偽から出た真   作:白雪桜

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第二十話 初任務はおおごと

「討伐任務……ですか?」

 

 朔良が入隊し十数日が過ぎた。席官とはいえ新人、割り振られる仕事は書類整理ばかりだ。本来ならそれほど階級に差のない先輩隊士が新人の教育係として一人ずつ付けられるのだが、朔良には砕蜂がついていた。何でも本人が買って出たらしい。

 そんな折、その砕蜂から告げられた言葉に首を傾げる。

 

「いえ、討伐ではありません。現世の虚の大量発生区域における、数名での調査任務です」

「いきなり現世ですか? いずれは行くものでしょうけど……」

「夜一様がおっしゃることには朔良殿の場合、経験を積めば積むほど実力が顕著に反映しすいそうです。この任務が始解の足がかりになれば、とも」

「夜ね……四楓院隊長直々の指令ですか。となれば辞退するわけにもいきませんね」

 

 うっかり夜姉様、と呼びそうになってすぐ訂正する。ここは仕事場、公私はしっかり分けなくてはならない。

 

「数名、と言いましたけど」

「はい。朔良殿を含めた席官五名で行うものとなっています」

「席官……?」

「十席を班長とし、他十四席と十五席二名です」

「十五席は三人全員行くってわけですか……ん? ってことは……新人は私だけ?」

「……そうなります」

 

 今期の二番隊で、入隊と同時に席官入りした新人は朔良のみだった。つまり席官のみの任務となれば、自然と周りは全員先輩ということになる。ちなみに同じ席次で複数居るのは十五席以下で、朔良を入れて三名となっている。

 

「……隊長は他に何かおっしゃらなかったんですか?」

「……可愛い子には旅をさせよ、と……」

「…………」

 

 高笑いしながら堂々と言い放つ様が目に浮かぶようだ。

 

「軍団長命令とあっては逆らうこともできませんし……お伝えには来ましたが……」

「が……何です?」

「……個人的な意見を申し上げるならば、まだ貴女にはお早いのではないかと……」

 

 砕蜂が遠慮がちにものを言うのは珍しい。やはり刑軍である以上『軍団長命令』には逆らい難いようだ。

 それでも言葉にするのには理由がある。新人云々とはまた別の、恐らく朔良が考えているものと同じ理由が。

 

「って言っても、拒める訳じゃないですしね。日程はどうなっているんですか?」

「一週間後、(ひつじ)の刻に出立予定です」

 

 一週間。そんなに短い期間では、何をすることもできないだろう。心配そうな砕蜂に殊更明るく笑って見せた。

 

「まあ何とかなりますって。いろいろ準備あるでしょうし、教えてくださいね!」

「は、はい」

 

 

 

 

 

 

「夜一サンがっスか?」

 

「早えなあ」

 

「経験を積んでくるとよい」

 

「大丈夫なのか?」

 

「心配だよぉ~!」

 

「気をつけてお行きなさい」

 

「頑張ってきいや」

 

「アンタならしっかりやれるわ!」

 

「無理はせぬようにの」

 

 

 

「――現世、任務?」

「うん」

 

 朽木邸の縁側。親しい隊長、副隊長達に任務の旨を伝えておいた。反応は皆それぞれであったものの、少なからず心配を含んだ発言をした人が多かった。

 

「それは……京楽隊長に話した時は大変だったのではないか?」

「そりゃーもう。リサさんが間に入ってくれたおかげで何とか収まったけど」

 

 彼の反対は凄かった。いつも会うなり飛びついてくる兄弟子で避けるのが習慣になっていたのだが、避けきれないと思ったのは久しぶりだ。彼の副官が力づくで止めてくれたけれど。

 

「しかし、早すぎるだろう? 入隊してまだ数週間と経っていないというのに。私もまだ現世任務は来たことがないぞ」

「そりゃあねー。銀嶺爺様や蒼純様が、大した経験も積ませずに現世まで送り出すわけないでしょ」

「……夜一は送り出す、と?」

「うん」

 

