偽から出た真   作:白雪桜

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第三十二話 変化と不変

“かわすなら斬らせない

 

“誰かを護るなら死なせない”

 

“攻撃するなら斬る”

 

 

 ――戦う上での心構えを教えてくれた彼の人の声を聞かなくなり、何十年だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――破道の三十三、『蒼火堕』」

 

 ――低く、しかしよく通る声が頭上から聞こえた。直後降ってくる青白い強力な光。

 

「縛道の三十九、『円閘扇』!」

 

 その光を真正面から円形の盾で防ぐ。背後に回った霊圧に反応し握っていた刀を振り抜けば、ガキン、と金属音を立てて刃が組み合った。

 漆黒の瞳と視線が絡み――側頭部めがけて蹴りを繰り出す。が、こちらの足が頭を捉える前に相手の腕が滑り込んだ。組み合った刀身と防がれた足を即座に離し、その動きの流れのまま片足を軸にして回り反対方向から斬りつけた。ぶつかり合う刃の音は先程よりも重い。元々斬術は彼の方が優れている。しかし白打ではこちらが上だ。再び逆向きに回転し蹴りを入れようとした時点で、もたげられた彼の手に気付いた。

 

「破道の四、『白雷』」

 

 指先から放たれた閃光を身を反らしてかわす。避けた動作で崩れた所へ斬撃が来た。一瞬にも満たない僅かな時間、自慢の瞬歩で迫る刃から逃れる。

 移動先は少し離れた彼の後ろ。

 

「破道の六十三、『雷吼炮』!」

 

「――散れ、『千本桜』」

 

 掌から放った鬼道が、彼を呑み込む直前無数に散った桜色の刃に阻まれた。巨大な光は弾かれ、離散する。盾の役割を果たした“花弁”が渦となってこちらに飛んできたのを跳び上がってかわし、距離を取る。

 

「縛道の六十一、『六杖光牢』」

 

 距離を取った拍子に三本の光の帯に貫かれ完全に身動きが取れなくなった。この縛道は彼の得意としているもので、かわすのが難しいから性質が悪い。

 

 ――とは言え解くのはそれほど難しくないのだが。

 

 枷となった光が貫いている箇所に、霊力を集中させる。使用されている縛道の(・・・・・・・・・・)霊圧を真似る(・・・・・・)

 

(同調――)

 

 真似た霊圧を枷に流し込み、更に合わせる(・・・・)。拘束の力が強化されたがそれも刹那のこと。合わせた霊圧で縛道の主導権を奪い(・・)支配する(・・・・)。――パシュッと弾けるようにして枷が消滅した。

 

 ――再度桜が向かってくるより早く自分の刀に空いた手を被せ、切っ先を躍らせるように振り抜いた。

 

「応じろ、『珠水』!」

 

 コォンという響きと共に、刀身が水晶のようなそれへと変化する。選ぶ“名”は。

 

「水天逆巻け、『捩花』!」

 

 特徴ある三叉槍。下から巻き上げた波濤で“花弁”を弾く。手首を軸にして槍を回転させつつ、瞬歩を使って彼の頭上へ飛んだ。はっと見上げてきた彼に向かって、槍を振り下ろす勢いのまま容赦なく波濤をぶつけた。

 

 間一髪だったのだろう、彼もまた得意の瞬歩で逃れたはいいが死覇装の袖が一部裂けているのが見えた。――そしてこちらが着地するのとほぼ同時に、握った刀の切っ先を下に向けて手から離すのも。

 

「――卍解」

 

 空気が変わる。切っ先から地面の中へと消えた刃が、何十本もの列となって逆に地面から突き出てくる。

 

「『千本桜景厳』」

 

 実際目にするのはまだ片手で足りるほどのそれ。始解の時とは規模の違う桜に、呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったくもう、少しは加減してよ」

「……済まぬ」

「あーあ。死覇装ボロボロになっちゃったし、全身擦り傷だらけだし」

「…………」

「でもまあ負けは負けだしね。お望みは?」

 

 六番隊の野外演習場。朔良は、白哉と一対一の模擬戦を行っていた。斬拳走鬼何でもありの、“賭け勝負”。負けた方は勝った方の言うことを一つ聞くという実に単純なものだ。昔から気が向いた時にやっていたこの“賭け勝負”、こちらから仕掛けたはいいが見事に負けてしまった。

