偽から出た真   作:白雪桜

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 すみません。見直して考えて、サブタイトルを変更、戦闘シーンを大幅に加筆・修正しました。
 ご容赦ください。




第五十二話 発揮される観察力

 後ろを歩く大前田に気付かれないよう、朔良はひっそりと息を吐いた。

 

 総隊長に藍染の真実を明かした。話すだけでも楽になることもあるとは、誰の弁だったか。実際ほんの少し心が軽くなった気がする。

 藍染が死を装い身を隠した。それは奴が動き出したことを示しているが、同時に大きな好機でもある。

 死人に口無しとはよく言ったもので、死者は語ることができない。つまり朔良が今誰かに真実を告げても、藍染には止められないのだ。後から実は生きていたと姿を現してもその理由を問われるだろうし、ギンや東仙を使って止めようにも他の者から疑問を抱かれかねない。死を装ったということは自分達の正体を伏せておきたいということなのだから、下手に事実を広めたくはない筈だ。少なくとも今はまだ。

 故に朔良は直属の上官であり恩師でもある山本総隊長に打ち明けたのだ。物証がない以上皆に伝えることはできないけれど、彼に知ってもらえば悪い方向には転がらないだろう。

 

「さて、まずは現場検証からかな」

 

 その結果がこれ。総隊長から直々に“藍染惣右介殺害案件”の調査責任者に命じられた。基本一人で進めろと。藍染の動向を探りたい自分としては、非常にありがたい配慮である。

 しかしながら一人では少々手が回らなくなるかもしれない為、雑用として砕蜂から副官の大前田を借りてきた。『金と飯と実家の商売のことしか考えていない奴』と彼女からは常々聞いていたので、まあ少しの間隊に居なくても問題ないだろうと考えての人選だ。足は割と速いから伝令や使いっぱしりには、そこそこ役に立ちそうな気がすると思わなくもない。

 一度雀部とも会って現在の瀞霊廷内の詳しい様子も聞けたし、最初から調べてみるとしよう。

 

「東大聖壁……此処だな」

 

 藍染の遺体が発見されたという場所。広い壁の高い位置に磔になっていたそうだが、成る程確かに大量の血痕が色濃く残っている。

 しかしこれは――

 

「大前田」

「は、はい」

「旅禍の情報が知りたい。直接戦ったっていう斑目三席と綾瀬川五席、それに京楽隊長の所へ行って聞いてきてくれ」

「え? あ……はい」

「……何だその間は」

「いや、意外とマトモな仕事を言いつけるんだなあと……ぶへぇ!」

 

 とんと軽く跳び上がり、余計なことをほざいた口を顔面諸共足の裏で踏みつけた。

 

「マトモじゃない仕事の方がいいのか? あまりくだらないこと言ってると蹴るぞ」

「も、もう蹴ってるじゃ……」

「何か言ったか?」

「ナンデモアリマセン!」

「ならいい」

「……あのー……阿散井の所はいいんすか?」

「雀部副隊長の話を聞いていなかったのか。阿散井副隊長はまだ意識が戻っていないだろう」

「あ……そうっすね……」

「ああそれと、私の名前を出せば三人とも無視はしないだろうが、万が一渋られたらこう言うといい。“後で覚えていろと言っていた”と」

「……えげつねえよなあんた……」

「うん? 何だ?」

「スンマセン! 行ってキマス!」

 

 流石に足は、特に逃げ足は速い。そこくらいしか長所は無いが。

 

(旅禍の情報はこれでいい。こっちは……)

 

 高く跳躍し、大聖壁の屋根まで一気に飛び乗る。腕に巻いてあった布を片方解いて鳥衾に結びつけ、縄代わりにして壁の血痕の箇所まで滑り降りた。

 直に触れ確信する。鏡花水月の能力による虚像であると。

 此処には、違和感しかない。

 

(判ってたことだけどね)

 

