【英雄】は止まらない   作:ユータボウ

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第6話

「ただいま帰りました」

「おおっ! ベル君、おかえりぃ!」

 

 帰宅早々、飛びついてきた神様を受け止め、僕は深くソファーに腰かけた。目を閉じ、脱力して深く息を吐き出す。

 ミノタウロスの激闘を経て消耗した体は、何よりも休息を求めていた。

 

「お疲れ様。随分と疲れてるみたいだけど、何かあったのかい?」

「中層から上がったきたミノタウロスと戦ってました……」

「ふむふむ、ミノタウロスとね。……って、えぇ!? ちょっ、大丈夫なのかい!? 怪我とかしてないよね!?」

 

 驚きのあまり、ギョッと目を剥いた神様は、ペタペタと僕の体を触り始めた。

 そんな彼女を僕は「大丈夫ですよ」と苦笑しつつ、宥める。

 

「けど、確かミノタウロスってとても強いモンスターなんだろう? よく倒せたね」

【英雄証明】(スキル)のおかげですよ。あれがなければ勝てませんでした」

 

 ただ、最大まで蓄力(チャージ)して『英雄の一撃』を放った代償か、ヴェルフの短刀は刀身が砕け、見事に使い物にならなくなってしまった。これは近いうちに新しい武器を探すか、あるいは可能なら本人に直接作ってもらった方がいいかもしれない。

 

 ──……いや、流石にそれは迷惑か。

 

「ふぅ……。神様、【ステイタス】の更新をしてもらってもいいですか?」

「うん、任せておくれ! どこまで伸びてるのか、楽しみだね」

 

 一休みしたところでいよいよ【ステイタス】の更新だ。神様の言う通り、格上のモンスターであるミノタウロスを倒した僕のアビリティは、どこまで伸びているのだろうか。

 

「う~ん……相変わらず凄まじい伸び具合だね……。普通の子の【ステイタス】の成長がどんなものかは知らないけど、そんなボクでも明らかにおかしいって言えるよ……」

「そんな伸びてましたか?」

「うん。いくらミノタウロスを倒したってことを考慮しても、これは少し伸びすぎかな」

 

 更新のために装備を外し、終わり次第、部屋着に着替える。再び戻ってくる頃には【ステイタス】の書き写しも完了したようで、僕は神様から羊皮紙を受け取った。

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力:F323→E406 耐久:G212→283 器用:E457→D531 敏捷:E428→D505 魔力:I 0

 

 《魔法》

 【】

 《スキル》

 【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

 ・早熟する。

 ・懸想(おもい)が続く限り効果持続。

 ・懸想(おもい)の丈により効果向上。

 【英雄証明(アルゴノゥト)

 ・能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権。

 

 トータル上昇値300以上。たった一度の更新でここまで成長するのは、過去を振り返っても珍しいことだ。

 僕が冒険者となって半月。以前とは違い、最初から【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】を持っていたこともあって、この時点で『器用』と『敏捷』がDにまで到達している。流石にランクアップはまだ出来ないだろうが、着実に強くなっているという事実に、ふっと口元が緩んだ。

 

「さてと、神様、そろそろ夕食の支度をしますね」

「ん、いいのかい? もう少し休んでてくれてもいいんだぜ?」

「いえ、大丈夫です。その分、食べてからゆっくりしますから」

 

 前かけをつけ、手を洗ってから魔石製品である冷蔵庫から食材を取り出し、ぎゅっと袖を捲る。

 シルさんに振り回され、『豊饒の女主人』の手伝いを幾度となく繰り返してきたため、こう見えても台所での作業には腕に覚えがある。料理も女将であるミアさんにはまだまだ程遠いが、神様は喜んで食べてくれるので、作る側としてもやり甲斐があるのだ。

 

「……うん、じゃあやっていこうかな」

 

 献立は決まった。

 くるりと手元にあった包丁を回し、鼻唄と共に調理を開始した。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 翌日、神様と朝食を食べた僕はダンジョンへ行かず、『摩天楼(バベル)』の八階にある【ヘファイストス・ファミリア】のテナントを見て回っていた。

