「隊士達の合同野営演習ですか?」
一番隊の隊首室。席官が集められた場で聞かされた自隊の隊長――山本総隊長からの言葉に声を上げたのは雀部副隊長で。
「左様。最近では野営を行うような任務が少なくなっており、経験不足ではないかと藍染隊長から意見が出た。よって前期、今期に入隊した無席の新人隊士等を中心に、各隊合同の演習を行うこととなった」
その名に思わず反応する。
(……藍染が……?)
内心で呟く。あの男が、意味もなくそんな提案をするとは思えない。
「ついては引率として、席官を一名ずつ付ける。誰か希望者はおるか?」
引率―― 一瞬考え、手を上げた。
「私が行ってもよろしいでしょうか」
「……まさかお主とはのう」
他の隊士達が退室した後、詳細を決める為に残った朔良は零された総隊長の言葉に問い返した。
「そんなに意外でしたか」
「藍染隊長の提案にお主が自ら乗るとは思わなんだ」
確かに親しい昔馴染み――白哉を始め京楽、浮竹、砕蜂、卯ノ花、乱菊、七緒、そしてここにいる総隊長。ついでに一角と弓親。あとはマユリと阿近くらいだろう。朔良が藍染を苦手としていることは、彼等には既知の事実である。「あんなに良い隊長なのに何でー?」とは乱菊の弁だ。
実際は苦手なのではなく警戒しているのだが。ただ、必要以上に距離を取ろうとしない様がそう見せるのだろう。
「公私混同はしません」
「そういう真面目な所は銀嶺に似ておるのう」
「銀嶺爺様に?」
「お主は様々な所が様々な者に影響を受けておる」
「そうでしょうか……」
そんなことを言われても、自分ではよく判らない。
「例えば、妙に頑固なのは朽木白哉隊長に似ておるわい」
「…………」
嬉しいような嬉しくないような、だ。
「どう思う?」
「それは総隊長の仰る通りだと思いますよ」
「そうなのか……」
頼みごとをしに阿近の所へ寄った朔良は、何となく釈然としなかった総隊長とのやり取りを話してみた。
そうして返ってきた答えがこれ。そんなに周りの影響を受けているだろうか。
「まずその喋り方っすよ。浮竹隊長にちょっと似てます」
「…………」
いや、これはわざと似せているのだけれど……それを知るのは卯ノ花と乱菊と七緒のみだ。
「思慮深いところは京楽隊長、何気に黒い笑顔は卯ノ花隊長でしょう」
「……烈さんには言うなよきみ……」
「大丈夫です、死んでも言いませんから」
言ったら死にそうな気さえする。
「あとその悪戯好きと頭の回転の早さは、育ての親譲りじゃないっすか」
「!」
名前を口にしない辺り、気を遣っているのが感じ取れる。しかし“育ての親”だけですぐに判った。
「……もう百年か」
呼び方は
海燕亡き今、あの二人のことを何の気兼ねもなく話せるのは空鶴くらいのもの。ここに居る阿近も躊躇いがちになるのだから。
朔良を見付けて拾い育てた、四楓院夜一と浦原喜助の二人を。
「……まだ信じてるんすか?」
「当たり前だ。あの二人が死んでる訳がない」
死んだと思っている者、忘れようとしている者、もうほとんど気にも留めていない者も結構いるが。
「……ま、確かにそんな簡単に死ぬような人達じゃないでしょうけど……はい、調整できましたよ」
銀色に輝く二連の薄い腕輪を受け取って、自分の左の二の腕に嵌め直す。
霊圧と霊力の両方を抑える効果を持ったこの腕輪は、こうして定期的に制作者の阿近にメンテナンスしてもらっている。
効果のほどを確認し、うんとひとつ頷いた。
「問題ないな。いつもありがとう」
「いいんすけどね……ホントに何に使うんですか? っていうかそもそもあんた何やってるんですか?」
「阿近くん、死にたくなければ……」
「あーもういいっす聞き飽きました。いや毎回訊く俺も俺か……」
「自覚してるんだね」
くすりと笑い、「またよろしく」と告げて踵を返す。
技局を後にしながらふと思考に沈んだ。
本当の所、まともに首を突っ込んできたら洒落にならない。藍染惣右介という男はそれくらい危険だ。朔良自身、何故生かされているだけでなく放置されているのかも判らないのだ。時々こちらの実力を測りたいのか何なのか妙な挑発を掛けてくることはあるけれど、どうにかやり過ごしてきた。しかしそれも本気ではないだろう。