 しかし確認は重要だ。そしてもう一つ確かめるべき事柄がある。

 壁を蹴って駆け上がり、布を元通り巻き直して屋根から飛んだ。

 行き先は、四番隊だ。

 

 

 

 

「失礼します。一番隊第四席、雲居朔良です」

「えっ、朔良先輩? 流魂街に演習中だった筈じゃ……」

 

 がらりと開けた執務室に居たのは勇音一人だった。どうやら報告書を纏めていたらしい。もっとも彼女に会うのが第一の目的だった為、霊圧で居場所を探ってピンポイントで来たのだけれど。

 いくら朔良でも重要な仕事の最中であろう他隊の隊長に真っ先に会いに行くのは、少々礼を欠いた行動だと理解している。今すぐどうにかしなければという緊急事態ならともかく、まずは副隊長か席官に話を通すのが定石だ。

 

「お疲れ様です、虎徹副隊長。至急卯ノ花隊長にお目通り願いたいのですが」

「え……あ、はい。でも、今隊長は……」

「藍染殿のご遺体の確認をさせて頂きたいのです」

 

 藍染の検死中――恐らくそう言おうとしたのだろう。先に用件を言えば、驚いて目を見開いた。

 

「総隊長より、藍染殿の殺害案件の調査を任されました。その一環として確認させて下さい」

「! 判りました。こちらです」

 

 そうして案内された先の部屋。卯ノ花隊長の前には、白い布で覆われた物体があった。

 

「失礼します、隊長」

「どうしました勇音。……あら」

「ご無沙汰しております、卯ノ花隊長」

「朔良さん。どうしました?」

「はい、実は……」

 

 彼女にも事情を説明して許可をもらい、“藍染の亡骸”と対峙する。

 布をめくりその姿を目にして、こちらでも鏡花水月によるものだと確信を得る。

 

「ありがとうございます。お手数をお掛けしました」

「いえ、構いません」

「では失礼します」

「……あの、朔良さん」

 

 退室しようとした足を止め振り向けば、卯ノ花は珍しく迷うような表情をしていた。

 

「どうかされましたか?」

「いえ、貴女が何も感じなかったのでしたら問題は無いのですが……」

「え?」

「……私は少し、この遺体に違和感を覚えましたので」

 

 ――朔良が鏡花水月をどうにか見抜けるのは、類稀な観察眼を持つが故。

 だからこそ、卯ノ花の言葉に驚いた。ずっと触れ続けているとはいえ、流石は四番隊隊長としか言いようがない。

 ならば――

 

「……それが偽物だとしたら、どうしますか?」

 

 勇音の手前、多くを語るのは拙速だ。

 代わりに少し、ヒントを伝えておこう。

 

「その遺体が、本当に本物でなかったとしたら?」

「な……何を言っているんですか? 朔良先輩……」

「例えばの話ですよ。でも、もしそうだとしたなら」

 

 扉の引き手に手を掛ける。

 

「裏で何が起こっていても、不思議ではないでしょうね」

 

 最後に「失礼します」とだけ言い置いて、素早くその場を後にする。

 卯ノ花は聡い。今の話だけで藍染が生きているということを、可能性として察してくれただろう。

 勇音には多分伝わっていない。彼女は結構鈍いから。

 

(次はどうするか……)

 

 “鏡花水月”による“完全催眠”の確認は叶った。しかし肝心なことが判らない。

 

 何故藍染がルキアを処刑しようとしているのか。

 

 義骸の即時返却と破棄に、三十五日から二十五日への刑執行猶予期間の短縮。一番おかしいのは双殛を使っての極刑だ。隊長格以外には使用されないものだと昔喜助に教えて貰ったことがある。

 ルキアに関する情報は雀部から聞いたのだが、どれも異例としか言いようがない。

 そして藍染が死を装っているこの状況を踏まえれば、あの男が関わっていると想像するに難くない。つまり四十六室が乗っ取られている可能性がある、と言うか極めて高いということだ。

