偽から出た真   作:白雪桜

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第三十七話 抜け駆け?

「……貴様ら……何か申し開きはあるか」

 

 絶対零度の殺気を込めた眼光を以って睨みつける砕蜂を前にして、浮竹は当事者でないにも拘らず冷や汗が出そうだった。

 

「いやあ~申し開きと言ってもねえ……」

「……特には」

 

 その殺気を一直線に受けている筈の二人――京楽は飄々と、白哉は淡々と、いつもと変わらない態度で返す。言い訳しないことは結構なのだが、今の砕蜂にはまさしく火に油。

 

「貴様ら二人がついていながら何だこの有様は!? 敵も状況も判らない所へ朔良殿を一人で行かせるなど、一体何を考えているのだ!」

 

 ――京楽から、朔良が負傷し四番隊に運び込まれたと連絡を受け、駆け付けたのがつい先ほど。同様に何処からか情報を得たのだろう、砕蜂も来たのは流石朔良限定の過保護No.1だと思う。

 とはいえここは朔良の病室前、あまり騒ぐのはいただけない。治療にあたった卯ノ花からも話を聞きたい。以上二点の理由から、浮竹は仲裁に入ることにした。

 

「ま、まあ落ち着け砕蜂。京楽だって報告に動いてて決して遊んでいた訳じゃないし、白哉は非番でたまたまその場に居ただけだったんだろう? それに、今は朔良ちゃんの状態の方が気になるじゃないか」

「…………ちっ」

 

 渋々ながらも引き下がってくれたことに息を吐き、静観していた四番隊隊長へ目を向ける。

 

「卯ノ花隊長、あの子の容態はどうなのですか?」

「命に別状はありません。倒れた原因は消耗でしょう」

「消耗だと? どういうことだ卯ノ花」

「精神疲労と霊圧の使い過ぎです。しばらく休めば意識は戻りますが……気になる点が一つ」

「気になるって?」

「刀傷、という点です」

 

 傷自体はそう大したものではありませんが、と付け足すも、浮竹も含めて全員の顔は険しくなった。

 刀傷――虚との戦いであるなら、決して負う筈のない傷。状況から見て有り得ないが、流魂街の無法者が居て相手をしたとしても、彼女ほどの実力者ならば受ける訳がない。とくれば、必然的に傷を負わせたのは死神ということになる。それも生半可な強さではなく――

 

「隊長!」

 

 と、そこまで考えた所で病室の扉が開いた。出てきたのは朔良に付かせていた四番隊の隊士だ。

 

「どうしました?」

「雲居七席が目を覚まされました!」

 

 途端、顔を見合わせる面々。隊士に元の仕事に戻るよう告げた卯ノ花を先頭に、皆で病室へと足を踏み入れる。

 件の人物は上半身を起こし、何処を見るでもなくぼんやりとしていた。

 

「お加減はいかがですか?」

「……隊長」

 

 声を掛けられ、ようやくこちらに気付いたらしい。ぼんやり顔に気力が戻り、ぺこりと頭を下げてきた。

 

「だいぶいいです。ご迷惑をおかけしました」

「迷惑ではありませんが、心配はしましたね。傷が治るまでは安静に、ですよ」

「はい。皆さんにも、ご心配を」

「ホントだよ~。君はいつもボクらに心配かけさせるよねえ」

「ご無事であるならそれで構いませんが、もう少しこちらの気持ちもお考え願いたいものです」

「まあ、大したことなくて良かったじゃないか」

「……大事なかったことは何よりだが朔良、幾つか訊きたいことがある」

「そうだろうね。予想はつくけど何だ?」

「まず……」

「刀傷についてお聞かせ下さい」

 

 ……砕蜂に割り込まれて白哉の眉間の皺が若干増えたように見えるのは気のせいではないだろう。きっと。

 

「あ~右腕のコレですね。どう説明したものやら……」

「ってことは、君は相手を見てないんだね?」

「フードの付いた真っ黒な外套で頭のてっぺんから足首まで全身覆ってました。顔も隠されていて見えませんでしたし、声も聞いてません」

「霊圧は? 霊圧で断定できないのですか? 朔良殿の探知能力は死神の中でも群を抜いているではありませんか」

「どうやって隠していたのか、まるで感じませんでした。……ただ」

 

 ふっ、と。彼女の表情が真剣さを帯びる。ほんの些細な変化だが、長い付き合いのこの面々には見て取れただろう。

 

