偽から出た真   作:白雪桜

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お正月特別篇~雪の猫

 

 “まねっこ”が“雲居朔良”と名付けられて最初の年の瀬――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『もーいーくつねーるーとー、おーしょーうーがーつー』」

「あの朔良? ボクの声で歌わないでほしいんスけど……」

「えー? きー兄様だめー? んーと……『もーいーくつねーるーとー』」

「だからって今度は俺の声にするな。気持ち悪ぃ」

「海燕さんも? じゃあ……『もーいーくつ』」

「大人の声から離れろ!」

「って言うか何で総隊長なんスか!?」

 

 大の男二人が小さな童女につっこむ姿は、なかなかに笑えるものだ。

 

 ここは四楓院邸。見事なまでに雪が降り積もった庭先で雪遊びに励む少女――雲居朔良と、それに付き合う喜助と海燕を縁側から眺めつつ、夜一は笑みを零した。

 ひょんなことから喜助が見つけた彼女を拾い、半年余り。大晦日である今日が終われば、初めて共に正月を迎えることになる。……子供用の振袖もお年玉も用意した。準備に抜かりはない。

 

「『もーいーくつねーるとー、おーしょーうーがーつー』」

「懲りないっスね……」

「次は浮竹隊長かよ……若干似合ってるからつっこめねえじゃねえか……」

 

 確かに。あの温厚で意外とジジ臭い趣味を持つ浮竹に、わらべ唄は何気に似合いそうだ。

 と、そうこうしている内に朔良は目的のものを完成させたらしく、さくさくとこちらに走ってきた。

 

「はい! 夜姉様!」

「なんじゃ?」

「“雪にゃんこ”です!」

「……は?」

 

 雪うさぎなら知っている、だが雪にゃんことは? と思いつつ見てみれば、全体的な形こそ雪うさぎなものの目は灰色で耳は尖り、尻尾は長めだ。どうやら目には綺麗な形をした玉砂利を使い、耳の葉っぱは先の尖ったものを短くちぎったらしい。そして尾は背中にくっつけて細く伸ばしたと。成る程これは確かに“雪にゃんこ”だ。

 

「へー! こりゃまた凄いっスねえ」

「器用なもんだな。けど何で猫なんだ? 普通にうさぎ作ればいいじゃねえか」

「え? だって夜姉様って言ったらねこですよね?」

「「「…………」」」

 

 それはそうだが。

 

「だから、はい! 夜姉様にあげます!」

 

 わざわざその為に作るとは。

 

「……はははははっ!」

「?」

「ははっ、いやすまんすまん、お主が可愛らしくてのう。この“雪にゃんこ”は有り難く貰っておくぞ」

「はーい! じゃあ今度はもっとたくさん作るー!」

「お、よーし俺も作ってやるぜ」

「ボクも手伝いましょう」

「あ、ダメです」

「「なんで!?」」

「雪にゃんこはわたしが作るのです!」

 

 変な所で頑固な様子に苦笑し――余程気に入ったのか、もう止めておけと言うまでわんさか作る娘っ子であった。

 

 

 

 

 その夜、正確には深夜零時の十五分前。

 除夜の鐘が鳴り響く中、私室は朔良が寝ているという理由で適当な客間に足を運んだ夜一と喜助。酒をお猪口を持ってきており、襖を閉めると並んで腰を下ろした。とくとくと二人分の酒を注ぎながら言葉を交わす。

 

「今年もこの日が来たのう」

「ええ、来ましたね」

「一年の締めくくりじゃな」

「朔良ももう少し大きくなったら、さりげなく言ってみましょうか」

「いいかもしれんのう。祝ってもらいたいものじゃ」

「そうですね」

「…………」

「…………」

 

 零時になる。最後の鐘が鳴る。

 

「誕生日おめでとうございます、夜一サン!」

「誕生日おめでとうじゃ、喜助!」

 

 同時にお猪口を掲げて同時に呷る。一気に呑み、ふっと一言。

 

