【英雄】は止まらない   作:ユータボウ

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 感想と評価、ありがとうございます。日刊ランキングにも載ることが出来、やる気がどんどん湧いてきています。

 あと、少し長いです。


第3話

 空を見上げれば雲一つない快晴だ。燦々と降り注ぐ日差しが眩しく、おもむろに手を伸ばして太陽に翳してみる。

 お出かけ日和とは、まさに今日のような日のことを言うのだろう。

 長椅子の背凭れに体を預けながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。

 

 今日は神様とのデートの日。「女の子の準備は時間がかかるものなんだぜっ!」と、本拠(ホーム)を追い出されたのは、今から数十分ほど前のことだ。

 そういう訳で、特に準備も予定もなかった僕は、一足先に待ち合わせ場所であるこの中央広場(セントラルパーク)に到着し、神様が現れるのを待っているのである。

 

「神様とデート、か……」

 

 未来の記憶を持つ僕からすれば、神様と二人で出かけるということは、別に初めてのことでもない。緊張していないのかと問われれば、それは否だが、そこまで気負っていないのもまた事実である。

 つまり何が言いたいかというと、純粋に楽しみだということだ。

 今日という日に備え、ここ数日でお金もしっかり稼いできた。その額、およそ三万ヴァリス。駆け出しの冒険者が持つには十分すぎる金額だろう。エイナさんに怒られるのを覚悟で、朝から晩まで4階層に挑んだ甲斐があった。

 これなら神様が何か欲しい物を見つけたとき、すかさず買ってあげることが出来る。いわゆる、度量の見せ所というやつだ。

 

 ちなみに、シルさんと出かけるときだけは、安易に支払いを申し出ることは控えなければならない。あの人はそういうところでちゃっかりしているため、下手をすればとんでもない物を要求されることがあるからだ。もちろん、全てが全てそうなる訳ではないけれど……。

 

「おーい! ベルくーん!」

 

 と、そのときだ。

 声の方へ顔を向けると、道行く人の波をかき分け、大きく手を振りながら神様が駆けてくる姿が見えた。

 今日のために用意したのか、その服装はいつもの純白の装いではなく、ひらひらとした水色のワンピースだ。髪型も二つ括りではなく、艶やかな黒髪をまっすぐに下ろしている。つばの広い帽子を被り、笑顔を顔いっぱいに浮かべた神様は、可憐で、普段よりも一層魅力的だった。

 

「ごめんね。待たせてしまって」

「大丈夫ですよ。それよりもその服、とても似合ってます」

「えへへ……。そうかい? ヘファイストスのところにいたときに買ってもらったものなんだけど、君がそう言ってくれて嬉しいよ!」

 

 気恥ずかしそうに笑いながら、くるりと軽やかにその場で回ってみせた神様。それに合わせてワンピースがふわりと揺れる。

 そんな彼女に、僕は惜しみない拍手を送った。

 

「ふふっ、それじゃあ行きましょうか」

「うん!」

 

 差し出された手を繋ぎ、歩き出す。

 

 こうして、僕らのデートが始まった。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 まず初めに僕たちが向かったのは、北のメインストリートだ。

 この通りの周辺は主に商店街として賑わっており、特に有名なのが服飾関連だ。ヒューマン、エルフ、アマゾネス、小人族(パルゥム)など、多種多様な種族に合わせた衣服を揃えた店が、所狭しと並んでいる。

 

「はぁ~、すごいねぇ。こんなにたくさん種類があるんだ」

「どうします、神様? どこから見て回りましょう?」

「う~ん、やっぱりヒューマン用のところからかなぁ。流石にアマゾネスとか小人族(パルゥム)の服は着れないよ、ボクには」

 

 神様の言葉に、僕は「ですよね」と苦笑する。

 服、と一口に言っても、種族が違えばその意匠は大きく異なってくる。各種族の持つ伝統や特徴といったものを取り込んだ衣服は、驚くほどに多種多様なのだ。

 例えばエルフ。他者との触れ合いを避け、露出の少ない格好を好む彼、彼女らの服は、丈が長く厚手のものが多い。色合いに関しても、派手なものより落ち着いたものの方が多いように思われる。

 そしてそんな中でも、今神様の言った二つの種族の服は、他のものと比べても非常に特徴的だ。

 大人になっても全く背丈の変わらない小人族(パルゥム)の服は、ヒューマンでいうところの子供用のものと等しい。意匠面では大丈夫なのだが、僕や神様ではそもそものサイズが合わない。

