「どうして俺だけ連れ帰ったんだ!!」
目覚めた一護の、第一声。
一護一人を連れ“遊び場”に戻ってきた夜一。頭に血が昇り喚く彼の身体を、こちらの胸倉を掴んでくる腕を軸にし回転させて地面に倒す。
「げほっ!」
「騒ぐな、折角閉じた傷口をまた開ける気か」
淡々とした表情そのままの声で告げる。取り敢えず頭を冷やさせることが第一だ。
「お主は元々、懺罪宮の近くに朽木白哉の霊圧を感じたからあそこへ向かったのじゃろう。朔良が先に着いたことで奴は姿を現しこそしなかったが、すぐ傍に居た。あの距離で確実に逃げきるには一人抱えて逃げるのが限界じゃった」
「……それなら……どうしてルキアじゃなくて俺を……」
「ルキアが居なくなれば白哉も手を出さぬ訳にはいくまい。下手をするとお主も岩鷲もあの四番隊の小僧も殺されておったかもしれん。まあ、あの場なら朔良が上手く取り成してくれたとは思うがの、処刑執行の段取りが決まっておるルキアと違い、お主らは即刻殺される可能性がある」
いくら朔良が隊長格と懇意といえど、一席官にできることなど知れている。こちらの都合であまり危険な橋を渡らせる訳にもいかない。それでは百年前、巻き込むまいと彼女を傷つけてまで置いてきた意味がないのだ。
「彼処でルキアを奪還するのは、困難が過ぎた」
「っ……!」
「じゃが三日あれば、お主にだけは可能性が見えてくる。そう思ったから、儂はお主を連れ帰った」
ぎりっと歯を食い縛った一護が、虚を突かれたように目を見開いた。
「白哉に勝てる、可能性がの」
「朽木白哉に……?」
「最後に立ちはだかるのは恐らく奴じゃろう。じゃが今のままでは白哉に勝てぬ」
カタンと音を立て、地下へと続く通路の入り口を開く。
「三日で勝てるよう、鍛え上げてやる」
巨大な“遊び場”へと続く道を。
「そうだ夜一さん。修行の前に教えてくれねえか?」
「何をじゃ?」
地下空間に足を付けた所で、頭の冷えた一護から質問の声が上がり振り返る。
「さっきのアイツだよ。あの雲居朔良っていう女。あんたの弟子だって言ってたけどさ、アイツ何者なんだ?」
「どういう意味じゃ?」
「いや死神の斬魄刀はそれぞれ違うんだなってのは今までの戦いで判ったけど、雲居朔良の刀はおかしかっただろ。最初に開放した時は脆そうな水晶の刀に見えたのに、次の瞬間には浦原さんの斬魄刀になったんだぜ? しかもアイツ、声や口調や構え方まで浦原さんそっくりだった。っつーか、そもそも俺が懺罪宮に行ったのは朽木白哉の霊圧を感じたからだったのにソイツは居ねえし、その代わりみたいにアイツが居たしさ」
「……お主、見かけによらず意外と考える奴なのか?」
「どーゆー意味だコラ」
まあ、彼の疑問はもっともだと思う。この先の修行に支障をきたされても困るので話しておくことにする。
「お主の言う通り、死神の斬魄刀は千差万別じゃ。そして朔良の場合、それと同時に数多の手数を備えておる」
「数多の手数……?」
「あの子の斬魄刀、“珠水”の能力は“物真似”。他人の、あらゆる斬魄刀を模倣することじゃ」
「!」
「途方もない能力じゃろう? それだけに限度や条件はある。まずあの子自身が覚えていない人物の霊圧と刀は無理じゃ。もっとも解放できるようになってからは、二度と忘れんよう集中して記憶するようになったようじゃがの。そして模倣する相手以上の力を使うことはできぬ。これもアレンジ次第ではどうにでもなるかもしれんが。あとは、扱いこなせるかはあの子の手腕にかかっておることくらいか。儂が居なくなってから随分と時が経っておるし、相当に腕を上げておるじゃろうな」
「ちょっと待ってくれよ夜一さん。その雲居朔良はあんたの弟子なんだよな」
「何を今更」
「……何気に弟子自慢してねえ?」
「……否定はせぬ」
ぶっちゃけ、ちょっと愛弟子自慢も入っているのは確かだ。
「何はともあれ、儂が再三“戦うな”といった理由は判ったじゃろう? 手数では到底敵わぬし、手段を幾度も変えて来られては消耗するだけじゃ。最悪の場合斬月の能力を模倣される恐れもあった。まだ朔良が味方と判っていなかった瀞霊廷突入前では、それが最善じゃったからの」
「ああ、よーく判ったぜ。……でも何で声まで?」
「元々はそっちが本業じゃ」
「……はあ?」
「朔良は“まねっこ”と呼ばれた時代があってのう。声真似が飛びきり上手く、それを芸として商売にしておった」
「昔取った杵柄ってやつかよ……。ったく、戦いの中で使うなんてえげつねえな」
「…………」
「……? 何だよ?」
「いや……」
