偽から出た真   作:白雪桜

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第十三話 見えない理由と感覚と

 真央霊術院入学初日。白哉も朔良も特別クラスとして一組だ。寮に入っても構わなかったのだが、白哉は自邸から通学するそうなので同じにした。どっちにしても瞬歩があれば多少の距離など大したことはない。

 しかし、朔良はあることで悩んでいた。

 

(……名前、どうしよっかなあ)

 

 自分の、ではない。白哉の、だ。

 白哉は言わずと知れた五大貴族の一、朽木家の者。同級生だろうと先輩だろうと教師だろうと、一線引いて接してしまうものだ。何か粗相をしてしまわないか、怒りを買わないかと恐々としているのが感じられる。朔良も幼い頃から貴族と接してきたのだ、気持ちは判らなくない。もっとも、気安い仲になってからは気にしたことなどないが。

 しかしまあ、いくら隊長二名の推薦を受けているとはいえ流魂街出身の朔良が朽木家の跡取りを呼び捨てにすれば確実に目立ってしまうわけで。

 

(……悪目立ちはやだなあ)

 

 受験初日に散々目立ってしまった。これ以上は避けたい。

 そこで考えたのが――

 

 

朽木くん(・・・・)

 

 

 初日ということで、今日は今後の説明のみだ。終わった後、席に近付いて声をかける。が、彼はいつものように振り返りはせず、一瞬固まってからゆっくりとこちらを向いた。

 

「……朔良?」

「あーえっと、先帰るね」

「……急ぎの用でもあるのか」

「そういうわけじゃ……」

「ならば来い」

「え? ちょ、朽木くん!」

 

 何故だか不機嫌になった彼に手首を掴まれた。そのまま引っ張られ、教室を出る。……これでは呼び名を変えた意味が全くない気がする。

 玄関まで行った辺りで朽木くん、と三度呼ぶと、ようやく足を止めて振り返ってくれた。

 

「…………」

「……あの……?」

「……私はそなたに何かしたか?」

「え?」

「答えろ」

「いや、あの、朽木くん……?」

 

 新しい呼び名を紡げば、一層機嫌が悪くなる彼の表情。朔良に対してこんな顔をするのは珍しい。……などと思っている場合ではない。

 

「えっと……」

「……その『朽木くん』は何だ」

「へ?」

「何故いつものように呼ばぬ」

 

 ……不機嫌の理由はそれらしい。いきなり変えたので驚いたのか。いや、そういう風には見えない。

 

「えー何故って……下の名前で呼び捨てにしてたら、周りの人が何事かって思うでしょ」

「……そんな理由か」

「そんな理由って、悪目立ちするじゃない」

「今更だろう」

「そーかもだけど……」

「それが理由なら、今まで通り『白哉』と呼べ」

「何で?」

「幼馴染みだろう。それ以外では返事をせぬからな」

 

 ぷいっと背を向けた彼が、何だか拗ねているようで。普段は大人びた言動をしている彼が子供っぽく見え、思わず噴き出しそうになった。同時にあれこれ考えていた自分が馬鹿らしくも。

 

「貴方がいいなら、それでいいよ」

 

(……そう言えばいつかも同じセリフを言ったなあ)

 

 あれは確か、彼に初めて会った時だ。言葉の一つ一つまで、彼は覚えていないだろうけれど。

 

(『白哉』と呼べばいいって言われたんだっけ)

 

 今もあの時も理由は判らない。けれど思い出されては口元が緩む。するとこちらに向き直った白哉に怪訝な顔をされた。

 

「何を笑っている」

「ん? 別に、何もー?」

「……まあいい。ところで、これから甘味屋に行かないか」

「嘘!? 行く行くっ!」

 

 白哉から何処かに行こうと言ってきた時は、まず間違いなく彼が奢ってくれる。何度か自分で払おうとしたのだが、その度に止められるので諦めてしまった。考えても理由は判らず夜一と喜助に訊ねてみたところ、「生意気じゃのう! 白哉坊の癖に!」「白哉クンも男なんスねえ」なんて謎めいたことを笑いながら言われた。

 もっとも、今となっては奢られることに慣れてしまったが。

 

「いつものトコでいいよね。早く行こ!」

 

 たん、と地面を蹴って駆ける。もちろん瞬歩で、だ。

 

「おい、朔良!」

 

 呼びつつしっかり追いかけてくるのが霊圧で判る。斬剣走鬼の中で一度も負けたことがないのは『走』のみ。『瞬神』夜一直伝の瞬歩である。ささやかなプライド(意地とも言う)だ、まだまだ勝ちは譲らない。

 ……白哉の瞬歩も彼女直伝だと聞いたような。

 

(私と白哉の瞬歩、何が違うんだろ?)