 だがそこまでする理由が思い当たらない。一体何故そこまで彼女に――朽木ルキアに拘るのか。

 

(……ルキアか)

 

 思えばしばらくの間会っていない。彼女が現世任務に行く際見送ったのが最後だから、もう数カ月になる。

 何より現在は極刑となっている。命は勿論のこと、その心は折れていないだろうか。

 心配しているし、助けたいのも山々だ。しかし藍染を放っておくことはできない。それにまだ彼女の極刑について、肝心な相手と話せていない。

 自然、意識はルキアの囚われている懺罪宮の方へ向く。――と。

 

「……?」

 

 霊圧知覚の端を何かが掠めた。懺罪宮付近で動くそれに集中する。

 

 ――二つ。かなり低い霊圧だ。どちらも覚えがあるが、一方が誰なのか思い当たり驚愕する。

 

(何できみがそこに居るんだ岩鷲くん……!)

 

 直接言葉を交わしたことはないけれど、志波邸に顔を出す際は岩鷲の霊圧が感じられない時を見計らっていたので知っている。どうして懺罪宮に、いやそもそも瀞霊廷に居るのか。

 しかももう一人、“彼”がその場所へ近付いて行っているのが判る。恐らく朔良と同様、懺罪宮への微かな霊圧の移動を感じ取ったと見ていい。元々己にも他人にも厳しい“彼”のこと、敵にも当然容赦はない。今は色々悩んで苛立っているだろうし、侵入者などあっさり殺してしまうかもしれない。意外と短気なのだ、“彼”は。

 そこまで考えが至り、うんとひとつ一人で頷いて。

 

 現在出せる限りの最高速度の瞬歩で四深牢めがけ駆け出した。

 

 

 

 

 屋根を飛び越え建物の隙間をくぐり抜けて近道し、辿り着いた懺罪宮・四深牢。

 長く細い一本橋の上に、とっ、と軽い音を立てて着地する。

 

(間に合ったか)

 

 “彼”の霊圧は近いが、どうにか先に来ることはできたらしい。朔良に信頼を寄せている“彼”のことだ、きっと任せてくれる。

 ……ルキアと顔を合わせづらいだろうし。

 

「さて」

 

 一つしかない牢の入り口を見やれば、奥に三つの人影が見える。殺気石でできた四深牢の中に居ては流石に霊圧は感じ取れないが、誰かなど既に判っている。ルキアと岩鷲、それに四番隊第七席の山田花太郎だ。四番隊に居た頃朔良は『十一番隊の天敵』として、暴れる十一番隊隊士達をよく締め上げ……もとい、灸を据えていたけれど、他隊に移ってからもちょくちょく顔は出していた。病弱な浮竹が上官だったこともあるし、十一番隊がまた大暴れしてないか心配だったというのも理由のひとつだ。

 そういう訳で、実は今でも古参も新参者も含めて四番隊隊士達とは仲がいい。上位席官とは特に仕事の話もある為、多少の交流はしている。七席である花太郎とも当然面識があった。

 だが何故彼が今此処に居るのか、その理由までは察せない。岩鷲もまた同様だ。空鶴は海燕を殺したのが誰かは話していない筈。仇討とは考えにくい。

 何にせよ、“彼”が近くに居る今捕らえないという選択肢はない。変に怪しまれても困る。

 

「いつまでそこに居るつもりだい? 暴れなきゃとって喰ったりしないから出てきなよ」

 

 そう声をかければ最初に姿を現した花太郎――の、襟首を掴んで牢の方へ投げ飛ばした岩鷲が出て来て目が点になった。……結構な落下音がしたが大丈夫だろうか。

 唖然としている内にビシッ! とこちらを指差す岩鷲を見て我に返る。

 

「テメエが一番隊四席の雲居朔良ってヤツだな!」

「……私を知っているのか?」

 

 確か、空鶴は話していないと言っていたのだが。花太郎が言ったのか。

 

「おう! なら俺の姉ちゃんを知ってるだろう! 志波空鶴ってんだ!」

 

