偽から出た真   作:白雪桜

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第五十七話 短い再会と繋がる真相

 処刑は明日の正午。つまり卍解の修得期限も同時刻ということ。

 恋次からもたらされた情報に柄にもなく目の前が暗くなりかけたが、一護の宣言と跳ね上がった霊圧に意識をそちらへ持って行かれた。

 一護なら、と言う喜助の言葉を信じてやらせた卍解の修行。正直なところ本当に彼が卍解まで辿り着けるのか、夜一自身は半信半疑であった。

 けれど、今。

 恋次の話を聞き修行を再開させた一護の霊力は、確実に上昇している。加えてこの迷いの無さ。まるで本能に従い力を手に入れようとしているかのようで。

 信じられる、と。そう思わせるのだ。

 

(それにしても……)

 

 恋次が来た時は驚いた。まさか朔良以外の人物がここを訪れることはないと思っていた。

 この“遊び場”には外に霊圧が漏れていかないよう結界を張ってある。近付けば多少は感じ取れるが、なかなかに高度なものだ。霊圧操作が苦手な恋次が短時間で探り当てられる場所ではない。

 

(あやつが自力でここを見つけられたとは思えん。とすれば、やはり朔良か……)

 

 彼女はこの場所をよく知っている。夜一が久しぶりに入った時も、頻繁にここを使っている痕跡があった。

 百年ぶりの再会の際、彼女もまたルキアを助けたく、可能な限りの協力はするという意は汲み取れた。しかし、わざわざ恋次を寄越してルキアの情報を伝えたということは、自ら来る気はないということではないのか。

 

「……せっかくじゃし、会いたいのう」

「私もです」

「っ!?」

 

 微かな気配と同時に声が落ち、振り返る。

 音もなく降り立ったばかりの、今しがた想いを馳せていた愛弟子がそこに居た。

 手を伸ばしても届かない、数歩分以上は距離のある位置だけれど、ここまでの接近に気がつかないとは。

 

「……成長したのう」

「ありがとうございます」

 

 記憶と同じ邪気の無い、けれど少し大人びた笑み。思えば幾らか背が伸びて、背中辺りまである藍の髪をポニーテールにしているのがよく似合う。否が応でも時の流れを感じさせた。

 

「……さて、何から話すかのう」

「そうですね……まずあの子たちも交えて腹ごしらえと行きましょう」

「……は?」

 

 紡がれた言葉に呆気に取られていると、朔良はあっさり距離を詰めて来て夜一の隣に立った。そのまま崖の下を覗き込む彼女の手には、大きめの風呂敷包みが下げられている。

 

「ほら、そろそろ二日目終了では?」

 

 言った矢先、一護が戦っていた“斬月”が転神体の姿に戻りがしゃんと倒れた。

 

「…………」

「ね?」

 

 ……確かに夜一も、もうすぐだろうとは思っていたけれど。

 

「……何故お主にそこまで判るのじゃ」

「そこはホラ、転神体の霊圧の揺れで」

「……随分と霊圧感知の精度も上がっておるようじゃな」

 

 くす、と笑いを零して崖から飛び降りた朔良は、微塵の躊躇いもなく一護に歩み寄っていく。

 

「おい、二日目終了だ。簡単だが食事にするぞ」

「え? ……ってはあ!? あんた……!」

「恋次! きみも来い! 休めるときには休んでおけ!」

「朔良さん!? ったく、あんたって人は……」

「ちょっと待てって! 今は休んでる暇なんてねえんだ! 急がねえと……!」

「急がば回れ」

「善は急げって……」

「急いては事をし損じる。慌てる乞食は貰いが少ない。短気は損気。走れば躓く。急いでいる分だけ落ち着け。他に言いたいことは?」

「…………」

「やめとけ一護。この人には天地がひっくり返ったって口じゃ敵わねえよ」

「そこまでか!?」

 

 相手が一護や恋次ならそこまでだと思う。

 

 ……まあ、結局。

 

