偽から出た真   作:白雪桜

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初めまして、白雪桜です。
初投稿になります。
更新は遅れがちになるかもしれませんが、よろしくお願いします。



プロローグ

 流魂街に、噂がある。

 庄屋は語る。ありゃ大層なもんだ。

 地主は語る。こん次は是非うちに来てもらえんかのぅ。

 女将は語る。何だい、あの子を知らないって? 遅れてるねぇ。

 口を揃えて、人々は語る。

 

 

 『なぁあんた、“まねっこ”って知ってるかい――?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……で、非番日まで調整してどこに連れていく気じゃ? 喜助」

 

 西流魂街一番地区、潤林庵。流魂街の中で最も治安のいいこの地域に、四楓院夜一は居た。

 前を歩いているのは夜一の幼馴染であり良き友人の浦原喜助。

 

 「まあまあ、行ってからのお楽しみ、ということにしときましょうか」

 「ほぉ……そうかそうか。儂の休日を潰した挙句何もないじゃ済まさんからな。その時はそうじゃの、白打の的になってもらうか」

 「んー、じゃあないとは思いますが概要だけさらっと。最近街に出ると、ある噂で持ち切りなんスよ。高級料亭だとか遊郭だとか、まあ比較的裕福な立場の人間が集まる場所なんかでやり取りされてるらしいっスけど。それが巡り巡って、そこを訪れた貴族の口から瀞霊廷にまで広まってるようでしてね? ちょっと話を聞いてみたら、これはもう行くしかない! という感じでついでに夜一サンも誘ってみようと思ったわけっス」

 「噂のう……。隠密機動からはこれといった報告は上がっておらんが」

 「そりゃそうでしょう。話題になってるだけできな臭い話とは無縁ですし、それに二番隊の方々が集める情報とは管轄が違いますよ。何せ大衆娯楽っスから」

 「はあ? なんじゃ、芝居でもやっておるのか? そういうのは家で散々見飽きとるんじゃが」

 「ま、これ以上は見てからのお楽しみってことで。……着きましたよ」

 

 喜助が足を止めたのは料亭。高級とまではいかないが小ぢんまりともしておらず、なかなか繁盛している様が窺える。

 

 「ここで、今日彼女が舞台を開くそうっス」

 

 出てきた女将に喜助が「わざわざ今日のために来たんスよ」と言うと、納得がいったようで。『今日のため』とやらの部屋へ案内してくれた。

 

 「……随分な人数じゃの」

 

 縁側付きの広い部屋に、数十人がびっしりと座っている。本来大人数で酒を酌み交わす場所であろうに、今は全員が同じ方向を向いており酒瓶も数える程度。同じ方向と言っても、がやがやとそこかしこで会話をしているのだが。

 人混みを難なく抜け、できるだけ前に座る場所を確保した夜一。ちゃっかり隣に座る喜助をじろっと睨む。

 

 「いやー、楽しみっスねえ」

 「何が楽しみじゃ。人を引っ張ってきておきながら」

 「まあまあ、折角なんですから夜一サンも楽しんでくださいよ」

 

 けらけらと笑う喜助には悪びれた様子は欠片も無い。

 どうせ此処まで来たのだからと、夜一は大衆娯楽とやらが始まるのを待った。

 

 「皆様、よくぞお集まりいただきました!」

 

 準備ができたらしく、料亭の者らしき男が司会のように出てきて大きな声を出した。

 

 「本日ございますのは他でもない、今話題の芸達者! 舞? 芝居? 管弦? いいえ、そんなありきたりなものではありません! 百聞は一見にしかず。どうぞお楽しみくださいませ――舞台、“まねっこ”!」

 

 

 

 「は――い!」

 

 

 

 元気の良い子供の声がしたかと思うと、突然ばこっ、と天井の一部が蓋のように開いた。

 そこから逆さまの姿勢でひょこりと顔を出したのは、声に見合った幼い少女。

 飛び降りた彼女はくるんと一回転してから軽やかに着地し、唖然とする客達の前でにかっと笑って見せた。

 

 見た目の年齢は七、八歳くらいであろうか。纏っている紺色の着物は膝上辺りまでの丈で、若草色の帯を差している。藍色の髪は肩に付くか付かないほどで先が少しはねており、勝気な丸い瞳は髪と同色。

 

 喜助は『彼女』と言っていたが、こんな童女とは予想しておらず、夜一はきょとんとする。

 一体、こんな小娘が何を披露するのか、と。

 

 ぐるりと部屋を見渡した幼子は、両手を開いて口の横に添えた。

 

 

 「『舞? 芝居? 管弦? いいえ、そんなありきたりなものではありません!』」

 

 

 夜一は――いや、夜一だけでなく喜助も、他の客達も目を見開く。初見でない者も居たらしく、その者達は愉快そうな顔をしていた。

 先ほど料亭の男が言ったものと同じ台詞が、少女の口から飛び出す。――しかし。

 

 