 ……瀞霊廷(ここ)に侵入する際の保険として朔良の名前を教えておいたということなのだろう。何だかんだ言いつつ、彼女も弟思いなものだ。

 

「そうだな。きみの姉上とは確かに親しい」

「そうか! それじゃあ――」

「――が」

 

 この距離ならば、一度の瞬歩で充分。

 刹那の間に顔の前に手を翳す。

 

「――生憎、この場で見逃してやる訳にもいかなくてね」

 

 崩れ落ちる彼の身体を背中で支え、その場に寝かせた。こういう時鬼道が得意なのは便利だ、伯伏は役に立つ。

 

「で、きみは何をやっているんだ」

「わああ! ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

 身を起こした花太郎へ呆れたように声を掛けるなり、土下座してぺこぺこ謝り始めた。

 

「ごめんなさい! 違うんです! いや違わないんですけど! 言い訳しませんけど!」

「おい」

「ごめんなさい! ルキアさんと岩鷲さんを助けてあげて下さい!」

「花太郎」

「僕が悪いんです! 僕が鍵を盗んだんです! だからごめんなさい! だからどうか」

「落ち着きなさいっ!」

 

 すぱーん! と、十三番隊に配属されて以来常備するようになったハリセンを懐から取り出し、大して高くない位置にある頭をひっぱたく。その頭を抑えて目を白黒させる花太郎に掛けるのは呆れ声だ。

 

「一人でおかしな方向に突っ走るなよ。少しはこちらの話も聞きなさい」

「あう……ごめんなさい……」

「またそうやってすぐ……ああもういい」

 

 四番隊第七席で上級救護班の班長も務めているというのに、この腰の低さは何だろう。今の状況では正しい反応かもしれないが、普段からこんな感じなのだから手に負えない。

 まあそこはそれ、後回しにしよう。もう一人、牢の中から出てきた人物に向き直る。

 

「……久しぶりだね、ルキア」

「……朔良殿……」

 

 数カ月ぶりに見た彼女は、少し痩せていた。現世へ向かう後ろ姿を見送った時は、まさか再会の形がこんなことになるとは思いもしなかった。

 何を、言うべきだろうか。

 

「……ルキア、きみは――」

 

 ――その、刹那。

 自他共に認める高い霊圧知覚が捉えた霊圧(ソレ)に言葉を切り、素早く顔を上げた。

 

「この霊圧……」

 

 先程剣八とぶつかっていたものだ。一度消えて復活し再び消えたので、どうなったかと思っていたけれど無事だったようだ。

 

「……この霊圧の感覚は……まさか……」

 

 少し遅れて気付いたらしいルキアの口から零れた言葉を聞き、頭が瞬時に回り出す。

 彼女はこの霊圧に心当たりがあるようだが、朔良には無い。そしてこれは旅禍と思われるもの。とくれば恐らくその旅禍こそが、ルキアが死神の力を渡した――

 

「!」

 

 ――橋の下より飛び上がってきた影が今度は頭上から降りてきて、咄嗟にその場を飛び退いた。

 今しがた朔良が立っていた場所に着地した人物を見据え、その顔を確かめて。

 目を零れんばかりに見開いた。

 

 背負った斬魄刀は身の丈ほどもある大剣で、身長も少し低い。何より髪の色が黒ではなくオレンジだ。瞳の色も違う。

 

 ――けれど、顔立ちは。

 

(…………海燕、さん……?)

