偽から出た真   作:白雪桜

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第十四話 出る杭は打たれて

 第一位 朽木白哉

 

 第二位 雲居朔良

 

 

「……うぅー……」

「唸っても結果は変わらないっスよ、朔良」

 

 実兄のように慕う喜助の声が聞こえるが、今の朔良には正直どうでもいい。

 手にしているのは入試の上位順位結果。あと一歩という所で白哉に負けた。

 

「くーやーしーいー!」

「負けて悔しいと思うのはいいことだよ。特に君は若いんだし」

「そうそう、山じいも言ってたよ? 挫折を繰り返すことで成長する者も居る、って」

 

 兄弟子達にも窘められる。

 

 ここは十三番隊隊首室、雨乾堂。今日は夜一が残業で遅くなるらしく、朔良は兄と呼ぶ三人と過ごしていた。別に屋敷に帰っても構わないのだが、今はこの悔しさを話せる相手が欲しかったのである。

 

「うぅ……何がいけなかったんだよぅ……」

「それは総合順位だろう? これからの指標のような物でもあるし、あまり気にしなくても……」

「気にしますっ!」

「朔良は負けず嫌いっスからねえ」

「やっぱり大きいのは瞬歩の項目が無かったことじゃないかなあ。瞬歩ができない死神って結構いるし、それも含めて学院では他のをより重点的に教えてるみたいだし。朔良ちゃんの一番の特技は瞬歩だからねえ」

 

 京楽の的確な見解にがっくりと肩を落とす。そうだ、斬拳走鬼の中で常に白哉に勝ち続けていたのは瞬歩のみ。これはその結果なのだ。

 

「うー……」

「それでも大差はないけどなあ」

「そうっスよねえ。次席ってだけでも充分でしょうし……」

「朔良ちゃんは、それじゃあ嫌なんだよねえ?」

「嫌です。って言うか、負けるの悔しいです!」

 

 そう、結局はそこ。白哉という幼馴染みでもある好敵手に負けたくない、そんな単純な意地だ。

 

「というわけできー兄様! 稽古お願いします!」

「え!? 今からっスか!? でもボク明日仕事……」

「十兄様! 演習場お借りします! 春兄様ご機嫌よう! いざ! 鍛錬へっ!」

「ちょっ、朔良ー!」

 

 隊長羽織の首根っこを両手でがっしと掴み、問答無用で歩き出す。無論喜助の方が背は高いが、座っていたところを引っ張っている為身長の問題はない。重いだろうというつっこみは、素直に受け止めておく。実際重い、ずるずると引き摺ってしまっている。それもゆっくり。

 

「判りました判りました! 稽古しましょう!」

「ホントですか!」

「仕方がない子っスねえ」

 

 呆れた様子ながらも最後は付き合ってくれる。朔良の周囲に居る人達は、一人の例外を除いてみんなこんな感じ。

 しばらく木刀を交わしていたのだが――

 

「な! 何をしている浦原喜助!」

「あ、砕蜂サン。お久しぶりっス。見ての通り朔良に稽古を……」

「時間を考えろ時間を! と言うか朔良殿は明日学院だろう!」

「でも朔良が……」

「黙れ! 言い訳をするな!」

「あの……砕蜂さん、一応きー兄様は隊長なんですけど……」

「関係ありません!」

「いや関係あるでしょ……」

 

 ……よりによって例外が来た。いつものことながら、仮にも隊長に対する言葉遣いではないと思う。砕蜂の場合、同僚であった頃から喜助のことは相当気に入らなかったようなので、仕方がないのかもしれないが。

 

「まったく……夜一様が残業だから朔良殿はどうされているのかと思って探しに来てみれば……」

 

 今度からしっかり霊圧を隠していよう。

 

「朔良殿! お帰り下さいませ! 明日遅刻なさるおつもりですか!」

「大袈裟ですねー砕蜂さんは……」

 

 ぼやきつつ、このままでは小言が延々と続くこと間違いなしだと経験で知っている。不完全燃焼だが仕方ない、また出直すとしよう。

 

