偽から出た真   作:白雪桜

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第九話 驚きは数知れず

 岩陰に身を隠す。完全に消してしまうと意味がないので気配と霊圧を極力抑え、じっと息を潜める。遠くで上司であり友人でもある女性の「始め!」と言う声が聞こえた。

 しん、と静まりかえる空間。かと思えば数秒後、微かな足音と共に小さな気配が真っ直ぐこちらへ走ってきた。

 

「きー兄様みーつけたっ!」

 

 ぴょん、と喜助が隠れている岩の上から飛び降りて来た朔良。

 

「いやあ~見つかっちゃいましたねえ」

「何をへらへらしとる喜助、だらしのない」

「そうは言っても夜一サン、朔良の霊圧探知能力は目を瞠るものがありますよ」

 

 あっさり自分を発見した彼女の頭を撫でると、瞬歩で近付いてきた夜一が呆れた声をかけてきた。

 

 ここは喜助と夜一が幼い頃創った、双殛の丘の下にある秘密の『遊び場』だ。自分達以外の者を入れたのは初めてだが、朔良はもう『他人』ではない。何よりここは邪魔が入らないので、修行するにはもってこいの場所なのだ。

 さておき何をしていたかと言えば、朔良の霊圧探知の訓練だ。もう何度も行っており、回数を重ねるごとにかかった時間の記録が更新されている。成長が早い……と言うか

 

「霊圧探知はもう充分じゃないっスか?」

 

 元々彼女は霊圧操作に関しては才能があった。見よう見真似の鬼道やその応用で形成された三叉槍などがそれを物語っている。その才能が、どうやら正確な瞬歩を覚えたことで開花したらしい。初めて夜一に師事を受けたその日から、朔良の霊圧操作と知覚は間違いなく精度を上げていた。

 夜一も判っていると言いたげに、軽く息を吐き出した。

 

「そうじゃのう……ならば、次からは白打の修行に時間を割くとするかの」

「! 白打を教えてもらえるんですかっ」

「ああ」

「わーいっ! 楽しみー!」

「そうはしゃぐことでは……っておいお主! その動きは白打の基礎じゃろう! 何処で覚えた!?」

 

 キレのある動作をする朔良に問いただす夜一。きょとんとしている少女を微笑ましく眺めつつ、自分も変わったと思った。

 瞬歩は言うまでもなく夜一が指導するのが一番いい。鬼道は自分達以上の適任者が居るのでそちらに大体任せてある。剣術と白打はまだ教えておらず、現段階で喜助が教えるのはもっぱら勉学だ。

 最初は面倒が先に立ってやる気など起きなかった、朔良への指導。それが何度か教える内に、彼女の素直さと向上心、そして呑み込みの早さに魅せられてしまった。何より彼女自身が可愛い。特に笑顔に癒される。今回のように勉学以外の修行にも時間を割いて付き合うようになったことには、本当に変わったと実感する。最初に出会った日、名付けをして良かったと心から思う。

 

「きー兄様きー兄様! 何ぼーっとしてるんですかっ。いきますよっ」

「え? あ、待ってくださいよ!」

 

 いつの間にか解決していたらしい。この後は四楓院邸の鍛錬場で鬼道の練習をする予定である。

 夜一の左肩に跨ぐようにして座った朔良の姿は、もはや見慣れたものだ。

 入り口をしっかり隠し、三人揃って『遊び場』を後にする。

 

「うー私も瞬歩……」

「お主はこれから鬼道をやるんじゃろう。温存しておけ」

「はあい」

 

 そうこうしている内に四楓院家に辿り着き、そのまま真っ直ぐ鍛練場へ向かう。鬼道の練習なので野外だ。

 彼はもう待っていた。

 

「む! お帰りなさいませ!」

「鉄おじ様っ、こんにちはっ!」

「こんにちは!」

 

 夜一の肩から降りた朔良は真っ直ぐ駆け寄る。初対面の時と比べて随分と打ち解けたように見える。

 鬼道衆総帥大鬼道長、握菱鉄裁。表に出てくることは滅多にない人物だが、喜助と夜一は古い付き合いだ。紹介した時の朔良の反応はまだ記憶に新しい。素っ頓狂な声を上げ目をまんまるにしていたのが印象的だった。

