「やあ! 朔良ちゃん居るか?」
「ちょっと顔見に来たよぉー」
四番隊上位席官の執務室。昼休みになり他の皆は出払っているのか、都合のいいことに彼女一人だけだ。どうやらまだ書類を片付けていたらしい。
今貴族間で流れている噂。その正体は朔良に違いないと思い、こうして京楽と二人連れだって出向いた――のだけれど。
「……十兄様、春兄様。何か御用でしょうか」
……何か、予想した反応と違う。もっとこう、笑顔の反応を期待していたのだが。
「どうしたんだい朔良ちゃ~ん? そんなカオしちゃってさあ」
……全くの無表情とはどういうことなのか。とても大きな祝い事を控えている身だろうに。
「……『そんなカオ』、とは」
「相変わらず完璧な真似っぷりだねえ。不機嫌そうなカオしちゃって、どうしたのって話」
「……別に、不機嫌な訳では」
「じゃあ悩み事かなあ?」
「…………」
「君って意外と嘘のつけない子だよねえ」
京楽の言う通り、朔良は昔から嘘が苦手だった。隠したりするのは得意なようなのだけれど、天然で素直な性格がそうさせているのかもしれない。もっとも、最近は頑固な一面も見せるようになったが。
「どうしたんだい? ホラ、お兄様達に相談してごらん」
「……兄様達には関係ないです」
「わあ悲しい! 浮竹ぇ、お前も何か言ってあげなよ」
「え? あ、いや……朔良ちゃん、何かあったのなら話してくれ。抱え込んでいたって良いことはないぞ」
「だから関係ありません。お二人とも仕事の邪魔です」
「今お昼休みだよ~?」
「……やらなきゃいけない仕事が残っていますので、お引き取りを」
「休憩時間くらい休まないと、身体が持たないぞ?」
「貴方に身体のことを心配されるとは四番隊席官の名が泣きますね。そもそも隊長とはいえ他隊の貴方がたに指示を受ける筋合いはありませんので」
「強烈だね~相変わらず」
朔良お得意“正論の刃”もなんのその、京楽はいつもと変わらぬおどけた口調で話す。しかし彼女もまた一向に引く気配はない。
……と言うか、何故彼女はこんなにも頑なになっているのだろうか。仮にも――
「せっかく浮竹とお祝いに来たのに。お嫁さんがそんな仏頂面してたら、白哉くんに愛想尽かされちゃうぞ~?」
――そう。貴族間で流れている噂というのは、数週間前に朽木家二十八代当主に就任した白哉の結婚について。しかも相手は貴族ではなく流魂街出身だという。白哉と親しくて流魂街出身の年頃の女性など、朔良以外に居ないのだ。
だからこそ――
「……は? 嫁? 白哉? ……何のことですか?」
――この返答は、予想していなかった。
「……え? 何のことって……またとぼけちゃって~」
「いや、ほら……結婚するんだろう? いつの間に付き合ってたのかさっぱり判らなかったがな」
「ホントだよねえ。ボクとしては悔しいけど、やっとって気もするんだよね~」
「ああそれは同感だな!」
「…………」
「で、式はいつ? ちゃんとボクらも呼んでおくれよ」
「……それは私ではなく白哉に言ってください」
……背中を向けられたままさっきより冷え冷えした声が発せられて、二人揃って疑問符を浮かべた。
「つれないこと言っちゃって。君からお願いしてよ」
「 私 に は 関 係 あ り ま せ ん の で 」
――強い声に、一瞬たじろぐ。しかし言葉の意味は判らない。……と思っていたら隣の京楽が冗談交じりの表情を一変させ、真剣な目つきになった。
「……朔良ちゃん、一つ訊くけど」
「はい、春兄様」
「白哉くんのお嫁さんってまさか……君じゃないのかい?」
「はい」
「「…………」」
五拍。
「「ええぇぇえっ!?」」
「……お二人とも五月蠅いです」
耳を塞いで冷静なつっこみをする彼女だが、こちらはそれどころではない。
「え、ちょ……何の冗談!?」
「冗談じゃないですよ」
「結婚相手が君じゃないって……どういうことだ!?」
「どういうことも何も、私じゃないんですって」
「彼に君以外の女性の影があるなんて、聞いたことないよ!?」
「そうですね、私もあいつから聞いた時は驚きました」
「だが君と同じ流魂街出身なんだろう!?」
「白哉が好きになった相手ですから」
その言葉に怒涛の如く競り上がってきていた疑問を呑み込む。
……机に向かって、こちらに背中を向けたままの朔良の表情は窺いしれない。
「そもそも、お二人は白哉の相手が
「あ、いや……」
「その……流魂街出身ということだけなんだが……」
「それだけでよく確かめもせずお祝いなんて言えたものですね」
……返す言葉が無い。
「……ん? ちょっと待ってよ朔良ちゃん……。今“あいつから聞いた”って言ったよね?」
「はい」
「それってつまり……白哉くん本人から聞いた……ってこと?」
「はい」
彼女の淡々とした声は『それが何か?』とでも言っているよう。……なの、だが。
「「はあぁ!?」」
「だから五月蠅いです。次叫んだら追い出しますよ」
「あ、悪い……ってそうじゃない! 直接か!?」
「はい」
「何で止めなかったんだ!」
「何をです?」
「彼の結婚だ!」
「どうして私が止めるんですか」
またもや返答に窮す。朔良は貴族の家で育ちはしたが貴族ではない。貴族の掟に縛られる理由はないのだ。
