【英雄】は止まらない   作:ユータボウ

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 また誤字脱字の報告をしてくださった方々も、ありがとうございます。


第4話

 ずっと考えていたことがある。

 過去に戻った、あるいは未来を思い出したあの日から。

 かつて経験した出来事がもう一度、同じように繰り返されるのだとしたら。

 僕はどうするべきなのだろうか、と。

 

 僕の歩んできた道には、たくさんの失敗と後悔があった。

 それこそ、挙げ始めればキリがないほどに。

 結果的に上手くいったことであっても、もしあのとき、と思ったことは一度や二度ではない。

 

 あのとき、もっと早く気付いていたら。

 あのとき、もっと早く駆けつけていれば。

 あのとき、もっと強かったなら。

 

 それらの失敗や後悔を、僕は繰り返したくない。

 未来を、この先何が起こるかを覚えているなら。

 誰かが悲しい思いをしなくていいように、僕は必ず立ち上がるだろう。

 【英雄(アルゴノゥト)】を名乗ることを許された冒険者として。また、一人の男として。

 

 そして、もう一つ。

 例え未来を知っていたとしても、挑まなくてはならない冒険もある。

 僕が僕であるためにも、避けては通れない道もある。

 

 冒険者となっておよそ半月。

 ベル・クラネルの原点とも言えるその瞬間が、刻一刻と迫ってきていた。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 地下迷宮5階層は、上層における一つの節目として覚えておかなくてはならない階層だ。

 4階層までと比べて構造が一気に複雑となり、モンスターが現れるまでの間隔も格段に短くなる。上の階層と同じと考え、気を緩めた新米冒険者の多くがここで命を落としてきた。

 必要になるのは【ステイタス】の他に、装備、経験、判断力などなど。冒険者として生きていくために欠かせない要素が試されるのである。

 

『アアアアァアアァアアア!!』

 

 耳障りな絶叫と共に迫り来るゴブリン。その数、六。4階層まででは考えられない数のモンスターに、両手に握り締めた二本の短刀を構えた。

 まずは先制。群れの先頭に立っていたゴブリンへ疾駆し、その首を右手で持っていた短刀──前に神様とデートをしたときに買ったヴェルフ作の短刀──の大振りで断つ。踏み出した左足を基点とし、振るった勢いで回転、左手の短刀を最寄りにいた獲物の頭に突き立てた。

 

『ゲゲゲゲゲッ!!』

「──」

 

 背後から聞こえた声に体を右へ僅かにずらす。間もなくして僕のいた位置を、ゴブリンの爪が通り過ぎた。生じた風圧が頬を撫でるのを感じながら、振り返り様の回し蹴りを鼻面に叩き込んだ。

 手応えは有り。その証拠に、吹っ飛んだゴブリンはピクリとも動かなくなっていた。残るは半分の三体だ。

 

「はぁっ!」

 

 怯んでいた個体に飛びかかり、二本の短刀で即座に解体する。崩れ落ちるゴブリン、それを見届けることなく近くにいたもう一匹を斬り伏せる。

 これで最後。顔を上げた僕は辺りを見回し──ふっと体を暗い影が覆ったことに気付いた。同時に、上目掛けて得物を投擲する。

 

『ゲェ!?』

 

 僕に襲いかかろうとしていたゴブリンは、その胸を貫かれて落下した。ドサッと音を立てた体は、刺さった短刀を残して灰に還っていく。どうやら急所である魔石に当たったようだ。

 

「……ふぅ」

 

 周囲にモンスターがいないことを確認してからゆっくりと脱力し、投げた短刀を拾う。緩やかに湾曲した刀身に付着した血糊を拭い、鞘に収め──ようとしたその瞬間、ダンジョンの壁が音を立てて割れた。

 

『グルルル……!』

『ウゥ……グァアア!』

 

 現れたのは四匹のコボルトだ。通路の中心に立つ僕に対し、前後に二匹ずつ、ジリジリと距離を詰めてきている。

 僕は魔石の残ったゴブリンの死体を放置し、まずは前の二匹から倒すことを決めた。基本アビリティの中で『器用』と並んで高い『敏捷』を生かし、地面を蹴って速攻を仕掛ける。

 

「でやぁああああ!!」

 

 刺突。繰り出した短刀による一撃は、コボルトの胸に吸い込まれるように突き刺さった。ガリッと魔石の砕ける音がし、その体躯が灰と化す。そこから即座に身を翻し、驚愕に目を見開くコボルトの喉笛を掻き切った。

 二匹のコボルトを片付け、しかし息をついている暇はない。武器を構え直し、後ろから迫ってきていた二匹を迎え撃つ。

 同時でも焦ることはない。動きを見極め、攻撃を確実に避けてから反撃すればいいのだ。

 短刀の刃が閃き、魔石ごとコボルトたちの胴を切り裂いた。

 

「……今度こそ、大丈夫かな」

 

