「珠水、って言うんスか」
ぐっ、ぱっ、ぐっ、ぱっ。
「やっぱり俺らが思った通り、他人の斬魄刀を真似するもんなんやな」
ぶるぶる。
「どっちかって言えば鬼道系かな。何をどこまで模倣できるのかは、またやってみないと判んないだろうねえ」
ぐるぐるぐるぐる。
「それは退院してからゆっくりやれば良い……って朔良、お主さっきから何をやっとるんじゃ」
夜一に言われて動きを止める。
目覚めて一番、驚いた。何せ錚々たる面子が集まっていたのだ。白哉を始め夜一に喜助、京楽に浮竹に銀嶺、卯ノ花にひよ里、以下略……もとい、海燕に平子。
夜一と卯ノ花はともかく、他の皆は仕事を放り出して見舞いに来たのだから呆れたものである。ありがたいとは思うけれど。……白哉が居たのは嬉しかったけれど。
さておき、斬魄刀のことを訊かれ答えた結果が先の会話。その最中朔良は寝台から上半身を起こした状態で、手を握ったり開いたり首を横に振ったり無事な方の肩を回したりと忙しなく動いていた。
「あまり動くと、傷に障りますよ」
「う……すみません。なんか落ち着かなくて」
「落ち着かない? 左肩以外に痛めた箇所はなかったように思うのですが……」
「そういうことじゃなくて……なんて言うか……」
頭を捻り、どう言えば適切かを考える。全身に受けるこの感覚は――
「……霊圧を感じすぎるんです」
そう、これがきっと正解。
傍に居た夜一が判らない、というように首を傾げた。
「感じすぎるじゃと?」
「はい。今までも霊圧はよく感じ取れてたんですが……急に顕著になったというか……」
霊圧知覚には自信がある。白哉には負けないし、個人差はあるが上位席官並みには優れているつもりだった。
しかし今は、これまでの比ではない。全身の肌という肌で感じる霊圧。この場に居る者達はもちろんのこと、四番隊舎内に隊士が何人居るのかまで判る。まるで隠れていた霊圧知覚そのものが剥き出しになったようだ。
(……あれ?)
何故、『隠れて』と思ったのだろうか。
「あーちょっといいっスか朔良?」
「? はい、きー兄様」
「それって今起きて突然なったんスか? それとも現世で気を失う前に既にそうなってたんスか?」
何時からこうなっていたのか。的を射た質問に思考を巡らす。ここまで敏感に感じられるのは今になってからだが――
「……そう言えば大虚と戦ってた時から、似たような感覚はしてました」
大虚が虚閃を放つ際、収束されていく霊圧を確かに感じ取っていた。あの時は避けるのに必死で気にも留めなかったけれど、冷静に考えてみるとあれが前触れだったようにも思える。
「……そうっスか。成る程……」
「おい喜助! 何一人で納得しとんねん!」
「気にしとるんは俺らも同じなんやで? 何が成る程なんや」
「いや、あくまでも仮説なんスけどね」
「仮説で構わん。話せ喜助」
「んー判りました。じゃあ順々に。朔良の霊圧知覚が優れていたことは皆さんご存知かと思います。ただ、修行を重ねる度に知覚の精度は増していってました。その伸びの早さは、はっきり言って異常なほどっス」
――異常。思い当たる節はある。幼い頃に夜一や喜助とやっていた霊圧を探す鍛錬では、やる度に捜索時間が短くなっていった。
「そして今回、朔良が言ったことを言い換えると霊圧知覚の精度が跳ね上がったってことっス。ここからが仮説になるんスけど、もしかして朔良は、元々突出した霊圧知覚を有してたんじゃないかと」
「はあ? どういうことっすかそれ?」
「もう少し、噛み砕いて説明してくれないか」
十三番隊の二人が疑問の声をあげるが、理解できていないのは他のみんなも同じようだ。
「元々持ってる力が大きなものであったなら、目覚めるのも比較的容易な筈っス。そんな時命の危機が迫ったなら、自分の身を守ろうと目覚める速度が増しても不思議はありません」