 夜一の突然さは、今に始まったことではない。弟子になれと言われた時も出会ったばかりだったし、朽木家に初めて連れていかれた時だって何の連絡もなかった。

 

「お前の腕を見込んでのことであろうが……」

「どうかなあ。そうだとしてもあの選抜はちょっとないなあ。私の二番隊での立ち位置知らないわけじゃあるまいし」

「……何かあったのか?」

 

 幼馴染みであり、想い人の白哉。同期でもある彼だからこそ、他の人(大人組等)に相談できないことも話せたりする。

 

「んーやっぱりねー、いくら一年で霊術院を卒業したって言っても所詮は新人だからねー。陰じゃ夜姉様の弟子っていうコネで席官入りしたとか言われてる。二番隊だし」

「私も似たようなものだぞ。爺様と父上が隊長、副隊長だからな。そこに入った三席だ。周りは色々と五月蠅い」

「白哉は五大貴族じゃないか。自在に始解できるし。私は流魂街出身で、自分の斬魄刀の名前すら聞けてない」

 

 黙ってしまった白哉に言い過ぎだったかもと思う。しかし事実なのだ、隊の中での朔良に対する風当たりが強いのは。

 

「オマケに十席は私のことぜんっぜん認めてないし……他の三人だって……」

 

 愚痴っぽくなってしまうのが情けない。もう任務は明日に迫っているというのに。

 

「……単なる調査任務なのだろう?」

「うん。虚の大量発生の原因を調べるんだ」

「ならばそう気負うこともなかろう」

「でも――」

「お前は新人なのだ。お前に出来ることをすれば良い」

 

 思わずきょとんとなった。

 そうだ、自分は新人だった。実力があるとはいえ、できることなど極端に限られている。同期に言われて初めて気が付くなんて。

 

「……目から鱗だっ!」

「いや何がだ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 絶対になくてはならないのは地獄蝶と小型の無線機、それに斬魄刀。現世なので、他にも念のために携帯食を少しと水筒も持つ。荷物はできるだけ軽く少ない方がいいという砕蜂からの助言だ。

 流石に隊長自ら見送りに来るわけにはいかないので、砕蜂が穿界門まで一緒に来てくれた。

 

「では朔良殿……お気をつけて」

「はい、行ってきます」

「よろしいですね? くれぐれも無理はなさらないように。よろしいですね?」

「はい」

 

 もう何回目の念押しだろう、と呆れてしまってつっこむ気も起きない。それくらい彼女の注意事項は長いのだ。過保護な面がよく表れているが、いかんせん同じことを繰り返しているのに気付いていないらしい。話をどう切るべきか考えていると、後ろから男の声がかかった。

 

「おい雲居朔良! いつまでぐずぐずしている! 出立の時間だ! 置いて行くぞ!」

「あっ、すみません! 今行きます! それでは砕蜂さん!」

「え、ええ。本当にお気をつけて!」

 

 最後の最後まで心配する砕蜂の声を背中に受け、地獄蝶を飛ばしながら穿界門をくぐる。朔良が歩くのは最後尾――と言っても全員合わせて五人しかいないのだが。

 

「……雲居」

「? はい」

 

 先頭を歩く、先ほど声をかけてきた十席に再び名を呼ばれた。

 

「前もって言っておく。俺は、俺達はお前を認めていないし信用もしていない」

「判ってますよ」

 

 さらりと返す。別段、驚くことではなかった。しかし彼らは意外だったらしく、四人が四人こちらを肩越しに振り返る。

 

「……現世に着いたら、お前は何もするな。邪魔だ」

「……了解です」

 

 こちらの実力も知らずにはっきり邪魔、と言われて少々カチンとは来たけれど。新人を信用できないとも思うし、班長に従うのが決まりだ。ここは素直に頷いておく。この際同行するだけでもいい経験になると思うことにする。

 

(完全な虚絡みで現世任務が回ってくるだけでも、新人にはあまりない話だし)

 

 そうこうしている内に道が終わる。光の扉を抜けた先には鬱蒼と生い茂る森が広がっていた。

 現世に来るのは霊術院の卒業試験以来――

 

(ってそんなに経ってないじゃん)