「わっかりましたー。きー兄様、砕蜂さん、おやすみなさいー」

 

 しゅば、とその場を瞬歩で離れる。きっと彼女の喜助に対するお小言はまだ終わらない。聞く前にさっさと離れるのが良策だ。

 

 ……翌日、修行をつけてもらいに十二番隊を訪れたところ、見捨てたなと泣きつかれて困った。

 

 

 

 

 

 

「――あ、白哉。私今日掃除当番だから先帰ってていいよ」

 

 数日経った終業後の教室で、荷物をまとめている彼にそう呼びかける。

 

「良いのか? 待っていても構わぬが」

「いーっていーって。時間くっちゃうし、一緒に鍛錬するのは明日の予定でしょ」

「それはそうだが」

「何? 心配事でもあるの?」

「いや、そういう訳では……判った、また明日会おう」

「うん! じゃーね!」

 

 残ったクラスの当番数人で、さっさと掃除を済ませていく。この後は稽古をつけてもらうのだ。しかも今日は総隊長、自然と気合が入る。

 掃除を終えさあ帰ろうと教室を出た矢先、

 

「雲居さん」

 

 呼び止められそちらを向いた。教室前の廊下に立っていたのは同じクラスの四人の女子生徒。確か皆貴族出身のお姫様だったと聞く。これまで授業以外で話したことはないので詳しいことは知らないのだけれど。

 

「私に何か用かな?」

「少し、お時間よろしいかしら」

「……構わないけど」

 

 少し間を置いて返事をしたのには意味がある。四人が四人、敵を見るようなちくちくとした視線を向けて来るからだ。そして相手は貴族、用件も何となく察しがつく。とは言え朔良は首席の実力者。余程のことがない限りは大丈夫だろうという確信があった。

 連れて来られたのはやはりと言うべきか、人気のない校舎裏。ざっと周囲の気配を探ってみて、他には誰も居ないことを確認する。

 そうこうしていると、先ほど声をかけてきた女子生徒が再び口を開いた。

 

「率直に聞くわ。貴女、朽木様とどういう関係なの?」

 

(やっぱりか)

 

 予想通りだった。流魂街出身の女が五大貴族の跡取りと親しくしていれば、そりゃ異様に見えるだろう。

 

「どういう関係って、幼馴染みだよ」

「なっ、幼馴染み!?」

「嘘おっしゃい! 流魂街出身の貴女が朽木様にまみえる機会なんてないわ!」

「いや私さあ、小さい頃色々あって死神やってる貴族に拾われてね、それからずっと瀞霊廷で暮らしてるの」

「何ですって!?」

「そんな馬鹿な……!」

「嘘だと思うならそれでも構わないけど。納得いかないなら直接白哉に訊いてみればいいよ」

 

 実際、彼女達の言い分は正しいと思う。貴族と流魂街出身者では、生まれそのものが異なっているのだ。まあだからと言って卑下されるのは話が別だが、会う機会がないというのは本当のことだ。

 ともあれ、朔良の答えは彼女達のお気に召すものではなかったらしい。射殺さんばかりにこちらを睨んでいる。隊長格としょっちゅう剣を交えている朔良からすれば、まるで意味のない視線なのだが。

 

「下のお名前で呼び捨てで……無礼でしょう!」

「それとも流魂街出身の貴女には、礼節の一つも判らないのかしら?」

「私は名字で呼ぼうとしたさ。もう小さな子供じゃないし、せめて人前ではってね。でも彼が嫌がるんだもの。仕方ないでしょ」

「なっ……!」

「それと私に礼節どうこう言う前に、こんな場所に連れて来て、寄って集って人のこと見下して。あなた達の方こそ礼儀を知らないんじゃないの?」

「な、何ですって!?」

「なんて口を利くのよ!」

「流魂街出身の癖に!」

「実力主義の死神の世界では出身なんてほとんど関係ないよ。流魂街出身でも隊長や席官についている人は結構いるしね」

「「「「……っ……!」」」」

「話はそれだけ? じゃあもう行くね。予定入ってるんだ」

 