 

「う~ん、やっぱりしっくりこないな……」

 

 首をかしげつつ、握っていた長剣を元の場所に戻す。

 その出来は決して悪い訳ではない。だが、やはりヴェルフの短刀に比べると、どうしても馴染み具合が劣ってしまうのだ。

 それからしばらくの間、ヴェルフの武器を探してあちこちを漁っていたが、最終的には大人しく店員を頼ることにした。これ以上の足掻きは、きっと時間の浪費にしかならない。

 

「あの、すみません。ヴェルフ・クロッゾさんの武器ってありませんか?」

「ヴェルフ・クロッゾ氏の武器ですか? 少しお待ちください」

 

 カウンターにいた男性店員にそう尋ねると、彼は一旦奥の方へと引っ込み、書類を抱えてまた戻ってきた。

 

「えー……ヴェルフ・クロッゾ氏の作品は……現在はライトアーマーが一つだけのようですね。残念ながら氏の武器は取り扱っておりません」

「そう、ですか……」

「お時間があるなら直接訪ねてみてはどうでしょう? ここにはなくとも、本人の手元にならあるかもしれませんね」

「……分かりました。ありがとうございます」

 

 にこやかに答える店員にお礼を言い、ひとまずはそのライトアーマーを探す。

 幸いにもそちらはすぐに見つかった。彩色の施されていない、白い金属光沢を放つブレストプレートや膝当てなどの一式は、紛れもなくヴェルフの打った防具であり、愛用していた兎鎧(ピョンキチ)シリーズの旧型に他ならない。値段は九九〇〇ヴァリス、僕は迷うことなく購入を決めた。

 

「あとは……武器か」

 

 テナントを後にした僕の頭には、先程の店員の言葉が残っていた。

 直接会いに行くという選択肢は、これまで僕がなるべく避けていたものだ。僕にとって【ヘスティア・ファミリア】の皆は、何物にも代えられない大事な人たちなのだが、今を生きる彼、彼女たちにとって、僕はただの赤の他人でしかない。接点が皆無である現状、会いに行ったとしても厄介がられ、相手にされないことは目に見えていたからだ。

 

 しかし今なら。

 ヴェルフを訪ねるきちんとした理由のある今なら、あるいは──。

 

「──よし、行こう」

 

 腹は決まった。

 バベルを出た僕はその足で、オラリオ北東のメインストリートへと向かい始める。

 

 北東のメインストリート周辺は主に魔石製品を生産する工場など、職人たちの作業場の立ち並ぶ工業区だ。道行く人々の多くがヒューマンやドワーフといった種族であり、また作業服に身を包んでいる。時折吹く風からは、仄かに鉄の臭いがした。

 そんな通りをまっすぐ進み、あるところから細い路地に入る。人気のない石畳の道は薄暗く、さながら迷路のようだが、僕はそこを淀みない足取りですいすいと歩いていく。

 目的地はかつて、何度も足を運んだ場所だ。如何に複雑であろうとも、その道順はしっかりと頭に入っている。

 そうして辿り着いた平屋造りの建物、すなわちヴェルフの工房の鎧戸を、僕は強く叩いた。

 

「ごめんください! どなたかいらっしゃいませんか?」

 

 作業中でも聞こえるよう、必要以上に声を張り上げる。

 すると数秒後、重々しい音を立てて鎧戸が開き、燃えるように真っ赤な短髪をした青年が姿を現した。

 

「えっと……どちら様で?」

「はじめまして。僕、ベル・クラネルっていいます」

 

 ぺこりと頭を下げ、名を名乗る。そして、不思議そうな顔をする青年──ヴェルフに、僕は砕けた短刀の柄を差し出した。

 

「っ!? お前、これってもしかして!」

 

 大きく目を見開き、柄と僕の顔を交互に視線を動かすヴェルフ。

 そんな彼に、僕はこくりと頷いた。

 