 

 一か月ぶりくらいか。魂葬実習や模擬演習で足を運ぶことはあったが、それも数える程度。尸魂界とは空気が違っていてどうも慣れない。

 

「発生区域はこの先だが、雲居。お前はここで待機だ」

「……了解です」

 

 どうやら同行すらさせてもらえないらしい。首肯すれば気遣う素振りもなくさっさと歩き出す先輩達。一度も振り向くことなく行ってしまった四人に、小さな溜息を吐きながら近くの木に凭れ掛かった。

 任務に私情を持ち込むのは駄目だろう。上官ならそう言えるが生憎自分は後輩だ。何より歓迎されていない立場に居る。これ以上立場を悪くするのは避けたい。せめてある程度の信頼を得るまでは。

 考え始めると悪い方向に傾いてしまいそうになるので、何もしないよりはと霊圧を探ることにした。霊圧知覚は幾人もの隊長格からのお墨付き、周囲一帯を辿っていく。

 随分昔になるが、虚の霊圧は流魂街に居た頃に何度か感じて覚えている。死神と虚が戦っているところを見たことがあったし、朔良自身霊圧があったので時には襲われた。そういう時、当時はまだ拙かった瞬歩で逃げ出して事なきを得ていたものだったが、今にして思えばよく生き延びていられたなあと身に染みて感じる。

 海燕に助けられたことといい夜一に拾ってもらえたことといい、つくづく運がいいと思う。

 

(――何より)

 

 白哉に、出逢えた。

 

「…………」

 

 顔が緩んできそうになって、慌てて直す。見ている者も居ないのに周囲を見渡し、ほっと息をつく。……先ほどとはかなり違う意味合いでの息のつき方だ。

 気を取り直して虚の霊圧を探る。少々強い霊圧を持つものもおり、確かに多数がこの辺り一帯に集まっているようだ。

 ……いや、この先にある一箇所、だろうか。

 

 そこまで、感じて。

 

 ――ゾアッ、と。

 

 虚の霊圧が膨れ上がった。

 

「――っ!?」

 

 明らかに異常な跳ね上がりに、木に凭れていた身体をばっと起こす。これは、何だ。

 待機と言われたがいても立ってもいられず、霊圧を感じる方へ駆ける。

 ――少し近付いただけで判った。実際に目にしたのは初めてだが、教本の挿絵を見たことがある。夜一を始めとする師匠や兄弟子達からも特徴は聞いていた。

 

 白い仮面、全身のっぺりとした真っ黒い巨体、身体の中心に空いた穴。

 

 こんなに早く使うことになるとはと思いつつ、無線の電源を入れた。

 

「尸魂界へ救援要請! こちら二番隊第十五席雲居朔良! 現世――」

 

 独断だが間違ってはいない筈。何せ

 

「――にて大虚(メノスグランデ)発生!」

 

 ――こいつが相手なのだから。

 

(本来なら王属特務の管轄だけど、この場合はどうなるかな)

 

 恐らくではあるが護廷隊の隊長格から二、三名送られることになるだろう。

 森を抜け、虚達が集まっていたであろう広い場所に出る。大虚、多くの虚、そして刀を抜いた十席と他の三人を見つけた。

 

「?! 雲居!? お前何しに――!」

 

 彼もこちらに気がついて怒鳴ってこようとしたが、答えている暇はなかった。

 

 大虚の口が開かれ、赤黒い光が集中する。その矛先は明らかに彼。

 

 発射される直前に得意の瞬歩を使い、ほとんど体当たりするようにして十席の身体を動かした。今しがた彼が立っていた場所に光が直撃し、抉れた地面が目に入る。

 

「あれが虚閃か。強力だなー」

「お、お前……何しに……」

「ん? あ、はい。手助けに来ました」

「お前馬鹿か!? 大虚だぞ!? お前一人来たくらいでどうにかなるわけないだろう!」

「救援要請はしました。それまで凌ぎます」

「判らないのか!? 大虚と、それに他にも多くの虚が居るんだぞ!」

「じゃあ十席と皆さんはどっかに隠れててください。私が囮になります」

 