 

 ――あまりにも。

 他人とは思えないほどそっくりだ。

 

 霊圧を探り直したのはほぼ反射の行動だった。範囲を広げるのではなく精度を上げるという形で。

 周囲の音が聞こえなくなるほどに、ルキアと言葉を交わす少年に集中する。

 ……人間の霊圧が感じられることから、この少年は紛れもない人間なのだということは判る。しかしそこに混じるのは確かな死神の霊圧(ソレ)

 けれどソレは海燕よりも寧ろ――

 

「岩鷲をやったのは、テメーか?」

 

 直接声を掛けられてはっとする。音が耳に届くようになった。

 改めて見据えれば、海燕によく似た少年が背中の刀に手をやりつつこちらに歩を進めている。

 まだ少々戸惑いはあったが、表に出さぬよう努めて冷静に答えた。

 

「……気絶させただけだ。無闇やたらと命を奪う趣味はない」

「そうかよ。で、お前は一体何モンだ?」

「人に名を聞く時は、自分から名乗るのが筋だろう」

「え? あ……俺は黒崎一護だ」

「更木隊長と戦ったのはきみだな」

「な、何で知ってんだ! ホントにお前何モンなんだよ!」

「そうだな、では名乗ろう。一番隊第四席、雲居朔良だ」

 

 告げた途端

 

「お前なのかよ……」

 

 という呟きが聞こえて。

 それだけで、大体の察しがついてしまった。

 

 人間は現世で生きている。そして朔良の育ての親達は今、現世に潜伏している筈。これらを踏まえればすぐに答えは出る。

 

「……成る程、あの二人が後ろに居る訳か。岩鷲くんも来ているとなると、(くー)さ……空鶴さんも一枚噛んでいるのかな」

「お、話が早いな。浦原さんと夜一さんの知り合いって聞いてたんだけど、通してくれねえか」

「……ひとつ聞かせてくれ。きみを鍛えたのはあの二人……喜助殿と夜一殿か?」

 

 兄様姉様という呼び方は敢えて使わなかった。この少年が何処まで自分のことを聞かされているのか知らないし、余計な混乱は避けたい。

 

「夜一さんは違うぜ。浦原さんには十日ほど戦いを教えてもらったけどな」

「……たったの十日?」

「ああ」

「……ルキアが現世で行方知れずとなり、音信を絶ったのは三ヶ月ほど前の筈だが」

「間違ってねえよ。浦原さんから色々教わったのが十日ってだけで、ルキアから死神の力を受け取ったのがそれぐらいの時期だ」

 

 ――ちょっと待て、と言いたい。

 朔良が今の域に上り詰めるまで、百年単位で修行を積み重ねた。それでもあの更木剣八と真っ向勝負で剣を合わせられるかと自問すれば、可能な限り避けるべしと自答する。それほどまでに剣八の戦闘能力は図抜けている。だからこそ護廷十三隊の中で戦いを専門とする十一番隊の隊長を任されているのだ。……正確には先代を殺して分捕ったのだが、この一事だけ見ても戦闘力は折り紙付きと理解できる。

 その剣八と、三ヶ月前に死神になった現世の住人が戦った。否、恐らくは戦って――

 

(剣八さんに……勝ったのか)

 

 そうか。

 なるほど。

 ……成る程。

 

「……それは、確かめなければならないな」

「確かめる?」

「そう、確かめる。黒崎だったか。喜助殿に鍛えられたというきみの実力を直に見てみたくなったんだ」

 

 なぜならば、喜助と夜一に師事したという意味で、朔良は黒崎の姉弟子だ。初めて相見える弟弟子の力が気になって仕方がない――というのは建前で、自分を放り出して別の相手を鍛えた夜一たちに対する八つ当たり――いや、これも本音とは言い難い。

 姉弟子としての理由もあるし、育ての親に対する理由もある。一番隊四席としての理由もあれば、ルキアの関係者としての理由もあり、更にはかの志波海燕を思い起こさせる容姿もまた理由のひとつ。複雑すぎて、自分の心なのに言葉にできない。

 だが剣を合わせてみればほとんどの答えが出るはずだ。殴り合いを相互理解とするような十一番隊の気風に、今ならば少しだけ同意してやってもいいかと思えてしまう。

 カチャリと鯉口を切り、左差しにした“珠水”の柄に右手を添える。自然体こそが朔良の最も慣れ親しんだ構えだが、今回は敢えて姿勢を低くし、抜刀の構えを取る。

 あからさまな攻撃態勢に黒崎が舌打ちし、背に負っていた斬魄刀を握った。身の丈の大剣が振りかぶられ、その刃を覆う布がほどけると、柄も鍔もない無骨な刀身が姿を現す。

 

