偽から出た真   作:白雪桜

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第四十八話 加速する物語

 ……普通はないことだと思う。

 他隊の隊長に、四席の自分が個人で呼び出されるというのは。

 

「お話とは何でしょうか? 朽木隊長」

 

 六番隊、隊長の執務室。業務時間終了ぎりぎりの現在、朔良は幼馴染み兼同期の朽木白哉と向かい合っていた。

 自隊の副隊長、雀部長次郎が白哉からの呼び出しを知らせてきたのが数十分前。仕事にきりをつけて支度を整え、出向いた次第だ。

 窓から差し込む夕日の光が、入室した所から動かず立つ自分と執務机に腰掛けたままの彼を照らし出す。

 

「……話とは、他でもない」

「はい」

「先日、我が隊の副隊長が引退した。現在はまだ空席だが、後任を決めねばと考えている」

 

 漆黒の双眸が、真っ直ぐに向けられた。

 

「私の副官になってはくれぬか、朔良」

「断る」

 

 

 五拍。

 

 

「……即答か」

「判ってたんじゃないのか?」

 

 口調を“仕事モード”から“私事モード”に切り替えて、飄々と返す。

 

 実のところ雀部から白哉が呼んでいると聞いた時点で、用件は何となく察していた。

 随分古い話には――丁度彼に隊長就任の話が出ていた頃――なるが、それらしい頼みを聞いたことがある。

 とはいえ今以上の位に就く気などないのが朔良の現状。ましてや想い人の部下などまっぴらごめんだ。たとえ彼がこちらの気持ちに気付いていなくとも。

 

「……確かに、どういう訳かお前は副隊長になるつもりがないようだからな」

「ダメ元だったってことだな」

 

 振り返ってみると結構な数の副官、上位席官就任の誘いを断ってきたものだ。

 海燕からの十三番隊七席に始まり、京楽からの八番隊五席、当時三席であった白哉からの六番隊四席。数十年後再びの京楽、更に一心と砕蜂の副隊長。それからまた時間が経って浮竹の副隊長。そして現在、隊長となっている白哉の副隊長。

 ……親しい知人たちにも奇異に思われるのは仕方ないかもしれない。

 

「まあこうなることは予測済みだったからな。ただ断るのも申し訳ない。という訳で、私から副隊長に推したい人物を見つけてきた」

「何?」

 

 思いも寄らなかったのだろう、驚いているのが見て取れる。傍目にはほとんど判らないような変化だが、朔良には当然判る。

 

「四席の私には正式な推挙権なんてないからな。あくまで個人的な推薦になってしまうが」

 

 後ろ手に背中に隠していた大きめの封筒を前に出す。中から数枚の紙を取り出しながら、彼の机へ近付く。

 

「十一番隊所属、阿散井恋次。現在六席だ」

「……聞いた覚えがあるな」

「前に話しただろう。ルキアの同期で幼馴染みだ」

「…………」

 

 朔良が広げた書類を手に取り、吟味するかのように目を通していく白哉。

 

 彼――恋次とは十一番隊を通じて知り合った。当時は朔良も十三番隊でルキアの話も少し出したので、彼女との関係を知ることができたのである。

 ……まあルキアの話を出したのは、彼女を見つけた際傍に居たのが恋次だったと覚えていた為(特徴的な真っ赤な髪の色だから)なのだが。

 

 白哉を目指して強くなろうとしていることも聞いている。だからこその推薦だった。

 

「鬼道が不得手だけど、その分剣術には目を瞠るものがあるよ。書類捌きは少し苦手らしい。でも熱心に取り組むし根は真面目だ。粗野ではあるが人格も確かで、総合的な実力は申し分ないと思う」

「…………」

 

 こちらの説明にしばらく黙っていた彼だったが、やがて――

 

「……お前がそこまで言うのであれば、考えておこう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、朽木隊長の用事は何だったのよう朔良~」

「……何で知ってるんだ」

「うちの隊長が、たまたま一番隊に顔を出していたんですよ」

「春兄様からの情報か。後で礼を言っておこう」

「叩き斬るの間違いじゃないんですか? “正論の刃”で」

 

 乱菊と七緒に誘われて居酒屋に来た朔良。一体何の話があるのかと思ったが、つい先程の出来事なのに耳の早い後輩達に呆れ半分感心半分だ。

 

「別に大した話じゃない。六番隊の副隊長にならないかと言われただけだ」

「……それ大した話じゃないって言えるの、あんたくらいよ」

「流石ですね朔良さんは。それで、どうしたんですか?」

「断ったさ。当然だろう」

 