「うめえ! とりそぼろだこれ!」

「こいつは玉子が入ってる! ただのおにぎりでもうめえよなあの人……」

 

 彼女が持参したおにぎりと水筒で休憩中の修行組。何だかんだとがっついている様を、少し離れた岩場から眺める。

 

「深夜に急いで作った割に、手が込んでおるようじゃな?」

「文句があるならあげませんよ、カツオ入り」

「食おう」

 

 やはり乗せられている気しかしない。

 しかしそれも、悪くないと思っている。

 

「ところで夜姉様」

「む?」

「一心さんはお元気ですか?」

「んぐむっ!?」

 

 飲み込みかけた飯が詰まり、水で一気に喉の奥へ流し込む。がっしと愛弟子の首根っこを掴んで崖の上へ飛び上がった。さらに一護達から距離を取って手を離す。

 

「お主、何を考えておる!? もう少し状況を見て話せ! 読めんお主ではなかろう!」

「そういう反応するってことは、やはりあの人が消えたことに一枚噛んでいるんですね」

 

 ぐっと言葉に詰まる。思えば再会してから彼の話は持ち出していなかった。これでは何か知っていると明言しているようなものだ。一緒に持ってきた水筒を気まずさを呑み込むようにして呷る。

 

「まったく……。せめて一護に聞こえん場所を選んでくれぬか」

「黒崎に聞かれては困る、つまり彼は一心さんを知ってはいるが死神であることは知らない、と」

「…………」

 

 彼女がこういったやり取りを得意としているところは、幼い頃から変わらない。

 

「……黒崎一護の父親は志波一心ですね?」

 

 質問ではなく、確認。

 確信を持った藍の瞳が見上げてくる。

 

「……察しが良いのはお主の長所じゃが、時に困るな」

「では、私の感知は間違っていなかったようですね」

「何?」

「黒崎の外見は海燕さんによく似ていますが、根っこの霊圧の部分は一心さん寄りでしたから。あ、人間混じってるので判りにくいですし、私以外は気付けないと思いますよ」

 

 確かに、霊圧や霊力に血縁は深く関わってくる。個人差はあれ親が強ければ、必然的に生まれてくる子も強くなるものだ。瀞霊廷一の感知能力を持つ朔良ならば、似ているように感じるのも頷ける。しかし、そこから親子だと確信を持てるほどの精度だとは。

 

「驚きましたか?」

「……正直、な」

 

 大した娘を拾ったものだと思う。嘗ての自分を褒めたい。

 

「ま、確認は叶いましたし、本題に入りましょう」

「ああ。ルキアについてと、現状の……」

「こちらから伝える分はそうですが、私が聞きたい内容は違います」

 

 表情も声色も真剣そのもの。先程までは愛らしかったが、今は凛々しく見える。こんな顔もするようになったのかと――

 

 

「藍染が何を企んでいるのか、知っていますか?」

 

 

 手から水筒が滑り落ちる。

 カツン、という音が何処か遠くに聞こえた。

 

「……お、ぬし――」

 

 水で潤したばかりだというのに喉が乾く。汗が噴き出る。頭の中を埋め尽くすのは“何故(なぜ)”の二文字。

 

 何故、ここで藍染の名が出てくるのか。

 何故、奴について知っているのか。

 何故、夜一が知っていると思うのか。

 何故、如何して、何時から、何処まで。

 何故、何故何故何故。

 

 何故、朔良が。

 

 

「――夜姉様ー?」

 

 ひらひらと目の前で掌を振られて我に返る。

 

「あ……ああ、済まぬ……」

「衝撃的過ぎました?」

 

 ……ああ、その通りだ。

 

「お主は……一体何時から知っておったのじゃ……?」

 

 あの男が、藍染惣右介が暗躍していると。

 

「ずっと知っていましたよ」

「は?」

「ずっとです。百年間、ずっと」

 

 ――今度こそ、自分の顔が色を失くしたのを自覚した。

 