「つまり朔良の霊圧知覚は元より非常に優れており、今回危険な目に遭ったことで覚醒したということか」
「その通りっス。流石は朽木隊長」
自分の掌を見つめる。喜助が立てた『仮説』に茫然とした。
霊圧知覚に自信はあったけれど、突出しているなどとは考えたこともなかった。もしそうだとするのなら、今のこの落ち着かない状態が正常ということになる。果たして慣れるのだろうか。
「朔良」
「! 白哉」
いつの間にか傍まで来ていた彼。現世ではこの幼馴染に助けてもらい、帰って来れた。朔良が気を失う前彼は酷く焦った顔をしていたと思うが、今も結構心配そうだ。
「大丈夫か?」
「う、うん。怪我は大したことないし、この感覚にもそのうち慣れると思うし」
「……そうか」
ほっとしたように白哉の表情が緩む。……緩んだところで
「お~? なんじゃ白哉坊、そんなに朔良のことが心配じゃったのか?」
「っ! と、当然だ! 幼馴染みを案じて何が悪い! そもそも目の前で倒れられれば誰だって心配するだろう!」
「う……そうだよね……ごめん」
「!? い、いや違うぞ朔良、お前を責めている訳ではなくてだな」
「な~にを慌てておるんじゃ~?」
「だ、黙れ四楓院夜一!」
……なんかヘコんだら余計に騒がしくなってしまった。
……ついでに『幼馴染み』という言葉もちょっぴりショックだった。
* * * * *
数日後。
精密検査の結果は問題なく、傷も癒えて無事退院に至った。
「……で、いきなり何を始めようってんですか」
朔良が居たのは六番隊の修行場。少し離れて正面に立っているのは白哉。更に離れた崖の上に遠巻きに集まっているのは夜一と喜助に、銀嶺と海燕。『他』は流石に仕事らしい。
「何をって、君の始解に決まってるじゃないっスか」
「だからって何で白哉が相手なんですか?」
「実力の近い白哉坊の斬魄刀を真似てみるのが良いと思ったんじゃがのう」
「でも」
「取り敢えずやってみろって。どこまでできるのかも知りたいしよ」
距離があるので結構大きな声での会話になる。もっと近くに来てくればとも思うが、言ったところで仕方がないだろう。
「一応病み上がりなんですけどね……」
「お前が辛いようなら後日にしても構わぬが」
「大丈夫だよ白哉。ちょっと釈然としないだけ」
独り言のように呟いた言葉に反応し案じてくれた白哉には感謝だ。
腰に差した珠水に手を掛ける。ぶつくさと文句を垂れたものの、この状況は少し嬉しかったりする。白哉のことは好きだ。そして桜が好きだ。白哉の千本桜も当然好きだ。真似てみたいと思っていたのは朔良もなのだ。
「散れ、『千本桜』」
刀身が桜の花びらへと変じ、ほう、と感嘆の息を零した。いつ見ても彼の始解は美しい。
と、傍観している場合ではない。刀を抜き身体の前で真横に構え、刃に軽く手を被せる。最初は夢中で叫んだその名を、今一度。
「応じろ、『珠水』」
コォン、と響く音。切っ先が緩やかな波を描き水晶の刀身へと変化する。
「……やはり、美しい斬魄刀だな」
「白哉の千本桜も、相当綺麗だけどね。……行くよ」
顔の前に刀を持って行き、真っ直ぐ立てる。白哉の始解の構えだ。肌でひしひしと感じる彼の霊圧に合わせるように、自分のそれを操作する。
準備は、整った。
「……散れ、『千本桜』」
無数の花弁に変わる刃。ひらひらと散る様は、紛れもなく白哉の斬魄刀『千本桜』そのもの。
「……で、できたっ!」
「見事なものだな」
「夜姉様ー! きー兄様ー! できましたー!」
崖の上に居る師匠二人に手を振ってみせる。――両手を。
「ほほう! よくでき……っておおう!?」
「うわったったっ!?」
派手な音を立てて彼らの居る崖へ激突する、朔良の『千本桜』。突然のことであったが四人共、それぞれしっかりと回避した。
