偽から出た真   作:白雪桜

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第二十六話 無力の結末

 ――聞こえる。

 

 いつしか大切になっていた声。

 

 紡ぐ言葉は――

 

 

「朔良っ!」

 

 

 ――己の名。

 

 

「……びゃく、や……?」

 

 真っ先に視界に飛び込んで来た人物の名前を呼べば、思った以上に舌足らずな口調になってしまったことに我ながら驚く。それでも、彼の焦燥しきった表情はほっと緩んだ。

 

「目が覚めたか……良かった……」

 

 息を吐き出している様子をぼんやりと眺めている内、鼻につんときたのは薬のにおい。

 

「……ここ……四番隊……?」

「ああ。綜合救護詰所だ」

 

 少し待っていろ、と言われたところで、今まで白哉に手を握られていたことに気付く。温もりが離れていき、数十秒と経たない内に現れた四番隊員からの診察を受ける。隊員が女性であるのと、白哉自身が離れた位置で待っているのは配慮だろう。

 

「どうだ?」

「呼吸も心音も正常です。霊圧の乱れもありませんし、ひとまずは大丈夫でしょう」

「そうか……」

 

 再度息を吐いた彼は袖から地獄蝶を取り出すと、何事か吹き込んでそっと窓から放した。

 

「取り敢えず雀部副隊長に連絡する。隊長達は隊首会中だからな」

「隊首、会……」

 

 復唱し、その意味に思い至り――ぼんやりとしていた意識がようやくはっきり目覚めた。

 

「そうだ隊首会……っ」

「あ! いきなり起き上がらないでください!」

 

 くらりと一瞬眩暈がしたが、そんなものは無視だ。寝かせようとする四番隊士に構わず白哉に疑問をぶつけた。

 

「白哉! 昨夜の事件はどうなったの!? 九番隊や隊長達は――」

「昨夜、だと?」

 

 訝るような声に続く筈だった言葉を呑み込む。

 

「朔良……お前が言っているのは九番隊の異常事態の件か?」

「そう……だけど……」

「それならば一昨日の夜だ。意識を失ったお前が自室で発見され、既に二十時間近くが経過している」

「!」

 

 唖然とした。あの事件が一昨日にあったならば、意識消失直後に見つかったわけではないということになる。喜助達や藍染のことを目撃してから一体どれくらいの時間が過ぎたのだろう。

 

「……朔良、何があった?」

 

 白哉が近付いてくる。空気を読んだのか、四番隊士は退室した。

 

「総隊長及び、朽木隊長からの命令でな。私は警護も兼ねてお前の傍に付いていた。最初に発見したのは砕蜂だが、何度呼びかけても起きなかった為四番隊に運んだそうだ」

「そっか……後でお礼言わないとね……」

「朔良、お前は霊圧低下状態が十五時間は続いていたのだぞ。何よりこの二十時間、一度も目を覚まさなかった」

 

 普通であれば有り得ない、白哉は暗にそう言っているのだ。それが読み取れない朔良ではない。原因も自分で判っているが――

 

(……言ってもいいのかな……)

 

 珠水の新技、“双体遊離”。霊圧の消耗が激しい為、長時間の使用は不可だ。しかも使用後しばらくの間は霊圧が回復しない。更に精神にも負担がかかり、技を解除した後は気絶する。二十時間というのは予想以上だったが。

 しかし問題はそこではない。“双体遊離”のことを話すには、何故それを使うに至ったのかを説明しなくてはならない。つまり藍染達についても話す必要性が出てくる。現状を把握できていない今、完全催眠という能力を持つ藍染がどうなっているのかも判らない。

 

(きー兄様に言った、“今夜ここに来てくれてよかった”って言葉も気になるし……)

 

「朔良?」

「あ……ごめん、何?」

「……何、ではなかろう」

 

 微かに怒りの籠もった声。静かに怒っている辺り、彼がどんなに心配してくれていたのかが窺えた。今回のことは自分にも非があるので少々罪悪感を覚える。

 どこからどこまで話そうか、そう思った時だった。

 