「“あの夜”、真子さんやひよ里ちゃん達に妙な白い仮面が現れて、殺されそうになってたところ」

 

 まさか、と思う。

 

「きー兄様と鉄おじ様が駆け付けて助けて、時間停止と空間転移を使った辺りまでは知ってますよ」

 

 知らなかった筈だ。知らなかった筈だった。

 

「真子さんが藍染に斬られた瞬間くらいからですかね。隠れて見てました」

 

 この子が何も知らないことを前提に、自分達は動いていたのだから。

 

「――て、夜姉様聞いてます?」

「…………聞いておる。聞いてはおるが……」

 

 追加。

 嘗ての自分を殴りたい。

 

 と、現実逃避している場合ではない。

 

「……見ておった、じゃと?」

「はい。斬魄刀の技を使いました」

「斬魄刀の?」

「“双体遊離”。元々珠水の本体は私とよく似た姿をしています。刀そのものに本体の姿をとらせ、私と珠水の精神を入れ替える。要は身体を交換する技です。瀞霊廷内で藍染を見かけて、違和感を感じたのでおかしいなと思い、追いかけました」

「まさか、お主の斬魄刀が何故かあの付近に落ちておったのは……」

「ええ。私の意識が途切れると刀が置き去りになります。覚えたてのあの頃は精神も霊圧もあっという間に削られていたのですが、今は応用もきいてかなり上達しましたよ」

「……何と無茶な……」

「外出禁止を言い渡したのは夜姉様でしょう?」

 

 そう、確かにそうだ。しかし誰が思うだろう。“違和感を感じた”だけでそこまでする――“違和感”?

 

「……朔良お主、“違和感”と言ったな?」

「はい」

「……見破れるのか、あやつの完全催眠が」

「いいえ」

 

 一刀両断。

 きっぱり過ぎてがくりとなる。

 

「私は“違和感”を覚えるだけです」

「どういうことじゃ?」

「見聞きするものは多分、完全催眠が掛けられているみんなと変わりないと思います。ただ、対象の偽の姿が偽のものだと判るんです。仮面を被っているような妙な“違和感”。それを感じ取っているにすぎません。だから、真の姿が何なのかまでは判らないんです」

「成程のう」

 

 だが、それでも藍染にとっては充分脅威となり得る筈だ。そして奴ほどの男が気付いていないとも考えにくい。朔良が百年前の真実を知っていたことも、完全催眠に対抗できるかもしれないということも。

 

(――ふがいない)

 

 置いて行ったのだ、何一つ告げずに。自分達を求め追いかけてきた愛弟子に手を上げてでも、巻き込むまいとした。

 火のない所に煙は立たぬ。何も知らされていないならば、関わりが深いとはいえ危険が及ぶ可能性は低いと。

 けれど実際は、全くの真逆であった。

 全てを知った彼女は、何も気付いていない仲間達の中に一人取り残され、その仲間達と親交を深める首謀者どもの近くで危険に晒されていた。

 事が事だけに誰にも明かすことができず、頼ることもできず。

 いつ消されてもおかしくない状況下、たった一人で。

 百年もの間ずっと。

 

「で」

「……?」

「何なんですか奴の目的は。虚化って何ですか。そもそも何でルキアが絡んで来てるんです?」

 

 ……前言撤回。全てではなかった。彼女は根本的なことを知らない。――否。

 

(核心を知らずにいたからこそ……これまで無事であったのやもしれぬな)

 

 しかし、これから先はそうもいかない。寧ろ知らなければ生き抜くことは困難だ。

 腹を括り、一つ一つ話し始めた。

 

 

 

 

「虚化……崩玉……特殊な義骸……魂魄に埋め込み……」

 

 一通りの話を聞き終え、文字通り朔良が頭を抱えて内容を整理している様子を黙って見守る。

 

