偽から出た真   作:白雪桜

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第五十五話 目に見えない真実

 ダン、と立ち止まる。護廷隊詰所の方を振り返って目を細めれば、後ろからついてきていた恋次が疑問の声を上げた。

 

「朔良さん? どうしたんすか?」

「……恋次」

「はい」

「悪いがここから先は一人で行ってくれ」

「はい!?」

 

 来た道を戻ろうと方向転換すると、がっしと肩を掴まれた。

 

「イヤイヤイヤちょっと待って下さい! 俺場所知らねえんすよ!? 一人で行けって言われても無理ですって!」

「双殛の丘の下に巨大な地下空間がある。近くまで行けば、崖の真ん中辺りに小さな穴が空いているのが見える筈だ。そこが入口になっている」

「……本当にいきなりどうしたんすか?」

「なあに」

 

 結構硬くて大きな手をぺいっと剥がし、一言。

 

「馬鹿やってる先輩と後輩の様子を見に行くだけさ。あ、誰かに見つからないよう慎重に行けよ」

 

 恋次の呆けた顔が視界に入ったのは一瞬だ。

 

 

 

 

(何やってるんだ、あの二人)

 

 霊圧の上昇を感じて駆け付けたはいいのだが、想像した通りの頭を抱える状況に溜め息をつく。

 

「……何で二人して斬魄刀でやり合ってるんだ……」

 

 近くの建物の上から、隠れるようにして見下ろし思わず零す。眼下には刀を抜いて激突するギンと冬獅郎が居た。

 近くにはイヅルと、気を失っているらしい桃の姿もある。

 

(止めに入ってもいいが、今の私の霊圧だと少し危険だよな)

 

 が、隊長格同士の戦闘が繰り広げられている場のすぐ傍にいては、副隊長と言えど無事では済まないかもしれない。ましてや冬獅郎の力は未熟、うっかり巻き込まれないとも限らないことは修行に付き合った分よく知っている。

 どうしたものかとあれこれ考えている内に、片方の霊圧が急上昇した。

 

「っておいおいおい、始解はまずいだろ……!」

 

 瞬く間に黒雲が渦巻くかの如く天を覆い、水と氷の龍が冬獅郎の“氷輪丸”から生み出される。

 氷輪丸は氷雪系最強の斬魄刀、その強さは計り知れない。また、周囲を巻き込む可能性も計り知れない。

 そもそもこんな所を隠密機動に見つかりでもしたら、言い訳のしようがない。総隊長に何と報告すればいいのか。

 左手で鞘を握り締めた時、イヅルが半分氷漬けになって床に叩き付けらた。

 

(巻き込まれたか!)

 

 内心で舌打ちしつつ屋根から身を乗り出すと、またひとつ別の霊圧の接近を感じた。この人物もよく知っている。

 朔良の気が一瞬逸れた間に、二人の戦場が左手の方にある建物の上に移っていた。冬獅郎の刃がギンに迫り――そのギンの、口が動くのが見えた。

 『射殺せ、“神鎗”』と。

 

(――だめ)

 

 至近距離だがあの天才児ならかわせるだろう。しかし神鎗の伸びる先、冬獅郎の向こうには。

 

(桃――!)

 

 ギンの神鎗が彼女を貫く光景が脳裏に浮かび、目まぐるしく思考が回る。

 

 今の霊圧ではこのまま割り込むと珠水が折れる可能性がある。

 制限している器具を外している暇はない。

 桃を抱えてかわすのも間に合わないだろう。

 始解は――色々問題あり、だ。

 

 どれもこれもハイリスク――とそこまで考えた所で、ついさっき感じたもう一人の霊圧が神鎗の前に飛び出した。

 自らの刀を盾代わりに両手で支え、桃を背にかばい現れた人物。

 

(乱菊っ……)

 

「松本……!」

「……申し訳ありません。命令通り隊舎へ帰ろうとしたのですが……」

 

 『氷輪丸の霊圧を感じて戻ってきた』。そう告げる彼女に注目が集まっている隙に、ひとまず朔良は半分氷漬けになっているイヅルを救出すべく行動に出た。桃は乱菊の後ろに居るし、冬獅郎も体勢を整えつつあるので問題ないだろう。

 得意の瞬歩で建物の裏側から、皆の前を横切らないように回り込む。

 

「!? 雲居さ……!?」

「しー静かに。今氷割りますから」

 

 冷え切ってしまった腕を取って肩を貸す形で上半身を持ち上げ、足元を狙い指先から小さな鬼道を放つ。

 

