【英雄】は止まらない   作:ユータボウ

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第19話

 すぅすぅと、規則正しい寝息が聞こえる。

 ベッドで深い眠りに落ちている神様とは対照的に、ソファーで横になる僕の目はすっかり冴えてしまっていた。

 その原因ははっきりしている。先程発現した新しい魔法だ。

 【ケラウノス・ウェスタ】。

 速攻魔法の【ファイアボルト】とは違う、僕の新しい力。一体どんなものなのか、想像を膨らませれば膨らませるほど、僕の胸は子供のように高鳴り、眠気など容易く吹き飛ばしてしまうのである。

 目を瞑り、寝返りを打つ。けれどすぐに目が覚めて、また寝返る。

 さっきからずっとその繰り返しだ。

 結局好奇心に負け、ベッドから起き上がるまでそう時間はかからなかった。

 

「……ごめんなさい、神様」

 

 聞こえていないのは承知の上で謝罪を残し、最低限の支度をしてダンジョンに向かう。誰もいないメインストリートを駆け抜け、とうとう1階層に辿り着いた。

 いよいよ試せる、そう思うと早鐘を打つ心臓が余計にうるさく感じた。何度も深呼吸を繰り返し、ようやく心を落ち着けたところで、視界の端に一体のゴブリンが入ってくる。

 魔法を試す相手としては格好の獲物だ。

 

「……よし」

 

 魔法とは名を呼んだだけで発動するものではない。速攻魔法などを除く大半の魔法は、それぞれ定められた詠唱式を唱えることで、初めて扱うことが出来るのである。そして、その威力や効果は詠唱の長さに比例するとも言われている。

 かつての魔法、【ファイアボルト】が詠唱なしであった僕にとって、詠唱のある魔法を使うのは今回が初めてとなる。そう考えるとまた興奮の熱が起こりそうになるが、あまり力んでは『魔力暴発(イグニス・ファトゥス)』などということも起こりかねない。最初の魔法で『魔法暴発(イグニス・ファトゥス)』など、格好がつかないにもほどがあるというものだ。

 落ち着いて息を吸い、そして吐く。

 顔を上げ、まっすぐ前を見据えながら、万感の想いと共に詠う。

 

「──雷霆よ(ケラウノス)

 

 瞬間、僕の周囲を蒼白の雷が走った。

 

「わっ!?」

 

 バチィ! という派手な音を至近距離で耳にした僕は、思わずその場から飛び退いてしまう。しかし驚いたのも束の間のこと、僕の周りを不規則に点滅する雷光に、言葉もなくしてただただ魅入ってしまった。

 その光はまるで精霊だ。消えたり現れたりする気まぐれな精霊が、僕を中心に踊っている。パチパチという弾けるような音は足音か何かとも思えてくる。

 

『ウウウゥ……!』

「はっ……そうだ」

 

 低いゴブリンの唸り声が立ち尽くす僕を現実に引き戻す。はっとなった僕は頬を叩き、あらためて意識を前に向ける。

 距離はおよそ一〇(メドル)といったところだろう。虚空を走る雷を警戒しているのか、近付いてくる気配は感じられない。

 【ケラウノス・ウェスタ】は付与魔法(エンチャント)、つまりアイズさんの使う『風』と同じ種類の魔法だ。全く同じといかないまでも、ある程度なら参考に出来る筈なのだ。

 

「アイズさんは、確か……」

 

 まず、アイズさんは『風』を纏っていた。その全身に纏った『風』で空を飛ぶ、あるいは武器に纏わせて攻撃力を強化したり、身を守る盾や鎧としても使っていたりした。

 対する僕の魔法では、恐らくアイズさんのように空を飛ぶことは出来ない。だが、それ以外の使い方なら模倣出来るかもしれない。

 

「纏う……纏う……」

 

 口に出し、自分に言い聞かせながら想像を固めていくと、周囲を走るだけだった雷に変化が表れた。耳を打つ音が近くなり、髪の毛が逆立って上を向く。四肢をはじめとして、僕の全身を雷電が包み込んだ。

 怖さはない。むしろこの光は温かくて、不思議と僕に安心感を与えてくれる。

 次に試すのは武器だ。鞘から抜き放った《神様のナイフ》に意識を集中させると、雷が刀身を這い、蒼白の輝きを帯び始めた。

 このナイフの材料は魔力伝導率の優れた『ミスリル』。付与魔法(エンチャント)である【ケラウノス・ウェスタ】とはとても相性のいい素材だ。意外なところで噛み合った武器と魔法に、思わず頬が緩むのを感じる。