「刀の振り方扱い方を見る限り右利きか両利き。外套の隙間から垣間見えた手の大きさから考えると、間違いなく男性と思われます。急な襲撃だったので正確な所は判りませんが背は高く、少なくとも私より頭一つ分以上はありました。戦ったのは数分に満たない少しの時間でしたし、相手の力量について判ったのは力が強く、剣術の腕は私以上ということくらいですね。使われていた刀は浅打で、しかも刃こぼれしていないもの……と、こんな所でしょうか」

「……いやあ、相変わらずだねえ」

 

 京楽がぽつりと感心の呟きを零す。彼の話ではアジューカスとも対峙しており、小さな子供を庇いながらの戦闘だったらしいとか。そんな状況の中でよく相手の詳しい特徴や(やいば)の刃こぼれなどを覚えていたと、改めて舌を巻く。……というか、急な襲撃の数分間の戦いでここまで落ち着いた分析ができるのは見事だと思う。

 が、目下の問題は“そこ”ではない。もっと正確に言うなら“それだけ”ではない。

 

「……下手人については隠密機動の方から調べておこう。手掛かりは少ないが、何とかやってみる」

「お願いしますね砕蜂隊長。何しろ襲われたのは私の部下、朔良さんですから」

「当然だ。朔良殿に怪我を負わせた不届きな裏切り者は私がこの手で粛清してくれる」

「……何か私情入ってますけど」

 

 怪我した当人の冷静なつっこみも、今の砕蜂には届かないらしい。煽る卯ノ花も卯ノ花……いや、これを考えるのは止そう。主に有無を言わさぬ恐怖を感じるが故に。うん、それが正解。

 と、そこまで考えた所で京楽が話題を変えた。

 

「ところでさ、あの時朔良ちゃんの『千本桜』がちょっとだけ見えたんだけど。あれボクの見間違いじゃなかったら、花弁の刃の数が始解の時よりも遥かに大きな規模だったと思うんだよねえ」

「……私も、朔良の霊圧が爆発的に上昇したことは感じ取っていた。お前が倒れたことと関係があるのか?」

「あー……それは……」

 

 京楽と白哉の発言に、視線を逸らし言い淀む朔良。話しにくい、というよりはどう説明するべきか悩んでいるような。

 やがて言葉が纏まったのか、少し離れた台の上にある斬魄刀へ目を向けた。

 

「皆さんもご存じのことですが、私の斬魄刀『珠水』の能力は『物真似』です。目の前に居る相手、或いは霊圧を正確に覚えている人物の斬魄刀を模倣することができる」

「ええ、勿論知っています。しかし、それが今回貴女が倒れたこととどういった繋がりが……」

「ああ成る程。そういうことかあ」

 

 語尾を遮るように被せられた砕蜂がぎろりと睨むが、京楽はどこ吹く風だ。……頼むからこれ以上彼女の怒りを煽る行為はやめてほしい。

 

「そ、それで京楽。どういうことか判ったのか?」

「ん、まあ何となくは。要するにアレでしょ、朔良ちゃんの珠水が真似できるのは始解だけじゃないってことでしょ」

「「は?」」

 

 浮竹と砕蜂の声が重なる。続けて誰かが質問するかと思いきや、朔良がにこりと笑って“答え”らしきことを口にした。

 

「うーん流石は春兄様。察しのよろしいことで」

「……朔良さん、もしや」

「はい。珠水は始解だけでなく、卍解も真似できるんです。今回真似したのは白哉の卍解『千本桜景厳』ですね」

 

 ……色々と制限が付いて万能ではないにしろ、大した能力の斬魄刀だとは判っていた。判ってはいたが、どうやら理解も想像も足りなかったらしい。

 

「……待て。ではお前は卍解を習得しているのか?」

「そういうわけじゃないんだ。珠水そのものは始解のまま、他人の真似は卍解も可能ってことで。まあその分反動も大きくなるけどね」

「っ反動とは何ですか!?」

「そんな喰いつかなくても答えますよ砕蜂さん……。ほら、元々卍解は始解の時の五倍から十倍力が上がるって言われているでしょう? その力が上がった状態を、始解のままで真似するってこと自体にちょっと無理があるんです。その“ちょっと”の差を埋めるのが、私の精神力と霊圧なんですよ」

「もう少し具体的に……!」

「始解の真似より五倍から十倍疲れやすくて霊圧の消耗も激しい、ということです」

「“ちょっと”ではないでしょう!?」

 

 合点がいった。つまり彼女はそれを使ったが為に疲弊し、見事に失神してしまったという訳だ。

 

