偽から出た真   作:白雪桜

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第十六話 狐目君は何者?

 朔良は一人、街を歩いていた。用事は夜一から頼まれたお茶受けの買い出しだ。済んだ後は砕蜂と白打の鍛錬の約束をしている。

 

 集団暴行未遂から早数ヶ月が経った。あれ以来嫌がらせを受けることはなく、寧ろ女子からは一目置かれるようになった。実力が本物だと知れたからだろう。ちなみに一部の男子からは、時々視線を感じることがある。視線だけで、授業以外の会話などまずないのだが。

 しかし相変わらず友人と呼べるのは白哉のみ。白哉の方も同様らしいけれど、自分達の状況も関連しているのだと思う。

 

「えー……あ、あった」

 

 ともあれ目下の案件はお使いを済ませることだ。何が食べたいとは言われなかったが、お気に入りの菓子が良いことは顔を見れば判る。

 流石は人気商品、残り一つでほっとした。箱詰めに手を伸ばし――別の手が伸びて来て咄嗟に止めた。

 

「あ」

「おっと」

 

 かち合いそうになり向こうも止まる。ぱっと見上げれば少し高い位置に顔が見えた。その瞬間に思い浮かんだことは――

 

「……狐?」

「って初対面でいきなりそれかいな」

 

 第一印象がそのまま口に出ていたらしい。しかしまあ細い目は何とも狐っぽい。短い銀髪で歳は朔良や白哉とさほど変わらない少年だが、死覇装を着ているということは死神。

 朔良の狐発言につっこんだ割には気にしてない様子で、何処かの隊長や副官を連想させる口調で話しかけてくる。

 

「何や、君もこれ欲しいん?」

「う、うん。でもいいよ、他の選ぶから」

 

 この菓子でなければならないという理由はない。夜一は満足しないかもしれないが、売り切れだと言えば納得してくれる。そこまで彼女は鬼ではない。そういうつもりで言ったのだが。

 

「いや、ええよー。ボクが他の選べば済むことや」

「え、そんなのいいよ」

「女の子に譲るんは、男として当然のことや」

「関係ないよ。遠慮しないで」

「遠慮しとるんは君やろ?」

「いいから」

「引かへんなあ。うーん……せやったらこうしよか」

 

 ひょい、と今の今まで譲っていたのが嘘のように、少年はあっさりその箱を取り上げた。そしてきょろきょろと他の菓子を見回し、もう一つ手に取る。そのまま会計へと歩いて行った。

 納得してくれたと、気持ちを切り替えまた棚を見ていく。自分のお使いはまだ終わっていない。――と思いきや。

 

「何しとるん? こっちやで」

「え? ちょっと」

「早よおいでや」

 

 会計を済ませた少年が戻って来て、朔良の手を引いたのだ。大人は別として白哉以外の男の子に手を握られるなど初めてのこと。戸惑っている内に店の外に連れ出された。

 

「あの、私まだ」

「はいこれ」

「はい?」

「君にあげる。ボクからの贈りもんや」

 

 そう言って彼が差し出したのは、先程譲り合っていた菓子の箱。柄にもなく、朔良は仰天した。

 

「な、何言ってんの!?」

「君は大人しく譲られへんやろ? せやったら、ボクからの贈りもんとして受け取ってや」

「そんな屁理屈……」

「ええからええから! 君は女の子なんやし、贈りもんは素直に受け取るんが礼儀っちゅうもんやでー」

 

 ぐいぐいと強引に押し付けられ、困惑を隠せないまま受け取った。半ば呆然として箱を見下ろし、そろそろと目線を上げる。

 

「……でも、名前も知らない他人だし……」

「ギン。市丸ギンや」

「えっ?」

「名前知らん言うたやろ? これで他人言わせんで」

「そういうことじゃ……って、んん? 市丸ギン?」

 

 何処かで聞いた気がする。何処だったか。

 

「君は知っとると思うで朔良ちゃん」

「! 私の名前、何で」

「雲居朔良ちゃん。ボクんとこの隊長から、君の話よう聞くもん。ボクと同じくらいの歳で、藍色の髪と瞳を持った女の子。見た途端すぐ君やと判ったんや」

「隊長……?」

「平子隊長や。これでも判らん?」

 

 平子隊長。つまり五番隊。……そうだ、確か以前――

 

 

“新しい三席? 市丸ギン言うガキや”

 

 

 ――気になって平子に訊ねて、教えてもらった。

 

「……いっ、市丸三席!?」

「せや。ようやく判ったみたいやな」

「し、失礼しました!」

 

