【英雄】は止まらない   作:ユータボウ

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 日刊ランキング1位になれました。皆様のおかげです。本当にありがとうございました。

 引き続き、『【英雄】は止まらない』をよろしくお願いします。

 今回は特殊タグを多用しているため、見にくいと思う方もおられるかもしれません。ご了承ください。


第5話

 ──やはり、効かない。

 

 振るった短刀の感触を確かめながら、ミノタウロスの脇腹に目をやった。直撃を見舞った筈のそこには、掠った程度の傷痕しかついていない。

 Lv.1の僕とLv.2のミノタウロスでは、そもそもの地力が圧倒的に違う。ただでさえ断ちにくい強靭な肉体は、レベルの差もあって堅牢な壁とも錯覚する。このままではとてもではないが倒すことは出来ないだろう。

 

『ブモォオオオオォオオオオオォオオオ!!』

 

 轟く咆哮(ハウル)に大気がビリビリと震える。二M(メドル)を越える巨体から放たれる凄まじい覇気に、思わず気圧されそうになる。

 それでも気持ちだけは負けてはいけないと、僕は精一杯の力でミノタウロスを睨みつけた。

 

『ウウゥ……! オォオオオオ!!』

 

 そんな僕が気に食わないとばかりに、ミノタウロスは荒く鼻を鳴らして突進してくる。

 当たれば必死。故に大きく横に跳び、確実に回避する。転がった地面から素早く体を起こし、顔を上げると、そこには既に腕を振りかぶり、攻撃体勢に入るミノタウロスがいた。

 

 ──前だっ!

 

 そう叫ぶ直感に従い、ミノタウロスの懐へと体を潜り込ませる。刹那、拳が唸りを上げて頭上を通り過ぎていった。

 猛攻は止まらない。技も駆け引きも何もない、ただ本能に身を任せた滅茶苦茶な攻撃ではあるが、その全てが容易く僕を屠るだけの威力を孕んでいる。気を抜くことは微塵たりとも許されなかった。

 歯を食い縛る。

 目を見開く。

 全身に張り巡らされた神経という神経を研ぎ澄まし、荒れ狂う暴力の嵐を捌いていく。

 

 そして、

 焦点の合っていない視界の端に輝く金色が映ったのは、そんな最中のことだった。

 十分の一秒にも満たない、ほんの一瞬の出来事。

 けれど確かにその瞬間、僕たちの視線は交差していた。

 

「──っ!」

 

 下から上へ振るわれた剛腕を避けつつ、その際に生じた風圧を利用して後退、距離を取る。向こうからの追撃は、ない。

 僕は深く息を吐き、右手に持っていたヴェルフの短刀を今一度握り直した。

 

 あの人が、すぐそこにいる。

 あの人が、僕を見ている。

 在りし日の記憶が、脳裏から甦る。

 

 ──あの……大丈夫、ですか?

 

 虚空に向かって僕は小さく頷く。そして武器を構え、怪物と対峙する。

 

 

アイズ・ヴァレンシュタインに、もう助けられる訳にはいかないのだから。

 

 背中に刻まれた【ステイタス】が熱を帯び、右手に光が収束する。雪よりも細かい純白の粒子がこの場に、リン、リンと、規則正しい音色を響かせた。

 半端な攻撃を何度繰り返したところで意味はない。必要なのは一撃だ。強力無比の一撃があれば、それで全て事足りる。

 僕の纏った光を脅威と判断したのか、ミノタウロスは地を蹴り、憤怒に満ちた形相で疾駆を開始する。伸ばされた腕は、しかし僕を掴むことなく地面に突き刺さり、派手に土煙を巻き上げる。

 

『ヴォオオオオォオオオオオオ!!』

「っ、ぁあああぁあああああ!!」

 

 先程にも増して激しくなったミノタウロスの勢いに、全身が軋み、痛みで悲鳴を上げる。直接攻撃に当たっていなくとも、そこに伴われる圧が容赦なく降りかかってくるのだ。こちらの限界も、いよいよ近い。

 

 だが、

 それでも、

 

「勝つのは、僕だっ!」

 

 憧れるだけではない。示すのだ。

 意地を。矜持を。精神(こころ)を。覚悟を。魂を。

 かつて、曲がりなりにも【英雄(アルゴノゥト)】の二つ名を賜ったのであれば、それを証明してみせろ。

 【英雄証明(これ)】は、そのための『スキル』だ。

 

 ──リィン!

