り返らずに答えると、何やら察したような呟きが返ってくる。それから間を置かず、視界の端を薄緑色の髪がちらついた。
「手伝います。この量を一人で片付けるのは厳しいでしょう」
「え、いいんですか?」
「はい。そもそもこれらの片付けは本来、私たち従業員の仕事ですから」
隣に立ったリューさんは淡々と語りながら、慣れた手つきでお皿やグラスを洗っていく。そんな彼女に倣って、僕もまた作業に意識を集中させる。
「ときにクラネルさん、最近はずっとダンジョンに挑まれているそうですが、調子は如何でしょうか?」
「自分で言うのもなんですけど、かなりいい調子だと思います。リリ……あ、今日一緒に来てた女の子がパーティに入ってくれてから、すごくやりやすくなったんですよ」
「
微かに口角を上げたリューさんにこくりと頷く。
会話はそこで終わり、沈黙が訪れる。だが、僕はこの空気が嫌いではなかった。
リューさんの人となりはよく知っている。無理に会話を引き伸ばす必要などないのだ。
「ニャニャ!? 白髪頭とリューが仲良く皿洗いしてるニャ!?」
「くぅ~! リューの奴、ずるいのニャ! そのうちさりげなく少年のお尻に手を伸ばすに違いないニャ!」
「馬鹿なこと言ってないで働くよ! どやされても知らないからね!」
「……すみません、クラネルさん。アーニャとクロエには後できちんと謝らせますので」
「い、いえ。別に気にしてませんから」
途中、そんなやり取りを挟みつつも次々と運ばれてくる食器を洗い続ける。
結局、切り上げる機会を最後まで見失った僕は、閉店間際までお手伝いをすることとなった。
「お疲れ様です、ベルさん! 今日は本当にありがとうございました!」
「お疲れ様です、シルさん。次からはせめて先に何をするのか教えてくださいね?」
「えへへ、覚えておきます」
──あ、これ絶対覚えてないやつだ。
悪戯っぽく笑うシルさんに呆れていると、お店の奥からミアさんが近付いてきた。ここからではよく見えないが、その手には何かを持っている。
「坊主、こいつを持っていきな」
「へ? わっ!?」
突然投げ渡されたそれは、一冊の本だった。表紙にあるべき題名は記されていない。
しかし、これがどんな代物なのか、僕は即座に理解した。
「あの、これって──」
「店を手伝わせちまった礼さ。アタシたちには無用の長物だからね、アンタにくれてやるよ」
言うべきことは言ったとばかりに、ミアさんはさっさと店の中に戻っていってしまった。その背中を僕は見送ることしか出来ない。
「あの、本当にいいんでしょうか?」
「いいんじゃないですか? ミアお母さんもああ言ってることですし」
「……そうですね」
きっとミアさんのことだ、今から返そうとしたところで「アタシは忙しいんだよ!」と相手にされないのは目に見えている。どういう意図があって僕にこの本をくれたのかは分からないが、貰えるのであれば大人しく貰っておこう。
これは、それだけ価値のある物だから。
「じゃあ、そろそろ帰りますね」
「今日はありがとうございました。気をつけて帰ってくださいね」
「はい。おやすみなさい、シルさん」
「おやすみなさい、ベルさん」
手を振るシルさんに手を振り返し、ようやく家路につく。きっと今頃、神様は僕の帰りを待ちくたびれていることだろう。
早く帰って謝らなくては、そう思うと僕の足は自然と速くなっていた。
▽△▽△
「遅いぞベル君!!」
「本当にごめんなさい!」
どうにか神様を宥め終えると、ここにきて今日一日の疲労がどっと押し寄せてきた。このまま眠ってしまうのもいいが、しかしまだやるべきことがある。
「そういえばベル君、その本は一体なんなんだい?」
「あー、
「……へ?」
なんでもないように言った僕の言葉に、神様の動きが停止する。
言ってしまえばそれは、魔法の強制発現書である。『発展アビリティ』の『魔導』と『神秘』を極めた者だけが作成することが出来、その値段は【ヘファイストス・ファミリア】の一級品装備にも匹敵する。
つまり、これを読めば僕は魔法を覚えることが出来るのである。
「ベ、ベル君、本当にそれは貰った物なんだよね? 使っても怒られたりしないよね? 後から何か言われたりしないよね?」
「お、落ち着いてください神様」
「これが落ち着ける訳ないだろう!? だって
半狂乱もかくやとばかりの神様。その気持ちは分からなくもないが、あのミアさんがくれたのだからきっと大丈夫な筈なのだ。多分。恐らく。
気を取り直し、あらためて題名のない表紙をめくる。『自伝・鏡よ鏡、世界で一番美しい魔法少女は私ッ ~番外・目指せマジックマスター編~』、『ゴブリンにも分かる現代魔法! その一』など、開幕からいきなり隣の神様がものすごい顔をしている。とはいえ、肝心の内容は健全そのものだ。
ページをめくる。
ページをめくる。
ページを、めくる。
『さて、それじゃあ始めようか』
ふと顔を上げると、そこには『僕』がいた。
今よりも大人びた顔立ちと高い身長をしたその『僕』は、紛れもなく【
『ベル・クラネル、君にとっての魔法は何?』
『僕』が僕に尋ねる。
僕にとっての魔法、それは力だ。
立ちふさがる敵を倒す。傷ついた人を守る。困難を乗り越える。
魔法とはそのための力だ。
『君は魔法に何を求める?』
雷霆のような速さを。
そして猛炎のごとき雄々しさを。
決して冷めることのない熱を。
誰かの隣に寄り添える温もりを。
僕は求める。
『相変わらずだね』
どこか照れくさそうに『僕』が笑う。
当たり前じゃないか。
だって、僕は僕のままなんだから。
『それでこそ僕だ』
頑張ってね、と。
『僕』は最後に言い残し、すぅと溶けるように消えていった。
「──ル君、ベル君!」
耳元で聞こえた神様の声にふっと我に返る。隣に目をやると、心配そうな顔をして僕を覗き込む神様がいた。
「神様……」
「よかったぁ。いきなり上の空になってボーッとし出したから、一体何事かと思ったよ……」
そう言って安堵の息をこぼした神様は、「それで」と言葉を続けた。
「どうだった? 実際に
「……掴むべきものは掴みました。【ステイタス】の更新をお願いします」
上着を脱ぎ、よしきたと意気込む神様に背を向ける。
かつて僕が
しかし、きっと
漠然とした予感ではあるけれど、それでも以前と同じではないと、僕の中で何かが囁いていた。
「んん?」
「? どうかしましたか?」
「い、いや、なんでもないんだ。魔法はばっちり発現してるよ。今から君も魔法の使い手の仲間入りさ」
おめでとう、と羊皮紙を手渡してくれた神様をお礼を言い、その中身に目を通す。
ベル・クラネル
Lv.1
力:A822→864 耐久:E497→D534 器用:S936→984 敏捷:S914→968 魔力:I 0
《魔法》
【ケラウノス・ウェスタ】
・
・詠唱式【
《スキル》
【
・早熟する。
・
・
【
・
「どうしてベル君が、
【ステイタス】を読むことに集中していた僕は、そんな神様の呟きに気がつかなかった。