偽から出た真   作:白雪桜

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第三十三話 足り得ない『器』

(……ええと……)

 

 

 雲居朔良。適応力には、はっきり言って自信がある。それが生まれつきのものなのか変わった環境で育ったからなのかは判らないけれど。

 

 しかしまあいきなり自隊の隊長に呼び出され、行った先の隊首室に彼女を含めた隊長が五人も目の前にいらっしゃれば何事かと固まるのも当然だろう。彼ら全員が自分と懇意にある人物とはいえ、今は勤務時間内。休憩中とか非番の日なら別段おかしいこともないのだが。

 

 時間帯はもうすぐお昼。仕事が一段落した頃に卯ノ花に呼び出され、今こうして立っているのである。

 

 

「――くらちゃん。朔良ちゃん」

「――はっ、はいっ?」

「大丈夫かい? 何だかぼんやりしてたみたいだけど」

「いえいえ何でもありません」

 

 いけない、珍しい状況にうっかり現実逃避していたらしい。京楽の呼びかけで我に返る。姿勢を正し、改めて彼等に向き直った。

 

「それで……隊長方が揃いも揃って、私に何のご用でしょうか?」

 

 二番隊隊長の砕蜂。四番隊隊長の卯ノ花。八番隊隊長の京楽。十三番隊隊長の浮竹。そして海燕を通して知り合い親しくなった、十番隊隊長、志波一心。

 

「おうっ! 相変わらずさばさばした話し方だなあー朔良ちゃんは」

「さばさばって志波隊長……普通に質問しただけですけど……。って言うか、浮竹隊長は出歩いて大丈夫なんですか?」

「ああ、今日は調子が良くてね」

「そうなんですか? でも昨日血ー吐いてたの誰でしたっけ」

「……また吐血されていたのですか? 薬は?」

「え!? いや、その……」

「それくらいにしておけ。朔良殿、今日は貴女にお話があって参りました」

「お話……?」

 

 この面子を見る限り、一つしか思い浮かばないというのは驕りなのだろうか。

 

「そうそう! 是非とも君をボクの副隊長に任命し」

「はっきりとお断りさせていただきます」

 

 予想的中。

 

「ちょっ……即答!? もうちょっと考えてからにしない!? ってそれ以前にせめて最後まで言わせてほしいんだけど!?」

「つっこみ三連撃ありがとうございました京楽隊長」

「よそよそしさ満天!?」

 

 ガーンと半ば放心状態の京楽を押しのけ、一心が前に出た。

 

「よし! じゃあ朔良ちゃん、ウチの副隊長に来」

「問答無用でお断りさせていただきます」

「……いや、京楽の言葉繰り返すようで悪いけど、せめて最後まで言わせ」

「で、他の方は?」

「シカト!? 京楽より扱いひでぇなオイ!」

「おい! 終わったならさっさと退け!」

「お前もひど……だっ!」

「退けと言っている!」

 

 普段はとても冷静なのに、時々恐ろしく短気になることがあるのが砕蜂だ。一心に蹴りを入れる彼女を見ながら妙に冷静に分析する。

 朔良の正面に立った彼女は、こほんと一つ咳払いをした。

 

「朔良殿、よろしければ私の副官になっていただきたいのですが」

「ごめんなさい砕蜂隊長、お断りさせてください」

「ええっ!?」

「「反応違い過ぎない!?」」

 

 立ち直った隊長二名からの的確なつっこみは流す。……想像したよりもショックを受けている様子の砕蜂に少々の罪悪感を覚えつつ、しかし譲る気もないのできっぱりと告げる。

 

「お話は以上でしょうか」

「いや、そこ! 無視するなって!」

「……なあ、そろそろ口挟んでもいいか?」

「ダメだと言ったらどうするんですか浮竹隊長。って言うか卯ノ花隊長は判りますけど、何で貴方までこの場に居るんですか」

 