 そしてもう一方のアマゾネスの衣装なのだが、こちらはとにもかくにも肌の露出がとても多い。水着や下着の間違いでは、と思うような、目のやり場に困る服ばかりなのだ。神様が遠慮するのも当然のことだろう。

 

 目についたヒューマン用の衣服専門店に入ると、棚や壁に飾られたきらびやかな衣装の数々に迎えられた。上質な素材で丁寧に作られているのだろう、値段も一着数万ヴァリスと高い。

 買えないこともないが、買ってしまえば今日はもう何も買えないな、と。

 ポケットに忍ばせた財布を軽く叩きつつ、その横を通り過ぎた。

 

「この辺りかな? 比較的お手頃な価格なのは……」

「はい。でも、もう少し他の店も回ってみませんか? ここ以外にもまだ色んなところがありますから」

「うん、そうだね。そうしよう。時間はたっぷりあるんだし」

 

 他愛のない会話を交わしつつ、僕と神様は通りにある様々な店に足を運んだ。

 衣服だけに限らず、装飾品や小物の専門店、靴屋など。立ち並ぶ店を練り歩き、何かを見つけては「これはどうだろう?」と話し合い、相談した。

 その結果、神様は僕に赤いスカーフを、僕は神様に新しい髪留めとネックレスを、それぞれ購入することになった。

 

「ありがとうございます、神様。僕のためにわざわざ……」

「いいんだよベル君。君だけに贈り物を貰うなんて申し訳ないからね。……そうだ! せっかくだし、ボクが巻いてあげるよ!」

 

 メインストリートから離れた小さな広場、そこで神様は大切そうに抱えていた紙袋からスカーフを取り出した。そして、屈んだ僕の首にゆっくりと巻いていく。

 

「えっと、どうですか?」

「うんうん! とってもよく似合ってるぜ! やっぱりボクの目に狂いはなかった!」

「ありがとうございます。大切にしますね」

 

 首元のスカーフをそっと撫で、僕は自信満々に頷く神様に頭を垂れた。

 神様からの贈り物。この燃える炎のように鮮やかなスカーフは、僕の一生の宝物になることだろう。 

 

「……あの、神様。よかったら、僕にもつけさせてもらえませんか?」

「い、いいのかい!? なら、ぜひお願いするよ!」

「もちろんです。それじゃあ、後ろから失礼しますね……」

 

 断りを入れてから神様の後ろに回り込み、先程購入したばかりの髪留めで神様の髪を括り始める。

 さらさらとした黒髪は、まるで上質な絹のような肌触りだ。軽く指を通せば、引っかかることなくすっと通り抜けていく。

 髪を結び終えたあとはネックレスだ。僕の瞳と同じ、深紅(ルベライト)の輝きを放つ小さな宝石があしらわれたそれは、素人目にも丁寧な装飾がなされていることが分かる。値段は一三〇〇〇ヴァリス、我ながらいい買い物をした。

 

「はい。終わりましたよ」

「ありがとう。ど……どうかな?」

 

 頬と耳を赤く染めながら、神様はおずおずと振り返った。照れくささからか、蒼い目は落ち着きなく辺りを泳いでいる。

 その胸元には、僕がつけたばかりのネックレスが確かに輝いていた。

 僕はそんな彼女に──見蕩れた。

 

「──綺麗です、神様。とても、とても綺麗ですよ」

「そ、そうかい? なんかこう……変じゃないかな……?」

「変だなんてとんでもないです。本当に、よく似合ってます」

 

 まっすぐ目を見つめて本心からの言葉を伝えると、神様は頬を赤らめたまま、「えへへ……ありがとう」と微笑んだ。

 

 ──拝啓、おじいちゃんへ。

 ──僕の女神様は、こんなにも可愛いです。

 

「おーい、ベル君? どうかしたのかい?」

「あっ、いえ! 少しボーッとしてて……。そういえば神様、そろそろお腹が減りませんか?」

「お腹? ……あぁ、確かに。夢中になってたから気付かなかったよ」

 

 僕は神様に同意しつつ、素早く懐中時計で時間を確認する。

 現在時刻は午後の一時前。朝は低かった太陽も、今では高い位置まで昇っている。買い物も一段落ついたところであるし、ここらで少し休憩を兼ねて昼食にするというのも手だろう。

 

「神様、何か食べたいものはありますか?」

「う~ん、特にこれが食べたいってものはないかなぁ。ベル君は?」

「僕も特には。なら、この辺りを歩いてみて決めましょうか?」

「うん、そうだね! そうしよう!」

 