(油断ならないよな……)
大体、奴らの目的が一体何かすら判っていない。対策らしい対策も戦闘時のみのものだ。
それでいいとは言えないが、情報が少な過ぎては何もできないのが現状だ。しかしあまり関わると逆に嵌められてしまうだろう。
「あ~もう……考えても仕方ないよな……」
実際、この百年は実力を磨くことにほとんどを費やしたと言っても過言ではない。ならばそれを思い切り振るうのみだ。
あれこれうだうだ悩むのは、朔良の性に合わない。
「……よし。こういう時は……」
――空中で鈍い音を立てて脚と脚がぶつかる。
互いの身体を弾き、離れた地点で着地すると同時に再び駆け出す。
撃ち込んだ掌底は手でいなされ、逆に拳が向かって来たので下に動いてかわす。そのまま斜めになった体勢から上段から蹴りを繰り出すも腕で防がれる。今度は相手から腹部を狙った蹴りが来てこちらも腕を十字に組んで防御する。
純粋な力では相手が上。防げたものの少しばかり吹き飛ばされた。足腰に力を入れ直して止まるが、正面に居た筈の彼女の姿がない。瞬時に霊圧を察し、しかしそちらを見るより相手の声の方が早かった。
「縛道の三十、『嘴突三閃』」
上。
三角形に結ばれた霊力の筋、その頂点から三本の嘴のような形状をした光の杭が飛ぶ。上から放たれた鬼道は背中めがけて撃ち込まれ、両肘と腰の辺りを捉えうつ伏せになる形で地面に縫い付けられた。
近付いてくる気配――それが自分の元に到達する前に、縛道を掛けられた箇所に霊圧を集めた。
「“
縛道に霊圧を流し込み、同調させて内側から破壊する。パンッと弾けた杭を確認すると同時に身体を起こし、こちらも応戦すべく身構えた。
――相手の拳は、自分の額に当たる寸前で静止していて。
自分の指先は相手の喉元にあと一歩で届くという所で止めていた。
どちらも少しの間動かなかったが――
「……引き分けですね」
「……はい」
彼女からの声をきっかけに、どちらもようよう動作を取り戻す。構えを解き、ついでに緊張も緩んで息を吐いた。
「腕を上げましたね、朔良殿」
「いえ、砕蜂先輩手加減してくれてたでしょう?」
「うっ、ば、ばれていたのですか」
「判りますよ、手心が加えられていたことくらい」
バツの悪そうな表情をしている彼女――砕蜂に苦笑する。
現在二人が居るのは二番隊の屋外演習場だ。
いきなり押し掛けたにも拘らず、砕蜂は快く朔良を迎えてくれた。そして気晴らしも兼ねた白打合戦にも付き合ってくれたのである。……鬼道混じりの、白打合戦にだが。
「おい、大前田!」
「はっ、はいっ! 隊長!」
砕蜂が一声呼ぶと、近くに居たらしい彼女の副官、大前田希千代が飛んで来た。
「さっさと朔良殿に手ぬぐいを渡さんか!」
「はいっ! どうぞっ!」
「ありがとう。でも砕蜂先輩こそ使ってください」
「む、しかし……」
「もう一本持ってきてもらえば済むことですよ」
「それもそうですね。おい、何をしている! 早く持って来い!」
「はいっ!」
流石隠密機動。大きな図体とは裏腹に、案外機敏な動きをする。しかも隊長が怖いと見えて、その分早い。
「持って来ましたっ!」
「遅い!」
「す、すんません!」
「まあまあ良いじゃないですか。それよりせっかくですし砕蜂先輩、久しぶりにゆっくりお話しませんか?」
「いいですね、最近はあまりお会いする時間も取れていませんでしたし……。おい、大前田。隊首室に行って私と朔良殿、二人分の茶と茶菓子を用意しておけ」
「は、はいぃっ!」
またまた飛んで行く彼が若干憐れに思えてくる。……あくまで“若干”だ。
そもそもな話、大前田がここまで怯えるのには訳がある。
副隊長になった大前田は、まさか砕蜂の可愛がっている後輩だとは知らず、朔良に対しちょっかいを掛けてきたことがあったのだ。
その時にまあ……少々うざったかった訳で、少しばかり頭を使ったお灸を据えたのである。
後に乱菊から朔良に関する個人的な詳しい情報を聞かされ、一瞬で青ざめたらしい。
それはそうだろう。砕蜂の後輩というだけでなく、総隊長とは師弟で京楽と浮竹の妹弟子。元卯ノ花の部下で目を掛けられており、当時は十番隊隊長だった一心とも親しかった。白哉とは同期ということしか伝えなかったそうだが、それで充分だ。おまけに四楓院家当主補佐と来れば、とんでもない相手に手を出したと後悔するだろう。