 息つく間もない勧誘と断りを繰り返した末、言葉を発した浮竹を容赦なく一刀両断する。この際、“副隊長になる”という考えそのものがないということをはっきり判ってもらった方がいい。この面子だ、多少の無礼は目を瞑ってくれるだろう。

 

「何でって、君を副隊長候補に挙げたのは俺だからね。どうなるのかは気になるところだろう?」

「暇ですね」

「……何か今日はやけに機嫌が悪くないか?」

「機嫌は悪くないですよ、悪いのは口です」

「それはそれでどうなんだ!?」

「っつーかもっと悪いだろ!?」

「それはどうも」

「はい、それくらいにしておきましょうね朔良さん。理由をお訊きしてもよろしいでしょうか?」

 

 ――黒い笑顔、有無を言わさぬ圧力。

 ……自分の上官ということもあるし、いくら朔良といえど流石にこの女傑を怒らせたくはない。

 

「……えーと……アレです……副隊長になるつもりなんてないんです」

「……さっきまでの威勢が嘘のようだな……」

「気持ちは判らなくないけどねえ」

「何か、おっしゃいましたか京楽隊長」

「おっと、怖い怖い」

 

 彼女の笑顔が京楽へ向けられそうになり慌ててかわす彼の様を横目にしながら、ようやく復活した砕蜂が問うた。

 

「しかし何故です? 貴女は元二番隊ですし、仕事の要領も判る筈です」

「二番隊だけに限定すんじゃねえよ……。けどま、疑問はもっともだな。俺も聞きてえ」

「確かに。君にはそれだけの実力があるだろう」

「そうそう! 書類を捌くのもすっごい速いしさあ」

「まさか、書類云々はともかく私に隊長格なんて相応しくありませんよ。そんなに買い被らないでください。正直困ります」

「でもねえ……」

 

 ――ふ、と。凄まじい速度で近付いてくる霊圧に気付く。入口の方を肩越しに振り返った直後――

 

 

さくらん(・・・・)! いるー?」

 

 

 隊首室に飛び込んで来た、察した気配通りの人物に苦笑する。短いピンクの髪、小柄な朔良よりもずっと小さな子供。

 

「やっぱりやちるか」

「こ、困ります草鹿副隊長!」

 

 少し遅れて現れた長身の女性に、これまたやはりと名を紡ぐ。

 

「虎徹三席」

「す、すみません隊長方! 朔良先輩! 先輩が隊首室でお話しされていることをお伝えしたら飛んで行ってしまいまして……」

 

 止められなかったらしい。この少女が相手では無理もないだろうが。

 

「いいですよ虎徹三席。彼女は私に用があってきたのでしょう?」

「うん! そーだよさくらん!」

「ほら、こういうことですので、あとは私が何とかします」

「あぅ……すみません……」

 

 「失礼しました」と一言告げて退室した勇音を見送った後、卯ノ花が口を開いた。

 

「どうなさったのですか、草鹿副隊長?」

「卯ノ花さん! あのね、さくらんといっしょにお昼ごはん食べようと思って飛び出してきたの!」

「仕事はどうした?」

「えっとね、つるりんがやってくれるって!」

「……あー……やちる、あんまり一角に仕事押し付けちゃいけないよ?」

「いーの! それよりごはん食べよう?」

 

 砕蜂の質問に満面の笑みで答える、十一番隊副隊長草鹿やちる。

 憐れ、十一番隊第三席斑目一角。

 

(弓親も大変だろうなあ……色々)

 

「すまないな草鹿。今朔良ちゃんは俺達と大事な話をしてるんだ。少し待ってくれないか?」

「えー? でもうっきー、もうお昼だよ?」

「もう少しで終わると思うからさあ、いいでしょ?」

「大事な話ってなに?」

「あー……それはだな……」

 

「いいよやちる、もうお話は終わったから」

 

 どう答えようか迷っていた浮竹を遮り、きっぱりと告げた。

 驚いたのは隊長勢だ。まだ朔良が副官昇進を断っただけで、彼等は納得してはいない。

 