「……馬鹿ですか」

「……まあ、そう言ってやるな」

「無理ですよ自業自得じゃないですか。よくもまあルキアを巻き込んでくれましたねきー兄様は。……“あの夜”みんなを見殺しにした私には、あまり強くも言えませんが」

「それは違うぞ朔良。奴らを相手にするには、あの頃のお主では戦力に数えることもできなかったじゃろう」

「はっきり言いますね……。ま、その通りだったでしょうけど。でも」

 

 腰に差した斬魄刀の鞘を片手で掴み、朔良はこちらを振り向いた。凛とした眼差しが真っ直ぐに向けられる。

 

「だからこそ私は、強さを求めてきました。藍染と戦えるように」

「……朔良」

「そして夜姉様。他ならない貴女を目指して」

「!」

「貴女を目標に強くなる。幼い頃に立てた私の指針は、今も変わっていませんよっ!」

 

 最後は半ば言い逃げだった。終わりまで言い切る前に朔良は崖から飛び降り、一護と恋次の元へ軽やかに跳ねていく。

 夜一も数瞬呆けていたものの、すぐに後を追う。

 温かくなった胸の内を抱いて。

 

「おい」

「ん、ああ朔良。美味かったぜ」

「ごちそうさまでした朔良さん」

「それは良かった。ところで黒崎。どうしてきみは、ルキアを助けようとするんだ?」

 

 一瞬、間が空いた。

 

「……改まって何だよ?」

「ちゃんと聞いていなかったと思ってな。きみ達が共に居た期間は、長くて二、三ヶ月程度だろう? 古い付き合いでもない。なのに世界を越え、命を掛けてまで助けに来た理由は何だ?」

「……借りだよ」

「借り?」

「俺はルキアに命を救われた。俺はルキアに運命を変えてもらった。ルキアに出会って死神になったから」

 

 藍と茶の双眸同士が、真っ直ぐかち合う。

 

「俺は今こうして、皆を護って戦える」

「……!」

「それが理由だ。悪いかよ?」

「……いや……」

 

 先に視線を逸らしたのは朔良の方だった。正確には何か考え込むように目を伏せたのだが、数秒置いて開けられる。

 

「……出会ったから戦える、か。……判らなくないな……」

「え?」

「何でもない。理由は判った。それで、卍解の調子はどうなんだ?」

「どうも何も……やってやるさ」

「……成程」

 

 納得したように呟いた朔良は、そのまま踵を返し歩き出す。

 

「おい!」

「きみは喜助兄様の紅姫を見たと言ったな。それは何時だ? きみが始解を覚える前か、後か?」

「……一応前だな……」

「……何だその、何とも言えない憮然とした表情は」

「いや……あんのゲタ帽子のハラ立つとこ思い出してよ……」

「ゲタぼ……夜姉様」

「今は緑と白のしましま帽子をいつも被っておるぞ、あやつは」

「どんなセンスなんです……。まあいいか」

 

 岩場ではない開けた場所に立ち、“珠水”が抜かれた。

 

「何事も手本というのは大切だ。数十年死神をやっている恋次はいいとして、きみの場合戦闘経験は積めてもそこはどうしようもないだろう。まして卍解となれば、まだ一度も誰のものも見たことが無いんじゃないか?」

「そりゃそうだけど……」

「もしかして朔良さん、誰かの卍解でも見せるんすか? でもあれって、かなり疲れるんじゃ……」

「恋次、物真似を見せると誰が言った?」

「は?」

「言った筈だ。手本だと」

 

 身体の正面で斜めに構えられた刀身に波紋が広がり、水晶の如きそれと化す。

 ――“珠水”と、呼ばれることなく。

 

「……お主――」

 

 言葉はなく笑みで返され、透明度を保った刀の切っ先が地面に突き立てられる。上向いた柄に掌を当て、一言のみ紡がれた。

 

 

「――卍 解」

 

 

 

 

 

 

 

 




 明けましておめでとうございます。
 未だにスランプから脱却できてはおりませんが……
 可能な限り頑張っていきます。
 よろしくお願いします!


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