 ともあれ、鬼道を一から学ぶのであればこれ以上の適任者はいない。そう伝えた時の朔良の表情には驚きと、確かな喜びがあった。「じゃあ鉄おじ様ですねっ」という発言には夜一共々(彼女は遠慮なく)吹き出しそうになったが。

 

「意外っスねえ」

「何がじゃ?」

 

 朔良に鉄裁を紹介した時にも感じたことを声に出していたらしい。練習する様を二人並んで腰かけて傍観しつつ、訊ねられたので口を開く。

 

「あの子の鬼道の指導ですよ。まさかほとんど全部鉄裁サンに任せるとは思わなかったっス」

「それが一番じゃと判断しただけじゃ」

「でも夜一サン、複雑じゃないっスか? あの子の師匠は仮にも夜一サンでしょう」

 

 からかい混じりに言ってみれば、意外にも真剣な顔で弟子を見つめる姿があった。思わずこちらも真顔になる。

 

「……喜助」

「……はい」

「儂は、あの子を連れてきて、本当に良かったのかと思うておる」

 

 目を見開いた。まさか、あの四楓院夜一から後悔のような言葉を聞くとは思わなかった。

 

「……どうして、っスか?」

「初めて瞬歩を教えた日、目を覚ましたあの子は真っ先にこう言った。『もっと速くなりたい』とな。そしてその日までに入れていた『まねっこ』の仕事を全て終えた後は、一つも請け負わなくなり『まねっこ』を辞めたのじゃ」

 

 その時のことを思い出しているのだろうか、目を閉じた夜一の表情は硬い。次に開いた金色の瞳は、普段自信満々な彼女からは想像もできないほど弱かった。

 

「……あの子は死神になる」

「……それじゃ、いけないんスか?」

「儂は……あの子の世界を」

「今更でしょう」

 

 全て言い終える前に、言葉を被せた。彼女の世界を変えてしまった、そんなことは判っている。

 

「あの子は、朔良はもうここを居場所に決めたんスよ。そうじゃなきゃ、大好きな物真似辞めるわけないでしょ」

「しかし」

「朔良、この前言ってましたよ」

 

 

――今は“まねっこ”より、死神の修行と勉強してる方が楽しいのっ! もっとたくさんのことが知りたいっ!

 

 

 初耳だったのだろう、目を丸くする夜一は滅多に見れない表情だ。

 

「今更放り出す方が、よっぽど酷で無責任っスよ」

「……ふん、言うようになったのう」

「っていうか夜一サン、実は残念なだけじゃないっスか? 『まねっこ』見られなくなって」

「勝手に言っておけ阿呆」

 

 いつもの調子を取り戻した彼女にほっと息をつく。――のも束の間。聞こえてきた高い声の詠唱と膨れ上がった霊圧に、ぎょっとそちらを振り向いた。

 

 

「――散在する獣の骨! 尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪! 動けば風、止まれば空! 槍打つ音色が虚城に満ちる! 破道の六十三――」

 

 

「ちょ、ちょっと待っ――」

「鉄裁! お主それは――」

 

 

「――『雷吼炮』!」

 

 

 間に合わなかった制止の声と共に、(まと)諸共鍛練場の壁が吹っ飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何を考えとるんじゃお主は! 朔良は初心者じゃぞ!? 縛道ならまだしも上級の破道を教えるとは何事じゃ!」

「むぅ、申し訳ありませぬ夜一殿。朔良殿の筋があまりにも良いものでつい……」

「『つい』じゃなかろうが! 朔良は加減を知らぬのじゃ! こちらが気を配ってやらんでどうする!」

 

 勢いで六十番代の鬼道を教えてしまった鉄裁は、夜一から大目玉を喰らってしまった。その様子を少し離れた場所から呆れ混じりに眺めていると、自分の袴に掴まっている小さな手に、ぎゅっと力が込められたことに気付いた。

 

「どうしました?」

「……私のせいで……鉄おじ様が怒られてる……」

「朔良のせいじゃないっス。先走った鉄裁サンがいけないんです」

「でも、壁壊しちゃいましたし……」

「あれくらいなんてことないっスよ。それより身体は大丈夫っスか?」

 