「え、あ、あれ?」
「朔良! 何やってんだオメー!」
「わ、判んないです! ひゃっ!」
振り上げていた手を引っ込めれば、今度は朔良のすぐ傍に刃が落ちてきた。驚いて柄を握る腕を突き出すと、全ての刃はその方向へ勢いよく飛んでいく。――いや、勢いが強すぎる。
「冷静になれ朔良! 柄を握ったまま腕を振り回すな!」
「え、ええ!?」
声をかけてきた白哉の方へ振り向いた時、うっかり腕ごと動いてしまった。
結果、朔良の『千本桜』は――そちらへ飛んだ。
「なっ!」
「びゃ、白哉っ!」
彼の方へ向かう桜の刃を止めようにも、混乱した頭では行動に移せない。白哉も己の刀で防ごうとしているが間に合わない。
頭の中が真っ白になって――
「――落ち着け、朔良」
馴染んだ声が、すぐ傍で聞こえた。
同時に柄を握る腕を掴まれ反対側の肩に手を置かれる。慕う声と温もりに安堵が広がり、ようやく頭が冷めた。白哉の霊圧を探して見れば、彼は銀嶺に片腕で抱えられ救出されていた。無事であったことに尚更ほっとし、力が抜けて座り込む。その間も腕は夜一に掴まれたままだ。
「朔良、ひとまず始解を解け。危険じゃ」
「は、はい……」
元に戻れと念じるだけで散った刃は集まり、一瞬水晶の刀身に変じてから始解前の姿へ還る。解くことはこんなにも簡単なのに、発動は非常に難しいのだ。
始解が解けてから、夜一は腕を離す。へたり込んだ朔良の傍に、皆集まってきた。
「いやー、びっくりしたっスねえ」
「びっくりなんてもんじゃねえっすよ……。どうしたってんだよオメー」
「す、すみません……。わざとじゃないんですけど……」
「それは判っておる。私達も怪我はなかった故問題ないが、何が起こったのじゃ?」
「よく判りません……。でも言うこときかなくて……思ったように動かなくて」
朔良自身、何が起こったかなど理解できていない。夜一と銀嶺のおかげで事なきを得たが、もし白哉と二人だけだったらと思うとぞっとする。
「うーん……どうやら朔良は能力自体は真似できても、すぐ自在に扱えるわけじゃないみたいっスねえ。多分回数を重ねて、朔良自身が使いこなせるよう努力しなきゃいけないんじゃないでしょう。海燕サンの捩花は、斬魄刀を持つ以前から何度も真似たことがありましたし」
「意外と面倒な能力じゃのう。実力が近くても扱えんのか」
「って言うか夜一サン、白哉君の千本桜はかなり特殊な形態っスよ。寧ろ扱いにくいと思うんスけど」
「……先に言わぬか!」
「いやあくまで予想っスから!」
ぎゃーぎゃー騒ぐ二人の師の声を聞きながら、朔良は溜め息をついた。
「はあ……こんなんじゃ真似られない……」
「何をだよ?」
「流刃若火」
「まさかの総隊長!? 真似んじゃねえよ危ねえから!」
「千本桜の話が来なかったら重爺様にお願いしてました……」
「言いたかねえけど千本桜で良かった! 流刃若火じゃなくて本っ当に良かった!」
何か知らないが戦いている海燕は放っておき、立ち上がって着物をはたく。
「ま、まあとにかく次行きましょう。朔良、馘大蛇は真似できるっスか?」
「ひよ里ちゃんの斬魄刀? やったことありませんよ」
「できるかできないかっスよ」
「えーっと……」
刀を両手で持って構える。目を閉じて彼女の霊圧を思い出し――
「……ダメです、できません」
構えを解いた。霊圧の細かいところがいまいち判らない。
「ちょっと待て。白哉坊の千本桜も真似たことはないのではなかったか?」
「はい。でも目の前に霊圧ありましたし、直接観てる状況でしたし」
「使いこなせなかったにせよ、形は模倣できてたっスよね。でもこの場に居ないひよ里サンの始解は模せなかった」
「はい。霊圧がはっきり形にできなくて」