以来、大前田は一切絡んでこなくなった。対応もこちらの方が席次は下なのにかなり丁寧である。砕蜂が朔良に対し敬った態度を取っている、というのも理由かもしれない。
しかし面白いし色々便利なので、砕蜂の指示通り動いてもらうことにしている。……ちょっとお灸を据えただけで気が収まっていないという訳ではない。断じてない。
さておき、用意されたヨモギ饅頭を頬張り一服。
一息ついたところで、砕蜂が思い出したように口を開いた。
「聞きましたよ。野営演習の引率に行かれるそうですね」
「やはり情報が早いですね」
「隠密機動ですので。しかし大丈夫なのですか?」
「何がです?」
「ひと月もの間流魂街へ行くのでしょう? 貴女が怪我をするとは思っていませんが、男も多いことですし……」
彼女の心配症と過保護も昔とまるで変わらない。大切に思われていると判ってはいるのだが、些か困る。
「大丈夫ですよ、何も男の人だけじゃないですし。ちゃんと女の人も一緒に行きますから」
「ですが」
「相変わらずですね。そんなに私が信用できませんか?」
「い、いや! そういう訳ではありません! ただ私は……!」
「判ってますよ、心配してくれているのは。先輩は優しい人ですし」
「…………」
「でも、私だってもう右も左も判らない子どもじゃないんです。立派に一人立ちしてるつもりなんです。もう少し、私のことを信じて任せてくれませんか?」
「……朔良殿……」
そう、自分はもう一人の大人だ。たとえ童顔で背が砕蜂よりちょっとだけ低いせいで幼く見られがちだったとしても、白哉やギンや乱菊に近い年頃の立派な大人なのだ。言葉遣いや振る舞いにも気を配っているし、再び伸ばした腰辺りまである長い髪は高く結い上げてポニーテールにしてある。長く揺れる髪はそれほど子供っぽくは見えない筈! ……と思いたい。
……もうこの話はいいだろう。それよりも気になることがある。
「そういえば」
「どうしました?」
「……ルキアの情報、入りましたか?」
――彼女が現世にて行方不明になったと聞き、もう随分と経つ。知らせてきたのはルキアが現世任務に行くと教えてくれた浮竹だった。探しに行きたい気持ちは山々だったが、勝手に出る訳にもいかない。それに一心の時とは違い、彼女は無席だ。わざわざ一番隊四席である朔良の元へ、捜索任務が回ってくることはまずない。日々、かなりやきもきしている状況だ。
「いえ……まだ詳細は何も」
「そうですか……」
「……そんな顔をしないでください。あの者は無席にしてはかなりの実力を備えているそうではありませんか。そのことは私よりも朔良殿の方がよくご存じでしょう」
始解ができる無席の隊士は、そこまで多くは居ない。ルキアほどの実力者なら尚更だ。
しかし彼女を危険な任務から遠ざけたいという白哉の思いから、席官候補に挙げないよう半数以上の隊長格に根回ししたのは朔良自身である。なので隊長は皆――興味がなくて忘れている者も居るだろうが――ルキアが結構な実力者だと知っているのだ。
「貴女も先程、私に信じて欲しいと言ったでしょう。それと同じではないのですか」
「……そうですね、そうかもしれません」
そうだ。自分が悩んでも仕方ない。元々気晴らしの為に砕蜂を訪ねたというのに、これではふりだしだ。
「よーし! 気を取り直してもう一戦しましょう砕蜂先輩! 今度こそ一発入れて見せます!」
「良いでしょう。喜んでお相手致します。次は鬼相転外を使う間もなく抑え込みますよ」
鬼相転外。掛けられた縛道を尽く破壊する、朔良が以前編み出した得意技。
「言いましたね? 望むところです!」
思い切り体を動かして、妙に頭に張り付く予感を振り払うことにした。
それがルキアへの心配だと信じて疑わずに。
――朔良が流魂街に出立してほんの数日後、ルキアが現世にて発見される。
それを知るのは――瀞霊廷に呼び戻されたのは、任務に出て二週間近く経ってからで。
ただの心配だと思っていた感覚が“警告”だったと気付くのは、全ての“事”が動き始めた後だった。