 

 夜一のそれを忠実に真似ているからだとは気付かない。

 つらつらと考えていると、前方に見知った霊圧を感じてブレーキをかけた。追いついてきた白哉がどうした、と訊くので、やはり自分の霊圧探知能力は並以上なのだなと実感する。感じた霊圧は二つ。距離はもう大してないが、どうしたものかと思う。

 

(声、かけていこっかなあ)

 

 大抵の相手には初対面でも友好的な朔良が、知人に会うことを躊躇うのには理由があった。

 

「あ、朔良ちゃんやないの」

「こんにちは、朔良ちゃん、白哉君」

 

 その特定の知人が、朔良自身にとってよく『判らない』相手だからだ。

 

 とはいえ、声をかけられては返事をしない訳にもいかない。相手が相手なので尚更だ。ぴっ、と背筋を伸ばし挨拶を返す。

 

「こんにちは真子さん、藍染副隊長」

「……ご無沙汰しております」

 

 隣で白哉が一礼する。「何や白哉もおったんかー」という平子の言葉に、ぴくりと眉が寄ったのを見逃す朔良ではない。なので爆発する前に彼の肩をぽんぽんと叩いて押し留めた。白哉は頭はいいのだがいかんせん短気な為、時折こうして抑えてやらねばならない。でないと彼自身の気が持たないと思う。そもそもな話、平子に対して爆発したところで糠に釘、暖簾に腕押しだ。

 

「隊長、白哉君にそれは失礼ですよ」

「ええんやええんや。俺は隊長やし、気がつかんかっただけなんやから別にええんや」

「そういう問題じゃないと思いますが」

「構わんて」

「ちょっとー、私の幼馴染みにそーいう態度取るんですか『平子隊長』」

「すまん白哉、俺が悪かったわ」

「……お気になさらず」

 

 そう、平子が相手ならばこれこの通り。朔良に『平子隊長』と呼ばれるのを何故か嫌う彼には、朔良がこういう言い方をすればいいだけだ。怒るだけ気力の無駄遣いである。

 

「そう言えば君ら、それ院生の制服やな。初めて着とるとこ見たわ」

「そりゃーこれ着て外歩くの今日が初めてですもん」

「え」

「えじゃありませんよ隊長、連絡が来ていたでしょう? 今日は今期の霊術院の入学式ですよ」

「……そんなもんもあったなあ」

「……どれほど無関心なのですか」

「ん? そりゃちょっと生意気とちゃうか白哉? 学院入りたての小僧の癖に……」

「もーいーや。行こ白哉。いちいち立場を主張する面倒臭い『平子隊長』、お元気で」

「わざとやな!? 絶対わざとやな!? ますますえげつなくなっとるわ君は! っていや、すまん俺が悪かった!」

 

 つっこみ終了後即謝ってくる彼からは、視界に入っているにも拘わらず隊長羽織が見えなくなる気がする。

 

「相変わらず、隊長は朔良ちゃんに頭が上がりませんね」

「やかましいわ」

「朔良ちゃん、卒業したらうちに来ないかい? 君と同じくらいの年頃の子もいるし、時々怠ける隊長のお目付け役にぴったりだ」

「何やと惣右介!?」

「藍染副隊長みたいに、隊長仕事してください、みたいなこと言うんですか?」

「君も乗ってるんとちゃうわ!」

「そうだね、それがいいかもしれない」

「無視すんなやー!」

「でもー」

 

 こほん、という隣の幼馴染みの控えめな咳払いで我に返った。そうだ、今は彼と甘味屋に行く途中だったのだ。

 平子が「助かった……」などと呟いているが聞こえない。

 

「……お話の途中ですが、行く所がありますので失礼します」

「また会いましょう真子さん、藍染副隊長」

 

 とっ、と失礼にならない程度に足早にその場を去る。角を曲がって気配がある程度離れた辺りで速度を緩めた。

 

「どうした?」

「え?」

「まさか、緊張していたわけではあるまい?」

 

 思わず息をついてしまっていたようだ。彼に目敏く気付かれた、いや、気遣われた。

 

「ん―……なんとなく」

「何だそれは」

「だってなんとなくだもの」

「……まあいい。問題があれば話せ。……そう言えば」

「何?」

「朔良そなた、先ほど真似なかったな」

「ふぇ?」

「会話の中で、藍染副隊長の声を模していなかっただろう。お前にしては珍しいと思ってな」

 

 やっぱり彼は目敏い。そんなことに気付くとは。

 

「あーあれねー。んーどう言えばいいのかな……」

「何だ」

「なんとなくなんだけど……藍染副隊長の真似って、なーんか変な感じがするんだよね」

 

 物真似大好きな朔良。知り合った人物の真似は片っ端からしてきた。しかし藍染の模倣は、今までにない妙な『感覚』がしたのだ。

 

「どういう意味だ?」

「どういうって………………ゴメン、判んない」

「長い間だったな」

「考えてたんだって。自分でもよく判ってないんだから」

 

 自分自身が理解できていないものを説明するなど、土台無理な話だ。しかし以前藍染の模倣をした時に身体に走った『感覚』は、今でもはっきりと覚えている。初めて会った時にも感じた、違和感と呼べるほど大きなものとも思えない小さな『感覚』。言葉で表現しろと言われても難しい。

 その『感覚』を理解できないからこそ、朔良は藍染を気にしている。できれば会いたくはない、よく『判らない』知人とはまさに藍染のことだ。

 

 ただ、無理に当て嵌めようとするならば。

 

(藍染副隊長じゃなくて……別の人を真似てるみたいな)

 

 あるいは人ではない『何か』。

 

「……もーいーや。考えても判んないものは判んないっ。お菓子食べて忘れよう!」

「悩みながらも食い意地は張っているな」

「なーんだーってー? 『白哉坊』?」

「……それはやめてくれ」

 

 幼馴染みとの談笑で、判らないことを頭の隅に追いやった。

 

 しかしひとつ、朔良自身は気付いていない。『感覚』が、決して気のせいだとは言っていないことに。自分が感じているものは、気のせいではないと無意識に確信していることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――後に朔良は理解する。『感覚』の正体を。

 

 別人を真似ていると言う己の見解が、あながち外れていなかったことを。

 

 人ではない『何か』が、何であったかを。

 

 

 ――事態が起こるのは、この時からおよそ二年後のこと。

 

 

 


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