「……模倣できる条件がいくつかあるみたいっスね。霊圧も形状もしっかり覚えていた捩花は、思い出すだけで真似できた。千本桜は目の前で観察して霊圧も感じているから真似できた。しかし馘大蛇は明確に思い出せず真似できない」
「あー……つまりどういうことっすか?」
「恐らくですが、朔良自身がはっきりと記憶し認識しているものは再現できるんでしょう。対象を観察し、感知し、記憶する。目の前の対象は直に観て感じることができるので、思い出す必要がないんスよ」
「……ややこしいのう」
要するに、目で見て完全に覚えているものは再現でき、目の前にあるものも可能。しかしきちんと覚えていないものはできない、ということだ。万能に思えた珠水の能力だが、こうして見ると穴も多そうだ。
「……ホントややこしいです……」
「まあ焦っても仕方なかろう。今日はこれくらいにして戻るとするかの」
「そうっスね。ボクらも仕事に戻らないと」
「……待て」
「うん? 何じゃ銀嶺殿」
さあ解散だ、というところで銀嶺の制止がかかった。彼は一度朔良を見下ろし、次いで夜一に目を向ける。
「少々朔良と話がしたいのじゃが」
「別に構わぬが?」
「朽木隊長が朔良に話って珍しいっスねえ」
「それもそうじゃのう。朔良、こちらへ来なさい」
「? はい」
手招きされ素直に従う。皆からだいぶ離れた、声の届かない所まで行って足を止めた。
「どうかなされたのですか?」
「うむ……。訊くが、朔良よ」
背を向けていた銀嶺が振り返る。強い双眸に真っ直ぐ射抜かれ、緊張が走る。
「お主は己の力がどういったものであるか、理解しておるか」
「……え……?」
一瞬、何のことだか判らなかった。それくらい、彼が自分にかけるには意外な言葉だったのだ。
「……強い、力だと思います。今回は失敗しましたけど、きちんと使いこなせるようになれば強大ではないかと」
「ふむ、そうじゃのう。じゃがそれだけではない」
「えっ?」
「霊圧探知能力もまた、お主の場合は突出しておるじゃろう。斬魄刀のみならず、それもお主の持つ大きな力ということを忘れてはならぬ」
「は、はい」
自然と背筋が伸びる。親しい間柄とはいえ、やはり隊長の放つ威厳はそうさせるものがあった。
「朔良。大いなる力を持つ者が、それを使いこなす為何を最も必要とするか、判るか」
「必要な……もの?」
目覚めたばかりの二つの力。そのどちらもが、今の自分には大き過ぎるもの。振り回されていては使いこなすことなどできはしない。ならばどうすればいいのか――
「――心」
「!」
「大きくて強い心……ではないかと思います」
高い位置にある瞳が見開かれる。正しい答えだったのだろうか。
「……
「私は、対話から同調までに時間がかかりました。自分自身が見えていなかったから、珠水は私を認めてくれなかったんです。自分の力と自分の心、その両方をきちんと認識しなければいけなかったのだと判りました」
そう。力だけでも心だけでも、完全にはならない。両方が釣り合うことで、ようやく正しい形になる。
「だから力が大きくて強いのなら、それに見合うだけの大きくて強い心が要るのではないかと、そう思ったんです」
自分なりの言葉だったが、紛れもない本心だ。特に珠水の場合はきっちり判り合わなければ扱いきれないだろう。まだ理解していないことも多い。霊圧知覚に関しても、感じすぎるこの状況に慣れなくては話にならない。
「……そうか。それが判っておるのならば、心配は要らぬな」
「銀嶺爺様?」
ぽん、と頭に手を置かれる。何故こんなことを訊かれたのか判らないまま、その手はすぐに離れていく。
「時間を取らせたの。戻るぞ」
「あっ、はい!」
大きな背中の後を追い、皆の元へ。
――やがて時は巡り――
「――流魂街の変死事件?」
――束の間の平穏は終わりを迎える。