 離れた場所に居た十四席と十五席二人と合流し、告げた言葉に全員が絶句した。しかし朔良は本気だった。

 大虚を倒せるなどとは思っていない。しかし――

 

「!」

 

 背後から感じた気配。誰が声を上げるよりも早く身を翻し手を翳した。

 

「破道の六十三、『雷吼炮』!」

 

 襲ってきた虚を消し飛ばす。咄嗟に放ったが威力は思い通りに出せた。初めて雷吼炮を使った時は調節がきかず壁を吹っ飛ばしたものだけれど、今ではそれも懐かしい。

 

「な……六十番第詠唱破棄……!?」

 

 十席が戦いた声を出したが無視だ。

 そもそも朔良は鬼道が得意なのだ。大鬼道長である鉄裁に直々に指導してもらった成果は、しっかりと出ている。

 

「しっかしまあ、初任務で大虚の誕生に立ち会うことになるとはねー。しかも現世」

「!? な、何故あの大虚が今生まれたのだと判る!? 俺達の後をつけていたのか!?」

「違いますよ。霊圧の爆発的な上昇を感じたんです。虚圏からやってきたのなら大きな霊圧が突然現れる筈。そうじゃないってことはこの場で発生したと考えるのが順当です」

 

 素直な見解を述べると全員が驚く気配がしたが、無駄話は終了だ。

 地面を蹴り、瞬歩ですぐさまその場を離れる。大虚の正面から右側へ移動し再び手を上げた。

 

「破道の三十一、『赤火砲』!」

 

 火塊は大虚の頭部に当たった。そうすることでこちらに意識が向いてくる。

 喜助から聞いた話によると、大虚には『個』が無いらしい。本能のみで魂魄を喰らい、進化しようとするのが大虚だそうだ。そしてより強い霊圧を持つものを求めるという点では、普通の虚と変わらないという。

 ならばと、一気に霊圧を上昇させた。

 

「こっちだ! 虚共!」

 

 声もあげて引きつければ、狙い通り大虚を含めた虚達はこちらに集中し始めた。ちらほら四人の方にも行っているが、仮にも席官だ。多少の数はどうにかするだろう。

 それよりも自分の心配だ。

 

「はああっ!」

 

 はっきり言って、朔良は剣術より白打の方が得意だ。だからこの場も素手で応戦する。拳を振るい、蹴りを繰り出し、肘と膝で粉砕する。瞬歩を駆使し鬼道も織り交ぜながらの戦いは、師達から『真似』たことを十二分に発揮できる形。

 『真似』て、覚えて、再現する。

 『物真似』は、朔良にとって武器であると同時に『誇り』でもあった。

 

「くっ!」

 

 何度目か。大虚の口から放たれた虚閃をかわす。虚閃を放つ時霊圧が一点に集まるのが判る為、それを目安に避けている。だが何十体もの虚をほとんど同時に相手取っているのだ、いくら何でも疲労が大きい。大して時間は過ぎていないのに、あっという間に体力と霊力を削られていく。

 結果――先程は対応できていた後ろからの敵の接近を防げなかった。

 

「うあっ!」

 

 左肩に鈍い痛みが走る。噛みついてきた虚の頭部を、密着状態の白雷で撃ち抜いた。ふらりとよろけたところ飛んできた別の虚は、咄嗟に刀を抜き居合いのような形で切り裂いた。

 

 ――またもや感じる、霊圧の一点集中。動きの鈍った身体は、反応を遅らせる。

 

 まずいと思ったその時には、既に放たれた後だった。

 

 発射される()に全て、軌道を読んで避けていた。

 だからかもしれない。

 発射された()、どうすればいいのか判らなくなったのだ。

 

 判らなくて――動けなくなったのだ。

 

 向かってくる赤黒い光。

 こちらに到達するまで、あと少し。

 

 

 ――頭の中で、コォンと音が響いた。

 

 

 

 

 

 




やっとできたー! 時間かかった気がします……。

次回の更新は遅くなるかもしれません。ゆっくり練り上げたい話なので^^

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