 ひとまず準備は整った。後は試すのみである。

 

「さぁ、いくぞ」

 

 地面を蹴る。瞬間、脚部の雷光が小さく弾け、僕の動きを一気に加速させる。一〇(メドル)の距離が一瞬で詰まったことに驚きつつも、勢いを乗せて煌めく短刀を振り抜いた。

 斬撃を受けたゴブリンは一度大きく痙攣し、そして()()()()

 

『──』

 

 断末魔すら残せぬまま、蒼い炎に魔石ごと焼き尽くされるゴブリン。

 その様を見て、僕はようやくこの魔法を理解した。

 

 【ケラウノス・ウェスタ】。

 言い換えるなら、『聖火の雷霆』

 

 ただの雷属性の魔法ではない。この雷に打たれた相手は、立て続けに聖なる焔にも呑まれるのだ。

 攻撃性に富んだ雷と炎の複合魔法、これが【ケラウノス・ウェスタ】の正体だ。

 

「雷と……炎?」

 

 そのとき、ふと一つの可能性が頭を過り、辺りを見回す。

 近くにモンスターはいない。ならば狙うは壁だ。

 目を瞑り、左手を固く握り締める。光が収束し、バチバチと激しい音を鳴らし出す。

 思い起こすは不滅の炎。色褪せない記憶と共に、その名を高らかに吼える。

 

「──()()()()()()()()!!」

 

 左手を突き出し、解放。

 刹那、稲妻がジグザグに宙を駆け抜け、壁を焼き焦がした。

 

「……やった」

 

 出来た。

 再現出来た。

 魔法スロットを使わない、一つの『技』として、かつての魔法を使うことが出来たのだ。

 確かに焼き焦げた壁を見つめながら、僕は呆然と呟いた。そして、続いて込み上げてくる歓喜に拳を高く振り上げる。

 

「~~~っっっ!!」

 

 声にならない絶叫を上げ、しばらくその場に立ち尽くした。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 魔法のあれこれを試しつつダンジョンを進んでいると、いつの間にか3階層まで来てしまっていた。我ながら調子に乗りすぎたかと反省しつつ、消費した精神力(マインド)の回復のため、階層同士を繋ぐ階段に腰を下ろして休息する。

 魔法の使用には精神力(マインド)を消費し、精神力(マインド)が底をつけば精神疲弊(マインドダウン)となって動けなくなってしまう。たった一人しかいない現状、ダンジョンのど真ん中で倒れることは、すなわち死に等しい。

 

「……とりあえず、これからは精神回復薬(マジック・ポーション)も用意しておかないと」

 

 これはまだ確定した訳ではないが、【ケラウノス・ウェスタ】の魔力消費は非常に荒い。

 雷と炎という二つの属性を持ち、幅広い場面に対応する汎用性を兼ね備えたこの魔法は、率直に言ってとても強い。ただ、強力であるということはそれだけで相応の魔力を必要とする。加えて、付与魔法(エンチャント)は基本的に発動した状態を維持しなければならない都合上、どんどん魔力を食われてしまうのである。今の僕では魔法を最大限に活かそうとしても、そう長く保つことは出来ないだろう。

 

「まぁ、それも仕方ないことだよね」

 

 魔力量や魔法の威力は『魔力』のアビリティに依存する。そしてその『魔力』を伸ばすためには、とにかく魔法を使うしかない。

 これまで魔法を覚えていなかった僕の『魔力』は当然最低値のIであり、成長するまで不自由は避けて通れない道だ。こればかりはどうしようもない。

 なんにせよ、これで魔法の要領は掴んだし、ついでに課題も見つけられた。試行にしては十分な成果だ。

 欠伸を噛み殺しながら立ち上がり、踵を返した僕だったが、後ろから感じた気配にふと足を止めた。

 モンスターではない、これは人のものだ。

 

「……ベル?」

「ア、アイズさん?」

 

 足を止めて間もなく角の向こう側から姿を現したのは、なんとアイズ・ヴァレンシュタインさんその人だった。

 思わぬところでの出会いに、思考が白一色に塗り潰される。

 

「どうした、アイズ? そこに誰かいるのか?」

「うん。ベルがいるよ」

「ベル? む、君は……」

 

 そのアイズさんに続き、固まる僕の前に現れたのは、綺麗な翡翠色の長髪と杖を携えるエルフの──正確にはハイエルフの女性であった。

 【九魔姫(ナイン・ヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴさん。

 【ロキ・ファミリア】をまとめる首脳陣の一人であり、オラリオ最強の魔法使いでもあるLv.6の冒険者だ。

 

