偽から出た真   作:白雪桜

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第二十九話 『報告』は『脅迫』?

「あ、白哉」

「朔良」

 

 曲がり角でバッタリとは、何ともベタな出会い方もあったものだと白哉は思う。ひょっとすると朔良も同意見かもしれない。

 

「それ書類?」

「ああ、十一番隊へ回す分だ。以前に渡しておいたものも回収に行く」

「三席自らって、そんなに大事な書類なの?」

「いや、かなり腕の立つ者でなければ十一番隊の者達からはまともに書類を回収できぬ」

「あーそれ判る気がするなあ。私は砕蜂さんの配慮のせいか、十一番隊にはほとんど行ったことないけど」

 

 確かに、と納得する。過保護な彼女のことだ、可愛い後輩でもある朔良を野蛮な男共の溢れた隊に進んで送りたくはないだろう。

 

「そう言うお前は?」

「十一番隊に届け物」

「……この話の流れでさらりと言えるのがお前だな」

 

 はい? と首を傾げる反応は置いておくとして。朔良の抱える、細腕には些か大きな二つの包みに目をやった。

 

「備品か?」

「まあね。包帯とか消毒薬とかその他諸々。ほら、十一番隊って怪我多いでしょ、たぶん」

「そこで多分なのか」

 

 十一番隊のことをあまり知らない彼女では仕方ないのかもしれない。しかしまあ、あの隊が戦闘部隊ということを考えれば、怪我が多そうだと予想はできる。

 

「烈さんからね、『朔良さんなら大丈夫でしょうから、行ってきてください』って言われちゃって。流石に断れないでしょ。断る気もないけど」

 

 数週間前まで二番隊で九席という席次についていた朔良。それが“環境を変える”という周囲からの提案で転属した。いくつかの候補の中から彼女は、“昇進”ではなく形としては“降格”の転属を選んだ。珍しい、とは思う。死にもの狂いで努力しても、皆が皆昇進できるわけではない。それら全てを蹴ってまで、彼女は己の能力(ちから)――武器(物真似)を広げる道を選択したのだ。

 

 ……正直な所、多少の衝撃は受けた。候補の中では白哉の挙げた“六番隊四席”が一番上の出世だった。

 今ではもう朔良に対し恋愛感情を持っていないとはいえ、友人としての情はある。好敵手でもあり、何より親しく接することのできる大切な幼馴染みだ。修行のことは勿論、他人には話しにくいことも相談できる頼もしい存在だと感じている。そして彼女が困っているのなら、助けてやりたい。

 そういった理由も含めての提案だったのだが、こんなにもあっさり断られるとは考えていなかった。彼女が良いのならそれでいいとも思うのだけれど。

 ひとまず。

 

「あっ」

 

 ひょい、と包みの一つを取り上げ空いた手で抱える。見た目に違わずそこそこ重い。

 

「持とう」

「え、いいよそんな」

「どうせ行き先は同じだ。遠慮するな」

「そーいうワケじゃないんだけど……むー」

 

 何故か唸る彼女に苦笑し歩みを再開させれば、慌ててついてきて隣に並ぶ。二人だけでの会話は、久しぶりだった。

 

 

 

 

「……そういえば」

「うん? 何?」

「物真似は相変わらずのようだな。先も卯ノ花隊長を」

「『当然だろう!』」

「いや何故そこで砕蜂が出る?」

「……一発で判るのは何で?」

 

 返答に困った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さて、書類は渡したし前の分も回収したな……)

 

 手早く用事を済ませた白哉は、十一番隊舎内を歩きながら朔良の姿を探す。来た用件の内容が違うので途中で別れ、何となく後で合流しようという話になった。とはいえ他隊の隊舎は判りにくい。ここは霊圧を探った方が――

 

 

「あぁ? 雲居朔良だぁ?」

「てめえか! 二番隊から四番隊に転属したっつう変わり種は!」

「四楓院隊長と浦原隊長の弟子だか何だか知らねえがな」

「とんだ腰抜け野郎もいたもんだと思ったぜ」

「私野郎じゃないですよ!」

「「「んなこたどーでもいいんだよ!!」」」

 

 

 ……探るまでもなく見つけた。そして彼女らしい指摘ボケ(・・・・)だ。

 放っておくわけにはいかないのでその部屋へ足を踏み入れると、十人以上の十一番隊士を前にしている小柄な少女を見つけた。

 

「何の騒ぎだ」

「白哉。仕事は?」

「済ませた」

「早いね。こっちは……」

 

「ちゃんと聞けやあこの小娘があ!」

 

「……この通りだよ」

 

 まさしく“お手上げ”のポーズをとる朔良。両手が空いているのを見ると備品は渡せたのだろう。しかし絡まれて困っていた、と容易に想像がついた。特に十一番隊は四番隊を嫌っている者がほとんどなので尚更だ。彼女の隣に並んで隊士達を睨みつける。

 

「貴様らいい加減にしろ。一人相手に寄ってたかって恥とは思わぬのか」

「生憎ですがねえ朽木三席」

「あんたに口出しされる筋合いはないっすよ」

「私の同期に絡むなと言っている」

「この腰抜けが同期?」

「へえ~、この女がねえ」

 

 揶揄するような響きを感じ、眉間に皺を寄せる。何か言ってやろうと口を開くより先に、朔良が白哉の肩に手を置いた。

 

「! ……朔良?」

 