 しんと静まり返った見回し、今度こそ短刀を鞘に収める。それと入れ換えるように取り出したのは、魔石回収用の小型ナイフだ。

 無造作に転がるモンスターの亡骸から、僕はてきぱきと魔石を抜き取っていく。今度はモンスターが発生することはなく、無事に作業を終えられた。

 

 そして魔石の回収が終わり、小さく一息ついた、そのときだ。

 研ぎ澄まされた五感が、微かな大気の震えを感じ取った。

 

「──来た」

 

 一言呟き、立ち上がる。

 目を閉じて意識を集中させると、地面を揺らすほどの衝撃と破砕を伴った足音が、下層からこの5階層に駆け上がってくるのが分かった。

 それは紛れもない異常事態(イレギュラー)であり、駆け出しの冒険者には死の体現に他ならない。最適解はすぐさま踵を返し、ダンジョンから逃げ出すことだ。立ち向かうなど自殺行為でしかない。

 これから現れる怪物は、文字通り格の違う相手なのだから。

 

 それを承知で、僕は通路の先の暗闇に向けて構えを取った。

 

「……分かってるよ」

 

 逃げろ、死ぬぞ、と。

 警鐘を激しく鳴らし、そう訴えてくる本能を黙らせ、一度深呼吸をする。昂っていた心に少しずつ平静が戻り、強張っていた体から余計な力が抜けていく。

 今の僕を誰かが見れば、馬鹿な奴だと思うことだろう。加えて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それでもこの場に立つことを選んだのだから、我ながら全くもって度し難い。

 

 けれど、考えたのだ。

 これから起こる一連の出来事を経ずして、果たしてベル・クラネルの冒険(ものがたり)は始まるのかと。

 否。

 それは断じて否だ。

 僕を僕たらしめることとなった、憧憬との遭逢。僕の原点とも呼べるあの瞬間は、今も脳裏に色褪せることなく焼きついている。

 

 出会わなくてはならない。

 僕が僕であるためにも。

 冒険者、ベル・クラネルを始めるためにも。

 ここで、あの人と。

 

「──さぁ、来い」

 

 睨みつけた先から現れたのは、牛頭人体の怪物『ミノタウロス』。

 一度目(あのとき)は逃げることしか出来なかった相手に、僕は短刀を両手に立ち向かった。

 

 

 

     ▽△▽△ 

 

 

 

 上へ、更に上の階層へ。

 アイズ・ヴァレンシュタインとベート・ローガ、二人の第一級冒険者は脇目も振らず駆け抜ける。その表情には二人にしては珍しい、焦燥の念が浮かんでいた。

 

 それは『遠征』からの帰路の最中だった。二人の所属する【ロキ・ファミリア】一行が17階層に到着したとき、その前にミノタウロスの群れが出現、交戦となった。

 ダンジョン中層における強力なモンスターとして知られるミノタウロスだが、深層の攻略すら可能な強者揃いの【ロキ・ファミリア】には到底敵わない。一体、また一体と返り討ちに遭い、あっという間にその数を半分ほどにまで減らした。

 このまま残りを倒して終わりと、【ロキ・ファミリア】の誰もが考えていた。しかし、ここで予想だにしなかったことが起きる。

 

 アイズたちのあまりの強さに恐れをなしたのか、ミノタウロスたちが逃走したのだ。

 

 モンスターの逃走というまさかの事態に、流石のアイズたちも動きを止めた。が、すぐさま我に返ると、ミノタウロスの追走を開始した。

 ダンジョンには当然、アイズたち【ロキ・ファミリア】以外の冒険者がいる。この中層に見合った能力で探索を行う彼、彼女らからすれば、押し寄せるミノタウロスの群れなど悪夢でしかない。自分たちの取り逃がしたモンスターで犠牲者を出さないためにも、一刻も早い掃討が求められたのだ。

 しかし、地下迷宮を散り散りになって逃げ回るミノタウロスの撃破は、歴戦の【ロキ・ファミリア】であっても困難を極めた。更に運の悪いことに、逃走するミノタウロスの数匹が、17階層からかけ離れた上層にまで上がっていってしまったのである。

 上層にいるような経験の浅い下級冒険者がミノタウロスに見つかればどうなるかなど、火を見るより明らかだ。ろくに抵抗も出来ないまま、一方的に惨殺されてしまう。

 いつ最悪の事態が起こっても不思議ではない。その思いが、アイズとベートに焦りを募らせていた。

 

「……! アイズ、こっちだ!」

 

 狼人(ウェアウルフ)の優れた嗅覚で、とうとう最後のミノタウロスの居場所を突き止めたベート。数ある通路の一つに向かう彼の後ろに、アイズもすぐに続いた。

 

『ブモォオオオオオオオオ!!』

「っ!」

 

