偽から出た真   作:白雪桜

11 / 75
第十話 半年過ぎれば

 入団から七年。直接言葉を交わすのは、これが初めて。

 

 最初に姿を目にした時は、まるで神であるかのように遠かった。

 入団してからも距離は大して縮まらず、けれど不満などなかった。崇拝に近い憧れを抱き、こうして直属の護衛軍に入ることができた。喜び以外に何と表現できようか。

 

「――砕蜂、参りました。軍団長閣下」

 

 ここから新たに始めるのだ。

 

 『閣下』は止せ、もっと砕けて呼べ。そう言われて戸惑い一度は断ろうとしたものの、何処か寂しげな表情を見せた主君に何も言えなくなった。

 出した呼び名が、『夜一様』。

 

「お堅い奴じゃのう。まあ良い、好きに呼べ。儂はお主の力を見込んで此処へ呼んだのじゃ。呼び方など何でもよい」

 

 働きに期待している、そう言われて、心が躍った。

 

「は……はい!」

 

 

「そーですそーですっ。夜姉様はいちいち呼び方を気にするような小さい方じゃないですっ」

 

 

「――え……?」

 

 突然響いた場違いな幼い声。気が付けば夜一の座椅子の後ろから、ひょこ、と小さな少女が顔を出していた。

 

「朔良お主、もう少しの間静かにできんかったのか」

「だってだって! 夜姉様の護衛軍初めての女の人なんですよっ。私の周り夜姉様と烈さん以外はほとんど男の人ばっかりなんですよっ。いい加減飽きちゃいましたよう」

「昨日も聞いたわ」

 

 やれやれ、と言いたげに肩を竦める夜一。砕蜂は状況が全く理解できなかったが、夜一の両脇に控えている部下達がまるで動じていない為、ますますどうしていいか判らなくなった。固まっていると、少女の方からてててと寄ってきた。

 

「こんにちはっ」

「あ、こ、こんにちは……」

「雲居朔良ですっ。よろしくおねがいします砕蜂さんっ」

「は、はあ……」

 

 ぺこりとお辞儀をした少女だが、正直展開についていけない。ちら、と少女の向こうにいる夜一に目を向けると、主君はとても楽しそうな顔をした。

 

「その子は儂の一番弟子じゃ」

「! 何と……!」

 

 話には聞いていた。軍団長には一人だけ弟子がいると。その弟子はまだ子供だ、とも。

 しかし直接会ったことがある者は少ない。頻繁に隊舎に出入りしていると聞くのに、何故か会う者はほとんどいない。

 疑問に感じていたことではあったがまず驚いた。子供とはいえ、こんな幼い少女とは思わなかった。

 

「し、失礼致しました! お弟子様にご無礼を……」

「そんなのどーでもいいですからっ。それよりついてきてくださいっ」

「え」

 

 手を取られぐいぐいと引っ張られ、戸惑う。やはり子供で力は強くないが、その強引さに流されそうだ。

 

「良いじゃろう、付き合ってやれ」

 

 主君にそう言われては断る訳にもいかない。状況が呑み込めないながらも立ち上がり、引かれるままに部屋を出た。

 

「あの、朔良様」

「『様』はやめてくださいよう。私夜姉様の弟子ってだけで、貴族でも死神でもないんですから」

「で、では、朔良殿と」

「お堅いですけど……なんですか?」

「一体どちらへ……?」

「お仕事兼、修行ですっ」

「……は?」

「いきますよっ」

 

 言うが早いか、しゅんっと朔良の姿が消えた。突然のことに慌ててその後を追いかける。幼い頃から刑軍として生きる術を身に着けてきた砕蜂からすれば何てことのない速さだが、幼子の瞬歩にしては充分過ぎる速力だ。自分がこれくらいの歳の時はこうはいかなかったと思う。

 

「まずはここですねっ」

 

 離れないよう追いかけている内に、何やら庭らしき場所に出た。どうも別隊舎の裏庭のようだが、周りも見ず追いかけていたので何処の隊なのかさっぱり判らない。傍らの彼女を見下ろすと、いつの間にかその腕に書類の束が抱えられていることに気付いた。――のも束の間。

 

「はっ!」

「さ、朔良殿!?」

 

 小さな身体からは想像もできない跳躍力で跳び上がった朔良は、そのまま隊舎の二階の開いた窓に飛びついた。「こんにちはっ」などと聞こえるが砕蜂としては大慌てだ。主君の弟子、万が一のこともあってはならない。同じように跳び、窓の桟に足を掛ける。

