「ただいま帰りました」
「おおっ! ベル君、おかえりぃ!」
帰宅早々、飛びついてきた神様を受け止め、僕は深くソファーに腰かけた。目を閉じ、脱力して深く息を吐き出す。
ミノタウロスの激闘を経て消耗した体は、何よりも休息を求めていた。
「お疲れ様。随分と疲れてるみたいだけど、何かあったのかい?」
「中層から上がったきたミノタウロスと戦ってました……」
「ふむふむ、ミノタウロスとね。……って、えぇ!? ちょっ、大丈夫なのかい!? 怪我とかしてないよね!?」
驚きのあまり、ギョッと目を剥いた神様は、ペタペタと僕の体を触り始めた。
そんな彼女を僕は「大丈夫ですよ」と苦笑しつつ、宥める。
「けど、確かミノタウロスってとても強いモンスターなんだろう? よく倒せたね」
「
ただ、最大まで
──……いや、流石にそれは迷惑か。
「ふぅ……。神様、【ステイタス】の更新をしてもらってもいいですか?」
「うん、任せておくれ! どこまで伸びてるのか、楽しみだね」
一休みしたところでいよいよ【ステイタス】の更新だ。神様の言う通り、格上のモンスターであるミノタウロスを倒した僕のアビリティは、どこまで伸びているのだろうか。
「う~ん……相変わらず凄まじい伸び具合だね……。普通の子の【ステイタス】の成長がどんなものかは知らないけど、そんなボクでも明らかにおかしいって言えるよ……」
「そんな伸びてましたか?」
「うん。いくらミノタウロスを倒したってことを考慮しても、これは少し伸びすぎかな」
更新のために装備を外し、終わり次第、部屋着に着替える。再び戻ってくる頃には【ステイタス】の書き写しも完了したようで、僕は神様から羊皮紙を受け取った。
ベル・クラネル
Lv.1
力:F323→E406 耐久:G212→283 器用:E457→D531 敏捷:E428→D505 魔力:I 0
《魔法》
【】
《スキル》
【
・早熟する。
・
・
【
・
トータル上昇値300以上。たった一度の更新でここまで成長するのは、過去を振り返っても珍しいことだ。
僕が冒険者となって半月。以前とは違い、最初から【
「さてと、神様、そろそろ夕食の支度をしますね」
「ん、いいのかい? もう少し休んでてくれてもいいんだぜ?」
「いえ、大丈夫です。その分、食べてからゆっくりしますから」
前かけをつけ、手を洗ってから魔石製品である冷蔵庫から食材を取り出し、ぎゅっと袖を捲る。
シルさんに振り回され、『豊饒の女主人』の手伝いを幾度となく繰り返してきたため、こう見えても台所での作業には腕に覚えがある。料理も女将であるミアさんにはまだまだ程遠いが、神様は喜んで食べてくれるので、作る側としてもやり甲斐があるのだ。
「……うん、じゃあやっていこうかな」
献立は決まった。
くるりと手元にあった包丁を回し、鼻唄と共に調理を開始した。
▽△▽△
翌日、神様と朝食を食べた僕はダンジョンへ行かず、『
「う~ん、やっぱりしっくりこないな……」
首をかしげつつ、握っていた長剣を元の場所に戻す。
その出来は決して悪い訳ではない。だが、やはりヴェルフの短刀に比べると、どうしても馴染み具合が劣ってしまうのだ。
それからしばらくの間、ヴェルフの武器を探してあちこちを漁っていたが、最終的には大人しく店員を頼ることにした。これ以上の足掻きは、きっと時間の浪費にしかならない。
「あの、すみません。ヴェルフ・クロッゾさんの武器ってありませんか?」
「ヴェルフ・クロッゾ氏の武器ですか? 少しお待ちください」
カウンターにいた男性店員にそう尋ねると、彼は一旦奥の方へと引っ込み、書類を抱えてまた戻ってきた。
「えー……ヴェルフ・クロッゾ氏の作品は……現在はライトアーマーが一つだけのようですね。残念ながら氏の武器は取り扱っておりません」
「そう、ですか……」
「お時間があるなら直接訪ねてみてはどうでしょう? ここにはなくとも、本人の手元にならあるかもしれませんね」
「……分かりました。ありがとうございます」
にこやかに答える店員にお礼を言い、ひとまずはそのライトアーマーを探す。
幸いにもそちらはすぐに見つかった。彩色の施されていない、白い金属光沢を放つブレストプレートや膝当てなどの一式は、紛れもなくヴェルフの打った防具であり、愛用していた
「あとは……武器か」
テナントを後にした僕の頭には、先程の店員の言葉が残っていた。