「破道の三十一、“赤火砲”」

 

 通常の掌大の赤火砲とは違い、威力控えめな小さい砲弾。しかし薄い氷を壊すだけなら充分だった。

 音を立てて氷が崩れる。その音に皆がこちらを振り向くより早く、朔良はすぐさま瞬歩を使い姿を消した。

 大分離れた人気のない建物裏まで移動し、壁に寄り掛からせる形で座らせる。

 

「さて吉良副隊長。四番隊に担ぎ込む訳にもいきませんし、私が治療します」

「あの……雲居さん……一体いつから見てたんだい……?」

「市丸隊長と日番谷隊長がやり合ってる途中からですね」

 

 まずは鬼道でまだ張り付く氷を溶かし、それから患部を回道で治癒していく。

 一通りの処置が済んだ辺りで、近付いてきた霊圧に目を向けた。

 

「――こんばんは、朔良ちゃん」

「隊長!」

 

 ぱっと顔を上げたイヅルとは逆に、朔良の表情は硬い。立ち上がり、相変わらず読めない笑みを浮かべて現れたギンへと向き直る。

 

「……お話、よろしいでしょうか」

「ええよー。後で迎えに来るから少しそこで休んどき、イヅル」

「え? は、はい」

「ほんなら行こか、朔良ちゃん」

 

 当然のように歩き出した彼の後を追う。しばらくの間沈黙が続き、自分達以外誰の気配も感じられなくなった辺りで長身の背が立ち止まった。それを皮切りにこちらから口を開く。

 

「どういうおつもりですか?」

「どれのことかなあ?」

「自らの副官のイヅルや桃のみならず、冬獅郎まで巻き込んで何のつもりだと訊ねているのです」

「ああ、それのことなんやね」

 

 返ってくるのは何とも呑気な台詞。しかしそんな反応は想定済みだ。

 

「藍染惣右介殿の“遺体”を最初に見つけたのは桃……雛森副隊長だと聞いています。そこへ他の副隊長数名が駆け付け、続いて現れた市丸隊長に雛森副隊長が斬りかかったそうですね。吉良副隊長が応戦し、日番谷隊長が割って入って双方を収めた、と」

「流石は元隠密機動や。しっかり情報収集できとるね」

「とぼけるのも大概にしてください。彼等を使って何がしたいのですか?」

「別に、使って何かしようとしとる訳やないよ」

「つまり、使っている目的としようとしている何かは別物で、どちらも否定はしないということですね」

「……ホンマ、頭回る()やね君」

 

 かけたカマにまんまと引っ掛かってくれた。全く話す気が無いギンから聞き出せた情報としては、まずまずの及第点だろう。

 とはいえ、先が読めず目的も判らないのは変わらない。このままではまたもや後手に回ってしまう。折角の機会なのだ、何かないかと考えを巡らせた時、ギンの方が口火を切った。

 

「朔良ちゃん、君は記憶力がええから察せると思うんや」

「……何のことです?」

「ボクの譲れないもの、君の譲れないもの。全く違うんやけどよう似とるってことや」

 

 似て非なる、という意味だろうか。しかし譲れないものとは。

 

(――あ)

 

 記憶力と聞いて、ピンときた。

 そうだ。思えばギンは初めて会った時から、何かしら意味深な言葉を口にしていた。“あの夜”よりもずっと以前から。

 

「ほな、そういうことで」

「っあ! 待てよギン!」

 

 言うことは言ったとばかりに踵を返したギンへ思わず手を伸ばしたが、意に介した様子もなくさっさと姿を消してしまった。

 

「……わかんないね」

 

 追いかけてこれ以上問い詰めても意味はないと判断し、手を下ろしてぽつりと一人ごちる。意識せずに呟いた一言が普段のものとも、心の内で漏らす言葉よりも飾っていない口調だったことに、我ながら少し驚く。

 そして、咄嗟とはいえギンを呼び捨てにしたことで、自分自身掴みきれていなかった彼に対する気持ちに気付いた。

 判ってみれば明解なその感情は、“信じたい”というものだった。

 

(私はまだ、ギンを信じていたいんだな)

 

 怪しいどころか、間違いなく朔良の大切な人達を傷つける側に居るギンのことを、まだ信じたいのだ。朔良が死神になる前からの旧友とはいえ、お人好しにもほどがあるだろう。

 そして言葉通りにギンを信じるのならば。

 

 