「えっと、こんばんは」

「こ、こんばんは。こんな時間までダンジョンに潜ってたんですか?」

「うん。37階層まで、ちょっと」

 

 37階層。

 忘れもしない、そこはかつて、リューさんと二人で取り残されたダンジョンの深層だ。常に死と隣り合わせだった当時の恐怖は、今でも鮮明に思い出すことが出来る。あれほど過酷な冒険をした経験は、過去を振り返っても数えるほどしかない。

 そんな場所まで『ちょっと』で行って帰ってこれるアイズさんは、やはり冒険者として超一流なのだとあらためて思わされる。

 ただ、身につけている鎧はボロボロになっており、激しい戦闘の跡が窺える。37階層でアイズさんほどの猛者がここまで消耗する相手となると──。

 

「ベルはどうしてダンジョンに?」

「えっと、それは……」

 

 思考はそこで中断される。アイズさんの当然の問いかけに、僕は言葉を濁した。

 話すべきか、誤魔化すべきか。

 いや、隠したところで遅かれ早かれバレるものはバレる。アイズさんとリヴェリアさんなら吹聴されることもないだろう。

 

「……実は魔法が使えるようになりまして、その試行というか、練習に」

「魔法が?」

 

 返答を受け、微かに瞠目するアイズさん。心なしか、その金の瞳が輝いているように見える。

 

「もう魔法まで覚えたんだ。おめでとう」

「ありがとうございます」

 

 おめでとう。

 何気ない一言だが、アイズさん本人に言われたというそれだけで頬が緩む。

 そのときだ、ピキリと小さく音を立て、ダンジョンがモンスターを生んだのは。

 

「……アイズさん、ここは任せてもらえませんか? 少し見ていてほしいんです」

「え?」

 

 産声を上げるゴブリンとコボルトに、徒手空拳のまま近付いていく。剣の柄に手をかけたまま、怪訝そうな顔をするアイズさんを一瞥し、短く詠唱式を紡いだ。

 

──目覚め(おき)ろ、【雷霆よ(ケラウノス)

 

 蒼雷が、瞬く。

 

「これは……」

「超短文の詠唱、そして付与魔法(エンチャント)か」

 

 アイズさんとリヴェリアさん、二人の声を背に僕は走り出した。

 固く握り締めた右手を前に突き出し、その技を叫ぶ。

 

「ファイアボルト!」

 

 光速で放たれた一条の雷は二体のコボルトを穿ち、一拍遅れて火だるまにする。突然炎上し始めた同胞に怯むモンスターたち、その隙に一体のゴブリン目掛けて、電撃を纏った跳び蹴りを叩き込む。

 

『グォオオオオ!』

『グルァア!』 

 

 着地した位置は集団の真ん中。自ら飛び込んできた僕に対し、複数のコボルトとゴブリンが嬉々として爪を振り上げ、襲いかかってくる。

 そして今、最後の一体が射程へと踏み込んだ。

 

──迸れ、【雷霆よ(ケラウノス)】!

 

 収束、からの拡散。

 全身の魔力を膨らませ、無差別に放電、半径数(メドル)以内にいた全てのモンスターを一掃する。それに伴う盛大な炸裂音がダンジョンに反響した。

 数秒前まで怪物だった灰が宙を舞う静寂の中、魔法を解除して息をついた。それと同時に、僕の視界に逆立っていた前髪がはらりと下りてくる。

 

「……付与魔法(エンチャント)、なんだ。お揃いだね」

「そう、ですね。言われてみれば確かにお揃いです」

「……」

「……」

「……」

「……あの、アイズさん」

「いいよ」

 

 僕が言い終わる前に、アイズさんは手をかけていた細剣をゆっくりと抜き放った。鋭い銀の切っ先が、僕の方へと向けられる。

 

「私も、君とは一度やってみたかったから」

 

 その眼差しは、どこまでもまっすぐだった。

 

「ありがとうございます、アイズさん」

「ん。リヴェリア、立ち会ってもらっていい?」

「……いいだろう。ただし加減は忘れるな。やりすぎるようであれば即座に止めるぞ」

「うん。ありがとう」

 

 やれやれとばかりに肩をすくめながら、リヴェリアさんは双眸を細めて僕たちを見据えた。

 

「では──始めっ!」

 

 凛とした力強い声が、立ち込める沈黙を破る。

 それと同時に、僕たちは前へと大きく一歩を踏み出した。

 


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