 

 一際甲高い音を響かせた右手から、蓄力(チャージ)が完了したことを理解する。時間にして約一分といったところか。Lv.1の今の僕では、それが最大なのだろう。

 だが構わない。これで十分だ。

 眩い閃光に包まれた右手と短刀を一瞥し、迫る拳や蹴りを紙一重で躱していく。口の中に血の味が広がり、体が負荷を訴えようと、その痛みも力に換えて突き進む。

 

『ブォオオオアアァアアアアアア!!』

「ォオオオオオオ────!」

 

 そして、吼える。

 喉から最後の雄叫びを絞り出し、穢れなき閃光の刃を、『英雄の一撃』を叩きつけるように薙いだ。辺りが白一色に塗り潰され、視覚がまるで利かなくなる。

 そんな中で、僕は確かに、ミノタウロスがかき消されていく様を見届けた。

 

 ──僕の、勝ちだ。

 

 飛散していくミノタウロスだった灰に向かって、声には出さずとも宣言する。

 破壊音と絶叫が絶えず反響し、あれほどうるさかった通路は、今や嘘のように静まり返っている。聞こえるのは僕の荒い呼吸だけ。壁や地面に残された凄絶な有り様さえなければ、夢か何かと錯覚していたかもしれない。

 しかしこれは現実だ。現実であり、僕は勝ったのだ。

 かつて逃げることしか出来なかった相手を、打ち倒したのだ。

 

「ハァ……ハァ……! ぐっ……!」 

 

 勝利の余韻に浸る間もなく、全身を激痛が走った。戦闘中は無視出来ていたツケが、ここにきて一気に回ってきたようだ。視界が点滅し、上下左右の感覚が狂う。体から力が抜け、立つことも儘ならない。

 やがて、ぐらりと自分の体が傾くのを感じた。一度立つことを放棄した体は重力に引かれ、地面へと落ちていく。衝突に伴う痛みに備え、僕は反射的に目を閉じた。

 

「……?」

 

 しかし、衝撃と固く冷たい地面はいつまで経ってもやって来ない。代わりに僕を包んだのは温かく、柔らかな何かだった。

 一体何が。恐る恐る目を開けた僕の視界に映ったのは──思わず見蕩れてしまいそうになるほどの美貌と、キラキラと輝く金の長髪であった。

 

「あ……」

「……大丈夫?」

 

 小さく首をかしげ、僕に尋ねてくるアイズさん。

 さながら精緻な人形のように整った顔立ちは、記憶にある面影に比べれば、やや幼さが垣間見える。大人になった彼女を知っているが故の違和である。

 そして、抱き留められていると気付いたのは、それから一拍遅れてのことだった。

 

「え……と、す、すみません。もう大丈夫です」

 

 そう言ってその腕から離れようとした僕だったが、どういう訳か、アイズさんの腕はピクリとも動いてくれなかった。

 これには流石に困惑した。顔を上げれば、そこには相変わらず無表情のアイズさんが、じっと僕のことを見つめている。

 彼女が何を考えているか、読み取ることは不可能だった。

 

「……」

「あの……何か……?」

「……モフモフ」

「え……? ちょっ……!?」

 

 不意に左手が伸ばされ、頭をわしゃわしゃと撫で回された。

 僕の理解が全く追いつかない一方、アイズさんは妙に満足そうだ。端から見ればさっきと違いはないように思うかもしれないが、僕には分かる。僅かに緩められた口元と細められた目が証拠だ。

 

「おいアイズ」

 

 と、そのときだ。通路の向こう側から歩み寄ってくる男性に、アイズさんは「ベートさん……」とその人の名前をこぼした。

 ベート・ローガさん。【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者の一人で、【凶狼(ヴァナルガンド)】の二つ名を持つ狼人(ウェアウルフ)だ。

 

「いつまでそんなことしてるつもりだ? 目障りったらありゃしねぇ」

「……」

 

 乱暴な口調で告げるベートさんに、アイズさんは名残惜しそうにしながらも僕を解放した。

 痛みに顔をしかめつつ地面に立った僕は、すぐに回復薬(ポーション)を飲み干した。激闘でボロボロになっていた体に活力が宿り、痛みも少しずつ和らいでいく。

 

