偽から出た真   作:白雪桜

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第四十七話 届かなかった糸口

「えーと……総隊長?」

 

 書類整理の仕事中突然呼び出された朔良。

 今や直属の上司である山本元柳斎重國総隊長から告げられた、これまた突飛過ぎる任務の内容にこめかみを押さえた。

 

「私の聞き間違いでなければ……指令もなく勝手に現世へ飛び出して怪我した十番隊隊長志波一心殿を救助に行くついでに説教して来いと聞こえたのですが」

「そう言ったつもりじゃが」

 

 あっさり。

 あまりにもさらっと肯定された。

 頭が痛い。

 

「……人が悪いですね、重爺様」

「お主が言う台詞ではないのう」

 

 確かにそうだ。もっとも朔良の場合は“人が悪い”ではなく“えげつない”と言われることの方が多いのだけれど。

 ……一般的に考えるとそれもどうなのかとも思うのだがそこはさておき。

 

「元隠密機動であり、元上級救護班であり、現在最も動き易い人物はお主じゃ。行ってくれるな?」

 

 要は瞬歩が速く、治癒鬼道が使えて、総隊長直属の部下で副官でもない上位席官だから、という理由なのだ。

 

「……承知しました」

 

 ……これまでの経験が、何やら良いように使われている気がした。

 悪い方向にでは、無いのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『十番隊志波隊長が無断で現世へ出撃し、先程本人から四番隊の派遣要請があった。朔良、お主に行ってもらいたい。お主の方からもよくよく話しておくとよいじゃろう』」

「…………」

「ですって。いきなり呼び出されたかと思ったらコレですよ。いえね、現世に行くのも救助に行くのも別に文句なんてないんですよ?」

「…………」

「でもあれですよ、私もう四番隊じゃない訳でして。説教係に任命されるのもなんか違うと思うんですよ。まあ口は回る方かと思いますけど」

「…………」

「瞬歩もかなりの速度を出せる分、いろいろ雑務も任されること多いですし。器用って損ですよね」

「…………」

「どう思います? ねえ、ど う 思 い ま す ?」

「…………判った朔良ちゃん。悪かった、俺が悪かったから」

 

 説教とは少し違うが、効果はてきめんらしい。げんなりした様子に少しだけ溜飲を下げる。

 

 ボロボロの状態で倒れている一心を見つけた朔良。彼を近くの塀に背中から寄り掛かる形で座らせ、回道で治癒しながら嫌味……もとい、愚痴を零していた。が、大分効いたようなのでそろそろいいかと真面目な話に移ることにする。

 

「けど、随分派手にやられましたね。虚相手にしては」

「あー……まあな。なんか変な奴だったぜ」

「……ただの虚ではなかったと?」

「多分な。まあ俺にはその辺の詳しいことよく判らねえけど」

「……そうですね」

「いや、そこは否定するところだろ」

 

 これはあえてスルー。別に答えるのが面倒だったとかではない。ないったらないのだ。そう、考え事を始めたのだ。

 彼の傷口から感じる妙な霊圧。確かに虚のものではあるが、死神のそれが混ざっているように思われる。そして二つが混ざったような霊圧と言えば、心当たりがあった。

 

(“あの夜”と“雨の日”に、感じが似てる)

 

 “あの夜”の方は確か、“虚化”と言っただろうか。喜助が一言呟いただけなので詳細は何も判らないけれど、推測することはできる。“あの夜”倒れていた彼等の顔は、白い仮面のようなもので覆われていた。

 白い仮面と言えば虚、そして混同した霊圧。この二つから考えられるのは、死神に虚の力が加わったということだ。その方法など見当もつかないが。

 “雨の日”では虚が、死神の身体を乗っ取る能力を有していた。虚の方が死神の力を手に入れようとしたという見方ができる。まあこの時の相手は他の魂魄と同じように喰っていただけらしいけれど。

 

 しかしそう、この二つには共通点がある。虚と死神の霊圧が混じり合っていることだ。それは今回も同じ。そして前回までの二つには、両方とも藍染が絡んでいた。――と来れば。

 

(この事件も……あの男が関わっているの……?)

 

 可能性は、在る。が、断定するには情報が少ない。取り敢えず、後で一番隊に上がってくるであろう一心の報告書を拝見させてもらうとしよう。

 

「……はい、応急処置は終わりです。あとは四番隊に任せます」

「おお、ありがとな」

「お礼はいいです。それより重爺様にしっかり怒られてくださいね」

「……そんな冷たいこと言わないでくれって。な、ちょっとは助けてくれよ朔良ちゃん」

「お断りします」

 

 即断は当然。とばっちりを受けたのはこっちだ。

 

「うーん……よし、判った! 俺のとっておきの必殺技見せてやるから!」

「必殺技?」

「おう! 乱菊も冬獅郎も知らねえ誰にも見せたことのねえ技だ!」

「誰にも見せられないしょーもない技ですか、そうですか」

「ちょっ、今日はやたらと辛辣じゃねえ!?」

 

 今更だ。

 