 気遣いつつちら、とそこに目を向ける。結構頑丈に作られている筈の壁なのだが、朔良の放った雷吼炮の大きさの分だけ見事に穴が空いていた。きちんと発射できたことに驚きを隠せない。だがそれ以上に。

 

(……一瞬、朔良の霊圧が跳ね上がった)

 

 鬼道は、特に破道は出力や発動する際の勢いを誤れば暴発する。上級になればなるほど扱いは難しい。それを見事に撃って見せた。傷の一つもなく。そして霊圧が跳ね上がったのは丁度発射する瞬間だった。何故上がったのか。

 

(考えられるのは防衛本能……)

 

 強い鬼道を放つから。危ないかもしれないから怪我するかもしれないから、自らの霊圧を瞬間的に上げ防衛を図った。恐らく無意識の内に。

 しかしそうだとすると、彼女にはそれが出来るだけの霊圧が秘められているということになる。

 鍛錬を重ねていく度に、少しずつではあるが確実に上がっていく朔良の霊圧。今の一瞬も、隊長クラスではないが副隊長くらいはあった。まだ不安定で普段は弱いものの、今の内に扱う術を身に付けなければとても危険だ。

 

 不安げに見上げてくる藍色の瞳を安心させてやりたくて、ぽんぽんと頭を撫でてやる。

 

「良いか! 物事には順序というものが――」

「夜一サーン、もうそのくらいで」

 

 

「賑やかじゃのう」

 

 

 ぴたっ、しーん。

 そんな効果音が最適だろう。

 

 何故、

 

 

「「総隊長!?」」

 

 

 ――がここに居るのだ。

 

 

「ほっほっほっ。一瞬強い、しかし知らぬ霊圧を感じての。丁度近くで茶を飲んでおったので寄ってみたのじゃ」

「ねー喜助くん、ひょっとしてその子が四楓院隊長のお弟子さんかい?」

「おい京楽、朔良ちゃんが驚いてるじゃないか」

「おーす朔良ちゃん」

 

「……何故京楽と浮竹、それに平子までおるんじゃ。と言うか浮竹、お主出歩いて大丈夫なのか?」

「ああ、今日は調子が良くてね」

 

 前触れのない訪問者に思考が付いていかない中、喜助の袴を掴んでいた朔良がたたたと総隊長の元へ駆け寄った。正面に立ち、ぺこりと頭を下げる。我に返り、喜助も慌てて一礼した。

 

「はじめまして、雲居朔良ですっ」

「ほう、礼儀の通った子じゃな。山本元柳斎重國じゃ」

「はいはい次ボクー。ボクは京楽春水。よろしくね朔良ちゃん」

「いつもお見舞いありがとう」

「もっと遊びに来てくれてもええんやでー?」

「はじめまして京楽隊長っ。こんにちは浮竹隊長、平子隊長っ」

「……何気にスルーしよったな、今」

 

 総隊長を含めた隊長四人相手に、まるで緊張していない朔良は流石だ。

 小さな身体をひょいと京楽が抱き上げた。

 

「いやあホントに小さいねえ。片手で支えられちゃうよ」

「む、もっと大きくなりますよう……わーっ」

 

 京楽は肩幅が広い。小さな朔良は支えられながらではあるが、腰かけるようにして座ることができた。高い目線の景色に彼女は興奮してきょろきょろと周りを見渡している。

 

「すごーいっ! 高いっ、高いよ夜姉様きー兄様っ!」

「そんなに喜ばれるとボクも嬉しいなあ」

「京楽は上背があるからなあ」

「浮竹隊長もあるっスけどね、夜一サンとは比べるべくも……いたたたた!」

「何か言ったかの、喜助?」

 

 いつの間にか近くに来ていた夜一に耳を引っ張られてしまった。きゃっきゃと笑いながら眺めている朔良に、見ていないで止めてくれと言いたかった。言わなかったのは、その朔良が「あ!」と呟いて京楽の肩から飛び降りたからだ。

 

「そうでした! 山本総隊長っ」

「何じゃ」

「私を弟子にしてくださいっ!」

 

