モンスターを倒し、探して、また倒す。
自分の動きを確かめながら1階層を歩き回ること数時間、ふと気になって懐中時計を取り出してみると、いつの間にか夕方になっていたことに気がついた。
「今日はそろそろ帰ろうかな……」
腰から下げられた小さな巾着を撫でると、チャリンと中にある魔石が音を立てた。
戦い方の調整に重きを置いていたせいか、得られた魔石はダンジョンにいた時間の割に多くない。換金しても二〇〇〇ヴァリスに届くかどうか、といったところだろう。倒したモンスターからたまに得られる『ドロップアイテム』も、今日は見つけることが出来なかった。
僕はお金欲しさにダンジョンに潜っている訳ではないため、収入が少なかろうがあまり気にはしない。ただ、僕の【ヘスティア・ファミリア】は眷族が僕一人の零細【ファミリア】。つまり、〝僕の稼ぎ=【ファミリア】のお金〟なのである。
僕の敬愛する神様に、ひもじい思いはさせたくない。
「……とりあえず、実践は明日からかな」
もう少し魔石を残すような倒し方も意識した方がいいかもしれない。
そんなことを考えながら、僕は出口に向かって歩き始めた。
▽△▽△
ダンジョンを後にし、バベルの公共施設で身嗜みを整えた僕は、ギルドにある魔石の換金所に向かった。
一応、換金所自体はバベルにもあるのだが、ギルドのものに比べると小さなそこは、他の冒険者たちでなかなかに混雑していた。故に、少し離れたギルド本部に足を運ばなければならなくなったのである。
とはいえ、混雑しているのはギルドの方もさほど変わりはない。屈強な男性から端整な顔立ちの女性まで、様々な人が換金の順番を待って列を作っていた。
「あっ、ベル君!」
列の端に加わり、ぼんやりと順番を待っていると、不意に名前を呼ぶ声が聞こえた。声の方に顔を向けると、受付の方からエイナさんが出てきたところだった。
ここで話をするのは邪魔になる。そう思った僕は列から外れ、早足でエイナさんのもとに向かう。
「どうも、エイナさん」
「うん。もしかして、ダンジョンに行ってきたの? どうだった? 怪我とかしてない?」
「はい。なんとか大丈夫でした」
「そうなんだ。よかった……」
真剣な面持ちでそう尋ねてくるエイナさんは、僕の言葉にほっと安堵の息をついた。
その優しさに、思わず表情が緩む。
「ありがとうございます。僕のこと、心配してくれて」
「ううん、担当アドバイザーとして当然のことだよ。特にベル君はまだ若いから、余計に気になってて……」
でも本当によかった、と。
「それで、初めてのダンジョンはどうだった? モンスターと戦ってみた感想とか、もしよかったら聞かせてくれないかな?」
「あー、そうですね……」
さて、その問いにはどう答えたものか。顎に手をやり、ふむと考える。
エイナさんの目に映る僕は、〝今日冒険者になったばかりで、初めてダンジョンに挑んだヒューマンの少年〟だ。ダンジョンでのことは、間違っても馬鹿正直に答えてはいけない。まず信じてもらえないだろうし、何よりもエイナさんに不信感を抱かれるのは嫌だ。
数秒の沈黙の後、僕はゆっくりと口を開いた。
「えっと……とにかくたくさん驚きました。地下迷宮っていうくらいだから暗いのかと思ったら、案外そんなことなかったり、壁なんかから本当にモンスターが産まれたり、モンスターも地上の個体とは何回か戦ったことがあるんですけど、ダンジョンのはそれよりも強かったり……」
「うんうん、そうだね……って、え? ベル君、モンスターと戦ったことがあるの?」
「あっ、はい。僕の故郷って山奥の村なんですけど、たまにモンスターが出るんです。その関係で、何度か……」
「そ、そうだったんだ……」
そうこぼし、こくこくと頷くエイナさん。
パッと思いついた感想ではあったが、どうやら上手く切り抜けられたらしい。嘘をついたことに対する罪悪感で胸が痛いが、ひとまずは安堵する。
ちなみに、後半のモンスターについて言ったことは本当だ。
地上のモンスターは、遥か古代にダンジョンから進出してきた連中の子孫であり、その力はダンジョンに現れる個体に比べて大きく弱体化している。ゴブリンやコボルトといった下級の相手なら、『
「けどベル君、アドバイザーとして一言言わせてもらうなら、絶対調子に乗っちゃ駄目だよ? 今日は何事もなく無事に帰ってこれたけど、次も同じようにいくとは限らないんだから。特にベル君は
僕の目をまっすぐ見つめて、エイナさんは真摯に語りかけてくる。
アドバイザーとして、僕以外にもたくさんの冒険者を見てきた彼女の言葉には、とても実感がこもっていて説得力があった。
『冒険者は冒険しちゃいけない』。
かつて毎日のように言われていた、しかしいつからか、あまり聞くことのなくなったエイナさんの言葉を思い出し、僕は深く頷いた。
「エイナー! ちょっと聞きたいことがあるんだけどー!」
「はーい。もう、ミィシャったら……。ごめんねベル君、呼び止めちゃった上に、色々聞いちゃって」
「いえ。僕もエイナさんとお話出来てよかったですから。別に謝る必要なんてありませんよ」
「うふふっ、ありがとう。それじゃあ、気をつけて帰ってね」
最後に素敵な微笑を残し、エイナさんは奥の方へと戻っていった。
その背中を見送り、僕もまた換金所前に作られた列に再び並び直した。
▽△▽△