「失礼する」

「! 雀部副隊長、お疲れ様です」

 

 がらりと扉を開けて入ってきた一番隊副隊長に、白哉が一礼する。朔良も身体を起こした状態のまま頭を下げた。

 

「朽木三席、報告ご苦労だった」

「はい。何かありましたか?」

「ああ。雲居九席、今すぐ一番隊舎に来るように」

「!」

「なっ、お待ちください! 彼女はつい先ほど目覚めたばかりで」

「山本総隊長殿からの命令だ」

 

 出た名に目を見開く。白哉も同様で息を呑んだようだった。事情は判らないけれど、総隊長命令となれば従わないわけにもいかない。

 

「……すぐ用意します。白哉、私の死覇装ある?」

「あ、ああ……そこの棚に」

 

 二人に一旦退室してもらい、まだ少し重たい身体を動かして着替える。やはり“双体遊離”の反動は大きい。使いこなすにはかなり時間がかかりそうだ。

 

「雀部副隊長、できました」

「よし。朽木三席、君は自分の隊に戻りなさい」

「……承知しました」

 

 納得していない様子の白哉だったが、状況が状況だ。大人しく去っていく彼を見送り、雀部の後ろをついていく。

 ほどなくして着いた一番隊舎。やはりいつ来ても緊張する。……幼い頃はそんなこともなかったのだけれど。

 

「……二番隊第九席雲居朔良、参りました」

 

 隊首会の開かれている部屋への入室許可を得て、両膝と両拳を床につけ礼の姿勢を取る。

 

「目覚めたばかりで悪いの。じゃが、事態は急を要する」

 

 厳格な声に顔を上げた。入った時も思ったことだが、隊長達の人数が異様に少ない。総隊長も含めてたったの五人だ。藍染の一件で傷を負っていた平子達はともかく、喜助に夜一まで居ない。更に言うなら鉄栽も。

 

「雲居九席、この場に呼び出された訳は判っておるか」

「いえ、恐れながらご説明を頂けますか」

 

 本当に今は何も判らない――否、一つだけ思い当たることはある。だがそれも、指摘されない限り話すつもりはない。

 ふむ、と頷いた総隊長は信じているのかいないのか、その鋭い双眸を向けてきた。

 

「二番隊隊長四楓院夜一、十二番隊隊長浦原喜助、大鬼道長握菱鉄裁。以上三名の行方を知っておるか」

「は……?」

 

 我ながら間の抜けた声が出たと思う。しかし先ほどこの場に居ないことに疑問を持った三人なだけに、総隊長からの質問は予想外に過ぎたのだ。

 

「どうなのじゃ」

「あ、の……申し訳ありません……ご質問の意味が判らないのですが……」

 

 素直に告げると、隊長達がそれぞれ顔を見合わせる。喜助と鉄裁はまだしも、夜一にまで何かあったのだろうか。

 不安がよぎる。

 

「雲居九席。九番隊に異常事態が起こったことについては知っておるな?」

「は、はい。警鐘を聞きましたので……」

「心して聞け。その一件は浦原喜助によって行われた、命に関わる危険な実験が原因であった」

 

 ――耳を疑った。

 総隊長は今、何と言った?

 

「……え……?」

「実験の犠牲となったのは救援に向かった特務部隊、鳳橋楼十郎、平子真子、愛川羅武、有昭田鉢玄、矢胴丸リサ。並びに先に現地に居た六車拳西、九南白、猿柿ひよ里の八名――」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 

 黙っていられず立ち上がる。普段ならともかくこういった正式な場では必ず使っていた丁寧な敬語も忘れ、異論を唱えた。

 

「実験って……! きーにっ……浦原隊長が仲間にそんなことする筈ありません! ましてや猿柿副隊長はあの人の副官です!それなのにっ……」

「おい、少し落ち着け」

「十っ……浮竹隊長! 貴方は納得しているのですか!? 京楽隊長も卯ノ花隊長も朽木隊長も……こんなっ……!」

「やめんか!」

 