 すたすたとその場を去る。まったくもって余計な時間を費やしてしまった。遅れると総隊長は怖いのだ。

 怖い目には遭いたくないので、門を出たところで即座に瞬歩を使った。

 

 

 

 

 白打に剣術、鬼道にもこれまで以上の力を入れ、入学からひと月後に行われた最初の実力試験では、見事白哉を抜いて首席を取ることに成功した。

 

「よっし勝ったあ!」

「……今回は負けたな」

 

 貼り出された順位結果を見て、隣で白哉が苦笑する。

 しかし油断はできない。自分と彼との間に、実力の差などあってないようなものなのだから。寧ろ純粋な力比べでは、男の白哉に女の自分が敵う道理などない。

 

「次は勝つ」

「負っけないよー」

 

 だからこそ努力する。足りない力は、技術とスピードで補うのだ。

 

 

 

 

 ――それからまた一週間。再び呼び出されることもなく、修行に明け暮れる日々を送っていた。明け暮れ過ぎて正直寝不足だ。破道の演習はどうにかなったが、剣術では途中で気を抜いてしまった。

 

「はっ!」

 

 何度目かの白哉との打ち合いで、隙ができた所に一気に攻め込まれた。ガァン、と木刀が跳ね飛ばされ、尻餅をつく。

 

「一本、それまで! 朽木!」

 

 教官の声が上がると同時に、白哉が少し焦った様子で駆け寄ってきた。

 

「すまぬ! 大丈夫か」

「ああゴメン。ちょっと油断しちゃった……っ」

 

 差し出された手を取って立とうとしたが、右足に走った痛みに顔をしかめる。不覚にも足首を捻ってしまったらしい。

 

「どうした、何処か痛むのか」

「な、何でもない……っつ」

 

 結構本格的に捻っているようだ。立ち上がれないでいると「……足だな?」と確信を持った響きで言われたのでもう素直に頷いた。

 

「教官。歩けないようですので此奴を救護室まで連れていきますが、よろしいでしょうか」

「仕方ないな、いいだろう」

「行くぞ朔良」

「え、どうや……ってひゃあ!?」

 

 肩と膝裏に手を差し込まれ、軽々と抱え上げられた。突然のことに大きな声を出してしまい、縮こまる。

 

「ちょ、白哉っ。何も抱えなくてもっ」

 

 これは、いわゆるお姫様抱っこというやつだ。周りが驚いている、いくらなんでも恥ずかしい、そう思って止めるのだが。

 

「運んでやっているのだ。歩けない者が文句を言うな」

「それはそうだけど……」

 

 おかしい、口が回らない。いつもならすんなり反論の言葉が出てくるものを。京楽曰く『正論の刃』が。

 思えば彼は、随分逞しくなった。昔は自分とさして変わらない体格だったというのに。優しく回された腕も、気遣ってゆっくり歩いてくれる足も、慣れないことで気恥ずかしい。

 

(調子狂う……)

 

「具合でも悪いのか?」

「えっ!?」

「先程は気が散っていたのだろう? こんな怪我をするなどそなたらしくないからな」

 

 ほっとした。調子が狂っていることを気付かれたのではないようだ。

 

「そういうわけじゃなくて……ちょっと寝不足かな」

「寝不足?」

「夜中まで鍛錬してて」

「それで怪我をしては世話ないな」

 

 うっと詰まる。流石にこれには言い返せない。

 

「しかし、私も気付けなかった。すまぬ」

「っ白哉のせいじゃないでしょ!」

「怪我をさせたのは私の責だ」

「組み手中だし不可抗力だし!」

 

 力強く言ってやれば、白哉は驚いたような顔をしてからふっと微笑んだ。今までにない至近距離での綺麗な笑顔に、何故か頬がじんわりと熱を持ち俯いた。

 

(うぅ……私おかしい……)

 

 寝不足のせいだろうか。いずれにしても今日の授業は剣術が最後だったのだ。取り敢えず今日の鍛錬はお休みしてゆっくり寝よう、救護室で手当てを受けながらそう思った。

 

