【英雄】は止まらない   作:ユータボウ

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第7話

 ベルがヴェルフのもとを訪ねている頃、ヘスティアはソファーに寝転がり、ぼんやりと天井を眺めていた。

 日々アルバイトに奔走する彼女にとって、今日は久しぶりの休日。故に、ゆっくりと読書でもして過ごすつもりだった。

 しかし、いざ本を開いてみても内容が全く入ってこない。どれだけ集中しようとしても、すぐに別のことが頭に浮かんできてしまうのである。

 

 それは、【ヘスティア・ファミリア】唯一の眷族であるベルのことだ。

 

 処女雪のような穢れのない純白の短髪と、優しさに満ちた深紅(ルベライト)の瞳をした、十四歳の少年。性格は素直かつ善良で、更には強い正義感の持ち主でもある。時折見せる大人びた立ち振舞いや思慮深さも、ヘスティアにとっては魅力の一つだ。

 自分にはもったいないくらいの子だと、ヘスティアはつくづく思った。

 ベルにはとある秘密があることを、ヘスティアは知っている。彼の背に『神の恩恵(ファルナ)』を刻んだその日に、直接本人から聞いたのだ。

 

 曰く、自分は未来のことを覚えている、と。

 

 結果から言えば、それを知ったヘスティアが何かをするということはなかった。

 ヘスティアは『炉』の女神。『時間』、あるいは『運命』といったものに関しては完全に門外漢だ。いくら疑問に思ったところで、ベルの身に起きたことを説明することは出来ず、最終的には「そういうこともあるのかもしれない」という結論に落ち着くこととなった。

 むしろヘスティアはベルに大いに感謝し、【ファミリア】の結成を喜んだ。

 だらけた生活をしていたばかりに親友(ヘファイストス)のもとから追い出され、【ファミリア】を作ろうと勧誘をしても一向に上手くいかない。そんな日々が続き、体力的にも精神的にも参ってしまっていたとき、手を差し伸べてくれたのがベルなのだ。何か大きな秘密を抱えていたところで、彼を厄介がる理由などどこにもなかった。

 更に、冒険者として経験を積んできたベルには、相応の強さと知恵があった筈だ。それを活かせば、【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】など、誰もが憧れるオラリオの二大派閥に入ることも出来ただろう。その上で、彼が自分のことを選んでくれたことが、ヘスティアには堪らなく嬉しかった。

 

 ──ベル君の力になりたい。

 

 そう思うようになり始めたのは、【ファミリア】の結成から二週間が経過し、今の生活にも慣れてきた頃だった。

 現状、【ヘスティア・ファミリア】の団員はベル一人しかおらず、生活費などの多くが彼頼りとなってしまっている。その負担を減らすため、ヘスティア自身もほぼ毎日アルバイトをしているが、それでもベルに養われているというのが現実だ。

 

 自分は甘えてばかりで、何もしてあげることが出来ていない。

 これでは主神失格だ。

 何か自分にも出来ることはないだろうか。

 

 それがここ数日における、ヘスティアの悩みの種であった。

 

「……でも、ボクに何が出来るんだろう?」

 

 天井を見つめたまま、ヘスティアは途方に暮れる。

 下界で生きる神々の決まりに従い、『神の力(アルカナム)』を封印している今の彼女は、ただの人間同然だ。一部の神々は自らの持つ技術や知恵を活かし、様々な分野で活動しているようだが、ヘスティアにそういった類いの能力はない。

 せめてヘファイストスのように武器を作れたらなぁ、と。

 深くため息をついた、そのときだった。

 

「──ん? ヘファイストス?」

 

 何気なく浮かんだ親友の名前に、停滞していた思考が一気に加速していく。

 寝転がった体勢のままブツブツと何かを呟いていたヘスティアは、考えがまとまると同時にその体を勢いよく起こした。そしてすぐさま食器棚に飛びつくと、中段にある引き出しを漁った。

 

「……あった」

 

 お目当てのものを発見し、ほっと息をついたヘスティア。

 その手には『ガネーシャ主催 神の宴』と書かれた招待状が握られていた。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 『ウォーシャドウ』というモンスターがいる。

 

 地下迷宮6階層から出現するモンスターで、その身の丈一六〇(セルチ)ほど。影を思わせる黒一色に染まった体と、長い腕の先に備わった三本の鋭い指が特徴だ。

 このウォーシャドウはダンジョンの上層において、新米冒険者では敵わないモンスターの筆頭として知られている。移動速度、攻撃力、攻撃の間合いなど、多くの要素において『ゴブリン』や『コボルト』といった、6階層までに出現するモンスターとは比べ物にならない強さを秘めているからだ。この6階層が上層における一つの区切りと見なされているのは、ひとえにこのモンスターの存在に依るところが大きい。

 

 そんなウォーシャドウが合計で四体、()()()を囲むように出現した。

 

「囲まれたね……」

「あぁ。けど慌てることはねぇぞ。ウォーシャドウは確かに強いが、落ち着いて対処すれば問題ない。二体同時に相手しなけりゃ、ベルなら十分やれるさ」

 

 背中から聞こえるヴェルフの言葉に頷き、借り物である大剣を中段に構えた。普段使っている短刀とは違う、ずっしりとした重量の得物を強く握り締める。

 

