両腕に一塊りの風呂敷包みを抱え、屋根に登る小さな少女。とんとんと足場を確認していたかと思うと、彼女は風呂敷の中身を勢いよくばら撒いた。同時に屋根を蹴り、瞬歩を駆使しながら落ちていくそれらに手を伸ばす。ざっと見て十数個あるそれらを空中で拾っては片腕に収め、最後の一つが地に落ちそうになり、それを追いかけた彼女自身も地面に向かって――という所で手を出した。
「何をやっとるんじゃ、お主は」
顔から地面とこんにちはをしそうになった朔良の首根っこを掴み、夜一は呆れ声で訊ねた。
「お主なりの瞬歩の訓練だったわけか」
「そうなのですー」
えへん、と胸を張る朔良に「怪我をするようなやり方をするな」と軽く叱責する。
彼女がばら撒いたのはお手玉の山。数日前、暇潰しにでもなればと与えていたものだった。落ちるお手玉を瞬歩で追い、空中でキャッチする。アイデアはいいかもしれないが、瞬歩の多用で伸びてしまう朔良には少々早い修行法だろう。
むぅ、と唸る彼女は真剣に修行法の変更を考えているようで
「ならもうちょっと低い木の上からにしてみようかな……」
「そういう問題じゃなかろうが!? というかある意味もっと危険じゃぞ!?」
思わずつっこんだ。彼女が妙なところで天然ということは、共に暮らし始めてすぐに判ったことだった。
知らず知らずのうちにペースを持って行かれてしまうこともしばしば……と、今がまさにその状況になっていることを自覚し、ようやく元々の用事を思い出した。
「そうじゃ朔良、今日はお主をある所に連れていこうと思っておったんじゃ」
「連れていく? そういえば夜姉様、今日はお早いお帰りですね」
「早めに仕事を切り上げられたのでな。では、ゆくぞ」
ひょいと抱き上げて肩に座らせ、瞬歩を使う。出会って三週間足らずだが、既に肩は朔良の定位置となっている。
「どこに行くんですか?」
「着いてからのお楽しみじゃ」
「……なんか、夜姉様楽しそうですね」
「む、そうかの?」
「はい。なんていうか……大事にとっておいたお菓子をいよいよ食べますよーっていうような……」
「……その表現は、どうかの」
しかし当たらずとも遠からずだと思う。実際、楽しみで仕方ないのだから。
あっという間に着いた先。四楓院家と遜色ない大きさの門と、これまたいい勝負の大きな屋敷。
朔良を降ろし、門番に一言声をかけてから門をくぐる。初めての場所できょろきょろと落ち着かない様子を見せる彼女は、最早何度も見たものだ。
だから――気付かなかったのかもしれない。
勝手知ったる広い庭。今は桜が咲く中をすたすたと横切り、この屋敷の主の霊圧へと近づいていく。
視界に入る所まで行けば、目的の人物達もこちらに気付き、腰かけていた縁側から立ち上がった。
「よくぞいらした、夜一殿」
「しばらくじゃな蒼純。身体の調子は良いのか?」
「ええ。ここのところは別段酷いこともありませぬ」
「それは何よりじゃ」
「それより、どうしたのだ夜一? お主が前もって私達に訪問の連絡を入れるなど珍しいではないか」
そう、今回ばかりは数日前に予定を空けて置いてくれと伝えていた。六番隊隊長兼朽木家27代当主朽木銀嶺と、その息子であり同隊副隊長でもある朽木蒼純、この二人に。
夜一は大抵何の前触れもなく朽木家を訪れる。ちなみに来る度に何をしているかと言えば、彼らの孫、息子にちょっかいをかけているのだが。勿論来た時にはひと声かけるようにはしているものの、銀嶺が言った通り連絡を入れてから訪ねるというのは滅多にないことだ。それこそ、貴族間での儀式的な訪問や面倒な付き合い(夜一曰く)以外ではまずない。
そういったことを理解しているからこその銀嶺の疑問に、夜一はいつものように笑う。
「驚いたかの?」
「意外ではあったな」
「何、白哉坊だけでなく、お主らにも会って欲しかったのでな」
本命は白哉坊じゃが、という本音は敢えて言わなかった。
「会う、というのは誰にですか?」
「こやつじゃこやつ。このちっこい……」
はた、と動きを止める。後ろにある筈の朔良の気配。そう、ある筈――である。
思えばおかしかったのだ。彼女は礼儀正しい子ではあるが、これだけ立派な庭を見てはしゃがないほど大人しくはない。逆に幼い瞳をきらきらとさせて飛び回りそうなほどだ。
静かすぎる背後にゆっくりと目を向ければ、誰もいない庭が目に入った。
「……阿呆か」
朔良か、自分か、どっちがだろうか。
周囲に興味津々な彼女に見慣れてしまい、気配りを忘れていた自覚はある。しかしまあ、如何に広い朽木邸と言えど、後ろをしっかりついてきていれば迷うことはない筈なのだ。それが何故はぐれるような事態になったのかと言えば、答えは簡単。きっと初めて来た場所で、好奇心旺盛な彼女は綺麗な庭に誘われてふらふらと何処かへ行ってしまったのだ。
「……一先ず、話を聞こうかの」
思わず片手を額にやると、銀嶺が助け船を出してくれた。