しかし『どうして』と言うなら理由はある。果たして、この場で本人に告げていいものか――
「どうしてって朔良ちゃん、君白哉くんのこと好きなんでしょ?」
「っ! 京楽!?」
考えあぐねている間に友人の方が言ってしまった。
そして――間髪入れずに朔良が振り返る。
「……な」
「やっとこっち向いてくれたね」
「何の、ことですか?」
「やっぱり嘘下手だよねえ。君が彼に恋してることくらい、ずーっと昔からお見通しだよ」
「!?」
「ついでに言うとみんな知ってるよ?」
「おい、京楽……」
「み……みんな……?」
「そう。ボクと浮竹は勿論、山じいと卯ノ花隊長と朽木隊長と……海燕くんと都ちゃん、乱菊ちゃんに……あ、志波隊長も知ってたかな。多分蒼純くんも気づいてただろうね。あとは……」
「京楽……それくらいにしておけ……」
真っ赤になって固まっている朔良を見かねて止めに入る。
夜一や喜助らの名を出さなかったのは気遣いだろう。あの一件で消えた彼等の一部は知っていたに違いないが。
「……長い付き合いの方ほぼ全員じゃないですか……!」
「あー……大丈夫だ、砕蜂は多分気付いてない」
「どこが大丈夫なんですかっ!」
どこがって、朔良に対して一番過保護なのは彼女だから。ちなみに一番溺愛しているのは今隣に居る親友だ。
「烈さんと都さんと乱菊はともかく、甲斐性なしの海燕さんと一心さんまで……」
「甲斐性なしって……と言うか、その三人はともかくなのか?」
「女性は鋭いですから……。特に都さんは海燕さんの奥方じゃないですか。恋愛経験されている方って結構そういうの詳しいんじゃないかと……」
……なんか、意外と冷静だ。
「でも何でみんな……」
「見てれば判るよ。ねえ浮竹」
「!?」
「え? あ、ああ……そうだな……」
白哉と一緒に居る時。彼女の笑顔は明らかに違っていた。
「そんなぁ……」
「さて、これで理由はできたね?」
「京楽……お前……」
京楽は誰より彼女を溺愛している――だからこそ、なのかもしれない。
「“何故”彼を止めなかったんだい?」
寂しい気持ちはあれど、好きな者と一緒になって欲しいという想いが強いのは。
「……私が……その……あいつのことを……す、き、っていうのは……私だけの……気持ちなので……」
「「…………」」
「そもそも私とあいつはただの同期で幼馴染みで……そりゃ仲は良い方だと思いますけど……特別なものって言ったら好敵手だけしかないです……。私が口を挟む権利なんてありません……」
「「…………」」
「今の関係が……なくなっちゃうのも怖いんです……。だから……私はこのままでいい……」
「……朔良ちゃん……」
「……それだけかい?」
「「え?」」
重なったのは、浮竹と朔良の声。
「春兄様……?」
「ボクが思うに、理由はそれだけじゃない気がするんだよねえ」
「!」
「京楽?」
「隠すのは上手な君だけど、今回ばかりは見逃さないよ」
普段飄々としているくせに、いざという時こういう顔ができるのは流石だと思う。親友ながら感心する。
「……私、は――」
――警鐘が鳴った。
「「「!」」」
≪緊急警報! 緊急警報! 南流魂街二番地区にて、大虚出現! 大虚出現!≫
「流魂街に大虚だと……!?」
思わず呻いた。突然の報せに朔良も席を立ち真剣に聞き入っている。
その、彼女の顔色が、次の瞬間変わった。
≪現地死神、六番隊副隊長朽木白哉より状況報告と救援要請!≫
「「!」」
「白、哉……!?」
≪大虚の数、
「なんだと!?」
「アジューカス!?」
「ギリアンまでそんなに居るとはねえ……」
≪八番隊並びに四番隊に出動要請! 流魂街住人に被害が出ているとのこと! 至急現地へ出動せよ!≫
「ってボクの隊? 何でまた……」
「文句を言ってる場合じゃないだろう!」
「そだね。その通り……」
ガラッ、と前触れなく戸が開いた。
「朔良さん」
「烈さ……卯ノ花隊長!」
「行けますね?」
「はい!」
「え、行くって……卯ノ花隊長、彼女がですか?」
「浮竹隊長、今は一刻を争います。四番隊において朔良さんより瞬歩が速くできる者は居ません」
「そういうことです。では京楽隊長、先に行ってます」
――シュン、と。傍らにあった斬魄刀を掴み姿を消した。
「いやあ見事な瞬歩だね。移動距離はそこそこみたいだけど、速さだけなら隊長クラスかな?」
「そうかもしれないな……って京楽!」
「判ってるよ。流石にこれはボクが動かないとねえ」
袂から取り出した地獄蝶に指令を吹き込み放した京楽に訊ねる。
「待機? いいのか?」
「うん、今回はボク一人で出ようと思う。相手が相手だし副隊長はまだ決まってないし、それに――」
意味ありげな表情に、察した。可愛い
「というワケで、行ってくるね~」
「ああ。あの子を頼むぞ」
派手な柄の着物を翻し、親友の姿もまた掻き消える。卯ノ花も部下に指示を出すと言って退出していった。
……ふと。
「……あれ? そう言えば白哉くん、どうして流魂街に――」
――その意味を考えるや否や、
お久しぶりです、白雪桜です。
パソコンに向かう余裕すらないとはいかがなものか……(汗)
今回は一つにまとめる予定だった話を、長くなりすぎたので悩んだ挙句二つに分けることにしました。
でも次が……先は見えているのに文章がまとまらない……。
頑張ります……!