ばったり、というのはこういうことを言うのだろう。
「あ」
「お?」
「む」
「あら」
「おやあ?」
上から海燕、浮竹、銀嶺、卯ノ花、京楽。一番隊舎前で見事に出くわした。
「ども、お疲れ様っす」
浮竹の後ろに控えていた海燕は、他隊の隊長達に頭を下げる。
「お疲れ、海燕くん」
「それにしても、皆さんどうされたのですか? 一番隊にご用事とは何か問題でも?」
「いや、ただの定例報告ですよ。
「あら、私と同じですね」
「ボクも流石にお休みは取れないからねえ。ちゃんと仕事しないと」
「休みっつうかサボりでしょう……。朽木隊長はどうしたんすか?」
「私は捜索状況の定例報告じゃよ。とはいえ、全く進展がないのが現状じゃがのう」
――夜一や喜助らが現世に消えて十日。瀞霊廷は、まだまだ落ち着きを取り戻せてはいない。
副隊長はまだしも隊長五名と隠密機動総司令官、大鬼道長の抜けは大きな痛手だ。それも一夜にしてのこと、混乱が広がるのは当然である。いきなり新しい人選ができる訳もなく、今は他隊の隊長副隊長、上位席官が同時に役目を担っている状況だ。
そして夜一達の捜索は六番隊に任されてはいるが、瀞霊廷の安定が優先されているためあまり人員を割けていない。しかも相手が相手だ、ほとんど何もしていないのと変わらないだろう。
ふと、この面子を見て思い浮かぶ者がいる。
「そう言えば卯ノ花隊長、朔良の奴は退院したんすよね?」
名前を出すと全員の表情に小さな変化が見て取れた。
「ええ、八日前に。もう少し休んでもいいとは言ったのですが。志波副隊長はお会いしてないのですか?」
「残念なことに全くっすよ。俺も忙しくしてるんで、しょうがないとは思いますけど。浮竹隊長に聞いたんですけど、あいつもあちこち飛び回ってるんすよね」
「うん。流石に隊長格の仕事はできないけど、上位席官の仕事を片っ端から請け負ってるみたいでねえ。二番隊だけじゃなくて他隊の分も」
「大丈夫なんすか? そんなことして」
言っているのは、彼女の体調のことだ。ただでさえ病み上がり、そして精神的にも負荷がかかっているに違いないのだ。
「大丈夫ではないに決まっておろう」
「え!?」
「何を言っても聞かないんだよ海燕。私は平気ですから、ってそればっかりでな」
「仕事は減らすどころか増やす一方みたいだしねえ」
「白哉も案じておった」
「心配しているのは皆さん同じ……あら、噂をすればのようですよ」
近づいてくるよく知った霊圧。その速度を考えると、どうやら瞬歩を使っているらしい。
そうこうしている内に小柄な人影が現れた。
「お疲れ様です隊長方、志波副隊長!」
ぺこ、と頭を下げるは今しがた話題にのぼっていた雲居朔良。挨拶もそこそこに、彼女は封筒を差し出した。
「京楽隊長、三番隊からの書類です」
「おや、悪いね」
「いえ。それと浮竹隊長、九番隊からの報告書です」
「ああ、ありがとう」
「はい。では失礼します」
用件を済ませると、こちらが何を言う間もなく一礼して再び瞬歩で行ってしまった。慌ただしくはないが何処か忙しない。この面子だ、いつもの彼女なら一言二言交わしていくというのに。それに呼び方も完全に仕事モードだった。
「なんか、あいつ余裕ないっすね」
「最近はずっとあの調子じゃよ」
「って言うか、あの子いくつ書類の封筒抱えてたか見たか?」
「えーとボク達に出した分も合わせて……六つかな」
六隊分。全部処理したのだろうか。今回だけならともかく、ずっとあの調子ということは。
「俺んとこには来ないんすけど、あいつがいつも書類持ってくるんすか?」
「全てではありませんが、四分の一近くは朔良さんでしょうか」
「……まじっすか」
他の三人の顔を見回してみたけれど、頷き一つで返された。まさか全隊の四分の一の書類を捌いているのだろうか。だとすれば異常なほどだ。と言うか普通不可能だ。
「ミスもないのが凄いところなんだよ」
「感心している場合か京楽」
「それもそうだね。朽木隊長、白哉くんは何か言ってないの?」
「止めても聞かぬ、と嘆いておる。蒼純も声をかけとるんじゃが」
「朽木隊長方ご家族、京楽隊長と浮竹隊長に私の言うことも聞かないとなると、あとは総隊長と志波副隊長しかいらっしゃいませんね」