 答えれば、溜め息が二つ返ってくる。心外だ。

 

「相変わらずですね、まったく」

「つまんないわね~。早くあたしらの所まで昇って来なさいよ」

「お断りだな」

「そこまで頑固になる理由が判らないわよ……」

「きみ達に話す意味はない」

「朔良さんってそういう所本当に変わってますよね」

「言うようになったね七緒……」

 

 後輩の成長は、素直に喜ばしいのだが。

 

「まあ困ってたらしいからな、他の隊士を推しておいた。良さそうな子がいたし」

「私や乱菊さんの時みたいにですか?」

 

 口に含んだお茶を噴きかけた。

 

「ワオ、珍しいもの見たわね」

「そうですね」

「五月蠅い! じゃなくて何でそのこと……!」

「卯ノ花隊長が教えてくれたわよ」

「…………」

 

 よりによってあの人とは。

 一番の候補でなかったと気にするかもしれないからと、黙っていたというのに。

 しかし本人達も気にしてないようで、何かもうどうでもよくなった。

 

「それにしても今日の朔良の呼び出し、やっと告白か! って思ってたのに」

「そうですね。隊長もそうおっしゃってました」

「……? 何の話だ?」

 

 告白、と言うと、白哉への想いをということだろうか。しかし呼び出したのは白哉の方なのだし、逆ではないか。

 

「……あんた気付いてないの?」

「だから何のことだ?」

「……自分のことには鈍いんですよね、朔良さんは」

 

 駄目だ、二人が何を言いたいのかさっぱり判らない。

 取り敢えずはっきり言わないのならそう重要なことでもないのだろうと思考を打ち切った所で、見知った霊圧を複数感じて出入り口へと顔を向けた。

 

「席空いてるか―……って、おう」

「やっぱりか」

「あら一角、弓親!」

 

 それだけではない。檜佐木修平と、先程推薦した阿散井恋次やその同期の吉良イヅルと雛森桃も続いて来る。

 

「どうしたんですか、みんな連れ立って」

「いや、僕と一角が阿散井を誘って飲みに行こうとしてたんですけどね。その途中でこっちの四人に会いまして」

「私達は久しぶりに霊術院時代の仲間でお食事しないかと思って、檜佐木さんや吉良君と一緒に阿散井君を誘いに行くところだったんです」

「それでまあ、どうせならってことで合流したワケっすよ。偶には十一番隊の奴らと飲むのも悪くないでしょうし」

 

 弓親、桃、修平が順に説明してくれる。話は判ったが、この状況からすると……

 

「よーし! じゃああたしたちと呑みましょ!」

 

 ……こうなると思った。

 

 皆賛同して近くの席に就く。……が、一見すると結構な面子だ。

 一番隊第四席の自分を始め、イヅル、桃、七緒、修平、乱菊はそれぞれ三、五、八、九、十番隊の副隊長。そして十一番隊の一角、弓親、恋次は三、五、六席。ここに何処かの隊長が一人でも加われば、圧倒されるメンバーだろう。

 

 ちなみに修平とは、彼が副隊長に就任した後乱菊経由で仲良くなった。階級的には修平の方が上なのだけれど、乱菊と呼び捨てで言い合える朔良を見て“先輩”扱いになったらしい。

 恋次とは十一番隊繋がりだ。一角、弓親が一目置く後輩ということで、顔を合わせてきた。イヅルと桃も、そこから知り合ったのだ。

 

「で? てめえらは何の話してたんだ? 松本と伊勢はともかく、朔良が呑み屋に来てるなんざ珍しいじゃねえか」

「余計なお世話だ。あんまり何にでも首突っ込んでると痛い目見るぞ」

「ああ? んだとてめえ!」

「よしなよ、一角」

「そーっすよ一角さん。いつものことじゃないすか」

「(……冗談とも言えないんだけどな……)」

「え? 何か言いました雲居さん?」

「何でもないよイヅル」

 

 実際、副隊長昇進云々の話を広げると、よくないことまでに伸びてしまう。そこまで言うつもりは毛頭ないが、いい気分はしない。さっさと話題を切り替えてしまおう、と。

 

「この子、昇進の話まーた断ったのよ」

「ってちょっ、乱菊!」

「またっすか」

「檜佐木さん、またって何すか?」

「ああ。朔良さんはどういう訳か、昇進の話が来てもほとんど断るんだと」

「え、どうしてなんですか朔良さん」

「あのな桃、どうしてって言われてもだな……」

「やっぱり雛森さんも気になりますよね」

「この際だし、思い切って言っちゃったら? 朔良ちゃん」

 