「なっ、いいじゃねえか! 見ても損はねえって!」

「……判りました」

「おっ、そうこなく」

「ただし本当にしょーもない技だったら、隊長の皆さんにあることないこと吹き込みますからね」

「……おう。……身体治ってからでいいか?」

「それは勿論」

 

 ――この時の遣り取りが発端で、彼の技が朔良の大きな助けとなるのは、まだずっと先。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんてことがあったのに、何日も経たない内にまた無断で現世に行くってどうなんだ?」

「同感よ。ほんっと勝手よね志波隊長」

「そうだよ。また私にとばっちりが来たらどうするんだ」

「心配してるのそこ?」

「当たり前。流石にまた駆り出されたくはない」

「あたしも仕事押し付けられるの嫌よ。まったくあの隊長は仕事を何だと思ってるんだか」

「いやソレきみが言える台詞じゃないだろう」

「……おい雲居、松本。オメーらな、つっこむかつっこまれるかどっちかにしやがれ」

 

 長椅子に腰掛けた女同士の会話に一声入れたのは、隣の机でもくもくと書類を捌いていた銀髪の少年だった。

 

「そうは言ってもさ、冬獅郎。きみは何とも思わないのか?」

「……勝手ってとこだけは同意だ」

 

 十番隊第三席、日番谷冬獅郎。白哉やギンと同じく、一年で真央霊術院を卒業して入隊と同時に三席の座に着任した。しかし年齢は当時の二人と比べてみてもだいぶ下だ。実力もさることながら頭も切れ、正に天才児だと言われている。

 

「っつーか、お前は何しに来たんだ雲居。暇潰しとは思えないんだが」

「ああそうだったな、忘れていたよ」

「何で用件を忘れるんだよ」

「一心さんのこと聞いてイラッときた」

「……隊長も悪気はねえ、筈だ」

「そこはせめて自信持って言いなよ」

 

 他隊とはいえ四席の朔良が、三席の彼とこうやって軽口を言い合えるのも友人の乱菊が居たからこそ。そして。

 

 

 “きみ、名前は?”

 “日番谷……冬獅郎です”

 

 

 ひょんなことから霊術院生の時の彼に会う機会があったのだ。

 そんなこんなでなんだか縁があるということで、朔良は冬獅郎にあることを買って出ていた。

 

「またやるだろう? 卍解の修行。空く日はいつかと思ってね」

「そういうことか。なら明後日の午後に頼んでいいか?」

「問題ないよ」

 

 そう、卍解に向けての鍛錬である。素晴らしい才を誇る彼は成長速度も目覚ましく、そこまで時間を掛けずに習得できそうだと思う。白哉の卍解の修行に付き合った自分の見解だ、間違ってはいないだろう。

 

「あんたも物好きよねえ」

「何がだ?」

 

 少しの間黙っていた乱菊からの一言に首を傾げる。

 

「人のことばっかり。あんた自身の卍解はどうなってんのよ」

「私はいいんだ。どうせ隊長格に入るつもりなんてないんだし」

「あんたは昔っからそうだからまあいいけどね。でも何であたしじゃなくて冬獅郎の修行に付き合ってんのよ! 順番から言ったら副隊長のあたしの方でしょ!」

「その話は前にもしただろう。冬獅郎の方が早く習得できると踏んだからだ」

「納得いかないのよー!」

 

 彼女が納得しようがしまいが知ったことではない。霊圧を間近で感じて、彼ならその段階に到達できると直感したから修行の話を持ちかけたのだ。

 

「まあ提案された時は驚いたけどな」

「一心さんは乗り気だったけどね。『おおこれで俺の後任も決まるな!』って」

「相変わらず大した真似っぷりだな」

「ありがとう。それはそうと、本当に一心さんは……」

 

 一体何をしに行ったのか――そう言いかけた時だった。

 

 一匹の地獄蝶が、部屋の中へ舞い込んできたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たん、と空中で着地する。

 見慣れない、尸魂界とは全く違う現世の街並みを眼下に収める。

 正直な所、朔良は現世任務にそれほど多く就いたことはなかった。上位席官になってからは特に、ひょっとすると数えられる程度かもしれない。……過保護な保護者組――主に砕蜂と京楽――が邪魔をするのだ。

 自分としては、もっと経験を積みたいのだけれど。

 

(と、今はそれどころじゃないな)

 

 霊圧知覚の範囲を広げてみる。

 しかしそれでも、目的の人物は見つからない。

 

「雲居!」

「冬獅郎」

 

 瞬歩で姿を現した彼にどうだったと訊いてみるも、成果なしとの答えが返ってきて肩を落とす。

 

「朔良、冬獅郎!」

 

 続いて乱菊も合流する。が、やはり手掛かりはないようだ。

 

「どーすんのよっ!」

「落ち着け、乱菊」

「そんなこと言ったって! 朔良が見つけられないんじゃ、見つかる訳ないじゃないっ!」

 

 ――志波一心の霊圧が現世にて突如確認できなくなったと、隠密機動からの報告を受けたのが数時間前。急遽捜索隊が編成され、その筆頭には乱菊と冬獅郎が就いた。偶然十番隊に顔を出していた朔良も捜索に加わることになった。霊圧知覚において並ぶ者無し、というのも理由の一つである。