「流魂街で幼子を拾ったというのですか?」
「そういうことじゃな。『まねっこ』という名で通っておる」
「ほう、『まねっこ』か」
「知っておるのか銀嶺殿?」
「話くらいはの」
「私も存じています」
「雲居朔良といっての、年頃は白哉坊より少し下くらいじゃ」
話を聞いてくれる、ということで取り敢えずすぐ傍の部屋へ移動し茶を用意してもらった。湯呑みを傾けつつ話すこと数分、白哉の名を出せば察しの良い二人はすぐに用件に気付いたようだ。
「白哉なら、お主が来ることを伝えると『あの化け猫と遊んでいる暇などありません』と言って、何処かへ行ってしまったぞ」
「やれやれ、姿が見えんと思っとったら……全く仕方のない坊じゃの」
「とは言え、屋敷の敷地内には居ると思います。約束事を完全に不意にしてしまうのはいくらなんでも失礼だと、本人にも理解できているでしょうから」
「相変わらず、小僧のくせにそういう所は妙に大人なんじゃな」
少しからかってやればすぐむきになってかかって来る所は子供丸出しだというのに。もっとも彼自身は、そういうところが子供っぽいのだという事実に気付いていないが。
「その朔良という子、探しに行かなくてもよろしいのですか?」
「……ま、あの子なら大丈夫じゃろ。歳の割にしっかりしておるし、見た目は人畜無害な幼子じゃしの」
「見た目は、と言うと?」
「口が達者で頭も回る。察しが良いのじゃが妙な所で天然じゃ。儂も時々振り回される」
「お主がか? それは少々興味があるのう」
「あまり遅くなるようじゃったら探そうとは思うてる」
ふう、と一息つく。
当初の予定では連れて来た朔良と白哉を会わせ、二人がどんな反応を見せるのかを楽しみ、後は子供同士で適当に遊ばせるつもりだった。普段から遊びに関心のない白哉だが、朔良はかなり強引だ。その強引さは夜一も身をもって知っている。特に自分がやりたいと言ったことに関しては譲らない所がある。故に、遊びを渋る白哉のことも引っ張っていくだろうと考えていた。
「朔良も白哉坊と同じでの、身近に近い年頃の子供がおらんのじゃ」
「そうでしたか。良き友になれると良いですな」
「しかし、『朔良』というとおなごじゃろう? お主が振り回されるほどの子と言っても、あれと友になるのは少々骨が折れるのではないかのう……」
銀嶺が言っているのは鍛錬のことだ。白哉は見た目で言えばまだ九か十歳程度の子供なのだが、暇さえあれば竹刀を振るっている修行の虫。それに付き合うのは大変だと言いたいのだろう。
しかし、朔良ならば大丈夫だと夜一は確信していた。
「問題あるまい。あの子も己を鍛えることに関しては酷く熱心じゃからの」
「ほう、白哉よりも年下のおなごがかの」
「うむ。先程も自己流の訓練で怪我をしそうになっておったわ。すぐに助けに入ったがの」
「何の訓練をしていたのですか?」
「瞬歩じゃ、まだそれしか教えとらん。とは言っても、見よう見真似で多少の鬼道は使えるのじゃが」
「何と……!」
「早とちりするでない。まだまだ未熟に過ぎる。実戦で使うには程遠いを通り越してあり得ん」
元々彼女の鬼道は戦う為ではなく客の前で披露する為に磨かれたものだ。魅せる目的のそれは威力を持たない。彼女ならきちんと教えればすぐにコツを掴むに違いないが、その才はある意味危険だ。
「……あの子は、恐るべき才を秘めておる。教えたことは何でもすぐに吸収し習得してしまう」
そう、何でも即座に覚えてしまう。完璧なまでに。
「果たしてそれが何なのか、何の意味を持つのか。理解もせずに」
心が、育たない内に。
――だからこそ。
「……じゃから、足並みを揃えて成長できる仲間が必要なのじゃ。朔良一人に、限ったことではないがの」
白哉も同じ。近い年齢に近い実力を持つ者の存在は、互いを更に大きくする。心も身体も、共に成長させていく。まだ幼いからこそ、そういった存在は貴重なものだ。
「……だから、白哉にも私達にも会わせたかったのじゃな」
「うむ、理由の一つはの」
「……他にも何かあるのですか?」
蒼純の言葉に、真顔をぱっと崩して笑顔を見せた。
「あの子はなかなかお茶目での、からかい癖もあるのじゃ。ぶっちゃけ、白哉坊がどんな反応を見せるのか楽しみでの」
あ、あと可愛らしい顔をしておる、と付け足す。一瞬ぽかんとなった朽木親子は、次の瞬間笑い声を零した。
「流石は夜一殿」
「成る程、それは確かに気になるのう」
「そうじゃろう? あー早く見たいのう。何処に行ったんじゃ朔良も白哉坊も」
「庭の何処かで、会っておったりしてのう」
「それはないでしょう。かなりの広さがありますし、どちらも小さな子供でしょう」
真面目な空気が一転、和やかな談笑が始まる。主役である筈の子供らは放っておいて、だ。
保護者同士の会話を続けていく。その
銀嶺はともかく、蒼純の口調などは完全に自己制作です。ご了承ください。