 

「朔良殿! 危ないでしょう!」

「えっ?」

「えっ、ではありません!」

「大丈夫ですよう。いつものことですから」

「い、いつも……!?」

「せやせや。いつものこと……って窓からはちょっとどうかと思うんやけどな」

 

 第三者の声が聞こえてはたと気づく。

 目に前に座っていた人物、流石にこの顔は知っていた。

 

「平子隊長!?」

「おー俺が五番隊隊長平子真子やー、て朔良ちゃん、誰やねんこの娘」

「砕蜂さんって言うんですよ真子さんっ。 夜姉様の新しい護衛さんですっ」

「夜一の護衛やのに君が連れててエエんか?」

「書類です『平子隊長』」

「俺が悪かったわぁ! これで堪忍してや!」

 

 ……何だか、平子が隊長に見えない。小さな子にお菓子を渡して許してもらおうとしている辺りが、特に。

 唖然としていると、同じ部屋にいた彼の部下が席を立って近付いてきた。

 

「こんにちは、朔良ちゃん」

「ご無沙汰してます藍染副隊長」

「窓から訪問というのも突飛でいいけれど、普通に扉から来ても歓迎するよ?」

「すみませんっ。でもこの方がいろいろと面白いのでっ」

「例えば?」

「真子さんに真っ先にごあいさつできますっ」

「おっ、嬉しいこと言うてくれる……」

「大抵なにかおかしくれますっ」

「そこかいな! やっぱ子供やな君は!」

 

 あれこれと話していたが、「じゃあ次もあるので」と朔良が切り上げ終了となった。窓からひょいと飛び降りた彼女を急いで追いかける。

 

「朔良殿、危ないと申し上げて……」

「次ですっ」

 

 言い終える前に掻き消える。いったい何度慌てて後を追えばいいのだろうか。しかし次の行き先は隣の、四番隊だった。

 

「失礼しまーすっ」

 

 一声かけながらも勝手に出入り口の扉を開けて入っていく。……声をかけた意味があるのか。いやいや、そうではなくて。

 

「あの、朔良殿」

「はい?」

「何故朔良殿が書類運びを?」

「あれ? 言いましたよね? お仕事兼、修行ですっ」

 

 確かに言っていたが詳しい説明がまだだ。どうして隊士でもない彼女が仕事を、とか、どうして書類運びが修業なのだ、とか。自分を連れて来た理由も気になる。

 

「もう少し説明してくださいませんか」

「え?」

「いえ、ですから……」

 

「やあ、朔良ちゃんじゃないか」

 

 会話の途中で聞こえた第三者の声。廊下の向こうから歩いてきた白羽織に、砕蜂は礼儀として頭を下げた。――が。

 

「十兄様こんにちは!」

「ああ、こんにちは。卯ノ花隊長に書類をお届けかな?」

「はいっ」

「そうかそうか。頑張っているね。あ、そうだお菓子あげるよ」

「ありがとうございますっ」

 

 十三番隊隊長の浮竹十四郎。一体何処で朔良と接点があったのか、かなり親しげだ。と言うか十兄様って何だ。

 疑問は尽きず、かと言って説明してくれる者もいない。袂から飴を取り出す浮竹を見ながら、砕蜂は内心混乱気味だった。

 

「ところで、そっちの女の子は? 見た所刑軍のようだけど」

「夜姉様の新しい直属の護衛さんですっ」

「! そうなのか! 良かったな、朔良ちゃん!」

「はいっ!」

 

 何が良かったのだろうか、さっぱりだ。

 首を傾げている間にも会話は続いている。

 

「十兄様はどうして四番隊に?」

「ああ、ちょっと薬をもらいにね」

「出かけて平気なのですか?」

「少しくらい動かないとな。朔良ちゃんは卯ノ花隊長を探すんだろう?」

「はいっ。これも修行ですから」

「そうか! 無理をせずに頑張ってな!」

 

 それじゃあまた、と挨拶をして浮竹は去っていった。もらった菓子を懐にしまい込んだ朔良はご機嫌な様子で歩みを再開させる。

 そう言えば、五番隊の時と違ってここでの彼女は大人しい。先程は隊長室にいきなり窓から入っていたと言うのに、今度は正面からきちんと入り今も走ったりはしていない。やはり四番隊ということで(いろんな意味で)気を使っているのだろうか。

 

「あ、いたいたっ。烈さんっ」

「あら? 朔良さん」

 