 がばっ、と頭を下げる。親しい隊長勢はともかく、初対面の三席に対する言葉遣いではなかったと謝罪する。しかし彼の声は咎めるどころか全く変わらず、あっけらかんとしていた。

 

「あーええよええよ。そない畏まらんといてや。同い年くらいなんやから」

「ですが……」

「言うたやろ? ボクは隊長から君の話よう聞いとるんや。で、君と仲ようなりたい」

「……へ?」

「ボクと友達になってくれへん?」

 

 思わず顔を上げた。「友達になってほしい」などと言われたのは、初めてで。

 

「……わ、私でよければ」

 

 ――戸惑いはしたが、純粋に嬉しかった。

 

「よーし! 朔良ちゃん、今時間ある?」

「え、少しくらいなら……」

「友達になった記念や。おいで!」

「って、あの、市丸三席!?」

「ギン」

「え?」

 

 再び手を引かれ、肩越しに振り向いた笑顔はやっぱり狐。

 

「ギンて呼んでや、朔良ちゃん。敬語もなしな。友達やろ」

「え、えっと……ぎ、ギン?」

「うん!」

 

 満足そうな市丸ギン。

 ……いつかの白哉を思い出した。

 

 

 

 

 ギンに連れられて来たのは何のことはない、近くの甘味屋だった。彼が勝手に頼んだ餡団子を頬張る。彼の砕けた話し方と接し方に、すっかり気が楽になった。隣に座ったギンが呆れた視線を向けてくる。

 

「君、さっきはえらい遠慮しとったのに今度はしっかり食べるなあ」

「目の前で食べるとなったら、もぐ、話は別」

「聞いた通りやな」

「ふぐ?」

「甘いもん食べてる時笑てる顔、えらい可愛えって」

 

 ――ぼふん、と。

 慣れない言葉に熱が上がった。

 

「か、かかかかかわ……!?」

「え、何、照れとるん? これは聞いた情報に無かったなあ」

「だだだって……とと歳の近い男の子にそんなこと……い、言われたことなんて……」

 

 もごもごと言い淀む。大人に『可愛い』と言われるのとは訳が違うのだ。

 

「確か、六番隊長さんのことのお孫さん……白哉くんいうたか? と、仲ええんとちゃうん?」

「び、白哉はそんなこと言わないもん。言われたことないし……」

「はー。ボクはその白哉くんのことよう知らんけど、こんな可愛え女の子が傍におって口説かんなんて有り得へんわ」

「そ、そんなこと……」

「笑てる顔も可愛えけど、照れとる顔もええなあ」

 

 おかしい。調子が狂う。狂わせるのはいつも自分の方なのに。……自覚があったのかとつっこまれそうだ。

 

「同学年の子は? 言ったりせえへんの?」

「話すこと自体あまりないし……。話しかけて来たと思ったら、次の日からぱったりだし」

「……白哉くんとは仲ええんよな?」

「さっき自分でも言ったじゃない」

「……(何気にやるやないか)」

「ん? 何か言った?」

「なんも」

 

 小声でぼそっと言ったような気がするのだが。追求するのも悪いような気がして、何も聞かずにおく。

 困っていると、何を思ったかギンは話題を変えてくれた。

 

「そう言えば、朔良ちゃんは今何年生なん?」

「六年! この前飛び級したの! 白哉も一緒に!」

「ほー、早いなあ。入学から半年やね。ボクの時は八カ月かかったわ」

「でも、ギンは一年で卒業したんだよね」

「せやな。君と白哉くんもあと半年や。頑張りい」

「……一年で卒業すること決定になってない?」

「半年で六年やのに一年で卒業できへん訳ないやん」

 

 ごもっともなご意見です、はい。

 しかし友人が居ない理由の一つとしては、自分達が周りの生徒より突出しすぎた実力を備えているからだろう。恐らく近寄り難いのだ。飛び級などしてはますます。

 

「さ-てと、そろそろ戻らなきゃ。いい加減砕蜂さんが探しに来そう」

「ボクも帰らんとな。副隊長に怒られてまう」

「……仕事中だったの?」

「お使い頼まれてん。お茶受けの買い出し」

「私と同じじゃない」

「君が来た時のおもてなし用の」

「それ私に言っていいの!?」

 

 思わずつっこむ、とはこういうことか。いつもはつっこまれる側なので判らなかったが。……白哉や夜一や平子達の気持ちが判った気がした。

 

「えーっとお会計……」

「あ、ええよー。ボクが払うさかい」

「え、でも、お菓子までもらっちゃって」

「ええのええの。女の子は奢られときい」

 

 また出た、『女の子』という単語。気遣いはありがたいし奢られている方なのだが、言葉にはむっとしてしまう。

 