「話が違うぜ。夜一さんの名前を出せば、アンタなら見逃してくれるかもって聞いてたのによ」

「百年前ならそうしていたかもしれないな。だが今は無理だ。私にも立場やしがらみができたからな」

「おいおい、いくつだよアンタ。ルキアと同い年ぐらいに見えんのに、もっと上か?」

「……女に歳を尋ねるとは。半殺しは勘弁してやろうと思っていたのだが気が変わった。――死ね」

「変わりすぎだろ!?」

 

 うるさい黙れ。

 口にはせず、朔良は剣でもって応えとする。

 左。ピタリとブレなく構えられた切っ先を避けるように、瞬きの速度で踏み込む。速さをそのまま力に変え、抜刀。左下から伸び上がる逆袈裟の居合を放ち――黒崎の茶色の目が朔良の動きに追随し、体を入れ替え、巨大な斬魄刀を盾のようにして防いだ――その一部始終を、朔良はじっと見た。

 

「……なるほど」

 

 呟きが聞こえたのか訝しげに黒崎が眉を寄せる。だが朔良は取り合わず、更に踏み込む。

 前。大剣に対して、“珠水”は短い。懐に潜り込めばリーチの短い方が有利だ。長物相手の修業は海燕相手に散々やった。槍と剣の違いはあるが似たようなものだろう。近付かれると、海燕は嫌そうに槍を短く持ち、蹴りを混ぜて朔良を追い払おうとしたものだが――黒崎は斬魄刀から手を離し、いきなり大きく飛び退った。

 

「は?」

 

 まさか得物を手放すとは思わず、追撃すべきか一瞬だけ迷った朔良の眼前から、斬魄刀までもが主の後を追うように飛んで行った。見れば柄頭に結ばれた長布を黒崎が握っている。あれを引っ張ったのか。意外だ。あの剣八が興に乗って全力を出すような相手だから、もっと近距離でガンガン斬り合う脳筋だと思ったのだが。

 

「――っらぁ!!」

 

 しかも剣を回収するのではなく、重量を活かして力任せに投げつけてきやがった。これはこれで脳筋かもしれないが、妙だ。狙いが甘い。投擲も様になっているとは言い難い。一歩横にずれるだけで軽く躱せてしまった。

 

「ちっ……やっぱあの野郎の真似は無理か。やりにくいったらねえ」

「……真似?」

「ああ、気にすんな。こっちの話だ」

 

 他意はないようだ。だが偶然がもたらした符号の一致に、朔良は唇を緩めた。

 

「黒崎、きみは喜助殿に師事したそうだが、彼の斬魄刀は見たのか?」

「見たな。それがどうした」

「大したことじゃない。……ところで今、誰かの真似をしたらしいが、やっぱり難しいか?」

「あ? 普通、そう簡単にできるもんじゃねえだろ」

「まあ普通はそうだな。普通は」

「……何だよ、ニヤニヤしやがって。気持ちわりぃ」

 

 その言い様がまたおかしくて、朔良はくっくっと笑ってしまう。

 

「仕方がないな。見せてやる。――応じろ、“珠水”」

 

 コォン、と高く響く音鳴りは、まるで産声を上げる銀水晶。

 切っ先から細かな波紋が刀身を伝い、波打つようにその姿を変えていく。

 生まれ落ちたのは、武器よりも芸術品と呼ぶべき宝石めいた斬魄刀。透明に近い刀の内側で、いくつもの光が反射し、煌めく。

 

「……へえ、綺麗なもんだな。人に見せたくなるのも分かる。けどよ、それで戦えんのか? すげえ脆そうだ。壊れても知らねえぞ」

「安心しろ。見せるのはここからだ」

 