「……一つだけ訊かせてくれ。お前は、魔剣目当てで来た訳じゃないんだな?」

「はい。僕はこのナイフを打ったあなたに会いに来たんです」

 

 真剣な面持ちで尋ねてくるヴェルフから目を逸らさず、はっきりと答える。僕たちの間に沈黙が流れ、やがてヴェルフが小さくふっと表情を緩めた。

 

「……悪いな、疑うような真似をしちまって。とりあえず中に入ってくれ。立ち話で済ませるには長くなりそうだ」

「あっ、はい。お邪魔します」

 

 ヴェルフに通され、僕は工房の中に足を踏み入れる。

 鍛冶師(スミス)の仕事場だけあって、小ぢんまりとした一室には炉や作業台、鎚などの設備や道具がところ狭しと並んでいる。どこか懐かしい光景に目を奪われていると、奥から椅子を持ってきたヴェルフが、「そんなに珍しいか?」と苦笑した。

 

「さて、とりあえず自己紹介からしておくか。俺の名前はヴェルフ・クロッゾ。【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師(スミス)だ。家名は嫌いでな、呼ぶならヴェルフって呼んでくれ」

「【ヘスティア・ファミリア】、ベル・クラネルです。よろしく、ヴェルフ」

「あぁ。よろしくな、ベル」

 

 互いに名前を呼び合い、握手を交わす。

 

 またヴェルフと、かけがえのない大切な仲間と出会えた。

 その事実に、喜びで笑みが浮かんでくる。

 

「それで、わざわざこんなところにまで俺を訪ねてきて、一体なんの用だ? 特注品(オーダーメイド)か? 記念すべき顧客の第一号だ、遠慮せずに言ってくれ」

「えっと、じゃあヴェルフの打った武器が見たいかな。さっきまでバベルにあるテナントの方に行ってたんだけど、そこではヴェルフの作品は全然見当たらなくて……」

「おう。ならあの辺りにまとめてあるぜ」

 

 そう言ってヴェルフが顎で示した先には、彼の打った作品たちが壁に立てかけられていた。剣、槍、鎚など、その種類は様々だ。飾り気のない機能性を重視したであろう造りが、なんともヴェルフらしい。

 

「どうだ? お前好みのはありそうか?」

「そうだね、短刀があれば一番いいんだけど……でも、この小剣(ショートソード)とかいいかも。あ、こっちの大剣もかっこいいなぁ」

「おいおい、小剣(ショートソード)と大剣なんて全然違う武器だぞ? ……それにしても、短刀か。参考程度に訊きたいんだが、お前の持ってきたのはなんであんな風になっちまったんだ?」

「あー……上層に上がってきたミノタウロスと戦って、そのときに……」

「はぁ!? 上層でミノタウロスと!? いやでも、だとしたらあの有り様も納得はいくか……。ていうか、お前Lv.1だよな!? よく生きてたな!」

 

 驚愕するヴェルフに苦笑を浮かべ、「運がよかったんだ」と返す。そんな僕をヴェルフは何か言いたげに見つめていたが、それ以上追及してくることはなかった。

 

「う~ん、どうしようかな……」

「やっぱり短刀がいいのか?」

「……そうだね。一番使い慣れてる武器だし。でもそうなると一から作ることになるんだよね?」

「あぁ。でも本当に遠慮なんてしなくていいんだぞ? 自分の作品を使ってくれる冒険者がいる、鍛冶師(スミス)にとってこんなに嬉しいことはないんだからな」

 

 にっと溌剌とした男前な笑みを見せるヴェルフ。

 その姿に、胸の内に温かい気持ちが込み上げてくる。

 

 ──そうだ、ヴェルフ・クロッゾとはこういう人だった。

 

 まっすぐな性格の職人気質で、面倒見のいい兄貴分。

 頼れる相棒の在り方は、今も昔も変わらないままだった。

 

「ふふっ、じゃあ、頼んでもいいかな?」

「任せとけ。最高の一振りを用意してやるよ」

 

 ぐっと親指を上げ、ヴェルフは自信満々に答えた。

 


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