「え、いいの!?」

「うん、だから」

「おいおい待てよ朔良ちゃん! まだ終わってねえって!」

「朔良殿! 私はまだ諦めておりません!」

「何度おっしゃってもお断りします。失礼ながら、いい加減しつこいですよ」

「珍しく頑固ですね。貴女は普段とても素直な子ですのに」

「……何なら“着任拒否権”を行使しますので」

「そこまで言うことかなあ?」

 

 隊長が持つ“副隊長任命権”と、隊士側が持つ“着任拒否権”。拒否権は滅多に行使されることはないが、それでも使おうと思えば使うことはできる。そもそも滅多に実行されないというのは、昇進の話を断る隊士が極端に少ないという理由の為だ。推薦などもあるけれど、結局のところ隊長と隊士の同意がなければ昇進も任命もできないのである。

 ――忘れもしない“あの夜”に藍染が言ったことだからはっきり覚えているというのは、些か以上に複雑なのだが。

 

「先ほども申し上げた通り、私はそんな器ではありません。実力を買っていただけているのは嬉しいのですが、やはり買い被りです。副隊長には……そうですね、十番隊の松本乱菊なんていいと思います。八番隊の伊勢七緒も、少々実力不足かもしれませんが候補には挙げられるでしょう。二番隊だって探せば才能ある人物は見つかる筈です」

「朔良殿……」

「とにかく、私が言いたいことはそれだけです。貴重なお時間を無駄にしてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 深々と頭を下げ、謝罪を述べる。きっぱりはっきり断ろうと最低限の礼儀だ。ここはきちんとしておかなければ。

 

「じゃ、行こうかやちる」

「うん!」

 

 小さな背中を促し、戸をくぐる。

 

 

 ――刹那。

 

 

「――縛道の六十三、『鎖条鎖縛』」

 

 

 ――紡がれた低い声。その声と迫る気配、霊圧に肩越しに視線を向ける。

 思考は一瞬。室内であることと自分のすぐ傍に人が居ることを考慮して、最善の手段を導き出す。

 

 こちらに向けて放たれた縛道を振り向きざまに片手で掴み、巻きついてくる動作に合わせるように絡め取る(・・・・)。縛道の霊圧を真似て(・・・)流し込む自分の霊圧と同調させ――

 

 

「――“鬼相転外(きそうてんがい)”」

 

 

 ――腕を一振りすれば、パンッと弾けて鎖が砕け消滅した。

 

 

「……何のつもりですか?」

 

 固まった空気の中問いかければ、止まっていた時間が戻ったかのように皆はっとして動き出す。

 

「おい志波!」

「志波貴様! 朔良殿に何を!?」

 

 朔良に向けて鎖条鎖縛を放った人物―― 一心に、浮竹が咎めるように名を呼び、砕蜂が勢いよく噛みつく。

 卯ノ花と京楽は冷静だが疑問の表情を浮かべている。が――

 

「……いきなりすぎやしないかい? 志波隊長」

「きちんとした理由をお聞かせ願えますか?」

 

 ――そこには、僅かに興味の色もあった。

 

 場のほぼ全員から「説明しろ」という視線を浴びて、彼はにやりと笑いしたり顔で口を開く。

 

 ……ちなみにやちるはきょとんと朔良を見上げているだけで状況についてきていない。

 

「いい反応だな朔良ちゃん。詠唱破棄とはいえ俺の六十番代の縛道を、不意打ちにも拘わらずあっさり防いじまいやがった」

「!」

 

 しまった、と内心で呟く。部屋を壊さないよう、やちるを巻き込まないようにと選択した“最善”は、朔良にとっては少々厄介な結果を生むことになったらしい。

 