 “ボクが死神になったんは、盗られた大事なもんを、取り返す為や”

 

 “ボクは、君には嘘はつかへん。そのことだけは、よう覚えとき”

 

 “ボクは君に無理してほしくないだけや。ボクと君は、似とるとこあるから”

 

 

 大事なものの為であれば、朔良も手段を選ぶ気はない。“あの夜”を始め“雨の日”にしてもよく判っている。

 ギンは嘘を吐かないと言った。つまり真実しか口にしていない。

 似ているので無理をするなということは、同じ道を歩むなという忠告にも聞こえる。

 

(……全く違うけれど、よく似てる……)

 

 普段は真面目で優しいと評判の朔良ではあるが、ギンの言うような“譲れない”と感じるものは多くない。そこから連想してみると――

 

(……え? もしかして乱菊?)

 

 “ありそう”と思える、自分とギンに共通するような譲れないものと言えば、“幼馴染み”くらいしか考え付かない。一見彼はどんな人物にも無関心なようだが、付き合いの長い朔良は知っている。幼馴染みの乱菊に対し、ギンは少なからず情を持っている。友情なのか恋慕の情なのかまでは判らないけれども。

 理由が彼女なら納得はできるものの、理解はし難い。乱菊の為に藍染に与しているのであれば、行動の意味が判らない。

 

 

 “盗られた大事なもん”

 

 

(……藍染に、何かを奪われた?)

 

 そう考えると辻褄は合う。それなら何を奪われたというのだろうか。

 そこまで仮定して、頭を振った。

 

「……ハア。無理だな」

 

 あくまで仮定である。しかも情報が不足していて大半が“もしかしたら”の。総隊長に報告できる内容ではないし、これ以上の推測は無意味だ。

 

「……冬獅郎達の様子、見に行くか」

 

 三人とも、大なり小なり傷の手当てが必要な筈だ。恐らくは十番隊舎に向かっただろうと当たりを付け、駆け出す。

 すんなり入れた隊舎の中を迷わず進み、三人の霊圧を感じる部屋の扉をがらりと開けた。

 

「雲居……!?」

「朔良、あんた何し……」

「多少の事情は把握している。途中から見てたからな。治療が必要だろう?」

「……さっき一瞬現れたのはお前だったのか」

 

 納得したように息を吐き、冬獅郎は寝台に寝かせた桃を指す。こくりと頷いて彼女の手を取った。回道を使い、傷ついた掌を癒していく。

 

「……いつから見ていた?」

「イヅルにも聞かれたな。きみとギンが戦ってる途中からだ」

「その吉良を逃がしたのは何故だ?」

「色々と思うところがあってな」

 

 怪我自体はそれほど大したものではない。仕上げに包帯を巻いておけば、一日くらいで完治するだろう。

 続いて冬獅郎と乱菊だ。冬獅郎は額の傷にちょっとだけ霊圧を注いでぺたりとテープを貼ればそれで終了。乱菊はギンの刀を受けた時に痛めた腕を手当てする。こちらも少し癒して包帯ぐるぐるでおしまいだ。

 

「すまない、助かった」

「大したことじゃない。それより詳細を教えてもらいたいんだが」

 

 当然の要求ではあるけれど、冬獅郎は苦い顔になった。

 朔良は一番隊第四席、全ての報告が即座に総隊長へ届く。まして今は特殊な任にもついている。先程の戦闘は隊長格としてはかなり問題だ。あれこれ言われては動きにくくなるので、冬獅郎が言いたくない気持ちは判る。しかし今は様々な視点の話も知りたいのだ。

 

「総隊長……重爺様にお話しするかどうかは聞いてから判断する。証拠が無い場合は伝えても意味はないしな」

「……判った。松本も聞いてくれ」

 

 何者かが双殛を使い、尸魂界の破滅を企んでいる。その者の名は日番谷冬獅郎。もし藍染自身が死んだなら、桃に冬獅郎を討って欲しいと。

 以上が藍染が桃に残した手紙に書かれていたことだが、改竄されているのは明らかで、それが何処までなのか判らないというのが冬獅郎の見解だ。

 しかし朔良には判る。その手紙は改竄されてなどいない。

 

「……仕組んだのは市丸の野郎に違いねえ」

 

 隣の乱菊を気にしつつ、冬獅郎は言葉を続ける。桃が冬獅郎に斬りかかっている間、ギンの笑みが増していたらしい。加えて隊首会が警鐘で解散になった時も、ギンは擦れ違いざま藍染に“最後の警鐘くらいゆっくり聞いたらええのに”と言っていたそうだ。