 彼女は何も言わずに、にっこり(・・・・)と笑顔を見せる。……その笑顔を見た瞬間背中に感じた薄ら寒いものには覚えがあるが、果たして何処で……

 

「えー他に四番隊に不満はございますか?」

 

 白哉が記憶を辿っている間に彼女はほんの少し前に出て、十一番隊の隊士達にそんなことを言っている。言われた隊士達はといえば、次々と不満……というか、四番隊を罵倒し始めた。

 

「おうよ! くっだらねえ隊だ!」

「救護・補給専門だもんな!」

「弱っちい連中の集まりだぜ!」

「しかも鬼道ばっかだろうが!」

「まともに戦える奴がいたら顔拝んでみてえぜ!」

 

「……貴様ら……」

「白哉」

 

 ぽんぽんと肩を叩かれ気を鎮める。

 

 四番隊の存在は重要だ。死神というのは、常に死と隣り合わせの職業だ。そしてその中では大きな傷を負うことも珍しくない。そんな時助けになるのが、彼等四番隊なのだ。彼等のおかげで命を取り留め復帰できた死神もたくさん居る。ある意味では、四番隊は護廷十三隊の要とも言える。

 白哉はそのことをよく理解していた。ましてや今現在幼馴染みの彼女が所属する隊。貶されて黙っていることはできないのだが、その彼女本人の反応に思いとどまる。……正確には笑顔に。

 

「うーん、皆さん結構不満をお持ちのようですね」

「当たり前だろうが!」

「もーちっとましになって欲しいもんだぜ!」

「そーですか、そーですね」

 

 ふむふむと考えるように頷いた朔良は、懐から携帯用の筆とメモ用紙を取り出して何やら書き込んでいく。少しして終ったのか、手を止めてにっこり(・・・・)と。

 

 

「判りました! では卯ノ花隊長にそのまま(・・・・)ご報告いたしますね!」

 

 

 ――巨大な爆弾を落とした。

 

 途端、真っ青になる十一番隊士達。

 

「な゛……!?」

「な、何でそういう話になるんだ!?」

「だって四番隊に不満があるんでしょう? 平隊員の私に言われても困りますし、だったら責任者の卯ノ花隊長に直接申し上げるのが手っ取り早いじゃないですか」

 

 ……久々に出た。

 朔良お得意、“正論の刃”。

 

「い……いやいやいやいやいや! そこまでしなくても!」

「な、なあ!」

「あ、ああ! そうだぜ!」

「遠慮なさらないでください。ご不満な点はそっくりそのまま(・・・・・・・・)お伝えしますので」

 

 ……鬼だ。

 

「お、おいてめえ、いい加減にしろよ」

「ガキだからって大人舐めてると……」

「別に私はふざけてなんていませんよ? それじゃあそろそろお暇しよっか白哉。この仕事烈さん(・・・)から直接頼まれたものだし、あんまり遅くなると心配させちゃう」

「「「え゛」」

 

 白哉がこの場に居る時点で十一番隊ならではの“力で黙らせる“という方法は使えない、いやそれ以前に彼女の実力ならばあしらうくらいできると思うのだけれど。“烈さん”“直接”“心配”というキーワードでその方法は完全に断たれた。

 

 にっこり(・・・・)とした愛らしい笑みの後ろに、何か黒いもの(オーラ)が立ち上っているように見えるのは気のせいなのだろうか。他人事でしかも自分に向けられている訳ではないのだが、白哉はたらりと冷や汗を浮かべた。当事者である彼等はその比ではないだろう。既に表情は蒼白というか、血の気も生気も失った土気色に近い気がする。

 ふと思い出す。そうだ、この笑顔は――

 

「か、勘弁して下さい!」

「俺達が悪かったです!」

「どうかそれだけは!」

「それでは失礼しますー」

「「「雲居さんーー!!」」」

 

 ――朔良が現在所属している隊の隊長のそれと、少し似ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー疲れた。やっと帰れるー」

「朔良……」

 

 十一番隊からの帰り道。言葉とは裏腹に朔良の表情は満足気だ。それもその筈、彼女は両腕いっぱいの菓子の包みを抱えているのだから。

 彼女の言葉による結果がこれ。泣きが入ってしまった十一番隊士達は朔良にたくさんの菓子を渡すことで、どうにか彼女の脅は……もとい“報告”を阻止することに成功した。

 安物のお茶受けがほとんどのようだったが、元々朔良は菓子好き。その辺りは気にしていないらしい。

 

「あ、辛子煎餅ある。白哉どう?」

「……遠慮する」

「そう?」

 

 けろりとした表情でぱくぱくと菓子を頬張る彼女は、邪気の欠片もない。……いや、欠片もないからこそ厄介なのだろう。

 

(……昔より性格が悪くなったか?)

 

 “性格が”と言うよりは“性質(たち)が”の方が近いかもしれない。天然ならそれはそれで危険だが。

 取り敢えずこれで、朔良に下手なことをしようとする十一番隊士は減っただろう。きっと今日の連中から聞くことになるから。

 

(それにしても……)

 

 何故彼女はあのタイミングで“正論の刃”を使ったのだろうか。様子を見るに白哉が来る少し前から言い合いは続いていた筈。なのに何故。

 

 そのことを聞いてみたところ「白哉も馬鹿にされてる気がするのが癪に障ったから」という答えが返ってきて白哉が呆気にとられるのは、また別の話。

 ついでに天然じゃなかったのかと恐々とするのも別の話。

 

 

 

 


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