「ただいま帰りました」
「おぉかえりぃいいいいいいいい!!」
ソファーに寝転がっていた神様が飛びついてきたのだと気付いたのは、衝撃に一瞬遅れてからだ。
「わっ……と。あの、神様、危ないから急に飛び込んでくるのはやめてください」
「いやぁ、ごめんね。ベル君が帰ってきたんだと思うと、つい……」
僕のお腹に抱き着いたまま、えへへと悪戯っぽい笑みを浮かべる神様。
そんななんとも嬉しそうな彼女の様子には、注意する気も失せてしまう。
僕がこういうのに弱いというのもあるけれど、なんというか、こういうとき、女の子という存在はつくづくずるいと思う。
「もう……仕方ないですね」
僕は手袋を外し、ちょうど胸の高さにある神様の頭に手を置く。そして髪型が崩れてしまわないよう、優しく撫でた。
「っ……ん……ふぅ……。ありがとうベル君。ボクは今、とっても幸せだよ」
「ふふっ……。なら、よかったです」
神様の抱擁から解放された僕は、身につけていた探索用の装備から部屋着へと着替え、ソファーに腰を下ろした。
上層とはいえ、危険なダンジョンに潜っていたからか、こうして力を抜くと一気に疲労が押し寄せてくる。このまま横になれば、すぐにでも眠れそうだ。
「お疲れ様。ジャガ丸くん、食べるかい?」
「いただきます」
隣に座った神様からジャガ丸くんを受け取り、一口頬張る。
──うん、美味しい。
空腹は最大の調味料とは、果たして誰が言ったのか。広がる素朴な味わいに舌鼓を打ちながら、ぼんやりとそんなことを考えた。
「おいおい、そんなにがっつかなくてもジャガ丸くんは逃げたりしないぜ? おかわりもあるから、もっとゆっくり食べなよ」
「すみません。ありがとうございます」
「いやいや、遠慮なんていらないよ。ベル君はダンジョンで頑張ってきたんだし、その労いくらいはさせておくれよ」
そう言って水の入ったコップを差し出してくる神様に、僕はもう一度お礼を言ってコップを受け取る。
「それでベル君、ダンジョンはどうだった? モンスターとは戦えたかい?」
「はい。1階層のコボルトくらいなら、問題はありませんでした。でも、大人の頃とは勝手が全然違ってて……勘を取り戻すのには少し時間がかかりそうです」
「ふむふむ……なるほどねぇ」
神様がした問いかけは、奇しくもエイナさんがしたものとほとんど同じものだった。
しかし、僕の答えは違う。
僕の『秘密』を知る神様に、嘘をつく必要はない。故にダンジョンで感じたこと、気付いたことを正直に喋った。
「まぁ、未来の君がどうであれ、ベル君は今を生きているんだ。無理に焦ることはないんだからね? 君が傷つくのは、ボクはとても悲しいから」
「はい、神様」
「……よし! それじゃあ寝る前に【ステイタス】の更新をしようか! さ、こっちにおいで」
手招きをする神様に従い、部屋の奥にあるベッドまで移動した僕は、そこで上着を脱いで寝転がった。
【ステイタス】の更新。それは冒険で得た『
どれだけダンジョンで冒険をしようとも、【ステイタス】を更新しなければ能力は変わらない。また、最初のうちは能力の伸びが著しいため、なるべく頻繁に更新することが望ましいのだ。
「ふっふっふ~、さぁて、記念すべき一回目の更新だ。一体どれくらい伸びてるのか……な……?」
「……? 神様?」
だんだんと尻すぼみになっていく声に、チラリと横目で神様の様子を窺うと、僕の背中を凝視したまま固まっていた。その蒼い、澄んだ空のような瞳は大きく見開かれ、恐らくは更新されたばかりの【ステイタス】に向けられている。
「あの……どうかしましたか?」
「……はっ!? す、すまないベル君! すぐに
そう言って神様は、慌てた様子で【
そして数分後、【ステイタス】の記された羊皮紙を受け取り、僕はそれに目を通した。
ベル・クラネル
Lv.1
力:I0→35 耐久:I0→11 器用:I0→78 敏捷:I0→67 魔力:I0
《魔法》
【】
《スキル》
【
・早熟する。
・
・
【
・
トータル上昇値190オーバー。いくら伸びやすい『恩恵』の刻まれた直後とはいえ、明らかに異常な数値だ。1階層のゴブリンやコボルトを半日相手にした程度で、これほど成長することはまずあり得ない。
僕は基本アビリティの欄から、下の『スキル』欄に目を移した。そこに記された『スキル』、その一つを指でそっとなぞる。
「【
「あはは……そうですよね」
羊皮紙を僕の隣から覗き込みながら、神様はむむむと難しい顔で唸っている。
その反応がなんとも新鮮で、思わず小さく笑いがこぼれた。
今はこうでも、やがては「まぁ、ベル君だし」の一言で全てがまとめられるようになるのだから、慣れとは恐ろしいものである。
「それでベルくぅん? 君が誰を想っているのか、この『スキル』の相手が誰なのか、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかなぁ?」
「いや……それはちょっと、神様にも秘密にしておきたいというか……」
「いいや! これは君の主神として把握しておかなければいけないことだよ! さぁ、吐くんだベル君!!」
「か、勘弁してください~!」
その後、神様の追及を避けるため、小一時間もの時間を費やすこととなった。
そして余談だが、数日後に神様とデートをする約束を交わした。