 方針は決まった。

 僕らは肩を並べ、賑やかな人混みへと一歩を踏み出した。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 ──ベル君が行きたいところに行こう。ボクはそこについていくから。

 

 昼食後、神様の一言に僕が向かったのは、オラリオの中心に聳え立つ白亜の塔、『摩天楼(バベル)』だった。

 目的地はその八階、【ヘファイストス・ファミリア】のテナントだ。

 

「へぇ~、こんなところにヘファイストスのお店があったんだね」

「この階にあるのは駆け出しの鍜冶師(スミス)の打った装備で、値段も僕みたいな新米冒険者でも手が届くんです。例えば……ほら、これとか見てください」

 

 試しに手に取ってみた槍は一一〇〇〇ヴァリス。予想より手頃な価格に、神様は感嘆の息をこぼした。

 

「なるほどねぇ。それでベル君もここで装備を探そうと思ったんだ」

「はい。その……すみません。行きたい場所って言われても、ここしか思いつかなくて」

「気にすることはないよ。ボクにとってはどこへ行くかより、君と一緒にいるっていう方が大事なんだからさ」

 

 さぁ、行こう、と。

 神様は笑みを浮かべ、僕の手を引いた。

 

「……はい!」

 

 繋がれた手を固く握り返し、神様と装備品の数々を見て回る。

 僕の使用する武器は短刀。また、成長してからは長剣や大剣なども扱う機会があった。今の手持ちでは複数を揃えることは出来ないので、今回はどれか一つを選ぶことになるだろう。

 冒険に欠かすことの出来ないものとして防具もあるが、そちらは後回しにしてしまっても問題ないと思っている。【ステイタス】はLv.1のそれであっても、元第一級冒険者として、ダンジョン上層のモンスターに遅れを取る気は毛頭ない。

 極端な話、やられる前にやってしまえばいいのだ。

 

 ほどなくして刀剣類の置き場を見つけたため、この辺りを中心に探すことにする。

 籠いっぱいに収められた剣やナイフを一本ずつ手に取り、刃渡りや重量、手への馴染み具合を確かめていく。

 命を預けることになる相棒だ、妥協はしたくない。

 

「どうだいベル君? いいのは見つかりそうかい?」

「今のところはまだ……ん?」

 

 そんなときだ。

 とある短刀を手にした瞬間、他のどの武器とも違う感覚が掌に走った。

 圧倒的馴染みやすさと、そして懐かしさ。

 すかさず引っ張り出したその刀身には、思っていた通りの名前が刻まれていた。

 

 ──Welf Crozzo(ヴェルフ・クロッゾ)、と。

 

「ははっ……やっぱりだ」

「? その短刀がどうかしたのかい?」

「いえ。まさかこんなところで見つかるとは思ってなかったので」

 

 首をかしげる神様にそう言ってから、あらためて短刀に向き合う。

 刃渡りはおよそ三〇(セルチ)。曇りのない刀身は緩やかな弧を描くように湾曲しており、鋭利な切っ先はモンスターの爪を彷彿させる。恐らく、ドロップアイテムを加工して作成したのだろう。切れ味は分からないが、ヴェルフの打った武器である以上、心配は不要だ。彼の作った装備を使い続けてきた身として、それだけは断言出来る。

 

「神様、決めました。これにしようと思います」

「うんうん、いいじゃないか! 僕は武器のことなんててんで分からないけど、ベル君が選んだんならきっと間違いないよ!」

 

 迷うことなく購入を決めた僕は、会計を済ますためにその場から踵を返す。

 するとそのとき、前方から一人の女性が歩いてきている姿が目に留まった。

 女性は眼帯に隠されていない左目を動かし、何かを探すように周囲を見回していたが、ふと僕たちの──正確には僕の隣の神様の存在に気付くと、「おおっ!」とその表情を綻ばせた。同時に、神様も「あっ!」と目を見開いた。

 

「君は、ヘファイストスの眷族君じゃないか!」

「主神様のご友神ではないか! 久しいなぁ! 主神様に追い出されたと聞いていたが、息災そうで何よりだ!」

「ちょっ!? 声が大きいよ!?」

 

 慌てて声を張り上げる神様だが、女性──椿・コルブランドさんはどこ吹く風とばかりに豪快に笑った。

 迷宮都市オラリオ最高の鍜冶師(スミス)と名高いこの人に出会うとは、なんという偶然なのだろうか。

 