「……やっぱり今年も、誰も気が付きませんでしたね……」

「……そうじゃな……寂しいのう……」

 

 

 浦原喜助――誕生日、十二月三十一日。

 

 四楓院夜一 ――誕生日、一月一日。

 

 

 …………………………。

 

 

 ――その時ばんっと。

 襖が開いた。

 

「きー兄様、夜姉様。お誕生日おめでとうございますっ!」

 

「「……朔良!」」

 

 現れたのは見紛うことなき我が愛弟子朔良で。

 にこにこと満面の笑顔を浮かべながら祝いの文句を告げたのである。

 

「な、何で知ってるんスか?」

「鉄おじ様がおっしゃってました。きー兄様と夜姉様は毎年この時間になると、おふたりだけでお祝いをするって」

「鉄裁……」

 

 知っているなら祝いに来いと云いたい。

 

「せっかくなのでわたしも何か……あ、もしかしておじゃまでした……?」

 

 こちらがいつまでも唖然としているせいか、しゅんとなってしまった朔良。慌てて立ち上がる。

 

「いや、そんなことはないぞ」

「そうっスよ、むしろ嬉しいっス」

「そーですか?」

「そーですよ?」

「よかったですー! あ、それでですね……」

 

 もしや、贈り物でもあるのだろうか。彼女のことだから新しい物真似とか――

 

「こっち! 来てくださいー!」

「は?」

「何スか?」

 

 言われるがまま部屋の外に出る。雪はもう降っていないし着込んでいるとはいえ流石に寒い。

 そんな中彼女が向かったのは昼間遊んでいた庭で。……何やらぼんやりと光っている。どうやらいくつもの蝋燭が並べられているようだが――

 

「…………」

「…………」

 

 思わず固まる。隣の喜助も同様。それは寒さ故ではなく――

 

 

 “ お め で と う ”

 

 

 大量に作られた“雪にゃんこ”。それらが並べられ五つの字を形作っていた。周りに置かれた蝋燭は暗くても見えるようにとの配慮だろう。そこまで大きくもなく拙い文字、一部崩れかけているのもある。

 けれど。

 

「……朔良」

「はいー?」

「……嬉しいぞありがとう!」

 

 鼻の頭を真っ赤にした小さな弟子を、潰さない程度にしかし強く抱きしめた。

 

「あああずるいっスよ夜一サン! ボクにもぎゅっとさせて下さい!」

「喧しい! 後にしろ!」

 

 新年の挨拶ではなく、真っ先に誕生日を祝って貰えた。幼いながらも、一生懸命。それがとても嬉しい。

 

「ありがとうございます朔良! いい弟子を貰いました!」

「喜んでもらえてよかったですー」

「朔良の誕生日もしっかりお祝いするっスよ」

「……いつじゃ?」

「え?」

「朔良の誕生日は……」

「…………」

 

 微妙な沈黙。何故今まで訊かなかったのだろう。

 

「もう、なにおっしゃってるんですかー」

 

 そんな空気を、この子はいとも容易く吹き飛ばしてしまう。

 

「わたしの誕生日はー、おふたりに名前をもらった日ですよー?」

「……え」

「そう……なのか?」

「はいー」

 

 にこ、と笑う少女。色んな意味で愛らしい。

 

「可愛いぞ朔良っ!」

「嬉し過ぎっス!!」

「ひゃー?」

 

 

 これまで二人だけで祝ってきた今日という日に、一人追加され。

 更にこれが毎年恒例となると知るのは、来年のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでこれ書くのにいくつ作ったんスか?」

「五十三こー」

「よく一人でやったのう!?」

「しもやけですー」

「笑いごとじゃないっスよ!?」

「とにかく手当てじゃ!」

「って言うか手と鼻の頭だけじゃなくて顔も赤い……熱ありません!?」

「そういえばいつもより間延びした話し方を……医者じゃ医者ー!」

「ふにゃ~?」

 

 

 

 

 





明けましておめでとうございます。
せっかくのお正月ですので、ちょっとした短編を作成いたしました。

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