「……ギン、さっきからやけに『女の子』を強調するよね」

「うん? そうかあ?」

「そうだよ。何でそんな風に言うの」

「何でって……ボク男やもん」

 

 頭に血が昇った。男と女は違うのだと、はっきり言われた気がして癇に障った。

 

「……女を馬鹿にしてるの? 男より弱いから」

「……何や、えらい声低うなったなあ。怒っとるん?」

「怒るよ」

「怒鳴らん忍耐はお見事やな。取り敢えずお店出よか」

 

 店に迷惑がかかると、気を遣って大声を出さなかったことを見抜かれていたらしい。結局清算はギンが済ませ、店を出てから向き合った。

 

「別に、ボクは女の子を馬鹿にしとるわけやないよ」

「じゃあ何で!」

「君が強いから、意地見せたくなるんや」

「は?」

 

 虚を突かれた、というのはこの状況のことを言うのだろうか。意外な発言にぽかんとしているとギンはくっくと笑い声を零した。

 

「やっぱこういうの、女の子には判らんかなあ。女の子の方が自分より強いと、男として立つ瀬がないやん? 女の子にかっこええとこ見せとうなるんが男の性、意地や。特に君はえらい強いらしいしな。奢るくらいええやんか」

「……そんなことで?」

「せや。君も経験あるんちゃうん? 白哉くんはそういうとこあらへん?」

 

 訊ねられて考えてみる。

 ……思えば、あったかもしれない。彼は街に出ようと誘ってきた時、必ず何かしら奢ってくれる。朔良が怪我をした時なども、普段より強引になって無理をさせないようやたらと優しくなる。

 あれは、そういうことなのだろうか。

 

「思い当たる節あるみたいやな」

「……男の子って、みんなそういうものなの?」

「全部かどうかは判らへん。個人差もあるやろ。けど、かっこつけたいんは同じやと思うで」

「ふーん……よく判んないや」

「それでええよ」

 

 取り敢えず、女が男より弱いからだとかではないのだと聞いて気が落ち着いた。男の意地というものはいまいち理解できないけれど。

 

「じゃあ、遠慮なく奢られておくね!」

「うん! あ」

「何?」

「怒っとる顔も良かったけど、やっぱ笑顔が一番可愛えなあ」

 

 ――本日二度目の、ぼふん。

 正直嬉しいのだがさらっと言わないでほしい。

 

「も、もうっ! からかわないでっ!」

「褒めて怒られるなんて、なかなかない経験やな」

「そ……そんなことよりっ」

「何?」

 

 言葉に詰まった。何を言おうかなんて考えてない。

 思考を巡らせ――ふっと、一つ思い出したことがあった。

 

 

“そなたは、どうしたい?”

 

 

 幼き頃の、白哉の問い掛け。

 

「ぎ、ギンは、どうして死神になったの?」

 

 今あの時の言葉を思い出したのは、ギンのことが以前から気になっていたからかもしれない。自分や白哉と同い年くらいで、上位席官の座に就いた市丸ギン。何を思い今を目指したのか。

 

「……理由が知りたいん?」

「だ、駄目かな?」

「……ボクが死神になったんは」

 

 一呼吸、間が空いた。先程までの柔らかい雰囲気とは違う、何処か研ぎ澄まされた空気。

 

「……盗られた大事なもんを、取り返す為や」

 

 表情は変わらないのに、真剣な気配。

 

「……大事なもの、って?」

「それは秘密な!」

「は」

「またなあ朔良ちゃん! 今度ゆっくり遊ぼうや!」

 

 一瞬で気配が戻った彼は、余韻すら残さずさっさと行ってしまった。しばし呆然としていた朔良はギンの霊圧が遠くなってからはっと我に返った。

 

(……ふ、振り回された……!)

 

 振り回すのは自分の役目なのに。いつも周りを振り回しているのにと内心唸る。

 

(……でも)

 

 新しい友達が出来たことは嬉しい。それも自分よりも強く、しかも近い歳の。

 早く入隊して追い付きたい、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……戻りました」

「ああ、お帰り。どうだった、彼女は?」

「おもろい()ですわ。仲良うなれそうや」

「そうか、それは良かった。彼女は目を付けておいた方が良い。やはり同年代の方が気が緩むようだしね。引き続き頼むよ――ギン」

「はい――藍染副隊長」

 

 

 ――隊長の居ない隊首室。副隊長と三席のそんな会話が在ったことなど、朔良は知らない。

 

 

 

 




平子もですが、関西弁って難しい……。ちゃんと表現できてるか不安です……。



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