 帰りに迎えに来る、と言い置いた白哉が退室して十数分。がらりと扉が開く。霊圧で彼ではないと判っていたものの――

 

「失礼します。雲居さんはいらっしゃるかしら」

 

 ――よりにもよってこの四人とは。狙って来たとしか思えない。

 

「居るけど、どうしたの?」

「朽木様が遅れるそうで、私達が代わりに来ましたの」

「あら、そうなの。どう雲居さん、歩ける?」

「……はい」

 

 救護の先生は全く疑っていない。それはそうだろう。品行方正な貴族の姫達が、学年の優等生を目の敵にしているなんて夢にも思うまい。

 恐らく先ほど白哉に抱えられたことを、またとやかく言うつもりなのだろう。この場で拒んだところで不利になるか騒ぎになるか、どちらにしても良くはない。適当に付き合って帰ればいい。

 二人の女子生徒が両脇から持ち上げるように腕を掴んで来た。先生の手前か、扱い方が丁寧だ。しかし代わりと言う割に誰も朔良の荷物を持っていない。まあ後で白哉が持ってきてくれるだろう。

 救護室を出て少し行った辺りで、思った通り彼女達の態度が一変した。気遣うようなゆったりとした歩調だったのが、さっさとこの場を立ち去りたいと言わんばかりの早いものになった。おかげで捻った足がどんどん痛みを増している。いざという時は片足でも多少の瞬歩はできるので大した問題はないのだが、やはり痛いものは痛い。

 一週間前と同じ校舎裏に連れて来られ、支えていた腕を離して突き飛ばされるかと思ったが彼女達は思わぬ行動に出た。

 

「!? ちょっ、何するんだ!?」

 

 掴んだ両腕をそのまま背中に引っ張り、もう一人の女子生徒が縄で両手を後ろ手に縛り始めたのだ。これには慌てて抵抗したものの、同じ女とは言え相手は複数。しかも足が痛んで踏ん張りがきかず、抑え込まれてしまった。

 手首を縛られ、今度こそ突き飛ばされる。校舎の壁に背を打ちつけ、膝をついた。

 

「良い様ね、卑怯な手段で朽木様から首席の座を奪った優等生さん」

「……卑怯……?」

「そうよ! どんな手使ったのよ!」

「ズルでもしなきゃ、あんたみたいな子が首席なんてなれる筈ないわ!」

「しかも朽木様を抜いてだなんて! 恥を知りなさい!」

 

 ――朔良は、白哉と違ってあまり熱くはならないタイプだ。動揺したりすることはあっても気は長く、激昂することなどまずない。――だが。

 

「……ふっ……ざけるな! 恥を知るのはそっちだ! 私はズルなんてしてない! 本気で勝負してるんだ!」

 

 証拠もなしに決めつけられたことに対しては、我慢がならなかった。今ある力は周囲の人達が居たからこそ培われてきた、朔良の誇り。それを踏みじられ、同時に鍛えてくれている人達を侮辱されたも同然だ。

 普段は温厚な朔良の突然の怒鳴り声に驚いたのか、彼女達は一瞬怯んだがすぐに持ち直した。

 

「何よ、偉そうに」

「流魂街出身のくせに」

「這いつくばっているのがお似合いだわ」

 

 鬱陶しい。結局は嫉妬しているだけだろう。そう結論付けた朔良は早々に立ち去るべく、痛む足を庇いながら腰を上げた。――だが。

 

「――いっ!」

 

 油断もあったのだろう。捻った足を、踏みつけられた。あまりの痛みにバランスを崩してうずくまる。耐えていると、カランと音がして顔を上げた。

 彼女達の手に握られていたのは、木刀だった。何をしようとしているのか――察しがつかないほど、朔良は鈍くはない。しかし瞬歩で逃げようとしても、激痛で動けない。

 

「二度と、死神なんて目指せない身体にしてあげるわ」

 

 振り下ろされる木刀を見ながら、ああ女の子の嫉妬って怖いな、なんて思った。

 

 

 


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