 一喝され、びくりと縮こまる。朔良にとって、総隊長に叱られるのは珍しいこと。

 ――だからこそ、頭が冷えた。

 

「口を慎め雲居九席。お主は此処に重要参考人として呼ばれておるのじゃ」

「! 総隊長!」

「ちょ、山じい」

「どういうことでしょうか」

 

 浮竹と京楽の庇うような言葉を敢えて遮り、問いかける。理由は大体察しがついているのだ。

 

「事件のあった現場付近に、お主の斬魄刀が抜き身の状態で落ちておった」

 

 予想通り。この場に呼ばれた訳、“思い当たること”とはまさにこれのことだ。

 

「じゃがお主が一昨日の晩、事件が起こった時間帯二番隊隊舎から一歩も出ておらぬことは、多くの隊士より証言を得ておる。斬魄刀のみが持ち出されたということになるが、何があったか説明できるかの」

「判りません」

 

 即答。勿論嘘だ。“双体遊離”使用し、その場で解除したから珠水は置いてきぼりになったのだ。しかし――

 

「……何?」

「申し訳ありませんが、判りません」

「……では、何故気を失っておったのじゃ?」

「それについても判りません。一体いつから意識がなかったのか、何が原因でそうなったのか、皆目見当もつきません」

 

 半分以上は嘘だった。いつからなのか正確なところは本当に判らない。だが、喜助が犯人に仕立て上げられている今、本当のことを話すのは得策ではない気がする。何より他の二人のことも何も聞いていないのだ。

 しかし下手な嘘(・・・・)が通じる相手でもない。取り繕うくらいならば、いっそのことはっきり判らないと言ってしまった方がいい。そう判断し、答えてから再び膝をつく。

 

「……およそ二十一時間前、浦原喜助は先程の罪状で、握菱鉄裁は禁術行使の罪により四十六室へ呼び出された。そこから脱出の幇助をしたのが四楓院夜一じゃ」

「!」

 

 夜一(あの人)らしい、素直にそう思った。同時に彼等三人がこの場に居ない訳も理解できた。だがこれまでの話で、肝心の藍染達の名前が一切出てきていない。更に彼のした行為が喜助がやったことになっていることを考えると、やはり彼等は“完全催眠”でアリバイを作っていたのだろう。四十六室も関わってきているとなれば喜助の無実の立証は難しい。四十六室の決定には隊長ですら異を唱えられないのだから、一席官にどうこうできる筈もない。

 

「雲居九席。浦原喜助ら三名の居場所に、心当たりはあるか」

 

 そして“重要参考人”の理由は、これも関係しているのだろう。あの三人に誰より近く在り、親しかったのは弟子である朔良だ。心当たりは、と問われればあるにはある。いくつか思いつくが、この状況ならば双殛の丘の下にある“遊び場”辺りが妥当だと思う。しかし元々冤罪だ。姉のように母のように、兄のように父のように、まさしく家族のように慕う彼等を売る気は更々無い。

 

「心当たりと言われても、あの人達の考えは――」

 

 予想もつかないと答えようとした時、突然扉が開かれた。

 思わず肩越しに振り返ると、隠密機動の裏挺隊隊士が片膝をついていた。

 

「失礼致します!」

「今度は何事じゃ」

「報告! 二番隊隊長四楓院夜一の姿が、瀞霊廷内にて発見されました!」

「何?」

 

 ――おかしい。即座にそう思う。仮にも隠密機動の長である彼女が、追われている立場にも拘わらず見つかるようなへまをする訳がない。相手が隊長であるならばまだしも。

 ならば“そこ”に何かある、と考えるのが自然だ。この場にいる隊長達も、それくらいすぐ判るに決まっている。では“何か”とは――

 

「あ! おいっ!」

「朔良ちゃん!」

「朔良!」

 

 兄弟子らと銀嶺の声が背にかかったが、聞こえなかったことにした。今は一秒すら惜しい。

 部屋を飛び出し、廊下を駆け抜けて一番隊を後にする。

 