よっぽど奇妙な表情をしていたのだろう、酷く怪訝な顔になっている一護から目を逸らす。
しかし、初対面の相手にこれを言わせるとは。
「……あの子のえげつなさは相変わらず、か」
「はあ?」
変な感慨深さを感じてしまった、一時であった。
* * * * *
――背後に追いついてきた見知った気配に、白哉は歩みを止めた。
「……朔良か」
「白哉」
振り向くことなく名を言い当てれば、即座に声が返ってくる。ここしばらくは任務で瀞霊廷を離れていたらしく、しばらく聞いていなかった声だ。
それ故に、この状況では自然と気が張ってしまう。
「……話があるのだろう」
「少し」
何の――とは言わない。
ルキアの処刑執行が決まってから相見えるのは、これが初めてなのだから。
「本気?」
「ああ」
四十余年前に朔良が言った通りの状況になっているのだ。
“馬鹿か、お前は”
今ならば、あの時の彼女の台詞も理解できる。
「それはお前が決めたこと?」
「そうだ」
「誰かに言われたからじゃなくて、お前が自分で考えて?」
「無論だ」
だからこそ躊躇いなく答える。迷いなど見せられない。
「そう」
この口も頭も回る幼馴染みに何を言われたとしても――
「それならいいの」
――思考が凍った。
「…………何?」
敢えて顔を合わせないようにしていたことも忘れ、振り返る。責められるか、あるいは説得に来るかとばかり思っていた彼女は、話にそぐわぬ穏やかな微笑を浮かべていた。
「白哉が自分でそう決めたのなら、それでいい」
「……責めぬのか」
「どうして? お前なりに悩んで、苦しんで、そうして出した答えなんでしょ? 私から言えることなんてないよ」
「それは……」
「それとも」
突如として笑みが消える。感情豊かな彼女には珍しい無表情は、心臓に悪い。
「
「っ!」
見透かされたような――否、見透かされている。
朔良の言葉なら、“正論の刃”なら封じた
「心配しなくていいよ。何度も言うけどね」
言葉をなくして固まれば、彼女は白哉が本当に欲しかったものをくれた。
「私はお前を否定しない」
この一言と、太陽のように暖かい笑顔を。
「他の誰が
――不満なものか。
「……礼を言う」
「ん、要らない」
こちらの感謝をあっさり跳ねのけた朔良は、それを皮切りに姿を消した。
「……変わらぬな」
苦しい時、欲しい言葉をさらりとくれる。
突き放すように見せて、寄り添ってくれる。
考えを、想いを、否定せず理解してくれる。
昔から、幼い頃からまるで変わっていない。
何よりあの、暖かい笑顔に何度救われて来たことか。
そんな彼女に、惹かれていると――
「……再び惹かれているのだと伝えれば……お前はどのような反応をするのだろうな」
亡き妻の唯一無二の親友である、幼馴染みは。
* * * * *
『……今、ものすっっっごく惜しいことをしたような気がしました』
『いきなり何訳の判らないこと言ってるんだ珠水?』
白哉と別れた道中。愛刀の意味不明な発言に内心のみで首を傾げる。言葉遣いは既に普段のものに直してある。
その甲斐あってか白哉の本心も判ったし、幾分か冷静さを取り戻した筈だ。
(今はこれでいいだろう。次は此処だな)
立ち止まり、見上げる。掲げられているのは“十”の一文字。
もう日が暮れた。
と、いうわけで。
「勝手知ったる隊舎の中ーっと、日番谷隊長居ますかー?」
「気安いんだか畏まってんだかどっちかにしやがれ!」
がらっと執務室の扉を断りなく開ければ、すぐさまそんな怒声が飛んでくる。ぶつからないようささっと避けて、扉を閉じる。机の傍に立っていた乱菊がパッと顔を上げた。
「朔良じゃないの。お疲れ」
「お疲れ様です松本副隊長」
「流してんじゃねえよ!」
全く彼は気が短い。幼さ故だろうか、思えば白哉も子どもの頃は短気だった気がする。いや、あからさまでないだけで今も同じか。
「えーと、少し伺いたいことがあるのですが」
「……もういい判った。まともに相手にするだけ馬鹿みてぇだ。で、用件は藍染のことだろ」
「話が早いですね」
「報告したのは俺だったからな、雲居が情報収集に来るだろうって総隊長から連絡が来た」
「助かります。それで、詳細は?」
「……テメエも白々しいな。訊きてえのはそんなことじゃねえだろうが」
苦々しく吐き出した冬獅郎に、流石天才児、察しがいいと舌を巻く。乗るとしよう。
「犯人に、心当たりは?」
「……目星は付いてる。が、証拠は無え」
「誰か聞いても?」
問うなりふいと目を逸らされた、訳ではなく、傍らの乱菊を見遣っていた。この反応から判断すると、まさか疑われているのは。
(……ギン?)