 あ? と怪訝な顔の黒崎に、朔良は不敵な笑みを見せる。

 まっすぐ立ったまま、やや崩れた脇構えを取る。彼は大ぶりの剣戟よりも手数を好み、それ以上に斬魄刀の能力を重視する戦法を取っていた。その戦い方は百年以上の時が経とうと、脳裏から色褪せることはない。

 黒崎の表情がピクリと動いた。何か、既視感があったに違いない。顔つきが一気に警戒で染まり、大剣を強く握って構え直す。

 悪くない。勘も、反応も。ふっと綻ばせた唇で、朔良は呟く。

 ついでに声も、口調も、彼そのものに変えて、紡ぐ。

 

 「『――起きろ』」

 

 朔良の口から出でた、聞き覚えがあるだろう声に。

 黒崎が、愕然と目を見開く。

 

 「『“紅姫”』」

 

 水晶を思わせる刀身が再び波打ち、短めの直刀に姿を変える。

 

「……なんっ、だ、それ、おいっ、どういうことだよ!?」

「『いやあ、何言ってるんスか黒崎サン。見たまんまでしょう。それより――』」

 

 トン、と足音を響かせた時、朔良は既に背後へ回っていた。

 

「『油断してると、死ぬっスよ?』」

「っ……!」

 

 戦いの始まりをなぞるような、左下からの逆袈裟。それに対し黒崎もまた大剣を盾にしようとするが――それはもう、“観た”。朔良は斬り付けると見せかけて、ほとんど力を入れていなかった。

 誰しも、咄嗟の時には癖が出るものだ。一度同じ動きで対応できたのであれば尚更。だがそれは観察眼に長けた朔良の場合、最悪手となる。

 斬り付けるのではなく、刀身をふわりと押し当てた。衝撃に身構えていた黒崎は故に次の行動までの出足が一歩遅れる――その肩に向けた朔良の指先に光が灯る――ほとばしった“白雷”を、身をのけ反らして回避した黒崎の体勢が崩れる――大剣を握る腕に直刃を振り下ろせば、たまらず手放し、すぐさま布を握るも、それももはや朔良の既知。“六杖光牢”の杖先が大剣に突き刺さる。

 微動だにしない愛剣に、唖然と目を見開いた黒崎が、先ほどの朔良のように対応に迷った。

 その刹那、朔良は既に準備を終えていた。

 

「『啼け』」

 

 骨の一本や二本は覚悟してもらうつもりで込めた霊圧が、血のような色合いで刀身を走り、

 

「『紅ひ――』」

 

 放たれようとした一撃が形となる――寸前。

 あらぬところから飛んできた暗剣に注意を奪われ、反射的に紅姫の能力をそちらに向けた。霊圧の塊が宙を駆け、暗剣を叩き落とし、その先に居た“誰か”の足元を掠めた。

 戦いに集中していて、あろうことか霊圧の接近に気が付かなかった。

 

 ――けれど。

 “誰か”が誰なのか気が付いて。

 戦いの相手も忘れ振り返った。

 

「……久しぶりじゃな」

 

 記憶とは異なる長い髪、けれどその色は同じ。すらりとした身体もその声も、こちらを見据えた金色の瞳も。顔立ちも、霊圧だって変わらない。

 百年間、決して忘れる事のなかった存在の一人だ。

 

「……朔良」

 

 名を呼ばれ、本当に彼女が此処に居るのだと実感する。

 来ているかもしれないと半ば予想していたとはいえ、それでも驚き――歓喜に心が震えた。

 

 自然と思い浮かんだのは、最後にまみえた、二人を追いかけた時のこと

 あの時呼ぼうとして強制的に止められた名を、今度こそ全て音にする。

 

 弟子として引き取られ、子のように扱われ、妹のように呼ばれて望んだ呼び名――

 

 

「――夜姉様」

 

 

 

 

 

 




お待たせしました、白雪桜です。
12月が師走って、本当ですね……。


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