「貴女が倒れた原因は、そういうことだったのですね」

「はい、すみません隊長」

「いえ。ですが思っていたよりもずっと難しい能力だったようですね」

「そうだな、私も少々驚いた」

「って白哉君、君知らなかったのかい?」

「……修行の際には一度も使って来なかった故……」

「そう頻繁には使えないさ。大体卍解の真似ができるようになったの割と最近だし、結局の所しっかり記憶と観察してないと駄目だしね」

「何時覚えたのだ?」

「お前の、卍解使った修行に付き合ったの誰だと思ってるんだよ」

「…………」

 

 つまり『千本桜景厳』を覚えるにあたって、朔良は最も効率的な立場に居たことになる。まさしく一石二鳥だ。

 

「さて、そろそろ私達は出ましょうか。皆様も仕事がおありでしょうし、朔良さんも身体を休めなければ」

「そうだな。それでは朔良殿、また見舞いに参ります」

「ありがとうございます砕蜂さん」

「邪魔をした」

「またね白哉」

「ボクらも行こうか浮竹」

「いや、俺はこの子ともう少し話がある」

「あれ? そうなの? じゃボクも……」

「春兄様はいい加減、大虚事件の再報告をしないといけませんよね」

「……何でしてないの知ってるの」

「あ、やっぱりそうなんですか」

「…………」

 

 思慮深い京楽にカマを掛けて成功させられる人物は、実はそう多くない。もちろんこの娘もその一人だったりする。

 

「浮竹隊長、あまり長居はしないようお願いします」

「判っています」

 

 とぼとぼと去ってていく京楽に続き卯ノ花も退室し、部屋には浮竹と朔良の二人だけが残った。

 

「十兄様、お話って何ですか?」

「ああ、それなんだが……朔良ちゃん」

 

 先程の襲撃者の見解といい、他人の卍解についてといい。

 ずば抜けて優秀だとよく知っているにも拘らずいつも驚かされる、彼女の観察力と記憶力。その実力もさることながら、やはり――

 

 

「うちの隊に来ないか?」

 

 

 ――今のままは、惜しい。

 

 

「…………は?」

「もう治癒鬼道や医療知識はしっかり身についただろう? なら、そろそろ四番隊から出てもいい筈だ」

「……や、いやいやいやいやちょっと待って下さい。何言ってるんですか十兄様、貴方ともあろう人が春兄様じゃあるまいし。大体私は……」

「君が席次を気にしているのは判ってるさ。深い理由は知らないけどな」

「…………」

「だから俺が用意したのは、今より一つ上の六席だ。これならどうだ?」

「…………」

 

 嫌なことはいやとはっきり言う性質の彼女が黙っている。これは脈あり、まんざらでもないと思っていると考えていい。あとひと押しだろうか。

 

「それに上級医療班班長の朔良ちゃんが来てくれるとなれば、病弱な俺としても心強い。調子が悪くなっても対処しやすいし、卯ノ花隊長も賛同してくれるんじゃないか?」

「……一理ありますね……って、まだ烈さんには話してないんですか?」

「まずは君本人を誘いたかったからな。卯ノ花隊長に相談するのは、君が納得してからでも遅くない」

「…………」

「どうだろうか?」

「…………………………………………………………………………考えてみます」

「……頼む」

 

 長かった。

 

「じゃあ、俺もこれで失礼するよ。ゆっくり休みなさい」

「はい、ありがとうございました。春兄様にもよろしくお伝えください」

「? ああ」

 

 さっき会ったばかりだろうとも思ったが、取り敢えず返事をしておく。

 と、部屋を出てすぐ理由が判った。

 

「……京楽。お前まだここに居たのか」

「だって話が気になるじゃないか」

 

 扉の隣の壁に背を預けていたのは仕事に戻った筈の当人で。霊圧がほとんど抑えられており、浮竹は気付かなかったのだが朔良には感じ取れるレベルだったらしい。まったくもって優秀に過ぎる霊圧感知能力だ。

 

「浮竹、抜け駆けは狡いよ」

「人聞きの悪いことを言うなよ。元々先にあの子を勧誘したのはお前の方だろう」

「そりゃそうだけどさぁ……」

 

 肩を並べて歩きつつ文句を言ってくる友人は、本当に妹弟子(いもうと)を溺愛しているのが判る。勿論自分も可愛がっているのだけれど、京楽には敵わない。

 