 響き渡る咆哮は間違いなくミノタウロスのものだ。確信した瞬間、アイズは走る速度を一段と上げ、先行していたベートすらも追い越して疾走した。

 そしてついに、その金色の双眸が追い続けていた赤銅色の背中を捉えた。腰に帯びていた愛剣、《デスペレート》を抜き放ち、その背中を貫かんと構える。

 

 そこで、彼女は気付いた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……?」

 

 嬲っているのではなく、戦闘。

 それはすなわち、ミノタウロスと打ち合える相手がいるということだ。

 

 下層を目指す上級冒険者にでも見つかったのだろうか。

 そんなことを考えるアイズの前で、ミノタウロスが丸太のように太い腕を地面に叩きつけた。強烈な衝撃と共に巻き上がる粉塵、その中から〝彼〟は現れた。

 

「あっ……」

 

 ミノタウロスと戦っていたのは、年若い一人の少年だった。

 髪の色は処女雪を思わせる白。闘志に満ちた眼光を放つ瞳は宝石のような深紅(ルベライト)だ。両手に二本の短刀を握り締め、細かくステップを刻むことでミノタウロスを撹乱している。彼が動く度に、首に巻かれた真っ赤なスカーフが揺れた。

 

「おいアイズ、何ボーッとしてやがる!」

「ベートさん、あれ……」

「あぁ? ……なんだ、ありゃ?」

 

 僅かに遅れ、アイズに追いついたベートは声を張り上げるが、彼もまたミノタウロスと戦う少年に気付くと、その光景に目を奪われた。

 少年は下級冒険者だ。それは身につけている装備を見れば分かる。一般的な第三級、または第二級冒険者の装備に比べると、少年の使っている武器や防具は、お世辞にも質がいいとは言えなかったからだ。

 だが少年の立ち回りや迷いのなさは、明らかに場慣れした者のそれであった。まるで何年もモンスターと戦ってきたかのように、その動きには一切の逡巡も見られない。一瞬の攻防の中に見え隠れする洗練された所作の一つ一つには、迷宮都市オラリオの誇る第一級冒険者のアイズとベートですら目を見張った。

 

 とてもLv.1とは思えない技量で強大な怪物に立ち向かう少年。

 しかし彼には一つだけ、致命的な欠点が存在していた。

 

「……()()()()()()()()

「武器が弱すぎんだ。ついでに『力』もか? なんでもいいが、あれじゃあ一生かかったって倒せねぇぞ」

「そんなっ……!」

 

 少年に足りないもの、それはモンスターを倒す上で欠かせない攻撃力だ。

 どれだけ少年が優れた技を持っていても、どれだけ少年がミノタウロスを翻弄していても、少年の刃はその悉くが厚い皮膚の前に阻まれ、傷をつけることが出来ないでいる。ダメージを与えられない以上、少年がミノタウロスを倒すことは事実上、不可能だった。

 底なしのスタミナを持つモンスターとは違い、人間の体力には限界がある。『神の恩恵(ファルナ)』を授かった冒険者とて、その例外ではない。このままでは少年はやがて力尽き、その骸を曝すこととなるだろう。

 

 ──そうはさせない。

 

 愛剣の柄に手をかけ、アイズは一歩を踏み出した。そんな彼女に、ベートは肩をすくめる。

 

「おいおい、横槍入れる気か? せっかくあのガキが食らいついてるところなのによぉ?」

「今はそうかもしれません。けど、このままじゃ遅かれ早かれ、あの子が倒れてしまう……」

 

 何より、とアイズは言葉を区切った。

 

「ミノタウロスがここまで来たのは、私たちのせいです。だからあの子は、私が助けないと」

「はぁ……好きにしろ。ガキに何言われようが知らねぇからな」

 

 ふんと鼻を鳴らしたベートを一瞥し、アイズは再び前へ向き直った。

 ミノタウロスまではおよそ二〇M(メドル)。距離を詰め、撃破するまで十秒とかからない。第一級冒険者である彼女には、それが可能だった。

 デスペレートを抜刀。姿勢を低くし、足に力を込める。今のアイズは、さながら引き絞られた矢だ。放たれれば音すら置き去りにし、ミノタウロスを一太刀のもとに斬り捨てるだろう。

 

 標的を見据え、地を蹴る。

 その瞬間だった。

 

 ミノタウロスの剛腕を躱した少年と、

 確かな光を宿した深紅(ルベライト)の双眸と、視線がぶつかった。

 少年は、決して諦めてはいなかった。

 

「……!」 

 

 ドクン、と。

 心臓が一際大きく跳ねる。同時に、少女の頭を疑問が埋め尽くしていく。

 攻撃は通じない。一撃でも当たれば死に直結する。少年に勝ち目はなく、故に今の状況は絶望的な筈だ。

 それなのに、その筈なのに、

 

 ──どうして、諦めないの?

 

 構えを解き、食い入るように少年を見つめるアイズの耳に、儚い(ベル)の音が響いた。

 


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