(……何なんだこの流れは)

 

 内心で頭を抱える。

 

「……だから余計なお世話だ」

「いいじゃねえか。素直に吐いちまえよ」

「まあまあ皆さん。本人が言いたくないって言ってるんだからよしましょうって。せっかく飲みに来てるんですし」

「イヅル……」

 

 流石、暗いながらも常識人筆頭だ。ありがたい。

 

「吉良君の言う通りですね。すみませんでした」

「いや、いいよ」

「うーん確かに、無理矢理って言うのは美しくなかったね」

「ちっ、面白くねえ」

「一角さん、そこ面白がる所じゃないと思いますけど……」

「いいこと言うな、恋次。でもまあ一角、そんなに面白がりたいなら面白くしてあげようか?」

 

 皆が軒並み諦める中、明らかに納得いっていないという顔の一角に笑顔を向けた。

 

 ――他者曰く、綺麗で真っ黒な笑顔を。

 

「……いや……やめとくぜ……」

「遠慮しなくていいんだぞ? なあ?」

「俺が悪かったので勘弁して下さい!」

「……意気地なし」

 

 机に額付けて謝られては引っ込めるしかない。しかし久しぶりに“脅し”て愉しめたのでよしとしよう。

 

「……昔からえげつないですよね」

「七緒、今更よ」

「同感だね」

「……と、あっ! ど、何処の隊からの昇進の勧誘だったんすか?」

 

 暗くなった空気を変えようとした恋次の努力は認めるが、その質問は些か以上に不味い。

 

「ふふーん、聞いて驚きなさい。この子……んぐっ!」

「言わなくていいことは言わなくていい」

 

 酒が少々入って調子に乗った乱菊の口に鳥の串焼きを突っ込む。素面の七緒は察してくれたようなのでスルー。

 

 他はともかく恋次にだけは知られる訳にはいかない。朔良が断ったから自分に話が回ってきたとか思われたら厄介だ。

 推薦についても、数十年単位の後輩組には朔良と白哉の関係性をほとんど伝えていないのである。この面子なら修平、恋次、イヅル、桃が知らないことになる。せいぜい同期だったことを聞いたことがあるかないかだろう。総隊長や京楽、浮竹に砕蜂との係わりにしても同様だ。わざわざ明かすのは不自然だし、昔の話にまで遡る必要がある。今は尸魂界に居ない夜一や喜助達にまで話題が広がったら色々と面倒だ。

 

「私の話はもういいだろう。済んだことだ。それより修平、イヅル、桃。きみ達副隊長業務の方はもう慣れたかい?」

「え? ああ、はい。やっとってとこっすかね」

「まだまだ学ぶことが多い状態です」

「何とかやっていけてます。隊長はお優しいですし」

 

 取り敢えず目立った異常は無いらしい。顔には出さずにほんの少し安堵する。

 しかし油断はできない。何せこの後輩達の上官はあの三人なのだから。

 

(修平やイヅルはいいとしても……問題は桃だな)

 

 彼女が藍染を心の底から慕っているのは、火を見るより明らかだ。恋慕の情、ではないものの、強い憧れを抱いているのだろう。

 確かに表面上の彼を見ていれば、尊敬し慕いたくなるのも理解できる。

 

「……あのさ」

 

 だが朔良は知っている。それが仮面であることを。

 

「……あまり一人に心酔し過ぎない方がいいんじゃないか?」

 

 そしてその仮面の下には、恐ろしい本性が隠されていることを。

 

「どういうことですか?」

「うーん……何て言うか……」

 

 真実を知る者としては、可愛い後輩があの男に憧憬の眼差しを向ける様を見ているのは忍びない。無駄かもしれないけれど、遠回しな忠告くらいしたいものだ。

 

「君がそういうこと言うなんて、かなり珍しんじゃない? 昔から他隊も引っ掻き回す君だけど、個人の感情や思想に口出しすることなんてなかったじゃないか」

「……私はただ、尊敬や憧憬は執着や心酔とは違うと言っているだけだ」

「執着ってあんた……」

「私にはそう見えるだけさ」

 

 それがとても危険だと、口には出さずに付け加える。

 

「じゃあまたね」

「って、え? 何処行くんですか」

「帰る」

「「「「……は!?」」」」

 

 七緒の問いにさらりと答えれば、何人かの声が重なった。

 

「なんか私がいると白けてしまうみたいだし、もう帰るよ」

「いや、そんなことは……」

「ちょっと待ちなさいよあんた! まだ一杯も呑んでないじゃない!」

 