 ……朔良からしてみれば、随分手の込んだことだと思う。

 

(相も変わらず、悪趣味な男だ)

 

 幼馴染み同士を潰し合わせるなど。自分に置き換えてみて、白哉とそんなことになったらと思うと尚更反吐が出る。しかし、何の為にここまで回りくどいことをするのか見当もつかない。

 

「雲居、お前の方はどうだ? 吉良から何か聞き出せなかったのか?」

「どうしてイヅルが出てくる?」

「これだけの事態を引き起こすのは、いくら隊長格でも一人じゃ無理がある。協力者がいるのは確実だ」

 

 冬獅郎の見解は悪くない。全てを一人でやるのは不可能で、協力者がいることも間違っていない。ただ、正解はあくまで半分だ。主犯はギンではない。総隊長にも口止めされているし、さて何処まで話そうか。

 

「イヅルはほとんど無関係だと思うぞ。多分口先で丸めこまれたんだろう。奴が手足とするのに、ギンの部下では力不足だ」

「何だと!? どういうことだ!?」

「主犯はギンじゃない。相当に深い所まで繋がっているのは確かだがな」

 

 冬獅郎と乱菊が揃って驚愕の目で朔良を見た。

 

「……その言い方だと、主犯とやらは名指しできるんだな?」

「ああ。しかし、今は言えない」

「何!?」

「総隊長命令で口止めされている」

 

 激昂する前に理由を告げれば、冬獅郎は歯を噛み締めて黙り込む。

 

「情報提供したのは私だが、どれもこれも物証が無い。現状では公にする訳にはいかない。正直な話、聞いただけではあまりにも真実味に欠けるだろう」

「……お前、一体何を知っている?」

「さあな」

 

 とぼけることで返答を避け、これ以上は答えないと唇を引き結ぶ。

 ひらり、と。小さな黒い影が舞い込んできたのはその時だった。

 

「地獄蝶……?」

 

 呟いた乱菊が掌を上に向け、指先に地獄蝶をとまらせる。

 

「隊長並びに副隊長各位にご報告申し上げます」

 

 運ばれてきた伝令を乱菊が口に乗せ――三人揃って目を見開いた。

 

「ルキアの処刑時刻が二十九時間後に変更だって……!?」

 

 つまり明日の正午。これまでもかなり縮められてきたが、ここにきてこれほど変えられるとは思わなかった。

 

「隊長!」

 

 ざっ、と踵を返した冬獅郎が、はっきりと告げる。

 

「市丸だろうが誰だろうが、処刑とそれに連なる双殛の解放が狙いならこのまま見過ごす訳にはいかねえ」

「ちょっと待て冬獅郎」

 

 危うい勇み足に制止を掛ける。こちらを振り返るだけの余裕があることに安堵して、真っ直ぐに目を合わせた。

 

「忠告しておく」

 

 この少年は若く、幼い。朔良もまだまだ未熟だけれど、百年以上の経験と知識は蓄えている。それに特殊な環境下に居た為、精神力もこれでもかというほど鍛えられてきた。冬獅郎は死神になってから五十年と経っていない。この年齢で他の隊長勢と対等に立ち回れる手腕と実力は、まさしく天才と呼ぶに相応しいものだ。

 しかし様々なものが足りておらず、浅い。感情を抑える(すべ)にしてもそうだ。大切な幼馴染みをここまで苦しめている相手が、その幼馴染みの最も敬愛している隊長なのだと知れば、後も周囲も顧みず激怒し暴走するに違いない。それ以前にこの場で伝えたとて、完全に信じるとも思えない。あの男は、信頼と人望は厚くなるような人柄を作り上げていたようだから。

 

「すぐそこに在るものばかりに囚われるな。目に見えているだけが全てじゃない。寧ろ、目に見えないものこそが最も危険なんだ」

 

 故に、これだけは伝えよう。

 何のことを言っているのかと、疑問を僅かに表情に浮かべる少年へと告げる。

 

「見えないところにある真実は、残酷だ」

 

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです、白雪桜でございます。

大・変・お待たせいたしました! 申し訳ございません。
言い訳となりますが、実生活の諸事情とスランプ気味につき、しばらく執筆が滞っておりました……。
現在もあまり順調とは言えないのですが、精一杯活動いたしますので、どうぞ長い目で見てやってくださいませ。

お読み頂きありがとうございました。


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