 朔良が覗いた部屋の中、優しく微笑んで振り向いたのは卯ノ花烈。何やら治療道具をあたっていたようだがその手を止め、駆け寄った朔良に向き直った。

 

「書類ですっ」

「ありがとう。いつもごめんなさいね」

 

 屈んで頭を撫でるその様子は、何だかとても絵になっている。ちら、と卯ノ花の視線がこちらを向いたが、平子や浮竹のように誰だと訊ねてくることはなかった。

 

「朔良さん、今日は早めにお戻りなさい」

「えー?」

「お一人ではないのでしょう? あちらの方も困ってらっしゃいますよ」

「む、そうですか」

 

 諌められ、納得したらしい様子にほっと息をつく。朔良はぺこりと頭を下げてから、小さな足音を立てつつ戻ってきた。

 

「じゃあ砕蜂さん、戻りましょうっ」

「ええ、では途中で説明を」

 

 シュン、と。言い終える前に行ってしまった。何度目か、急いで駆ければ最後に卯ノ花の笑顔が見えた気がした。

 程無くして彼女に追いついたものの説明はしてもらえず。結局ついて行った訳も判らないまま二番隊に戻ってきてしまった。

 

「ただいまです夜姉様!」

「おお帰ったか。砕蜂、ご苦労じゃった」

「い、いいえ。ただ今戻りました」

「夜姉様、私白哉のところ行ってきます」

「もうか? 今日は早いのう」

「お昼一緒に食べることにしますっ。夕方には戻りますので。それでは砕蜂さん、また明日!」

 

 瞬きすれば、もう居ない。何とも慌ただしい少女だ。

 見送っているとカラカラと笑い声が響いた。

 

「わっはっはっ。振り回されたようじゃのう砕蜂。どうじゃ、あやつは?」

「え……どう、と仰いましても……」

「構わん、思った通り申せ」

「……何と申し上げましょうか……強引で危なっかしくて、けれど素直で何処か天然……といった感じでしょうか……。しかし、何故私を連れて行ったのかが全く判りません……」

「ふむ、やはりの。そんな所じゃろうと思った」

 

 独り言のような主君の言葉に首を傾げる。一体何が言いたいのか、考える前に座れと促され正面に正座した。

 

「あの子はの、近い年頃の友が一人しかおらぬのじゃ」

「え……」

「周りに居る者と言えば父や祖父ほども歳の離れた男ばかり。おなごは儂や卯ノ花くらいしかおらぬ上、これもまた相当歳が離れておる。友も男じゃしの。そんな折、若いおなごが儂の護衛軍に入ることを伝えたんじゃが、それはもう大層喜んでのう! 当日に少しでいいから共に居たいと強請ったのじゃ。あの子はお主と仲良くなりたがっておる。あまり邪魔をしてもいけないからと、今日は取り敢えず下がったようじゃがの」

「……そう、でしたか」

 

 そう言えば最初に会った時、夜一と朔良はそんな会話をしていた気がする。突然過ぎる朔良の行動に、そんな意味があったとは。

 しかし、全ての疑問が解消されたわけではない。

 

「……夜一様、お訊ねしてもよろしいでしょうか」

「何じゃ?」

「朔良殿が仰っていた仕事兼修業とは……?」

「簡単な書類運びの一部を任せておる。移動は瞬歩、隊舎で渡す相手を探すのは霊圧探知の修業じゃな」

「他隊の隊長方と親しいご様子でしたが……」

「ああ、あの子は怖いもの知らずじゃからのう。隊長相手でも全く怯まん」

「……浮竹隊長のことを『十兄様』とお呼びしていましたが」

「浮竹に会ったのか。何、朔良は総隊長の弟子でもあるからの、浮竹と京楽のことは兄と呼んでおる」

 

 ………………今、何と?

 

「自分から弟子入りするとは、あの時は驚いたのう……。もう半年も前になるか」

 

 驚愕し過ぎて間抜け面を晒している砕蜂に、夜一はおおらかに笑った。

 

「ま、案ずるな。お主も半年も付き合えば、あの子にも慣れるじゃろう」

 

 

 夜一の言った通りになるのはしばらく先。

 

 朔良の瞬歩と白打の鍛錬相手に砕蜂がなるのは、それよりもっと近く。

 

 

 

 




新年最初の投稿! ……にしてはイマイチのような……。
砕蜂ようやく登場です。色々パターンは考えたんですが、時期が時期だし朔良は子供だし女の子だしということで、砕蜂と悪い関係にはしてません(笑)
……思えば、原作のストーリーに直接絡むのはこれが初めてのような……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。