 “何か”が一体なんなのか、予想はついていた。隊長格八名へ危害を加えた罪人と、禁術行使の罪人。そしてその二人を逃がしたとなれば、三人とも厳罰は免れない。廷内に居るのは危険だ。であるなら瀞霊廷の外に逃げると考えていい。流魂街、もしくは――

 

(現世の方が可能性は高い、かな)

 

 夜一が姿を見せたのは恐らく囮。流魂街に逃げるならわざわざ囮になる必要はない。門番や隊士をのしていけばいいのだから。しかし現世となると穿界門を使わなくてはならない。捕まる危険性を少なくして突破するには、穿界門から皆の意識を外させるのが得策だ。何より現世は広い。一度身を隠してしまえば見つかる可能性は限りなく低くなる。――同時に。

 

(二度と、会えないかもしれない)

 

 朔良が危惧しているのはそこだった。自分は真実を知っている、だったら一緒に連れて行ってほしい。置いて行かないでほしい。一人真実を背負ったまま取り残されるのは耐えられない。隊長達に真実を話したとしても、頭の固い四十六室は納得しないだろう。朔良は彼等の弟子。師を庇う為に嘘をついたとでも言われるのが関の山だ。それに藍染達の目が何処にあるかも判らない。

 

(先に現世に行かれたら、きっと見つけられない)

 

 朔良の霊圧知覚がどんなに高くても、完全に霊圧を遮断されるようなことがあっては意味がない。本気で瀞霊廷から逃げるつもりなら、あの喜助が霊圧を隠さない筈がないのだ。

 

 屋根の上を瞬歩で駆ける。重い身体とあっという間に上がった息で、“双体遊離”の反動を改めて思い知った。

 行き先は穿界門。普段ならそんなに大したことのない距離が、今はこんなにも遠く感じる。

 

(早く)

 

 くらくらする頭に苛立つ。思うように動かない足がもどかしい。

 廷内のあちこちで隊士達が騒ぐ中、また一つ屋根を飛び越えると目的の門が見えた。

 中心の光の中、こちらに背を向けて今まさに門をくぐろうとしているその人物は――

 

「――きー兄様っ!!」

 

 声の限りに、呼び名を叫んだ。

 途端止まる彼の足。まだ距離は遠いが、それくらいは判った。そして振り返ろうとしたことも――

 

 

「――朔良」

 

 

 ――霊圧は感じなかった。いや、必死過ぎて気付かなかっただけかもしれない。

 それでも己を呼んだその声と、右肩にかかった手の温もりは、慣れ親しんだものに違いない。

 

 振り向いて、姿を目にして。呼び名が口をついて出た。

 

「夜姉――」

 

 けれど。

 全てを紡ぎ終える前に、腹部に衝撃が走って。

 一瞬で意識を持って行かれた。

 

 最後の刹那、抱き留められた感覚は気のせいではなかったように思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――数時間後、朔良は再び綜合救護詰所で目覚めることとなる。

 

 事件は既に終わり、夜一に襲われたことで朔良への嫌疑は晴れていた。

 そして告げられたのは残酷な決定。

 

 

 浦原喜助、握菱鉄裁。

 以上二名、現世へ永久追放。

 

 四楓院夜一。

 護廷十三隊二番隊隊長職、及び隠密機動総司令官職、及び刑軍統括軍団長職から永久除籍。

 

 鳳橋楼十郎、平子真子、愛川羅武、六車拳西、矢胴丸リサ、九南白、猿柿ひよ里、有昭田鉢玄。

 以上八名、死神復帰困難な為除籍。

 

 

 ――真実を知っていた筈の朔良は、何処までも無力だった。

 

 

 

 




やっと更新できましたー。
ここの所残業残業で、帰ってパソコンに向かってもいつの間にか寝ているという日々……。
正直ほとんど話が進みません(泣)
ストックもなくなってしまいましたので、どうにかコツコツ進めていきたいと思います。

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