「あの……よかったら」

「い、いえ! 結構です! もうほぼ治りましたから!」

 

 傷を癒す僕を見てアイズさんが取り出したのは、なんと回復薬(ポーション)の最上位である万能薬(エリクサー)だった。文字通り、致命傷すら治すことの出来るそれは、最高品質のものになると単価五〇万ヴァリスはくだらない。決して浅くないとはいえ、この程度の怪我に使うには過ぎた代物だ。

 

「おいガキ」

「は、はい!」

「テメェ、最後のありゃなんだ?」

 

 ベートさんはアイズさんに向けていた鋭い眼光を僕に移した。ミノタウロスとはまた違う迫力に表情が強張る。

 

「ベートさん、それは……」

規則(ルール)違反だってか? んなことは分かってる。だがアイズ、お前も見ただろう? こいつがミノタウロスを一撃で消し飛ばしたところを。あれが神々の言う反則(チート)じゃねぇっていう証拠がどこにある?」

 

 アイズさんにそう反論しつつ、ベートさんは僕を指差した。猜疑心に満ちた目で、僕の僅かな挙動すら観察している。

 あたかも、嘘や誤魔化しは通じないぞと言わんばかりに。

 

「黙ってないでなんとか言いやがれ。それとも図星か? テメェんところの神に泣きついて力を貰って、それで英雄気取りか?」

「……!」

 

 ベートさんの言い分は分かる。

 『英雄の一撃』(あんなもの)を目の前で見せられて、不正を疑うなという方が無理な話だ。隣に立つアイズさんも無言を貫いてはいるが、その金色の眼はどうなのかと問いかけてきている。

 

「おい──」

「あれは、僕のものです!」

 

 発言に被せるように声を張り上げた僕に、ベートさんの目が軽く見開かれる。

 僕はその琥珀色の瞳を、真っ正面から見つめ返した。

 

 デタラメな力だということは、僕自身が一番理解している。

 けれどこれは、紛れもない僕の力だ。

 僕の中にある想いが生んだ結晶だ。

 疚しいところなど一つもない。胸を張って、堂々と宣言出来る。

 

「詳しくは話せません。不正じゃないって証拠もありません。だけどあれは貰いものなんかじゃない、僕の力なんです。それだけは、例え誰であっても否定させません!」

「はっ、言うじゃねぇか……!」

 

 にやりと獰猛な笑みを浮かべ、ベートさんはふっと息をついた。

 

「兎野郎、テメェの顔、覚えたぞ」

「兎野郎じゃありません。【ヘスティア・ファミリア】、ベル・クラネルです」

「ふん、雑魚の名前なんて一々気にしてられるか。覚えてほしけりゃ、精々強くなりやがれ」

 

 最後に鼻を鳴らし、ベートさんは踵を返して行ってしまった。

 この場に残されたのは僕と、そしてアイズさんだけだ。

 

「……ベル・クラネル、っていうんだね」

「へ? は、はい」

「ベル・クラネル……ベル・クラネル……うん、覚えた」

 

 僕の名前を何度も呟き、こくこくと頷くアイズさん。

 なんというか、少しだけくすぐったい。

 

「私は、アイズ。アイズ・ヴァレンシュタイン、です」

「あっ……ベル・クラネルです。よろしくお願いします、ヴァレンシュタインさん」

「……アイズでいい。【ファミリア】の皆は、そう呼ぶから」

「じゃあ僕のことも、ベルで構いません」

 

 なんとも遅い自己紹介を済ませ、僕たちは小さく笑い合う。

 

「本当は、もう少し話が出来たらいいんだけど……私、行かないと」

 

 名残惜しそうな素振りを見せるアイズさんが振り返った先には、もうベートさんはいなかった。

 戻らなければならないのだろう。

 自らの所属する、【ロキ・ファミリア】のもとへ。

 

「それじゃあ、()()()。ベル」

「……はい。アイズさんも、()()

 

 ──また、どこかで会いましょう。

 

 短く、けれど確かに再会の約束を交わし、僕たちはそれぞれの道を歩き出した。

 

 僕にとって始まりの一日は、こうして無事に幕を下ろした。

 

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