「大体さっきの、手応えありそうだったじゃないか。ボクの時は即断だったのに……」

「お前は下心丸出しで誘うからだ……。まあ、あの子はどういう訳か副隊長には相応しくないと思ってるみたいだからな。それならそれで尊重してあげようと思ったんだが」

「でも六席だって足りないくらいだと思うよ? 副隊長の白哉君と互角近くにやり合えるだけの実力を持ったあの子が、副隊長の座に就きたくないなんてねえ。他の誰かを蹴落としたくないって言うなら判るけど、ちゃんと空いてる席があるにも拘わらず」

「頭の回転は速いし事務仕事も優秀。周囲からの信頼も厚い。霊圧探知の精密度に至っては隊長格も凌ぐしな」

「卍解さえ覚えちゃえば白哉君や五番隊の市丸君みたいに、どっかの隊の隊長候補になれると思うんだけど」

「それはまだ気が早……いや、そうでもないか」

 

 実際、彼女にはそれだけの資質がある。人を引き付ける不思議な魅力がある。それが何故ああも己を過小評価するのか理解し難い。

 

「朔良ちゃん、昔はあんなに負けず嫌いな子だったのになあ」

「だよねえ。って、もしかして今も負けず嫌い変わってなくて、密かに卍解覚えちゃってたりしてね」

「ははは、まさか。いくら何でもそれはないだろう」

「冗談だよ、当たり前じゃないか。あ、負けず嫌いと言えばさ……」

 

 何やら話が脱線していっているのだが……と言うかそれ以前に仕事はいいのか?

 

 結局、朔良が推す八番隊副官候補が呼びに来るまで話は続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日――

 

 

「いやあ嬉しい! 本当に嬉しい! 京楽に自慢できるよ!」

「言い過ぎですよ十兄様……いえ浮竹隊長」

「気にするなよ、君そういうところは堅苦しいんだからなあ」

「今更っすけどね」

「よく判ってるじゃないですか海燕さん」

「何で上から目線なんだよ!? っつーか浮竹隊長は“隊長”って呼ぶくせに俺のことはいつも通りなのか!?」

「まあまあ、そう怒るな海え……ゴホッ!」

「え? ちょ、隊長!? 意識落……血ぃ!? 朔良診ろ!」

「はあ!? こんな時まで発作!? しかも来て早々一番最初の仕事これって幸先悪くないですか!?」

「いいから診やがれ!」

「『まあまあ、そう怒るな』」

「状況判ってんのかコラ!? って……」

「ちゃんと診てますよ」

「お、おう……」

 

 

 

 

 四番隊第七席、雲居朔良。

 十三番隊第六席に昇進。

 

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

 

 

 一本の桜の樹がある小島を中心に、鏡の如き湖の如き光景が一面に広がる場所。

 そこに、“彼女達”は居た。

 

『よろしかったのですか?』

「何が?」

『とぼけないでください。私に隠し事なんてできませんよ』

 

 風が吹き、枝が揺れる。

 

「隠すつもりなんてないよ」

『…………』

「ま、六席なら構わないだろうさ。三席だとちょっとまずいけど……これくらいは」

『……私が言っているのはそのことだけではないのですが』

 

 桜の花弁が舞い散り、水面には波紋が広がる。

 

「そっちは仕方ない。行動しなかった私が悪い。大体諦めてたことなんだから」

『朔良……』

「私が一番祝ってやらなきゃ。背中押したの私だし、彼女素敵な()だったし。あ、友達になれるかな」

 

 ゆらゆらと不安定な、精神(こころ)の世界。

 

『……私は貴女の味方ですから』

「……ありがとう珠水」

 

 

 

 

 

 

 

 

 “白哉。

  結婚おめでとう“

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 大・変・長らくお待たせいたしました……! 謝罪します、申し訳ございません!
 実に半年ぶりの更新、白雪桜でございます。

 言い訳という名のご報告を。
 昨年の更新が遅れ始めた頃からスランプが始まり、途中まで書いたものの何度か書き直し、仕事が多忙化して執筆ペースが落ち。またPCトラブルによりこちらを開くのもままならなくなりました……。
 しかし最近になってようやく余裕が出てきて久しぶりにサイトを覗いてみたところ、様々な方からのコメントをいただいており驚きました。こんな私の小説を楽しみにしていてくださる方が居るというのは、作者冥利に尽きます……! 見放さずに応援してくださってありがとうございます! 感激です!

 情けないことに、実はまだスランプから立ち直れてはいないのですが、それでも少しづつ執筆していきます。どうか気長にお付き合いしてやってくださいませ。

 数々の声援、また厳しいお言葉、本当にありがとうございました!




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