「それで、ここに何用かな? 随分と洒落た格好をしているようだが、生憎ここには冒険者の武具の類いしかないぞ?」

「そのくらい分かってるよ。ボクにもようやく眷族になってくれた子がいてね、その子の装備を見に来たんだ」

「ほうほう、なるほどな。で、その眷族というのがそこの小僧か」

 

 チラリと、椿さんの隻眼が神様から僕に移される。

 その見定めるような視線に、自然と背筋が伸びる。

 

「手前は椿・コルブランド。【ヘファイストス・ファミリア】の鍜冶師(スミス)だ。お主、名前は?」

「ベル・クラネルです。よろしくお願いします」

「うむ。にしても、ベルか……。ベル吉ではヴェル吉と被るな。よし、ならベル坊だな!」

 

 一人で何やら納得したように頷くと、椿さんは僕の前に右手を差し出した。その手を取り、握手を交わす。

 

「ベル坊は何を探しておるのだ? 手前でよければ案内くらいはしてやれるぞ?」

「あっ、いえ、実はもう決まってて……」

 

 僕は持っていたヴェルフの短刀を椿さんに手渡した。

 それを受け取った椿さんは鞘から短刀を抜き、「ほぉ……」と瞠目する。

 

「一ついいか? お主は何故この得物を選んだのだ?」

「……言葉では上手く伝えられません。でもこの短刀を握ったとき、これだって思ったんです。他の武器にはない何かが、この短刀にはあったんです」

 

 問いかけてくる椿さんから、僕は目を逸らさなかった。

 流れる沈黙。それを破ったのは──椿さんの哄笑だった。

 

「くっ、ははははっ! なるほど、なるほどな! 分かるぞベル坊! 確かにその感覚は言葉では表せぬよな! それもヴェル吉の短刀とは! いやはや、実に面白い!」

 

 そう言いながら、バシバシと僕の背中を叩く椿さん。強烈な衝撃と鈍い痛みに、思わず苦悶の声が漏れる。

 

「ベル坊、お主の感じたそれは、まさに運命というやつよ。お主がこの短刀を見つけたのは偶然ではなく、必然だったという訳だ」

「う、運命だってぇ!?」

「応とも。試しに使ってみるでもなく、手に取った瞬間にこれだと閃いたのであれば、それはもう運命といっても相違なかろう」

 

 椿さんの言葉に神様が驚く一方、僕は心のどこかで腑に落ちていた。

 今ではない、未来において培ったヴェルフとの縁が、僕をこの短刀に導いてくれた。再び彼との繋がりをくれた。

 そう考えると、なんだか無性に嬉しくなった。

 

「椿さん。この短刀、大事に使いたいと思います」

「そうしてやってくれ。手前はそれを打った男をよく知っている。事情があって少し意地になっているところもあるが、ベル坊ならきっと打ち解けられる筈だ。整備が必要になればいつでも訪ねてやるといい」

 

 溌剌とした笑みを浮かべた椿さんに短刀を返してもらいながら、僕はしっかりと頷いた。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

「神様、今日はありがとうございました」

「ほぇ?」

 

 夕日に照らされるメインストリートを歩いていた途中、神様にお礼を言うとすっとんきょうな顔をされた。

 少し唐突すぎたかなと気付いたのは、肝心のお礼を言ってからだった。

 

「あ、えっと、今日一日神様と過ごして、とても楽しかったです。だから、そのお礼をと思って……」

「……あぁ! なるほど! ごめんね、突然だったから少しびっくりしてしまったよ」

 

 誤魔化すように苦笑した僕に、神様はくすりと笑った。

 

「お礼を言うのはボクの方さ。一緒にいて、素敵なプレゼントまでもらって、今日はとっても楽しかったよ」

 

 だからありがとう、と。

 先程僕がしたように、神様も感謝の言葉を口にした。

 

 それを受けて、僕の心を幸福感が満たしていく。

 

 ──この(ひと)と一緒にいられて、本当によかった。

 

「……神様、また一緒に出かけましょうね」

「ほ、本当かい!? 言質は取ったよベル君! 約束だからね!」

 

 やったぁああああ! と勢いよく空に拳を突き上げ、駆け出した神様。僕はそんな彼女を、慌てて追いかけることになった。

 

 そのときの僕は、確かに笑っていた。

 




 まさか最初に登場する二人以外の原作キャラが椿になるとは、作者も思いませんでしたね。

 追記 エイナさんのことをすっかり忘れていた僕のことを、どうか殴ってください。

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