 まあ、言うほど死覇装は酷くなっていないのだけれど。全体的に少々痛んでいる程度だ。

 

「そうだな……このようなことがなくとも、お前に相談しようと思っていたことがあるのだが」

「それに使っちゃうの? お前からの相談事なら何でも聞くのに」

「どちらにせよ、他に思いつかぬ」

「お前が良いならそれで良いけど」

 

 彼から相談を受けることは正直少ない。珍しいとも思うが、それ以上に頼られているのが嬉しい。一人の異性として傍に居ることができない分、幼馴染みとして隣に立てるのは喜びだ。もちろん、願うなら前者の方がいいとは思うけれど。

 まあそれも夢のまた夢の、更に夢の話。白哉が流魂街出身の娘と交際するなど有り得ない。さっさと頭から追い出し、彼の分の水筒を手渡しながら自分も水を呷った。

 

「で? 相談って?」

「ああ……その……実はな――」

 

 

「雲居七席~!」

 

 

 丁度白哉の声に被さって、自分の名を呼ぶ声がした。振り返ると、同隊の後輩が駆けてくる。

 

「あれ、伊江村じゃないか。どうしたのこんなトコまで」

「いえ、ちょっと綜合救護詰所で問題が……あ! く、朽木副隊長、お話し中失礼しました!」

「……構わぬ」

「そうそう、大した話してないし。随分慌ててるみたいだけど、何があったの?」

「は、はい。ええとですね、十一番隊の方々が詰所内で大騒ぎしていまして……」

「またか。今日は早番だったっていうのに、勘弁してほしいねー」

「す、すみません!」

「君じゃないよ、十一番隊の方。ごめん白哉くん(・・)、話聞くのまた後でいい?」

「……いや、明日以降で良い」

「え、そう?」

 

 隣に立つ幼馴染みを仰ぎ見ればこの返答。元々今日は偶然白哉と早番が重なり、夕方前には仕事を切り上げて模擬戦に明け暮れていたのだ。もうじきその夕方、明日もお互い仕事がある。確かに休んだ方がいいかもしれない。

 

「判った。悪いね」

「気にするな」

 

 軽く手を振って別れながら、彼も随分変わったと思った。

 幼い頃からのすぐ熱くなる癖はなりを潜め、今では何事にも落ち着いた対応を見せるようになった。銀嶺曰く、「一皮剥けた」らしい。背も伸び、小柄なままの朔良はしっかり見上げなければ目を合わせられない。容姿はきっと父親似だろう。とはいえ自由にさせたせいか、なかなか融通がきかない性格になったと銀嶺がぼやいていたが。

 

「あの、雲居七席。邪魔しておいてなんなんですが」

「うん? 何?」

「本当によろしいのですか? 朽木副隊長は……」

「ああ問題ないよ。白哉くん(・・)との模擬戦は終わったところだったし」

「凄いですね、雲居七席は。何人もの隊長方とも親しいというだけでも驚きですのに、あの朽木副隊長の同期で修行仲間だとは」

 

 はは、と曖昧に笑っておく。本当のことではあるが、完全に正解なわけでもない。

 何せ朔良と白哉の関係は、ただの同期でも修行仲間なだけとも言えないほど親しいのだから。子供の頃から共に育った幼馴染みで、互いに認め合える良き好敵手なのだ。

 とはいえ、それを知る者は今やごく少数だ。元々有名な話ではなかったし、何より朔良が隊長格らと懇意という事実の方が目立っていたのだ。

 

 しかし振り返ってみれば、その話が噂として流れたこともあったなと思う。

 蒼純が亡くなって数ヵ月後。白哉が六番隊副隊長に任命され、ほどなくして朔良もまた四番隊七席に就任を果たした頃だ。二人の昇進の時期が近かった為か、少しの間噂になったものだ。その間の朔良に対する周囲からの妬みようは凄かった。陰からの嫌がらせもあったが、親しくしている皆(砕蜂と京楽を中心に)のおかげでそのうわさもすぐ消えていった。そんなことがあってから、朔良は人前に限って白哉のことを“白哉くん”と呼ぶようになった。……“朽木くん”はいくら何でも慣れないと断固拒否された故の結果だが。