 フォローに動いた修平の声を遮り、酔いの回ってきた乱菊が銚子を突き出して叫ぶ。だがまあ……それには困った顔を返す他ない。

 

「きみも知ってるだろう……。私は酒を飲んではいけないんだ」

「へ? 何でっすか?」

「そういえば朔良さん、みんなで呑みに行ってもいつも酒は呑みませんよね」

 

 恋次と修平に訊かれ、溜め息を吐きつつ説明の為に口を開く。

 

「十三番隊に居た頃、浮竹隊長や京楽隊長に誘われて呑んだことがある。それが初めて酒を飲んだ時なんだが、よく覚えていないんだ」

 

 後から何度訊ねてみても二人は首を横に振るばかりで、一向に答えてくれなかった。ただ、浮竹が一度だけ返答をくれた。

 曰く、

 

「『二度と酒は呑むな。俺達が居ないところでは尚更にだ。いいか、絶対にだぞ』」

 

 ……らしい。

 

「要するに、私は酒癖が悪過ぎるんだろうな」

 

 覚えていないのでどういう酔い方をしたのか見当もつかないが、あの浮竹が珍しく怖い顔をして言ったのだから相当なのだろう。

 ということで。

 

「じゃ、お疲れ様」

 

 意外な事実を知ったとばかりに唖然としている(乱菊と七緒以外)面々に手を振った。

 

 

「……さて、と」

 

 夜風にあたり、隊舎へと足を向けつつ思考を巡らす。

 

 “あの夜”から、もう百年以上の時が過ぎた。以来藍染達はさほど目立つ動きを見せていないが、どこまで本当なのかは判らない。

 さっきも副官らに少しだけ探りを入れてみたが、やはり彼等は何も知らされていないようだ。

 ――その方がいい。

 

(時々鏡花水月を使っているみたいだしな……)

 

 瀞霊廷内で時折感じる、“あの夜”と同じ異様な違和感。回数が増えるにつれ、だいぶ明確になってきた。正面からまともにかかれば、逆に見破ることもできるかもしれない。

 

『過信は禁物ですよ、我が主』

『珠水か』

 

 いきなり精神に響いた声に、驚くことはない。

 

『あの男の能力を破る手立ては、私とあなたが心を合わせて初めて成り立つものではありませんか』

『そう怒るなよ。あくまで可能性だ』

 

 鏡花水月にも恐らく穴がある。完璧な能力など存在しないのだから。しかしそれが何か判らない以上、別の対策を立てるしかない。

 

『……珠水』

 

 そしてその答えは、既に出ている。

 

『気が変わった。“遊び場”に行くぞ』

『え、今からですか?』

『ああ、付き合ってくれ』

『仕方ありませんね』

 

 仕方ないと言いながらも、伝わってくる波動は生き生きとしている。やはり強くなることは斬魄刀にとっても嬉しいことらしい。

 

 ……強くなること。嘗ての幼い自分は、ただそのこと自体を楽しんでいただけだった。

 

 けれど今は、“あの夜”からは。強くなりたいと切に願い、目指すようになった。

 大切な人達を失い、更に“雨の日”のことはその想いに拍車を掛けた。

 

 

 『護る為の力が欲しい』と。

 

 

「――応じろ、『珠水』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――後日、朔良が推薦した恋次を副官に迎えるとの旨を白哉から聞かされた。

 その際仮の拝命は同期の桃が、立ち会いはイヅルが行うことになったという。

 

 丁度同日、ルキアが現世へ駐在任務に出ると知らせをくれたのは浮竹。恋次の方は正式な任官ではないことだし、せっかくなので彼女の見送りを優先させた。

 

 ――予想もしなかったのだ。

 

 気をつけてと手を振った――これが、瀞霊廷を大混乱に陥れる大騒動の始まりだったなど。

 

 百年以上抱え続けてきた重荷を、漸く下ろすことのできる出来事が起こるきっかけになるなど。

 

 

 

 

 ――そして。

 

 

「刀を寄越せ、死神」

 

 

 尸魂界から遠く離れた現世。

 

 

「死神ではない。朽木ルキアだ」

 

 

 朔良の与り知らぬ所で――

 

 

「俺は、黒崎一護だ」

 

 

 ――物語は、加速する。

 

 

 

 

 

 

 




 何だか気分が乗って、淡々と続きが書けた白雪桜です(笑)

 やっと現代! ここまで来るのに、思えば二年近く……長かったです。



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