その時だった。
「し……失礼します! 十番隊第七席竹添幸吉郎です! 日番谷隊長、松本副隊長は中におられますでしょうか!」
「何だ! 開けろ!」
「は! 申し上げます! 先程入った各牢番からの緊急報告で、阿散井副隊長、雛森副隊長、吉良副隊長の三名が牢から姿を消されたとのことです!」
「何だと!?」
「何考えてんのよあの子達……!」
この緊急事態に面倒事が増えてしまったようだ。
「一緒に来い松本! 各牢を見て回る! 雲居、お前は自分の任務に戻れ! この件はくれぐれも口外するなよ! 必要になったら俺から総隊長に報告する! いいな!」
念を押してからばたばたと出ていく彼等を見送り、ぽつりと。
「まだ返事してないんだが」
『では口外を?』
『するか』
珠水のコメントに音にはせずつっこむ。
兎にも角にも、優先すべき事柄ができてしまった。
(桃とイヅルは一旦冬獅郎に任せるとして)
何かしら無茶をやらかしそうな、恋次に接触を図るとしよう。
瞬歩を使い、隊舎を出て屋根を行く。
幸いというか何と言うか、彼は鬼道が苦手であると同時に霊圧を消すのも下手だ。誰より鋭い霊圧知覚を持つ朔良にとって、見つけ出すのは容易い。案の定、すぐに捕捉できた。
「こんばんは、恋次」
「! 朔良さん……」
行く手を遮るかの如く正面にすとんと降り立てば、彼は駆ける足を止め斬魄刀“
明らかな警戒態勢に思わず苦笑する。
「随分とぴりぴりしてるな」
「してねえ方がおかしいっすよ、朔良さん。何のつもりで俺の前に現れたのかは知らねえが、邪魔するつもりならあんたが相手でも退いてもらうぜ」
「生意気言うようになったじゃないか。……私が言えた台詞でもないな」
「おい」
「まあそう熱くなるなよ。私に“阿散井副隊長を捕らえろ”なんて命令は下っていない。そもそも私は、今現在もっと重要な任務遂行の真っ最中だ」
「任務だ?」
「“藍染惣右介殺害案件”」
恋次の目が驚きに見開かれた。予想通りの反応に会話を続ける。
「牢に居ても殺害された話くらいは耳に入っているだろう? あの人の事件の真相を掴む為、独自に動いているんだ。総隊長からの命令でね。そういう訳で、私はあまり他のことに構っていられない」
「……何が言いてえ?」
「ルキアを助けに行くんだろう?」
「!」
「何を驚いてるんだ。ルキアの処刑執行を目前に控えたこの状況下、脱獄した時点できみの目的なんて判るに決まっている」
寧ろ察せない方がおかしい。そう告げればより一層睨みつけてきた。
「……だったら何だ? 言った筈だぜ、邪魔するんなら」
「『あんたが相手でも退いてもらうぜ』か、さっきも聞いた。私も言った筈だ。あまり他のことに構っていられないと。要するに、ルキアの件にも深くかかわっている暇はないということだ」
「は?」
だったら何しに来たんだ、とでも言いたげな呆けた表情にくすりと笑む。
何しに来たか? 決まっている。
「今のきみじゃ、まだ力が足りないんだろう? 良い修行場所を知っているんだ、教えてあげよう」
「……へ?」
「『へ?』じゃない。私だってルキアを死なせたくなんかない。が、正直それどころではないからな。とは言え見殺しも有り得ない。なら、きみ達に動いてもらうしかないだろう。多分黒崎も使っている場所だ、もってこいだぞ」
「黒崎……って黒崎一護!? 会ったんすか!?」
「ああ、中々に骨のありそうな少年だったな。きみに勝つのも頷ける」
刀に手をやったまま唖然とする恋次に、踵を返して肩越しにちょいちょいと手招きする。
「さっさとついて来い。卍解、会得してみせろ」
「は、はいっ!」
朔良に余所見をしている余裕はない。
けれど彼女を見捨てる選択肢も存在しない。
ならば助けようと動く彼等を手助けするまで。
「……っつーか、それどころじゃないっていくら何でも薄情じゃないっすか? ルキアってあんたの元部下っすよね」
「だからきみ達に動いてもらうと言っている。それに私が本当に暴くべきは暗殺犯という訳ではないからな」
「は? それってどういう……」
「今此処で知りたいなどと馬鹿なことを言うならありとあらゆる手段を使ってきみを叩きのめさなくてはならなくなるのだが」
「全力で遠慮します!」
本当に全力で首を左右に振る恋次。意気地がないと思いつつ、助かったのも確かと嘆息する。
(それに私じゃ意味がない気がする)
たとえ白哉を説得できたとしても、決定が覆ることはない。説いても無駄なだけだ。
それよりも、海燕によく似た面差しのあの少年。
白哉を止め、その決意を揺るがすことができるか否か。
彼を、救うことができるか否か。
(あの少年――黒崎一護に、賭けてみたい)
お久しぶりです白雪桜です。
大変お待たせいたしました!