 

 何はともあれ、以来変わらないまま二人はそれぞれの位置に居るのである。白哉はともかく朔良には、更に上の席次をとの声が何度も上がっているのだが。

 

「こっちですこっち……」

 

 

「だーかーら! もう治ってるって言ってるでしょーが!」

「いい加減判ってくれませんかねぇ」

「し、しかし……」

「あァそうだ! どうしてもってんなら酒持って来てくださいよ酒!」

「ええ!?」

「おう、そりゃあいいっすねェ!!」

 

 

「……あんな感じなのです……」

「ハタ迷惑だねえほんっと……。じゃ、ちょっと行ってくるよ」

 

 病室前の廊下でこうも五月蠅くされては、四番隊席官としてはたまったものではない。周囲を煩わせるだけであるし、対応している“彼女”も憐れだ。遠巻きに他の四番隊員も様子を窺っているのが見える。

 不毛な騒動を収めるべく、その長身の“彼女”の後ろに身体を隠して声をかけた。

 

「随分と声が響いていますね。虎徹三席、何の騒ぎですか?」

「あ」

「「「「くっ、雲居七席!?」」」」

 

 肩越しに振り向いた“彼女”はあからさまにほっとした顔になり、その声に応えてひょこりと頭を覗かせれば四人の十一番隊士達の表情は一斉に凍りつく。

 

「あーいけないなあ。うちの三席を困らせないでくれる?」

「あ……いや……」

「あの……その……」

「虎徹三席、ここは私が応対しますよ」

「そうですか? すみません、じゃあお願いしますね」

 

 三席なのに些か腰の低い彼女は、高い背を少し丸めて礼をする。こちらもぺこりと頭を下げ、改めて四人に向き直った。

 

「それで? 何か不満でもあったのかな?」

「ああっとお……」

「(お、おい、どーすんだよ!)

「(今日はこいつ早番って聞いたから色々文句つけてたってのに!)」

「(完っ全に計算外じゃねえか……!)」

「聞こえてるからね?」

「「「「…………」」」」

「って言うか、この距離で聞こえない方がおかしいだろ」

「「「「…………」」」」

 

 距離、一メートル。

 

「今といいさっきの虎徹三席に対する言動といい、少しは弁えたらどうだい?」

「……す、すみません……」

「そ、その……」

「まあ大ごとになっていたわけでもないし、今回の騒ぎは大目に見てあげてもいいよ」

「ほ、本当っすか!」

「ありがとうございます!」

 

 安心して礼を述べる彼等に、にっこりと微笑む。

 

 

「うん。その代わり、元気になったのなら私と白打合戦でもやろうか」

 

 

 途端、彼等の顔が再び真っ青になった。

 

「……え゛……?」

「じょ、冗談っすよね……?」

「やだなあ、冗談じゃないに決まってるだろ。元気なら問題ないし」

「い、いや……く、雲居七席……」

「……ご、ご勘弁を……」

「何言ってんの。喧嘩命の十一番隊士なら、当然受けるよね。仮にも四番隊の女の子からのお誘い、断るわけないよねー」

 

 朔良は上位席官とはいえ四番隊だ。十一番隊が受けずに逃げたら赤っ恥決定だ。他隊ならともかく。

 しかし元々二番隊に居たのだ、白打は得意分野である。四番隊士ではあるが前線に出ても他隊の隊士達と引けを取らない戦闘力を持つのが、朔良なのだ。護廷隊ではちょっと知られた話でもある。特に四番隊と十一番隊の中では。

 そして指導を除けば、決して容赦はしない、ということも。

 

 「えげつない」「流石十一番隊の天敵」と、誰かの口から聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はあ、お茶が美味しい」

「お疲れさまでした」

 

 休憩室の一角。伊江村が淹れてくれたお茶を彼女――虎徹勇音と一緒に飲む。

 十一番隊の四人は、ようやく大人しくなった(・・・・・・・)ので部下に任せた。

 