直接会いに行くという選択肢は、これまで僕がなるべく避けていたものだ。僕にとって【ヘスティア・ファミリア】の皆は、何物にも代えられない大事な人たちなのだが、今を生きる彼、彼女たちにとって、僕はただの赤の他人でしかない。接点が皆無である現状、会いに行ったとしても厄介がられ、相手にされないことは目に見えていたからだ。
しかし今なら。
ヴェルフを訪ねるきちんとした理由のある今なら、あるいは──。
「──よし、行こう」
腹は決まった。
バベルを出た僕はその足で、オラリオ北東のメインストリートへと向かい始める。
北東のメインストリート周辺は主に魔石製品を生産する工場など、職人たちの作業場の立ち並ぶ工業区だ。道行く人々の多くがヒューマンやドワーフといった種族であり、また作業服に身を包んでいる。時折吹く風からは、仄かに鉄の臭いがした。
そんな通りをまっすぐ進み、あるところから細い路地に入る。人気のない石畳の道は薄暗く、さながら迷路のようだが、僕はそこを淀みない足取りですいすいと歩いていく。
目的地はかつて、何度も足を運んだ場所だ。如何に複雑であろうとも、その道順はしっかりと頭に入っている。
そうして辿り着いた平屋造りの建物、すなわちヴェルフの工房の鎧戸を、僕は強く叩いた。
「ごめんください! どなたかいらっしゃいませんか?」
作業中でも聞こえるよう、必要以上に声を張り上げる。
すると数秒後、重々しい音を立てて鎧戸が開き、燃えるように真っ赤な短髪をした青年が姿を現した。
「えっと……どちら様で?」
「はじめまして。僕、ベル・クラネルっていいます」
ぺこりと頭を下げ、名を名乗る。そして、不思議そうな顔をする青年──ヴェルフに、僕は砕けた短刀の柄を差し出した。
「っ!? お前、これってもしかして!」
大きく目を見開き、柄と僕の顔を交互に視線を動かすヴェルフ。
そんな彼に、僕はこくりと頷いた。
「……一つだけ訊かせてくれ。お前は、魔剣目当てで来た訳じゃないんだな?」
「はい。僕はこのナイフを打ったあなたに会いに来たんです」
真剣な面持ちで尋ねてくるヴェルフから目を逸らさず、はっきりと答える。僕たちの間に沈黙が流れ、やがてヴェルフが小さくふっと表情を緩めた。
「……悪いな、疑うような真似をしちまって。とりあえず中に入ってくれ。立ち話で済ませるには長くなりそうだ」
「あっ、はい。お邪魔します」
ヴェルフに通され、僕は工房の中に足を踏み入れる。
「さて、とりあえず自己紹介からしておくか。俺の名前はヴェルフ・クロッゾ。【ヘファイストス・ファミリア】の
「【ヘスティア・ファミリア】、ベル・クラネルです。よろしく、ヴェルフ」
「あぁ。よろしくな、ベル」
互いに名前を呼び合い、握手を交わす。
またヴェルフと、かけがえのない大切な仲間と出会えた。
その事実に、喜びで笑みが浮かんでくる。
「それで、わざわざこんなところにまで俺を訪ねてきて、一体なんの用だ?
「えっと、じゃあヴェルフの打った武器が見たいかな。さっきまでバベルにあるテナントの方に行ってたんだけど、そこではヴェルフの作品は全然見当たらなくて……」
「おう。ならあの辺りにまとめてあるぜ」
そう言ってヴェルフが顎で示した先には、彼の打った作品たちが壁に立てかけられていた。剣、槍、鎚など、その種類は様々だ。飾り気のない機能性を重視したであろう造りが、なんともヴェルフらしい。
「どうだ? お前好みのはありそうか?」
「そうだね、短刀があれば一番いいんだけど……でも、この
「おいおい、
「あー……上層に上がってきたミノタウロスと戦って、そのときに……」
「はぁ!? 上層でミノタウロスと!? いやでも、だとしたらあの有り様も納得はいくか……。ていうか、お前Lv.1だよな!? よく生きてたな!」
驚愕するヴェルフに苦笑を浮かべ、「運がよかったんだ」と返す。そんな僕をヴェルフは何か言いたげに見つめていたが、それ以上追及してくることはなかった。
「う~ん、どうしようかな……」
「やっぱり短刀がいいのか?」
「……そうだね。一番使い慣れてる武器だし。でもそうなると一から作ることになるんだよね?」
「あぁ。でも本当に遠慮なんてしなくていいんだぞ? 自分の作品を使ってくれる冒険者がいる、
にっと溌剌とした男前な笑みを見せるヴェルフ。
その姿に、胸の内に温かい気持ちが込み上げてくる。
──そうだ、ヴェルフ・クロッゾとはこういう人だった。
まっすぐな性格の職人気質で、面倒見のいい兄貴分。
頼れる相棒の在り方は、今も昔も変わらないままだった。
「ふふっ、じゃあ、頼んでもいいかな?」
「任せとけ。最高の一振りを用意してやるよ」
ぐっと親指を上げ、ヴェルフは自信満々に答えた。