「俺もっすか?」
確かに海燕は、夜一や白哉よりも朔良との付き合いが長い。しかし、会う度おちょくられている気しかしない。
「俺の言うことなんか聞かないと思いますけど」
「いや、親しい間柄という意味では、海燕が一番近くに居るんじゃないのか?」
「ボクも浮竹の意見に同感だね。四楓院隊長と浦原隊長が居ないんじゃ、あの子が頼りにしそうなのは海燕くんだと思うなあ」
「えー……そうっすかね……?」
その彼らができないことを自分にできるのだろうか。
まず第一につかまえられるかどうかが問題だ。皆が皆走り回っている今、時間を作るのは難しい。
「ま、ほっとく訳にもいかないっすから。どうにかつかまえて声かけてみます」
――と言いつつ二日。
結局海燕は、朔良と会えずじまいに居た。
いや会うことは会っているのだが、流石は隠密機動と言うべき足の速さでさっさと立ち去ってしまうのだ。
(……にしても)
今回の魂魄消失事件の黒幕が浦原だとは、どうにも信じ難い。昔から彼のことはよく知っているので尚更だ。しかし物証が上がっているのも事実。となれば頭の固い四十六室が有罪の決定を下さない訳がない。
海燕でさえ信じられないのだから、家族のように親しかった朔良は納得できないに決まっている。気が滅入っているのだろう、その気を紛らわすために彼女は仕事を増やしているに違いない。
それに朔良が彼等の弟子であることは割と有名な話だ。犠牲となった隊長格らの部下が、怒りの矛先を彼女に向けないとも限らない。特に九番隊は隊長副隊長両名がいなくなったのだ、混乱は大きい。
(揉めてねえといいけどな)
思考を巡らせつつ足を向けていたのはその五番隊。現在この隊を仕切っているのは副隊長の藍染だ。
情報交換を終えて自隊への帰路につくと、近くに朔良の霊圧を感じた。今の彼女にしては珍しいことに動いている様子もない。丁度いいとばかりにそちらへ足を向ける。
角を曲がればすぐ傍――とそこまで来て、霊圧でその場に居るのは彼女一人ではないということに気付いて。
「……お前の師匠のせいで……うちの隊長は……!」
――怒りを孕んだ男の声と、不穏な空気に気付いて。
咄嗟に飛び出した。
「何やってんだお前ら!」
「え……」
「し、志波副隊長!」
朔良を取り囲んでいたのは三人の男だった。壁を背に追いやられその細い肩を縮こまらせる彼女は身長の低さも相まって、酷く弱々しく見えた。顔色が悪い、というのも理由の一つだろう。
とにかくやめさせなければならない。朔良の胸倉を掴んでいる男一人の腕を振りほどき、彼女を背にかばいながら間に立つ。仮にも九席の彼女に絡むということは、それ以上の席官なのだろう。顔にもどこか見覚えがある。
「お前らな、ガキ一人相手に何してんだ」
「志波副隊長……こいつの……こいつの師匠のせいで……」
「そうです! このガキの師匠のせいで、平子隊長は……!」
「だから俺達……!」
やはり、と思う。
恐れていた事態だ。
「それが何だってんだ?」
「な……!?」
「隊長達が被害を受けたことにじゃねえ。こいつが浦原喜助の弟子だっていうのが、何だって言ってんだ」
「何って……」
「こいつは確かにあの人の弟子だが、それだけだ。今回の事件には関わっちゃいねえ。そんなやつを責めるのは筋違いだろ」
「し、しかし……」
「お前らが怒ってんのも、怒りのぶつけ先をなくしてるのも判ってる。怒るなとは言わねえよ。けど、それをこいつにぶつけんのはただの八つ当たりだ。勿論十二番隊の奴らに対してもな。判ったらとっとと行け。二度とこんな無様な真似するな」
言い聞かせるとまだ納得していない様子ではあったが、三人とも引き下がった。いなくなったのを確認し、後ろの彼女へと向き直る。
「大丈夫か?」
「……ありがとうございます、助かりました」
いつもと違う固い声と上げられない顔に眉をしかめる。そのまま一礼し立ち去ろうと踵を返した朔良の腕を咄嗟に掴んだ。
――瞬間、彼女の口から零れたのは紛れもない苦痛の呻き。
「……え」
「っ……失礼します!」
思わず手を離せば弾かれたように瞬歩で消えた朔良。
一瞬見えた歪められた表情に、一抹の不安がよぎった。