「“鬼相転外”。身体を拘束する縛道の霊圧に、自分の霊圧を同調させて流し込み内側から破壊する。反鬼相殺をヒントにして、上級の縛道に対抗する為君が独自に編み出した技だったな。こいつは霊圧を敏感に感じ取り、更に霊圧を限りなく正確に合わせることができねえと発動不可能なものだ。高度な霊圧感知能力と“真似る”能力(ちから)の両方を併せ持つ君だからこそ……いや君にしかできねえ芸当だ」

 

 眉をしかめた。ほぼ(・・)合っている。と言うかこの技については“縛道を破壊する”以外は詳しく説明したことはない。……白哉と海燕を除いて。

 

(白哉がバラすわけないし……)

 

 ……海燕には後で何か甘いものでも奢ってもらうとしよう。

 

「それにだ、さっきも言ったが見事な反応だったぜ。周りに被害を出さねえように一番いい方法で防いだ。大した反射神経と状況判断力だ」

 

 一心の言葉に四人の隊長格の表情も変わる。

 彼の意図が、判ったのだろう。

 

「それだけの能力があって、副隊長になるべきじゃねえって言うのか?」

 

 彼の行動はこれを言う為のものだったのだ。

 

「それに、副隊長に留まらねえと思うぜ。君は卍解さえ覚えりゃ――」

一心さん(・・・・)

 

 言葉を挟んだ。

 “隊長”ではなく、親しい方の呼び方で。

 

「ありがとうございます。お気持ちは嬉しいです。でも、それはそれ、これはこれです」

 

 それ以上は聞きたくない――聞けなかったから。

 

「……どういう意味だ?」

「能力が在ろうが無かろうが、そんなことは関係ありません。問題は相応しいかどうかです」

 

 くるりと背を向け、やちるの肩を押す。

 

「“能力が在る”ことと“器である”ことは違います」

 

 

 ――そう、違うのだ。どんなに実力があったとしても、それに足り得る“器”がなければ意味が無い。

 自分には、それが無い。

 

 そしてもう一つ。隊長格に入れば、否が応でも他隊の隊長格に接する機会が多くなる。そうなれば隊長、副隊長に昇進したあの三人――藍染等に接する機会が増えるということだ。

 藍染は平子に「何も知らないでいてくれたから気付かれずに済んだ」と言っていたが、朔良は僅かではあるものの鏡花水月の能力を“違和感”として感じ取れる。それも確実なものではないしこちらが見張ることも難しいけれど、向こうから“監視される”よりは余程いいと思う。

 ――藍染と“あの夜”の後に初めて接触した時、「無力だから手出しはしない」というようなことを言われた。それは逆に「力が在れば処分する」と言っているとも取れる言葉だ。だとすると、隊長格に入るのは危険だ。今の尸魂界で“あの夜”の真実を知るのは、藍染等を除いて朔良一人。決して居なくなる訳にはいかないのだ。

 

 “あの夜”の真実が晒されるまで。仲間を見殺しにした罪を償うその時までは、頑なに拒む。……誰にも、本当の理由を明かすことはできないけれど。

 

 

「……失礼します」

「白哉か?」

 

 ――聞こえた名前に理解が追いつかなかった。

 何故、ここで白哉が出てくる?

 

「……白哉?」

「あいつ、もうすぐ隊首試験だろ。隊長に就任すりゃ副隊長も必要になる。その時に――」

 

 

 ――無意識、いや反射だったと思う。

 

 感情に任せて、霊圧を跳ね上がらせたのは。

 

 

「……そんなくだらないことを、私が考えるとでも?」

 

 声は静か、しかしそこに含むのは明確な怒り。

 

 

 ――挑発のつもりだったのかもしれない。だが、ここまで怒るとは思いもしなかったのだろうということが窺える。上げた霊圧にあてられることはなくとも突然の怒気に驚いたのか、一心のみならず皆が皆固まっている。

 

 

 僅かに向けていた視線を戻して部屋を出れば、もう引き留める声はなかった。

 

 

 

 

 

 

 




今回、シリアス中心で纏めてみました^^

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