 「『百聞は一見にしかず。どうぞお楽しみくださいませ――』」

 

 

 声も口調も、抑揚の一つ一つまでもが、先程の男と全く同じ。

 

 

 「『――舞台、“まねっこ”!』」

 

 

 彼女の芸は、本人と寸分違わぬ、『物真似』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『ね、楽しみって言ったでしょ夜一サン』」

 

 「『やかましい。今更言わずとも良い』」

 

 街の売り子や庄屋の旦那、動物の声などの物真似を披露していった『まねっこ』。

 

 「『そんな怒ったように言わなくてもいいじゃないスか』」

 

 「『やかましいと言っておる』」

 

 今度は夜一と喜助の声。二人を知る他者が陰から聞いていれば、十中八九本人達だと誤解する、そんな一人芝居の『会話』。

 間違いなく初めて聞くであろう声と口調、表情や仕草までもを完全に覚え、あまつさえ模倣し再現した彼女。それだけではなく、覚えた声を使って『会話』の続きを自ら作り上げる様に、夜一は驚きを隠せない。喜助も感心して拍手を送っている。

 

 「……ではでは! 此度の舞台も終わりに差し掛かってまいりました! とっておきをお見せいたしましょう!」

 

 どうやら終盤らしい。ごく自然に残念に思いながら、皆『とっておき』を待つ。

 

 瞬間――少女の姿が部屋から消え、部屋の反対側にひゅっと現れた。

 

 

 「「!?」」

 

 

 (――今のは)

 

 (瞬歩……じゃと?)

 

 

 「こちらでございます!」

 

 客達の視線が一斉に後ろへ向く。

 途端、また消えた。

 

 「こちらです!」

 

 「いえいえ、こちらでございます!」

 

 

 ひゅっ。 ひゅっ。

 

 

 現れては消え、現れては消え。

 天井に貼り付き、一部の客の真横に移動し、縁側で飛び跳ねる。

 

 彼女の姿を目で追えたのは、死神である夜一と喜助だけだった。客達はあちらこちらに現れる彼女にどよめき、声のした方へと逐一目を向けている。

 

 「こちらをご覧くださいませ!」

 

 『瞬歩』の披露は終了らしい。庭の中央辺りで彼女は動きを止めていた。

 

 だが、死神二名の驚きは終わらない。

 

 少女が両掌を上に向けて突き出すと、そこに青い光の玉――霊圧の塊が発生した。

 それは霊力を持っていればできること――霊力がなければできないことだ。

 発生した塊を頭上高くに放り投げる。これだけでも鬼道を学んでないにしては大したものだ。

 

 しかし夜一と喜助は、いよいよ驚愕することになった。

 

 

 「破道の四『白雷』!」

 

 

 幼子の指先から放たれた青白い一条の光。それは頭上に上がった玉に寸分狂わず命中し、パンッと弾ける。

 弾けた瞬間に幾多の火花や光がきらきらと広範囲に飛び、花火のような美しさと儚さをもって庭中に舞い散った。

 

 鬼道の使用――その驚きが冷め切らない内に、高く斜め後方に掲げられた少女の手が何かを掴むような動作をし、同時に再び霊圧の塊が発生する。

 

 

 「――『水天逆巻け』」

 

 

 その声に、霊圧の塊の形に。

 

 夜一と喜助は、己が目と耳を疑った。

 

 

 「――『捩花』!」

 

 

 それは、十三番隊志波海燕の声で。 

 青い光のままであったが、塊の形状は紛れも無く彼の斬魄刀の始解、三叉槍のそれ。

 特徴的な高い構え、片手首を軸にし『三叉槍』を回転させる動きは、彼独特のもの。

 勢い良く回された『三叉槍』は、散った鬼道の光を更に舞い踊らせた。

 

 

 「これにて終演にございます! ありがとうございました! 『またのお越しをお待ちしております』!」

 

 

 最後はこの料亭の女将の声。舞った光が消える最中(さなか)、『三叉槍』を手にしたままぺこりと頭を下げた少女に、割れんばかりの拍手が送られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いやぁ~……驚いたっスねえ」

 

 舞台が終わり、満足した客達が帰る中、しばらく唖然としていた喜助が座したまま何やら考え事をしている夜一に話しかけた。

 

 「凄いものまねだと噂には聞いてましたけど、まさか瞬歩と鬼道まで真似るとは」

 「…………」

 「夜一サン?」

 

 無反応なのを訝しんでか、名を呼ぶ喜助。

 それを無視して立ち上がった。

 

 「行くぞ喜助」

 「ちょ、夜一サン!?」

 

 さっさと歩いていく夜一。自分の口元に浮かんだ笑みを、恐らく喜助は見逃していないだろう。

 

 喜助の心配は承知で放っておき、夜一は『まねっこ』と呼ばれた幼い娘を思い返す。

 

 

 (――面白い)

 

 

 白打の的は、勘弁してやろう。

 

 

 


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