 しかしそれでも、未だ彼の霊圧を特定することはできていない。

 

「今度は要所を絞って探してみよう。乱菊、先日一心さんが虚と戦った町と町の境付近を頼む。冬獅郎は反対側の町との境だ。私は空座町の中央辺りから捜す」

「判ったわ」

「いいだろう」

 

 再びそれぞれ三方向へと散らばる。

 

 

「……って、あれ? 副隊長あたし……」

 

「……ん? あいつって他隊の四席……」

 

 

 そんな呟きが聞こえた気がしたが、知らない。効率優先だ。

 

 ……と言いながらもまるで見つけられないのが現状で。

 溜め息をつき、目下に見えた公園のジャングルジムの上に一旦着地する。

 

 おかしすぎる。そもそも現世に出た死神の霊圧が確認できなくなるなど通常有り得ないのだ。それこそ死亡以外に。しかし一心は隊長格。彼ほどの実力者が死ぬような異常事態が現世で起こったなら、この町がこんなにも平穏無事としている筈がない。

 やはり藍染達絡みだろうか。

 

「……ん?」

 

 ふと、“何か”の気配を感じて辺りを見回した。霊圧ではなく気配。殺気や敵意と言ったものとは違う、妙な感覚。

 

(何だろう?)

 

 無性に気になってしまい、捜索を中断してそちらを探ることにする。もしかすると一心とも関連があるかもしれない。

 探ると言っても“何か”に霊圧は感じない。それに気配が希薄過ぎて何処から漂ってくるものかも判らない。寧ろ拡散しているような気さえする。

 こういう場合、深く考えてもあまり意味はない。そして考えても無駄なら行動あるのみ。

 

 という訳で、取り敢えず勘で“何か”を探してみることにする。

 明確な方向や位置は判らない為、瞬歩は不要。文字通り地道(・・)地面(・・)を歩いていく。

 ……のだが。

 

「……んん~?」

 

 変だ。確かに“何か”を感じるのに近付いている気がしない。遠ざかるのならまだしもその気もしない。

 これは“何か”も移動している可能性がある。しかし『何となくこっちのような』といった感じで探っているのだ、こちらが動きを早めると逆に見失ってしまうかもしれない。

 ……本当にゆっくり行くしかなさそうだ。

 

 

 探す内に“何か”がようやく“違和感”らしきものに変わり始めた頃。伝令神機が鳴った。

 

「うわっ、びっくりした……。もしもし?」

《雲居? 今何処だ?》

「今? えーと……何処だここ」

《何やってんだてめえは……とにかくこっちと合流しろ。一度帰還せよと命令が下った》

「どういうことだ?」

《今出てんのはあくまで即席の捜索隊だ。今はこれ以上探しても無駄って判断したんだろ。再編成して出直させることになったらしい》

 

 冬獅郎の声には苦々しげな響きが乗っている。それはそうだろう、行方知らずなのは彼らの隊の隊長なのだから。勿論朔良にとっても親しい知人だ、気持ちは判る。けれど、命令に従わない訳にもいかなくて。

 

「判った。すぐに合流する」

 

 電話を切り、伝令神機を懐に仕舞う。

 一体どれほどの時間が経っていたのか。どうも自分で思うより“何か”を探るのに集中していたらしい。あくまで『何となく』の気配だったのだが。

 

 しかしこれ以上は続行不能だ。まあ藍染達のような悪質な感じはしないし、“あの日”や“雨の日”のような不安感もまるでない。害のあるものではないだろう。あまり気にしなくてもいいかもしれない。

 ごく自然にそう考えて、上空へ飛び上がる。鋭敏な霊圧知覚を以って、迷わず仲間達の元へと向かった。

 

 

 ……それにしても。

 

 『何となく』懐かしい感じがしたのは、気のせいだったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、危ない所でした……! 本っ当に危なかったっス……!」

「はあーっ……。漸く一息つけたぞ……」

「私の結界も気付かれませんでしたが、かなりぎりぎりのようでしたな」

「まったく油断ならん子じゃの。昔からそうじゃったが、恐ろしく勘が鋭い」

「さっき志波隊長からちょっと聞きましたけど、何でも今は瀞霊廷一の霊圧知覚の持ち主らしいっス」

「……よく誤魔化せたの」

「しかし、何かがあるとは完全に気付かれてしまいましたな」

「それは志波隊長が行方不明になった時点で手遅れっスよ。けどここからはもっと慎重に行かないと」

「同感じゃ。儂のサポートと喜助の技術と鉄裁の鬼道でやっと隠せたのじゃ。朔良にそう何度も同じ手は通用せんぞ」

「判ってますって。またあの子が来る可能性も考えて、策を講じます。……にしても、相当の美人になってましたねえ。小さい頃から可愛い子でしたけど」

「これこれ喜助、育ての娘……妹か? に対して何鼻の下を伸ばしとるんじゃ。しばくぞ?」

「ちょっ、夜一サン! 目笑ってないっスよ!?」

 

 

 ――朔良には知る由もなかった。

 

 あと一歩で、大切な人達に『届いた』ことなど。

 

 

 

 

 


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