「よし、いくぞっ!」

「うんっ!」

 

 その声を合図に、僕たちは前へ飛び出す。

 既に臨戦態勢に入っていた二体のウォーシャドウは、飛び出してきた僕に向かってその長い腕を振り上げた。鋭利さと切れ味を両立させたナイフのような指が、風切り音を伴って迫ってくる。

 ズバッ、と。薄暗い通路に何かが切り裂かれる音が響いた。

 

「はあっ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、距離を詰めて蹴りを放った。二つあった真っ黒な体躯の一つが宙を舞い、少し離れた壁に激突する。

 今ので倒すことは出来なかったようだが、これで一対一の状況を作り出すことには成功した。僕は残ったウォーシャドウに狙いを定め、一歩を踏み出す。

 

『────!』

「やぁあああああ!!」

 

 先程と同様、伸びてきた腕を切り払い、懐へと潜り込む。ここまで接近すれば、ウォーシャドウはその腕の長さが仇となり、満足に攻撃することが出来ない。それは僕も同じだが、しかし僕の武器は一つではない。

 大剣を手放し、腰の後ろに装備していた短刀──最初にギルドで購入した支給品──を抜刀すると、ウォーシャドウの胸に深々と突き刺す。そして、そのまま一気に頭頂部まで振り抜いた。

 真っ二つに裂かれたウォーシャドウは力なく崩れ落ち、灰へと還っていく。その様を確認してから、僕は大剣を拾い上げて残る一体に目を移した。顔のないウォーシャドウだが、その様子は怒っているように見えなくもない。

 

『────!!』

 

 今度はあちらから攻めてくるウォーシャドウ。けれど片腕を失った今、その脅威は半減している。

 冷静に攻撃を受け止め、反撃として体重を乗せた袈裟斬りを叩き込む。それだけで、ウォーシャドウはあっさりと沈黙した。

 

「……ふぅ」

「お疲れさん。いい戦いっぷりだったぜ」

 

 軽く息を整えていると、大剣を担いだヴェルフが歩み寄ってくる。

 

「お疲れ様。どうだった?」

「残念ながら落ちなかったな。まぁ、こればかりは運だししょうがないさ」

 

 ヴェルフは肩をすくめつつ、首を横に振る。

 

 『ウォーシャドウの指刃』。

 それが今回の探索の狙いとなるドロップアイテムであり、僕の新しい短刀の材料としてヴェルフが選んだものだ。ただ、製作するには手持ち分だけでは数が足りないとのことで、こうしてパーティを組み、ダンジョンに足を運んだのである。

 ちなみにドロップアイテムとは、モンスターを倒したときにその一部が灰化せず、形を残したもののことだ。ヴェルフが言った通り、得られるかどうかは完全に運次第なため、僕たちは先程からウォーシャドウを見つけては撃破するということを繰り返していた。

 

「それにしても、背中を預けられる仲間がいるってのはいいもんだな。心強いし、何よりも単独(ソロ)と比べて遥かに安全だ。流石にウォーシャドウ四体を相手するのは、一人じゃ難しかっただろうからな」

「そうだね。本当にそう思うよ」

 

 はははは、と声を揃えて笑い合う。

 理由は違えど、僕とヴェルフは共に単独(ソロ)でダンジョンに挑む冒険者だ。故に、味方がいるということの安心感とありがたみを、身に染みて実感していた。

 ダンジョンは死の危険が常にまとわりつく場所だ。そこに単身で挑むのか、誰かと挑むのか、それだけで攻略難度が大きく変わってくる。

 

「けど驚いたぞ。大剣を使わせてほしいなんて言われたときには耳を疑ったが、なかなかどうして様になってるじゃないか」

「一応昔から練習してたからね。頭の中でだけど」

「ぷっ、はははははははっ! なんだそりゃ!」

 

 未来で使っていた経験がある、などと正直に言う訳にもいかないので、少しばかりおどけてみせると、どうやらヴェルフのツボに入ったらしい。哄笑が通路に響き渡った。

 

 そんなときだ。ピキピキという音が鳴り、壁の一部がひび割れる。

 現れたのはゴブリンの群れ。しかしこの中には、ちらほらとウォーシャドウの姿も見える。その数は優に十を越えており、これにはヴェルフも笑いを止めて真剣な面持ちを作った。

 

「ふぅ……。さて、こりゃ冗談言って笑ってる場合じゃねぇな」

「だね。どうする?」

「そんなもん、蹴散らすに決まってるだろ。半分頼めるか?」

「もちろん」

 

 こくりと頷き、大剣越しにモンスターの群れを見据える。

 敵の数は多い。そして、数というのはこのダンジョンにおいて、それだけで脅威となる要素だ。囲まれ、袋叩きにされてしまえば、どんな冒険者でも死は免れない。

 

『グガァアアアアァアアアアアア!!』

「よっしゃあ! どっからでもかかって来やがれ!」

「さぁ、来い!」

 

 反響するゴブリンたちの雄叫びに、負けじと僕たちも声を張り上げた。己を鼓舞し、精神を奮い立たせる。

 

 ここに、乱闘が始まった。

 

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