 

 ………………………………………………。

 

 

「はあああああっ!?」

 

 この叫びは夜一のもの。らしくない、が無理もないと思う。色々と予想外のことをしてくれる朔良だが、この斜め上を遙かに超えた発言には喜助も鉄裁も隊長達も呆然とするしかない。

 

「何を言っとるんじゃお主! お主の師は儂じゃろう!」

「そーですけど」

「けど何じゃ! 不満か!?」

「不満だなんて。ただ私は瀞霊廷に来る前から、もし死神の総隊長に会えたなら弟子入りしようって思ってただけですよう」

「何ーっ!? ならば儂の葛藤は何だったのじゃ!?」

「かっとー?」

「あ、いや」

「何でもいいですけど。夜姉様は、瞬歩と霊圧探知の仕方教えてくれただけですよね。白打は今度教えてくれるっておっしゃいましたけど、勉強はきー兄様、鬼道は鉄おじ様に全部見てもらってますよ」

 

 うっ、と言葉に詰まった夜一。確かに彼女の朔良に対する接し方は、師と言うよりは姉か母に近い。痛い所を突かれ怯んだ夜一に、朔良は容赦しなかった。

 

「きー兄様も鉄おじ様も私のお師匠様ですよね。じゃあ他にもお師匠様居ても悪くないですよね。師匠が何人もいちゃいけないって決まりもないです」

「じゃ、じゃがのう朔良よ……儂の立場というものが……」

「自分から弟子入りするって話、よくありますし」

 

 止めを刺され、夜一は固まり次の瞬間姿を消した。後に残された喜助は何とも言えない気まずい心境。

 そんな中、平子の笑い声が響いた。

 

「えげつないなァ朔良ちゃん」

「正論の刃って感じだねえ。四楓院隊長言い負かしちゃったよ」

「正しいだけに本当に何も言えないな……」

 

 各々感心の声を上げる隊長達。肝心の、山本総隊長がようやく動いた。

 

「面白い幼子じゃのう。よかろう、儂の弟子になるがよい」

「ホントですかっ! ありがとうございますっ!」

「あ、ってことはさ、朔良ちゃんボクらの妹弟子になるってことだよねえ」

「まあそうなるな。同門だから兄妹弟子だ」

「じゃあさじゃあさ! ボクのこともお兄様って呼んでくれない?」

「ふぇ?」

「京楽!?」

 

 話がおかしな方向に向かい始めた。とは言え、一席官の喜助に隊長同士の会話に口を挟める訳もなく。

 

「いいじゃないの。師匠の喜助くんのことだってお兄様って呼んでるんだしさ」

「それとこれとは……」

「わかりましたっ。では『春兄様(しゅんにいさま)』と!」

「ありがとお~」

「まったく……」

「素直な子やな……」

 

 そう、彼女は素直だ。そして割と単純だ。だから

 

「では浮竹隊長は『十兄様(じゅうにいさま)』ですねっ」

「って俺もか!?」

 

(言うと思ったっス……)

 

 内心呟く。もはや完全に呆れていた。

 

「ダメですか?」

「ダメって訳じゃないが……その、だな」

「はい」

「……少し、気恥ずかしい」

「改めてよろしくお願いします十兄様っ」

「…………」

 

 ああこれはもう、言うこと聞かないパターンだ。こうなれば折れるしかないと、喜助は既に知っている。

 

「総隊長は……」

「好きに呼ぶとよい」

「……『重爺様(しげじいさま)』?」

「構わぬぞ」

「はいっ!」

「なあなあ。せやったら、折角この場におるんやし俺のこともついでに……」

「そー言えば『平子隊長』、藍染副隊長はどうされたんですか?」

「またスルー!? しかも何気に呼び方強調しとるし何故に惣右介の方気にするん!? やっぱえげつないわ君!」

 

 盛り上がる会話。その中心に居る少女の保護者であるはずの夜一はおらず、喜助や鉄裁は完全に空気と化していた。

 

(……ボクもどっか行ってればよかったっス……)

 

 

 結局立ち直った夜一が戻ってくるまで、この状況は続いたのであった。

 

 

 


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