「にしても虎徹三席、階級は向こうが下なんですからもっと堂々としてくださいよ」

「いえ……まだ昇進したばかりですし……って言うか、その呼び方と話し方やめてくださいよ朔良先輩~」

「貴方は三席、私は七席です。部下にも示しがつきません」

「勤務時間外くらいいいじゃないですか」

「……しょうがないなあ勇音は」

 

 結局折れたのはこちらの方。実際彼女を指導してきたのは朔良だ。気さくな話し方の方が楽なのは当然だ。

 

「元々私を三席に推してくれたのは朔良先輩でしょう」

「まあね。空席になったから、君ならと思って」

 

 本当は、朔良に三席の話が回ってきていたのだ。卯ノ花から直々に言われた時は驚いたけれど、受けるつもりはなかった。そしてその時はまだ十席だった勇音を候補に挙げたのである。勿論、そのことは勇音には話していない。

 

「そういえば朔良先輩」

「何?」

「今日は朽木副隊長と鍛錬の予定だったんじゃないですか?」

「してきたよ。伊江村が呼びに来たのが丁度終わったところだったの」

「あ、それで死覇装あちこち傷んでるんですね」

「誰も何も言わないなあと思ってたけどようやくつっこんだか……」

 

 つっこまれるの待ってたんかいなんて言葉は聞こえない。

 

「でも朽木副隊長って確かもう卍解できるんですよね」

「うん。朽木隊長に言わせれば、まだ未熟なそうだけど」

 

 当の朔良はもう何度も彼の卍解を目にし、刃を交えている。始解の時とは比べ物にならない“桜”の数。いつ見ても感嘆するほど美しい。

 

「今の尸魂界で一番綺麗な斬魄刀なんじゃないのかなあ」

「え、でも私は朔良先輩の斬魄刀の方が綺麗だと思いますよ」

「……は?」

 

 思わず間の抜けた声を出し、腰にある刀を見やった。確かに始解した珠水は刀身が水晶のように透き通り、光を反射して見目美しくなるだろう。我ながらではあるが、六桜の門が刻まれた鍔もなかなか格好好い。しかし彼の千本桜に及ぶとは到底思えない。

 

「そんなことないけどなあ」

「そんなことありますって!」

「んー……でも、白哉くん(・・)はそう遠くない内に隊長になるだろうしな」

「え?」

 

 今度は勇音の方が呆気にとられた。まだ決定事項ではないし当事者以外にはほとんど知らされていない内容なので、無理もないが。

 

「朽木銀嶺殿の身体の具合がね、良くないんだって。副隊長の白哉くん(・・)はお孫さんだし、取り敢えず卍解も会得した。そろそろ引退を考えているらしい」

「ええっ! そうなんですか!?」

 

 素っ頓狂な声を上げる彼女に「他言無用だよ?」と釘を刺しておく。こう言っておけば彼女の口から話が漏れることはないだろう。何せ勇音はとても真面目だから。

 

「でも、そうなると副隊長も改めて選出しないといけませんよね」

「そうだね」

「副隊長って、確かまだ八番隊と十番隊も空席でしたけど……」

「二番隊も、だよ。この間大前田副隊長が引退したから」

「あ、そうでした!」

「どの隊もまだ後釜が決まってない。特に八番隊と十番隊は空席になってから随分経つし、そろそろ入れた方がいいとは思うけどね」

 

 ひょっとすると、これを機に後任を決めるかもしれない。理由はどうあれ、いつまでも空けてはおけないのだから。

 

「朔良先輩は?」

「ん? 私? そうだね、十番隊の松本乱菊知ってるだろ? 長い付き合いなんだけどさ、彼女なんて副官に合ってると――」

「そういう意味じゃないです! 貴女は副隊長候補に挙がってないんですか?」

 

 ―― 一瞬、反応が遅れた。

 そんな質問をされるとは思ってもみなかった。

 

「……私はそんな器じゃないさ」

 

(……私は隊長格に入れるような死神では、ない)

 

 仲間を見殺しにした“あの夜”が、それを許してはくれない――誰にも、話すことはできないけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 ――それから僅か三日後のことだった。

 

 卯ノ花に呼び出され、彼女を含めた五人の隊長等と対面することになったのは。

 

 

 

 




時間軸飛ばしましたー。
戦闘シーンって書くの難しい……。

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